番外編〜恋のファーストミーティング 

December 31 [Sun], 2006, 18:38

雨が降った。

母の命日に雨が降ったのは初めてだ。
毎年からからの晴天だったのに。
友希さんとの食事会も今年は中止になってしまい(仕事が忙しいらしい)
私は一人でこの港に足を運んだ。

「雨かぁー」
屋根のあるところへ入り、雨がやむのを待ってみたがどうもそんな気配がない。
気温が下がり段々寒くなってきた。
私は諦めてパーカーのフードを被り、小雨の空の下に出た。
海にむかって手を合わせる。
「友希さんも来れないし、お父さんも見つかんないから今年は一人だよ。ごめんねお母さん」
数秒手を合わせて、顔を上げる。やはり雨が上がる気配はない。
1つため息がこぼれる。
天気だろうと雨だろうと母の命日には変わらない、けど出来れば晴れていてほしかった。

踵を返し、帰路を辿ろうとした時、後ろのパラソルの下に同い年くらいの男の子がいることに初めて気が付いた。
やだやだ!この人いつからいたんだろう。私ってば思いっきり独り言言っちゃってた!
恥ずかしさを隠すため方向を斜めに変え歩き出そうとした時、その男の子に話しかけられた。
ねえ、と。
恥ずかしさの余り振り返えらずに答えた。
「なにか?」
絶対この人私のことバカにするつもりなんだわ!頭に血が上っていくのがわかる。
「一生懸命何拝んでたの?」
「は、母の命日なので!」
「ここ墓じゃないけど」
「は、母の思い出の場所なので!」
「ふーん。興味ないけど」
興味ない?
勝手に話しかけて色々聞いておいて興味ないですって?
「あなたねぇ!」
恥ずかしさより怒りが勝ち、思わず振り向いた。そして思わず目を見開いた。
その男の子が立ち上がり海に向かって手を合わせている。
「誰かが死ぬのって悲しいよな」
そう寂しげな顔で言ったかと思うと、いつまで雨打たれてんの?おチビちゃん。と彼は茶化して笑った。
「お、おチビちゃんじゃありません!ちゃんとした高校一年生です!」
確かに背は低いけど、今年ちゃんと高校に入学したんだから。やっぱりこの人失礼な人!
「え?中学生くらいかと思ったけど一個下かぁ」
こっちが呆れるほど呆れた声。力が抜けてしまった。雨はさっきより強くなってきている。さっさと帰ろう。
「それじゃ!」
二三歩小走りに進みふと立ち止まる。そうだ
「一緒にお参りしてくれてありがとう」
そう言うと彼は少し驚いた表情を浮かべていた。
「いいえ。お譲ちゃん、お名前は?」
小さな子供に聴くみたいに、聞いてきた。私はいらっときて
「福予科夜羽子!それじゃあ!」
とぶっきらぼうに答えてやった。こんな人二度と関わるのはごめんだ。だからそれだけ答えて私はダッシュした。
これ以上の長居は必要ない。いきなり走り出した私に驚いたのか後ろから
「俺蓮司!香下蓮司って言うんだ!」
という声が聞こえた。その後もその人は何か言ってたようだったけど走り去った私には名前しか届かなかった。
どうせもう会わないんだし、いいか。
数分走った後ぜえぜえと息を切りながら空を見ると、雨は上がり虹がかかっていた。

「よかったぁーー!晴れたよ。おかあさん」

お母さんの空は今年も晴れる。

そして運命の歯車がカタンと音を立てて動き始めたことを私はまだ知らない。

オペマニ 

December 31 [Sun], 2006, 15:39
お騒がせしました。
三十話アップで完結でございます。

最終話〜恋のオペレーションマニュアルA 

December 31 [Sun], 2006, 15:38
「ゆきさん!久しぶり!」
「夜羽ちゃん、また大きくなったね」
「もう、私中学生だよ?大きくなって当たり前でしょ!って去年も同じ事言ってたよ」
友希さんはお父さんとお母さんの友達。年一回だけこの港で待ち合わせしてごはんを食べる。
「お父さん、まだ見つからないの?」
お父さんはお母さんが死んで三年経ってから行方不明になった。私が小学校三年生の時だ。
「うん。お父さんの方の親戚もあんまり協力的じゃないし、帰ってくるまで気長に待つしかないよ」
「そう」
「ところでゆきさん、前から聴きたかったんだけど、なんで待ち合わせいつもここなの?どうせご飯食べるので街に出るんだから街にしたほうがよくない?」
友希さんは懐かしそうにも悲しそうにも見える顔で目を細める。
「ここはお母さんにとって特別な場所だからねえ」
お母さんが死んだ日のことを私はよく覚えていない。お父さんがお昼過ぎに幼稚園に迎えにきて私を抱きかかえ「お母さんが死んだよ」と言ったことぐらいしか記憶にない。
丁度その日、世界的に有名な俳優が暗殺された事件があり世間ではそちらの方を盛大に悲しんでいたらしい。
そんなことも全く覚えていない。
お父さんがいなくなった次の年のお母さんの命日、友希さんがやってきてお参りをしてごはんを食べようよと誘ってくれた。連れてこられたのがここだ。
「ここお墓じゃないよ」
と言うと友希さんは今みたいな顔で
「そうだね。でもこの場所、夜羽子ちゃんのお母さんが大好きだった場所なんだよ。だからここでお参りしよう」
私達は海に向かって手を合わせた。

今年もまた海に向かって二人並んで手を合わせる。
目を瞑っているとき友希さんが何を考えているか私にはわからない。顔をあげてから数秒友希さんは神妙な顔つきになるけど、それもなんでかわからない。
「さっ、行こうかごはん。何食べたい?」
「うーんうーん、中華、かなー?」
「オッケーじゃあ行こう!」
「はーい」

柔らかな昼下がり、潮風を浴びながら私達は歩く。今日はとてもいい天気だ。
お母さんが死んだ日もこんなにいい天気だったかな?
案の定私はそれも覚えていなかった。友希さんに聞こうと思ったけど辞めにした。雨だったら悲しいから。
これから毎年この日が晴れてくれればいい。それだったらきっとお母さんが死んだ日も晴れだったって思える。
「何考えてるの?」
友希さんが微笑んでいる。
「来年は何食べさせてもらおうかなーって」
ごまかすと、友希さん気が早すぎるよ夜羽ちゃん、と言って笑った。

柔らかな昼下がり、毎日がこんな風だったらいいのにと私は心から思った。

最終話〜恋のオペレーションマニュアル@ 

December 31 [Sun], 2006, 15:38
ドアの向こうにいたのは運子ちゃんだった。
「運子ちゃん…」
遅かれ早かれこうなることはわかっていた。
けどだけど、こんなに早く?
呆然とする私を見て運子ちゃんは怒りを静められないという顔をしていた。
口を開いたのは中志くんだった。
「ごめん。全部俺が悪いんだ。本当にごめん。これ以上は何も言えない」
運子ちゃんが手に持っていた紙袋がどさっと落ち、中からりんごとオレンジが転がって出てくる。
「行こう」
中志くんが私の手を引く。これで終わり?
手をひかれるがままに進もうとすると頭部にごつっと何かが当たった。
振り返ると運子ちゃんが涙を流しながらこちらを睨みすえている。足元にはりんごが転がっていた。
「嘘だったの?」
声は震えていた。
「この数年間、私のことも蓮司のことも会社のことも全部全部嘘だったの!?一緒に笑ったのも泣いたのも全部嘘なの?」
中志くんは俯いて答えない。
「嘘なのね…」
運子ちゃんはその場に座りこんでしまった。
「嘘じゃないよ」
中志くんが顔をあげた。
「全部、嘘じゃない。君といて本当に楽しかった。呆れることもあったけど、呆れるほど楽しかった。本当だよ」
蓮司を頼む。と言いかけたとき二個目のりんごが飛んできた。
「信じない!信じられるわけがない!!!!裏切って笑ってきたんでしょ?二人で!!」
運子ちゃんの顔は狂気といってもいいほどの変貌ぶりだった。
立ち上がりふらふらとこちらに向かってくる。
「ねえ、あの沖縄のときも?結婚式も?どれだけ嘘をついてきたの?言いなさいよ。二人でどんだけ嘘ついてきたのか言いなさいよ!!」
悲痛な声が廊下に響いた。
「おかしかったでしょ。何にも知らずに笑ってる私を見て、それを笑ってたんでしょ?
確かに最初に卑怯な手を使ったのは私だよ。でもここまで?ここまで私を恨んでたの?」
声が届くかどうかはわからなかった。でも私達はまだ先へ向かいたかった。それが出来ないとわかりきっていても。
「嘘じゃないわ。あなたの生活も私の生活も嘘じゃない。全部本当なの。でもこれだけはわかって運子ちゃん。私の気持ちもずっと本当だった。
偽りだと思いたかったけど、ずっと嘘をついてきたけどやっぱり無理なの!本当なの!」
ごめんなさい、と言った時腹部に鈍い痛みが走った。顔に運子ちゃんの髪の毛がかかる。汗がじんわりと滲み、繋いだ手が離れた。
ぱたりと倒れた私の腹部からは真っ赤な血が流れていた。
運子ちゃんの手には果物ナイフ。ベッドの横で中志くんのためにりんごをむくはずだった行き場のないナイフ。
「運子!!!」
彼が運子ちゃんを跳ね除ける。
「何してるんだ!何してるんだよ!!!!一体!!!!!」
こんな風に叫ぶところ初めて見た。朦朧とした意識の中でぼんやり思う。
「うるさい!!!!!!!」
ヒステリックな叫び声をあげ、彼女は中志くんの胸をどんどんと叩く。うるさいうるさいうるさい、と。

どうしたんですか。と看護士が現れ、私達を見て声をあげる。先生、警察、と様々な叫び声がする。
そろそろ終わりが近いみたいだ。短い本番だった。
中志くんに起きあげられ、肩を組みもう一度手を繋ぐ。やっぱり暖かい。
「海に行こう。ベイサイド。もしかしたら全部、今までの全部夢かもしれないから」
ちゃんと喋れていたかわからないけど、一生懸命そう伝えた。
中志くんは涙でぐじゃぐじゃの顔で一度うなずいた。
傷口を隠してタクシーに乗る。朦朧とした女とパジャマの男、尋常ではない空気だったが運転手は車をベイサイドまで運んだ。
車内で中志くんの息遣いがだんだん苦しそうになっていくのがわかった。
タクシーを降りて私達は這うように海を目指した。相変わらず綺麗とは言えない海を。
目はかすんでほとんど何も見えなかったが、潮の匂いは感じ取れた。
「いい匂い」
中志くんの呼吸はもうギリギリのところまで来ているようだった。急に動いたからか、声を張り上げたのか、胸を叩かれたのか、原因は何かわからない。
「中志くん。次また会えたら船に乗ってどこかに行こうよ。学生の時みたいに笑おう。二人だけだったらいいね。そしたら誰も傷つかないから。
企画書を書くよ。今度はちゃんと。二人だけの恋の企画書。ね、中志くん」
返事はなかった。手が繋がっていることだけを確認して、私もすぐに目を閉じた。

第三十話〜以心伝心 

December 31 [Sun], 2006, 15:36
それから、何日間もぼーっと過ごした。
何も手につかず、食事も喉を通らなかった。
中志くんのところへはあれから一度、弱太郎くんと一緒に行った。
やせ細り、目の下に大きな隈ができた彼は大丈夫大丈夫と笑い、私達の心を痛ませた。
運子ちゃんは医者と会社の人への応対に忙しそうだった。全員疲れている。

「るる、少しは食事をとらないと。体に毒だぞ」
弱太郎くんがお粥を作ってくれる。
「ごめんね。心配かけて。でも今胃が何も受け付けないみたいで…」
扉の方を見ると夜羽子が心配そうにこちらを見ている。
「夜羽子、お母さん大丈夫だから。ね」
夜羽子の目には涙がいっぱい溜まって今にも零れ落ちそうだ。
そっと傍に寄って来て紙切れを渡された。
"はやくげんきになってね"
手紙だった。覚えたばかりのひらがなで一生懸命書きなぐられた。
「夜羽子…」
ありったけの力で夜羽子を抱きしめる。
ごめんねごめんね。弱いお母さんでごめんね。
「ごめんね、夜羽子」

心は今決まったのではない。
あの時、専門学校で中志くんと出会ったときからもうずっと決まっていたんだ。

次の日、弱太郎くんの作りおきしてくれていたお粥を食べてから荷物を纏めた。
そんなに多くは必要ない。
一通りの荷物を纏め終わってから時計を見る。12時だった。
「幼稚園もお昼休みね」
夜羽子のことを考えると自分がとても許せない人間だということに気付く。
本当なら連れていきたい。でも無理だ。夜羽子を危険な目に合わせられない。
ここで弱太郎くんと暮らしていた方が幸せだ。
「ごめんね、夜羽子」
振り返ると泣きたくなるから、もう私は先しか見ない。
「いってきます」

病院までタクシーで五分もかからない。
一歩づつ病室を目指す。二回しかお見舞いにこなかった病室だけどすっかり道は覚えていた。
トントンとドアをノックするとかぼそい声の返事があった。
静かにドアを開け中に入った。中志くんは一瞬目を大きく見開き、それから笑った。
「そうじゃないかと思ってたんだ」
「ごめんね」
「るるが謝ることじゃないよ。俺があの時間違えたんだ。その間違えを正そうともせず流れていった結果がこれだよ」
俺が悪いんだ。とごめん。と中志くんは謝った。
でも私はもう決めたんだ。これからは先しかみないって。
「取り替えそう。全部。今までのことは、ほらそうよ企画段階だったと思えばいいんじゃない。
私達は今日の為の企画書を書いてきたんだよずっと。オペレーションマニュアル、中志くん作るの得意だったじゃない。
でも今日からが本番だよ。私はケータリングやるから、中志くんは誘導がんばってよ」
泣きそうになるのを我慢して我慢して喋った。
「寝巻きで誘導じゃ、格好つかないけどね」
やっと繋がった。やっと通じ合えた。長かったけど本当にここからが本番だ。きっと私達なら大丈夫だから。
抱き合い、手をとった。中志くんの手は暖かく、何故か私自信が"生きている"という実感が湧いた。
「行こう」
手を繋げば何処にだっていける。そんな気がするのは何でかな。


これから起こったことは、いつかは起こり得ることだと考えていたことだけど
まさかこんなに早く、最悪な形で起こるとは誰も予想していなかった。
けど私達、人生からすればほんの一瞬のような数分間だったけど、本当に幸せだったね。中志くん。

第二十九話〜大人という仮面 

November 19 [Sun], 2006, 21:51
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「あはは。友希ちゃん何言ってんのよ。意味わかんないよ」
受話器を持って寝室へ移動する。
鏡に写った顔は土色をしていた。

「るんるん。落ち着いて、…って言っても私も今聞いたばっかりで気が動転してるの。もう少し落ち着いてからかければよかった…」
はあ、と友希ちゃんは電話の向こうで大人びたため息をついている。
「本当なの?中志くんが病気って、もう長くないってそういうことなの?なんでなの?」
声が震える。
友希ちゃんは数秒間をとってから、話しはじめた。
「詳しい原因はよくわからないんだけど、新種のウイルス感染で、抗体がないらしいの。お医者様にも余命一月だって言われたって…」
余命一月…
この世の言葉ではない様な気がした。
それは私の理解の範疇を超えていたのだ。
「あと一ヶ月で中志くんは死ぬってこと…?」
尋ねると友希ちゃんはそれに答える代わりに"さっき優美子から聞いたの"と言った。
「なんで優美子ちゃんが…」
ぐるぐるぐるぐるといろんなことが頭の上を渦巻いている。落ち着いてなんかいられるものか。
「優美子、あのちんすこう工場で働いてるじゃない?そこで中志くん倒れたんだって。今工場内大パニックだって」
工場で…。
中志くんは二年前に社長に就任して頑張ってるって聞いていた。
慣れない社長業にとまどいながらもしっかりやってるって、これは確か弱太郎くんが言ってたんだ。
「中志くん。今どこにいるのかな…」
体の震えが止まらなかった。
友希ちゃんは静かに
「今こっちにいる。千鳥橋病院て覚えてる?あそこに入院してる」
そう言った。
覚えているも何も、その病院は我が家から徒歩20分のところにあり、かかりつけにしている病院だった。
「集中治療室にいるって言ってたから会えるかどうかはわからないけど、意識はちゃんとあるって」
時計を見る。
夜羽子はまだ保育園に行ったばかりだし、弱太郎くんも夜までは帰らない。
「友希ちゃん、私…」
友希ちゃんは私の言葉を遮り「いい?」と少し声を強めた。
「るんるんがもう分別のある大人になったから私は言ったんだよ。るんるんは弱太郎くんの妻で夜羽子ちゃんのお母さんなんだからね!」
その後友希ちゃんは特別穏やかな声で中志くんのいる病棟と病室を教えてくれた。


仕度には十分もかからなかった。
いつも夜羽子と買い物に出かける自転車で走った。
取り乱しては行けないいけないと思いながらも先走る心に振り回された。
息を戻しながら院内を歩く。病院独特のにおいが鼻についた。
病室の前には"香下中志"という名前がはっきりとかかれていた。
泣きそうになりながらドアを叩こうとするとふと呼び止められた。
「面会ですか?」
看護婦さんだった。そういえば運子ちゃんのことを何も考えずに来たことを思い出しひやりとした。
「はい。無理なんでしょうか?」
看護婦さんは優しく微笑んで
「ちょうど今目覚められたところなんです。今日は調子がいいみたいで。どうぞ」
とドアをノックして彼女自身も失礼しますと部屋に入った。

部屋の中には中志くん一人だった。
すっかりやせ細ってしまっている中志くんは看護婦さんに弱弱しく笑い、私を見て絶句した。
「るる…」
もう泣きそうだった。
顔をぐしゃぐしゃにして、声をわんわん上げて泣けたらどんなにいいだろうかと思った。
しかし私に出来ることは眉毛を少し八の字に、困ったような笑顔を作って
「久しぶり」
と言うことくらいだった。
看護婦さんは点滴の様子を見にきただけのようですぐに退席して行った。

困惑した表情の中志くんはたどたどしく久しぶり、なんて答えた後、
「元気だった?」
と私に尋ねた。破壊しそうな涙腺をぐっとこらえ、うん、と返事をした。自分は元気じゃないくせに。
「友希ちゃんから聞いて、びっくりしちゃって。運子ちゃんは?」
「いつもお昼に来るんだよ。今俺の体調も安定してるし。悪いねわざわざ」
中志くんは傍にあるパイプ椅子を指さして、座りなよと言った。
「いったいぜんたいどうしちゃったの」
「ぜーんぜんわかんないんだ。工場の様子を見に行ってたら行き成り視界が狭くなってバターンとね」
働きすぎたんだ、きっとね。と中志くんは笑った。
数年会っていないなんて嘘のようだった。会話からは中志くんの病気も嘘みたいだったけど、やせ細った頬や腕がそれを現実のものにしていた。

「まあ、せっかくだしね。ゆっくり療養するよ」
中志くんは自分の病状のことを知らないようだった。
それがまた私の涙腺をノックした。
泣いてはダメだ。中志くんに気付かれてはダメだ。
「子どもは大きくなった?何子ちゃんだったっけ?」
「…夜羽子よ。大きくなった」
「そうかあ。るるちゃんに似ておてんばなんだろうなあ」
るる、がるるちゃん、に変わった。
「中志くんが退院したら、遊ぼうよ。蓮司くんも大きくなったでしょ?」
「うん、やんちゃで困ってるよ。運子似だからね」
こみ上げてきた。目じりに涙がにじんだ。一体何の話をしてるんだろう。私は何をしにここまでやって来たんだろう。
「何泣きそうになってんの」
いたずらっぽい目で中志くんが聞いてくる。
こういうところ、全然変わってない。
「久々に会ったら管とかついてるんだもん。中志くん。びっくりしたのよ」
精一杯答えた。


また、日を改めて運子ちゃんに挨拶をしにくると伝え、病室を出た。
帰り道の自転車でぼたぼたとこぼれる涙を町中の人が奇異な目で見ていた。
神様なんかいない。どこにもいない。
あの時、無理にでも中志くんを奪わなかった時、私の神様は消えた。
神様がいない私は、誰に何を祈ればいいのかもわからず、途方に暮れながら帰路についた。

第二十八話〜神様なんていない 

October 31 [Tue], 2006, 2:03

「夜羽子!はやくごはん食べちゃいなさい!幼稚園遅れちゃうよ」

最近朝は毎日この声から始まる。
"よわこ"と名づけた私達の子はすくすくと育ち、今ではもう幼稚園の年長さんになる。
時が経つのはまったく早いもんだ。
私も精神もずいぶんたくましくなり、日々を送っている。

この子が生まれてから大きなトラブルと言えば
弱太郎くんが名前を"弱子"にすると言ってきかなくて親族でもめたくらいだ。
結局夜に羽ばたくという当て字にすることで全員の同意を得た。
それ以外は全くの平和で、家族で旅行へ行ったり、初めての七五三があったり、一般家庭と同じようにあわただしい日々を送っている。

「ママ、よわちゃん犬が飼いたい」
夜羽子は一週間前からそればかり言っている。
なんでも友達がかわいい子犬を飼い始めたらしい。真似がしたい年頃なのだ。
犬が飼いたい攻撃に私も弱太郎くんもほとほと困っていた。
弱太郎くんは折れ気味に「もう飼ったら?」なんて言っていたが、
生き物を飼うということは思う以上に大変だし、夜羽子もまだまだ手がかかる。
ふーとため息をつき、掛け時計を確認する。幼稚園バスがやってくる時間まであと10分しかない。
「なんで夜羽ちゃんは犬が飼いたいの?」
なるたけ優しい口調を保つ。
夜羽子は俯きながらも答える。
「お友達が飼ってるから…」
いつもと同じ答えだ。私もいつもと同じ返答を用意し、話そうとすると夜羽子がそれを遮った。
「よわちゃん、犬にミッキーって名前つけたいんだ」
ふとよぎるのは中志くんの飼っていたあの毛並みのいい犬。あの子も確かミッキーだった。
予想外の発言に少し目がまわる。
「なんでミッキーなの?」
尋ねると夜羽子は弱弱しく答えた。
「お友達の犬、ミニーちゃんなの」
なるほど、そういえば先日夜羽子はお友達がディズニーランドに遊びにいったことを羨ましがっていた。
仲良しの友達と少しでもおそろいにしたいのだろう。
私はいつもの返事で夜羽子を促し、幼稚園バスを見送った。

「ミッキーかぁ」
夜羽子が生まれて五年、中志くんのことを思い出さなかったと言えば嘘になる。
度々思い出しては胸の締め付けられる思いがした。
夜羽子の横顔は少し中志くんに似ている気がする。
親類や友達からは「目元が弱太郎くんそっくり!」といわれるので多分私の気のせいなのだが
ふとした瞬間、夜羽子が見せる幼稚園児でないような表情は私の中に中志くんの火を少し灯した。
「考えない考えない!」
決めたんだから、五年前に。
そう心で唱え、洗濯物にとりかかる。

ふと携帯電話が鳴った。
びくりと振り返り表示を見ると友希ちゃんで、少しだけほっとしていることにその時気がついた。
「もしもし?」
友希ちゃんとは今でも頻繁に連絡をとりあっているので電話が来ることはちっとも不思議じゃなかった。
しかし電話の向こうの友希ちゃんはいつもと違う様だった。
「るんるん?」
「どうしたの?なんかいつもと声の感じが…」
友希ちゃんは私の言葉にかぶせるように発言した。
「落ち着いて聞いてね」
絶望的な声色だった。
「本当はるんるんに話すべきじゃないってわかってるんだけど…」
でも…と友希ちゃんは続ける。

「中志くん、病気にかかってて、もう長くないらしいの」

フラッシュバック。
鮮やかな思い出が万華鏡の様にくるくると回っている。
受話器の向こうの声が遠のいて上手く聞こえない。
誰かこの色とりどりの雑音を蹴散らしてはくれないかと、
そんなことを考えていた。

つづく

第二十七話〜奇跡と偶然の誕生A 

October 18 [Wed], 2006, 0:38
こちらは二十七話のAです。下にある@からお読み下さい。

病院ではばたばたとお産の準備が行われた。
「バスで病院まで乗り付けたのはあなたが最初で最後よ!」
看護婦さんは笑っていたが私はそれどころではない。
意識が朦朧としはじめた時、母が現れた。
「だからあれほど言ったじゃない!」
無断でバスに乗ったところにおかんむりのようだ。
「弱太郎くんにも今連絡したからね」
あきれ果てる母を一旦外へ出し、私はお産にとりかかる。
話には聞いていたがここまでだとは思わなかった。
「いきんで!」
看護婦さんが叫び、私は最後の力を振り絞った。
そして次の瞬間、新しい命が生まれた。
遠のきそうになる意識の中にけたたましい産声が響く。
「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」
そう言われて産まれたばかりの赤ん坊を見る。
真っ赤で、くしゃくしゃの顔を見るとあまりの愛しさに涙が流れた。

「るる!やったな!」
弱太郎くんは会社から慌てて飛んできたらしい。
母も初孫の顔を見てしっかりと涙ぐんでいる。
「女の子だって」
赤ちゃんを見た弱太郎くんもよかったなよかったなと言いながら泣いていた。
私はあまりの疲労にぱったりと眠ってしまった。

次の日、目覚めるとそこには母がいた。
「おはよう。あんたあの後ずっと起きなかったのよ」
「…赤ちゃんは?」
「新生児室よ。弱太郎くんがガラスにへばりついて離れなくって大変なんだから」
「ふふ」
安易に想像が出来る図だった。他の家族に迷惑かけてなきゃいいけど。
それより私には気になることがあった。
「ところでお母さん、なんで昨日私が病院にいるってわかったの?」
まさかテレパシーだなんて、私はそんなもの信じていないけど、何故母にはここがわかったんだろう。
「ああ、昨日あんたを連れて来てくれた人が連絡してくれたのよ」
ふとあのおばさんが頭をよぎる。ああ、あの人が…。
「お母さんが来るまであんたの荷物持って待っててくれてねぇ。退院したら葉書の一枚でも送っときなさいね。
電話は一応お母さんがしておいたけど」
「うん。ありがとう。ちなみに名前とか聞いた?」
「うん。たしか…広明さん…だったかな」
ひろあけ…。まさか。こんな偶然あっていいわけがない。違う、絶対違う。
また頭は混乱する一方だった。
母は続ける。
「あの後、タクシー代だけでもって言ったんだけど、『この間私も初孫が生まれて、
嫁と同い年くらいのお嬢さんがほっとけなかっただけなんです』って言って帰っちゃったのよ。
お礼状だけでもちゃんと出さないとね」

間違いなかった。
かすれている記憶からなんとかおばさんの顔を思い出す。
そう、あの目元は中志くんそっくりだったじゃないか。

中志くん、私は一生あなたに助けてもらわなきゃ生きていけないのかもしれないね。
いつかもし昨日のことを笑って話せるときが来たらあなたどんな顔をするだろう。
笑って話せたらいい。みんな一緒に。心から…。

つづく。

第二十七話〜奇跡と偶然の誕生@ 

October 18 [Wed], 2006, 0:36

結局、あれから運子ちゃんに連絡はしていない。
その後、私達二家族が顔をそろえることは一度たりともなかった。

数ヶ月して私も臨月を迎えた、予定日は明後日。
実母は一週間前から我が家に泊まっておりあれこれ世話を焼いてくれる。
「もう!買い物ぐらいいけるわよ」
「ダメダメ。曲りなりもあんたは明後日予定日なんだから、今日産まれたっておかしくないのよ?」
そうは言われても、昨日から一歩も外に出ていないんじゃ気分も優れない。
「じゃあちょっと散歩だけ!」
母は無理しちゃだめなのよ!?とヒステリックに叫び、これかぶって行きなさい!と帽子を差し出した。
パイプ柄のハット。専門学校時代によくかぶっていたものだった。
「これ…!無くしたと思ってたんだけど!」
そう、学生時代お気に入りだった帽子、いつだったか無くしてしまって探し回ったものだ。
クラス中のみんなに迷惑かけたっけ、中志くんにも半泣きですがって探してもらった。
「ああ、これるるが帰省した時に忘れてったんじゃない。あれから連絡も無かったし、お母さんがかぶってたのよ」
人騒がせな話だ。私はクラス中に迷惑をかけたって言うのに。
「なんだ!探してたのよ私。言ってくれれば良かったのに」
そうなの、ごめんごめん。と母は笑った。

歳月をかけて私の手の中に舞い戻った帽子。
出来ればあのきらびやかな時間のことはもう思い出したくないのに。
しかし帽子は戻ってきた。これもまた必然なんだろう。
それを被り、外へ出る。
じわじわと暑い日差しが照りつけている。少し眩暈がしたが、気を取り直し近くの公園へ向かった。
この公園には木々が多く茂り木陰がたくさんある。
昼間だというのに公園は親子連れで賑わっている。
「私も明後日にはお母さん、か」
なんだかくすぐったい。
この子が産まれたら休日は色んなところに連れて行ってあげよう。
公園、水族館、動物園、遊園地…。
ずきりと腹部が痛む。
「なに?まだ気が早いわよ。おチビちゃん」
とん、とお腹を蹴られる。
「そうだ!」
私はくるりと方向をかえ、バス停へ向かう。
「海を見にいこう」
ベイサイド、あの時から踏み入れていないあの場所に何故私は向かおうと思ったのか、未だにわからない。
やってきたバスに乗り込む。平日ということもあり、バスの中は空いていた。
私の他には5.6人の客が乗り合わせている程度だった。
ここからベイサイドまでは約10分。私は座って、じわじわとあたる陽を浴びた。

と、その時だった。
いきなり腹部に激痛が走る。
「いた…」
あまりにいきなりで自分でも理解ができなかった。
その間にも痛みは治まらない。それどころかだんだん強くなってきている様にも思える。
"まさか…産まれる?!"
パニック状態だった。母に電話しようにもカバンの中の携帯電話が見つからない。
すると私の後ろに座っていたおばさんが話しかけてきた。
「あなた…どうしたの大丈夫?」
見たことのあるような顔だった。誰だか聞きたかったが、痛みに叶わなかった。
「おなかが…明後日予定日で…」
しどろもどろで確かこう言ったんだと思う。
おばさんは大変!と叫ぶと運転手の元へ駆け寄った。
「妊婦さんが生まれそうなの!どうにか近くの病院までお願い!乗客のみなさんもいいですか」
と言ってくれていたようだった。
他の乗客も大丈夫ですか?と私の元へかけより、心配してくれた。
運転手さんはどこかに連絡を入れてから本来のルートを外れた。
痛みはだんだん激しくなる。
誰かが手を握ってくれている、さっきのおばさんだ。
「大丈夫?もうすぐ病院だからね」
優しく、力強い瞳、なぜか少し懐かしく心強かった。
ついた病院は運良くかかりつけの病院、原四信病院だった。
「ありがとうございます」
お礼を言うと運転手さんは「いいから早くいきなさい!」と私を病院へ促した。
手すりに捕まり、おぼつかない足取りでステップを降りる。痛みでどうしてもふらついてしまう。
すると、あのおばさんが私の腕を掴み、自分の肩にかけた。
「途中まで一緒に行くから」
藁をもすがる気分だった私は心なくすいませんと呟いた。

第二十六話〜母 

October 16 [Mon], 2006, 1:56

「ただいまー」
八時半、弱太郎くんが会社から帰ってきた。
ダイニングにかけた鏡を見て、にいと笑顔を作る。
大丈夫。いつも通りだ。
「おかえりなさい」
ダイニングの扉を開ける。
弱太郎くんはさっそくネクタイを緩めてジャケットを脱いだ。
目ざとくテーブルの上にある料理を見つけた彼は
「今日なんの日だっけ?なんかの日だっけ?」
ときょとんとした顔で聞いてきた。思わず苦笑してしまう。
「あのね、今日病院行ってきたの」
さらにきょとんとした顔で彼は大丈夫?のだいじょ…まで言いかけて固まった。
ふふ、ドラマみたい。そこで私も大女優になりきることにした。
「10週目だって」
これから私は死ぬまで演じ続けなきゃいけない。
今日はそれの序章、プロローグだ。女優舞流るるの生涯にわたるデビュー作、演じきらなきゃ。
弱太郎くんは、みるみる目をまんまるくしてがっと私の肩をつかんだ。
「でかしたな!るる!」
まったく、どこのトレンディードラマだよ。ばかばかしすぎて涙が出る。
「頑張ろうね。パパ」
「パパ、パパかぁ!だめだ。なんか顔がにやにやしちゃうよ」
「ほら。今日はご馳走だから。早く食べよう」

私の女優人生はまずまずのスタートを切った。
これを機に日記をつけることにした。女優日記だ。鍵付きのものを買った。


この日から、私達の生活は一変した。
両家の家族は大喜びで、男の子か女の子かと連日うるさく電話をくれた。
弱太郎くんは出来るだけ病院につきそってくれたし、大して重くないもの(例えばクリーニングに出す洗濯物が入った袋とか)も
「大事になるといけないから!」と言って提げてくれた。
ある時は服屋さんで130センチの洋服を持ってきて、
「これどうかな?!かわいくない?」
と言うので
「大きすぎ。まだ男の子か女の子かもわかってないんだよ?」
と笑いながらたしなめめたりもした。

とても幸せだった。生きてきて一番平穏な日常だった。


―――翌年、三月。

毎日つけている日記はなかなか見ごたえのあるものになっている。
鍵だけは携帯のストラップとして肌身離さずつけている。
あれから日々は全く平和でお腹も大きくなり、胎動も強く感じるようになり、ひとつひとつの喜びを弱太郎くんと二人かみ締めた。

今日は定期健診の帰り。
弱太郎くんは急ぎの仕事が入り、家まで私を送り届けてから職場に向かった。
弱太郎くんの車手を振り見送って、玄関のポストをあける。
一枚の写真はがきが入っていた。

"元気な男の子が産まれました。名前は廉司です。るんるんの子どもは順調?産まれたら遊ぼうね〜"

家族写真。
目元が運子ちゃんにそっくりの男の子だった。
口元には中志くんの面影もある。
幸せそうな写真、ぐっと何かこみ上げてくる。

これはマタニティブルーだと言い聞かせた。自分にも、子どもにも。
「悪いお母さんね。こんなことじゃ、ダメだよね」
その時子どもが不安げにお腹を一蹴りした。
「ごめんね」
写真をキッチンのテーブルの上に置き、私は優しく自分の腹部を撫でつづけた。


つづく
P R
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