グローバリゼーションと東アジア共同体 その3 

2006年02月17日(金) 0時30分
さて、ここで重要なのは「グローバル化」は避けられないものであるということだ。
「グローバル化」はそれだけの大きな力を持っている。

前述のフリードマンは面白いたとえを使っている。
「グローバル化に対する感情は夜明けに対する感情によく似ている。一般論として、毎朝ちゃんと日が昇るのはいいことだと思う。しかし、私がたとえ夜明けをあまり好きではなかったとしても自分の力で状況を変えられるものでもない。」と。


すでに時代は「グローバル化」という波に飲み込まれている。
「グローバル化」という波に乗らないと淘汰される時代なのだ。
避けられない以上、いかにうまく対応していくかを考えたほうが得策であると言えよう。
 

では、このグローバル化に対応するために、求められるものとは何であろうか。
私は、このグローバル化の下で起きる1つの出来事に対して1つの側面から切り込むことが不可能であると考える。
政治、経済、外交、環境、文化、技術・・・。
様々な分野のレンズを通さないと、その出来事の核心には迫れない時代であると思う。

そういった意味で、時代はゼネラリストを必要としているのではないだろうか。
そしてもうひとつ必要なのが情報の取捨選択能力である。

毎日毎日、我々は膨大の量の情報に触れている。
その中からいかにして必要な情報を選ぶことができるかが重要になってくる。
氾濫する情報をろ過し、本当に必要な情報だけを取りだし、様々な分野から柔軟なアプローチをすることができる。
そういった個人、あるいは国がこのグローバル化の時代を生き抜いていくことができるのではないだろうか。

                                             ―その4へ続く―

グローバリゼーションと東アジア共同体 その2 

2006年02月14日(火) 22時30分
上記の例にグローバル化の特徴を見ることができる。
それは「通信コスト」の低下である。

NYタイムズのコラムニスト、フリードマンは今起きているグローバル化を「今回のグローバル化」と指摘した。
彼は
「世界は19世紀中盤から1920年代後半にすでにグローバル化を経験しており、前回のグローバル化の特徴が『輸送コスト』の低下であったのに対して、今回のグローバル化の特徴は『通信コスト』の低下である。」
と述べている。

まったくその通りであると思う。
インターネット登場直後の接続料金を考えてみてほしい。
今と比べたら法外な値段であったはずだ。
それが今は驚くほどに安価になっている。
こういう面を見てみると、あぁグローバル化というのは良いことだと思うかもしれない。


しかし、長所があれば短所もある。
結局のところ「グローバリゼーション」というのは「アメリカナイゼーション」に他ならないという意見がある。

例えば、マハティール前マレーシア首相は
「グローバリゼーションは、結局元々のシステムを持つ欧米に有利な流れである。グローバリゼーション=公平というのは誤りで、初めから差は歴然としている」
と述べている。

特に、経済のグローバル化は実質的にはアメリカの経済的優位になることが多く、また、貧富の差を拡大し、地球環境という地域の固有文化を破壊するという風に主張する反グローバリズムの主張も少なくない。
ここに「地域間の統合の強化」という「グローバル化」の特徴が表れるのだ。

グローバル化(=アメリカ有利)に対抗するために、グローバル化が進展すればするほど、逆に地域間の密着が強くなるという逆説的な事実は面白い。
特に21世紀に入ってEU、ASEANなどの活動は活発になっている。
この地域間の統合については後述する。

                                             ―その3へ続く―

グローバリゼーションと東アジア共同体 その1 

2006年02月13日(月) 0時21分
「グローバリゼーション」、あるいは「グローバル化」という言葉が世間に浸透し始めたのはいつ頃だったろうか。
気がつけば、「グローバリゼーション」は「今」という時代を切り取る言葉として存在している。
しかし「では、グローバリゼーションとは何なのだろうか?」という質問に対してハッキリとした回答ができるかというとそうではない。
その単語自体は知っていても、それが指し示す内容、あるいは特徴などについては無知だということにあらためて気付いてしまう。
 ここでは、「グローバリゼーション(=グローバル化)」とは何か、またその特徴は何であるかに焦点を当てる。
それが1つ目のテーマである。


「グローバル化」の定義は何であろうか?
『知恵蔵』によれば「これまで存在した国家、地域などタテ割りの境界を超え、地球が1つの単位になる変動の趨勢や過程。」とある。
しかし、これはやや固い表現でわかりにくい。
身近な例に例えてみればわかりやすいかもしれない。
例えば、私たちは今インターネットで世界中色々な国のサイトに即時的にアクセスでる。
世界中の人々とメールや会話ができるし、世界中のニュースを知ることができるし、各国の企業の株を買うことすらできる。
また、1990年代後半に起きたアジア通貨危機は、アジアにとどまらず、世界各地に伝播した。
一国で起きる出来事が、その一国内にとどまるということはなくなったのである。

他にもいくらでも例が挙げられるだろう。
こういった具体例の集合体がグローバリゼーションと言っても良い。
国立国語研究所はこの外来語を「地球規模化」と言い換えた。
地球規模、世界は一つ・・・世界の距離は確実に縮まっているのである。

                                                  −その2へ続くー

発想の転換から  −DMVの挑戦− 

2006年02月03日(金) 1時25分
06年度中にも、線路と道路の両方を走る世界初の新型車両が北海道で営業運転を始める。
その名もデュアル・モード・ビークル(DMV)。

この新型車両の開発の意義はとても大きいと思う。
例えば、駅から少し離れたところに人気の観光地がある場合、今までは駅でバスに乗り換えていたのが乗り換えなしで行くことができるようになる。
また、燃費やコストがディーゼル車より安いことから、赤字に苦しむローカル線の救世主となりうる可能性がある。

特に北海道では、路線によっては乗客もまばらなところが多く、池田と北見を結ぶ第三セクター鉄道、北海道ちほく高原鉄道は廃止が決定的になっている。
鉄道をとりまく状況は確実に良くない。
しかしこのDMVの使用いかんによっては、費用対効果の向上が期待できるし、その地域の実情に合ったコンパクトな運行につながるのではないだろうか。
各地の鉄道会社や自治体が注目するのもうなずける。


そして今後、新幹線が延伸するたびに、「青い森鉄道」や「薩摩おれんじ鉄道」のような第三セクター鉄道が増えていくが確実だ。
これらの第三セクター鉄道には私も乗ったことがあるが、非常に値段が高いのが気になる。
新幹線が延伸されるのは巨視的に見れば便利かもしれないが、新幹線停車駅以外の地元民にとっては必ずしもそうではない。
しかしこのDMVによって、その不安も解消できる可能性がある。
このDMVの取り組みが成功すれば、新幹線延伸への拍車もかかるかもしれない。


電車とバスの夢の合作「DMV」が今世紀の交通のニュースタイルとなるのだろうか。


参照:毎日新聞

目標 

2006年02月02日(木) 2時07分
週1回の更新。

目指すは以前、某新聞に連載されていた「日本@世界」のようなコラム。

どこまでいけるか―――。
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