recover 

2006年05月30日(火) 23時23分
先週から修理修繕に明け暮れている
週末にはホームセンターの木材コーナーで一時間も悩んで
帰ってからたっぷり三時間ノコギリやトンカチを使ってベッドを直した
洗面台下のランドリーと小物置き場も余った木材でリニューアルしているところだ
キッチンには小さな腰掛いすが二脚あって
黒い背もたれとおしりの部分を赤いライン模様の布で張り替えた
同じ部屋の片隅には薄い水色の新品洗濯機が見えていて
きりっぱなしの布をかぶせてもう一年もたつので
ようやくその布の端を繕って それから何枚か縫い合わせてカバーに仕立てる
明日あさってはベランダに雨ざらしになっているビンカンとダンボールを資源ごみに出す

それが全部済んだら最後は書斎のお手入れだ
壁一面の本棚をこれだけは新調して入り切らなくなった書籍を整頓する
桟に掛け放しのスーツも収納するスペースを忘れずに空ける

こうして部屋がきれいになってゆくのは楽しいな
時間を忘れて手を動かしているうちにすぐ夜がくる

週末のこと 

2006年05月22日(月) 8時26分
金曜の夜は新橋のガード下に飲みに行った
テーブル向こうの中年カップルがあまりにべたつくので
正気で見ているのがおかしくてけらけら笑った

土日は自転車が大活躍した
図書館を梯子して制限冊数めいっぱい本を借りた
西大島から亀戸へ
川沿いでめだかや小魚が飛び跳ねるのを見た
三時に雨が降るといった通り
雲行きが突然あやしくなったので
特急で家へ帰った 帰ったとたんに雨がはげしく降り出した セーフ。
次の朝は早起きして浅草へ自転車を向けた
一ノ宮の神輿が折りしも大通りへ出るとこへぶつかった
自転車を停めて 六区仲見世新仲見世隅田川沿いを歩く歩く
ほとんどひっきりなしに神楽が近づいて
神輿とふんどし甚平の汗だく男たち女たち子供たちの見える
ビニール製の朱色の透明の金魚のストラップを買ってもらった
焼き鳥屋でご飯をいっぱい食べた
夕飯は特製カレーを作ってもらった

忘れてしまったけど 

2006年04月18日(火) 8時08分
そんなことわたしが言ったの?
以前の自分が放ったという言葉が
ふいに友人の口から発せられる
忘れていたことも忘れるくらい
わたしのストーリーからは除外されて
彼方へ押しやってきた言葉の数々

わたしそんな態度をとったの?
以前の自分がしたことを
ふいに証人の一人が眼前で繰り広げてみせる
忘れていたことも忘れるくらいの
笑い話

それに それに
わたしはそんな人だったの?
そうだよ
相変わらずだね
そこが変わらないのが
いいとこだ

触れたもの 見たもの 知った人
みな引き連れて今日まで引っ張ってきたつもりだったけど
そうじゃない
ずいぶん忘れた 取りこぼした
ぎゅっと握ってた手綱を時にはわざと離したりもした
手に持ちきれない分はあえて見知らぬ振りした
そうやって忘れてきたものの
いくつかを
自分でない誰かが拾って
届けにきてくれる

ああ、こんなものわたしの 持ち物でしたっけ?
そうだよ君のだよ
持ってる時、そばにいたもの
もはや自分の持ち物だったことすら思い出せないけど
ありがとうと言って受け取る
たぶんこの人がそういうなら
これはわたしのだったんだ

目を閉じて 

2006年04月15日(土) 0時33分
いつもより煙の多いタバコを一息吸って
目を閉じて
すぅーっと地の底へ落ちてゆく

”そらのふかさをのぞいてはいけない。
そらのふかさには、
神さまたちがめじろおししてゐる”
”そらのふかさをみつめてはいけない。
その眼はひかりでやきつぶされる”

その深きに嵌まり込むは抜け道のない洞窟への迷走だ
思考やら理性やらの手の届かない闇の世界だ
はてそれを白き陽の光というのか
それとも暗黒の闇とするのか
わからない人はいうだろう
それは闇だ
不貞だわがままだ
地の底へ落ちたな

しかし上を見上げることしかしないものが
どうして地へ落ちよう
地平より底へ身体を沈めることもなく
地に足をつけた人間の
高く もっと高くと見上げた空の果てに
ああ 空の深さが潜んでいるのだ
浄化され澄み切った空を見つめることは だから恐ろしいのだ
だから空はいつも雲を漂わせ 色さまざまに移り変わって
気をとらせ 人を守っている

ガラスケースを囲んで 

2006年04月13日(木) 19時50分
プレハブにいたら少し横揺れがきて
警戒していたところへ冗談のような縦揺れの地震が来た
ホップホップと体が宙に浮くので
予期していたような不安を感じず
楽しいほどだった

地震がきたので外へ避難した
避難ルートは決まっていて細い道を
みんなと同じ方向へ行くことしかできなかった
ぐるりを足のつかない高い四角い座椅子に囲まれたテーブルが
一方の部屋に一つずつ用意されていた。
片方のテーブルには真っ白なテーブルカバーがかかって
各椅子の前に高級ディナーの準備が整っていた。
それぞれに白い布ナプキンや重ねられた皿、
使う順番に困るフォークやスプーンが整列しており、
テーブルの中央には赤い蝋燭が灯されていた。
もう一方のテーブルはいっぱいいっぱいに
アクセサリーを並べたガラスケースが占めていた。
使われている宝石はどれも本物で
ゴルフボールほどもあるダイアモンドのブローチや
サファイアのちりばめられた指輪、翡翠のこめられたネックレスと
いままでに見たことのない豪華さだった。
しかし宝石に見とれている場合ではなかった。
女性は宝石のテーブルへいくことになっていて
これからディナーテーブルについた男性陣がきたら
できるだけたくさんの宝石を売りさばけと命令された。

変わらずに繰り返し続けること 

2006年03月29日(水) 7時47分
10年を少し引いた位の歳月の間にずいぶんと
予測していなかったことが起きて
それらをぐんぐんと超えてゆけるほどの才が
自分には備わっていなくて
結果、10年前の自分が思っていたのとは
ずいぶん違った方向へ来た
泣きながらでも立ち止まらずに進んでは来たが
すべて思うように運べはしなかった
もしかしたら私自身が10年前と
ずいぶん変わってしまったのではないかと
思っていた

3年も机を並べていた友達がその頃を振り返って言ったのだ
わたしの笑い上戸は以前とちっとも変わっていない
この間に 何があったかなど問われなかった
それなのに 笑い上戸が変わっていなくてなんだか嬉しかった
わたしがわたしのままでいて 安心した
と言った

人生の困難をバシバシと切り抜けてゆく頭脳が自分にはまだない
よほどの阿呆に違いない
それでも頭さえ良ければ 個々の人生が豊かになり
周囲が幸せになり 人類がいつも良いほうへ向かってゆくとも思えない
頭脳の明晰さがなくても
何事も失敗なしに進められずとも
笑い上戸でいれば 幾分か 周りの誰かを嬉しい気持ちにさせられるだろう
わたしの祖母がそうであったように
母や父がそうであるように
笑い声の多い親を見て育った子供は同様によく笑う
だから私の子供だってきっと人一倍笑いに長けるだろう
人生には涙が付き物だ
不運や落とし穴が付き物だ
それらを乗り越える力量はなくとも
よく笑う人であり続けたい
それがわたしの伝えてゆける一番のこと


いかにして一週間を乗り切るか 

2006年03月19日(日) 22時17分
”そうだ明日プールへ行こう
澄んだ水の中 潜水で泳いで
苦しくなって できるだけ できるだけ
遠くまで あぁ あぁ あぁ
あぁ 生きてるって感じ
あぁ 生きてるって感じ”

強風の吹き荒れる江東区の橋から橋へ
自転車をこいで屋内プールに行った
思いっきり足を伸ばして平泳ぎを始めたら
だいぶなまっていた体がそりゃあ無理だと返事をした
50m往路を歩いてから復路で平泳ぎ
少し休んで往復を一気に泳ぐ
息が荒くなっていて驚く
それから少し休んで往復平泳ぎを数回繰り返して
水からあがり
体が温まってからもう一度
平泳ぎ
今度は二往復
休んでから三往復
時々背泳ぎをして気分を変える
一時間ほどであがった




おかしな夢 

2006年03月19日(日) 22時16分
目玉のおやじが味噌汁の入ったお椀で
泳いでいた。

愛情を売っている店 

2006年03月13日(月) 0時14分
わたしの愛情は商店街のお団子屋さんの隣のお店で売っています
三色団子が売りのお店のすぐ脇で見えないくらい小さな門構えです
お財布は持ってこなくて結構です
できたら徒歩でいらしてください
何しろ自動車や鉄道では見過ごしてしまうくらいの
小さな小さな入り口です
品切れはしませんし 閉店もいたしません
焦って走ったりすると
絶対に見落としてしまうくらいのレンガの門を構えています
ですからのんびり徒歩でいらっしゃるのが一番です
愛情は量り売りはしておりません
売り物ですがお金も頂きません
お店にいらした方ならどなたでもゼロ円で差し上げます
店内は狭くもなく 広くもなく
冬も夏も春のように暖かく寝そべるのに最適な敷物をご用意しております
お掛けになるにも世界にまたとない調度品を集めております
お望みどおりのものが見つかる棚もございます
そこでじっくり味わうもよし
持ち帰って暖めるもよし
お召し上がり方はどうぞご自由になさってください

ストーリー 

2006年03月09日(木) 19時13分
占いが本当かどうかはまったく問題ではない
細木数子の番組を見ながらふっと気がついた
運命とか、偶然とか、それから出会いなんてものは本当はあってもなくても同じことだ
ただそう名づけることでこれはきっとうまくいく、これならばうまくいく
すべてよい方向に進まなくてはならないときに
また、うまくいかなければ大変悪い状況に陥るときに
自分で自分の取った道がいかによい方向を目指しているものかを
自分に言い聞かせるための 自分を鼓舞し、自我を守るための手段だ
根っからそれを信じていようが ただそう嘯いているだけなのか
どちらでも同じことだ
信じ込んでいる人は 自分がその手段を自覚していないだけで
嘯いている人は ただ自覚しているだけの違いだ

運命や偶然は本当は存在しないけれども
ストーリーはある
と傍らの男はいう
自分の過去や現在を正当なものとして解釈するために
それは未来におけるストーリーまでもつくってしまう
けれどもその際、そのストーリーは本当かどうかなんて
どうでもいいことなんだ

あなたと私のストーリーはあなたの心の中では
どんな形をしていますか?
見比べてみたら私とあなたのストーリーとは大分違うのだろう
互いの外界への接点である相手の
ストーリーを覗き込むことは・・・しなくてかまわない
なぜなら知ったところで各々のストーリーが
本当であるかどうかは
決してわからないのだから
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