架空街レインボータウン 

2008年03月23日(日) 10時45分
もう春です。小学校にあがった頃から、春は3月〜5月、夏は6月〜8月、秋は9月〜11月、冬は12月〜2月という区切りができたのを覚えています。もっともここ数年は、温暖化による(と思われる)異常気象の影響で、この区切りに違和感を感じる時もありますが。

駅までの道のり、橋の下を流れる川の流れ、かわいく咲いている小さな花に気分も萌え萌えです。
山手線に乗っていて学生の頃から思っていることがあるのですが、渋谷と原宿の間(宮下公園あたり)に駅があると便利だと。ちょうどその界隈に行くことが多くて、これは個人的なわがままかもしれませんが、同じことを思っている人がどれくらいいるのかは聞いたことがありません。

約束の時間まで、レコード屋を巡り(田舎ではどうしても注文になってしまうものが都内では何軒かぶらぶらすると手に入ることもあるので)、ぶらぶらしながら、10年くらい前の思い出を懐かしみます。こんな時に煙草とたっぷりのグランデコーヒーがあると、一層深い思い出に沈む遊びができます。

潰れたレコード屋もあれば、こんなとこにレコード屋?世の中の移り変わりに出会いと別れはつきものです。
クアトロやチェルシーホテルは最近でも行きますが、一方で、消えていく空間があるのも現実であり。

会場に到着し、中古テーブルで作り上げたブースに入り、SKAを中心にだらだらした音楽を流し、友人と語り、あっという間に会場開場です。

音楽に好き嫌いはあると思いますが、いろんなジャンルの音楽を生で聴くことにより(聴かなくちゃいけない状況により)、そこから得るものがあったりします。音楽っていいねという言葉が自然と発し、うんいいよねという回答が自然と返ってくる空間を作る魔法が音楽なんだと思います。

時間が経つにつれ、知り合いの顔が増え、また会えたね的感動と、懐かしさから始まるメールアドレスの交換、こんな空間もすごく好きです。この頃には、軽く酔い始め、煙草とコーヒーとは違った心地よさが普段はシャイな性格を饒舌に変えていきます。

こんな空間で出会った素敵な人たち、たとえこの空間が消えたとしても、いつまでも忘れないだろう。

これは僕の考え方ですが、色々な人と出会っては別れていくなかで、もう一度逢いたかった人々が暮らす架空の街を頭の中に造るという遊びがあります。そこに行けば、いつ誰とでも対話が出来ます。縁があって実際にもう一度会う人もいますが、そうでない人々はその街で時間の流れと共に日々変化していきます。たとえ別れてしまったとしても、その続きは、その街でたくさんの時間をかけて話してもらえばいい。僕はそれで十分満足なのです。

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陽の当たる橋越えて
虹の中すべり落ちる
花の名前をひとつ憶えて
七色に光る街まで届いたら

夢から醒めたままで
子供のように笑ってて

始めからきっと
秘密を解かして伝えられるから
辿り着いた先で
幻みたいに どうか消えないで

Rainbow Town,I see what you mean,finally

始めから数えながら歩いたら
何が見えただろう
辿り着いた先で
昨日のことみたいに僕を待っていて

Rainbow Town,I see what you mean,finally
Rainbow Town,I see what you mean,finally

あやや 

2008年03月15日(土) 21時57分
春というよりは初夏的な気候に、杉の木もお盛んになり、花粉出しまくり、受粉しまくりなお昼時、中華食堂で冷やし中華を注文したら、まだやっていないと断られ、仕方なくチャーシュー麺を食べました。

麦茶を飲みながら休んでいると、英会話学校に契約書を届けなくてはならないことを思い出しました。契約書にはんこを押そうと、印鑑ケースからはんこを出したら、はんこが腐っていました。はんこが腐るなど想定外だったので、すっかり動揺してしまい、なんとかはんこを押したものの、少し字が欠けています。受付でこれくらいなら平気だと言ってくれたので、世の中こんなもんかとそれはそれで嫌になりました。

特にすることもなく、英会話学校で人生そのものをさぼっていた時、好きな女性のタイプはあややだという話をしたところ、松浦亜弥と誤解されてしまい、とても困りました。僕の好きなあややは、幸田文さんという今はもういない小説家です。幸田露伴先生の次女と言ったほうが分かる方も多いかもしれません。幸田文さんの感性を知るうえで、彼女の『季節のかたみ』という本があるので、気になった人はぜひ読んでみてほしいです。

幸田文がわりとお婆ちゃんになってからの随筆を編纂したもので、いろいろな物事、出来事、現象、12の季節などについて書いています。お婆ちゃんは生まれたときからお婆ちゃん、父親は生まれたときから父親、ではないことが最近ようやく分かってきた僕にとっては、あやや(幸田文)の物の捉え方がとても新鮮でした。子供の頃に知った小話を年齢と共に見直して感心し、70歳を過ぎてその小話に対して「いいご縁だったと思う」と言う、その時間の長さと深みと感覚に、僕も「長生きしてみたいなぁ」と思うのです。

お祖父ちゃんがお祖母ちゃんに恋をした頃の出来事は、モノクロなものではなく、とても素敵な色を持っていたんだと。

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並木路は黄色に染められた
僕ら泳げるかい?
鮮やかに宙返ったまま
そこから少し記憶をなくした

アンナ、なんて軽やかに秋を歩くんだなぁ
頬杖でさ、そんなことを思った
ルースぐらい、ルースぐらい打てたらいいな
2万人がさ、息をのむアーチを描いて

1934年の秋に 孤になり消えた
銅像かなんか建ったんだってんだって
ようするにさ、秋は楽しくて静かだ

父親のいない君のひねくれっぷりは
日毎横暴なくらい わびさび捉えて
ベーベ・アンナ。ベーブ・ルースに叱ってもらえよ

僕は若くして、君のせいで寝不足だ

だけどベベ・アンナ、秋は好きかい?
並木路は今年も黄色になった
アンナ、なんて楽しそうに秋を歩くんだなぁ
軽い脳震盪、そんなことを思って

だからベベ・アンナ、秋は好きかい?
その年ベーブ・ルースは打ち続けた
並木路は黄色に染められて
アンナは、嬉しそうにそれを歩く

宇宙エナ爺 

2008年03月09日(日) 23時00分
とっくの昔の話ですみませんが、僕が幼稚園とか小学校に行っていた頃の話です。

当時、親の仕事の都合で、家からずいぶんと離れた学校に通っていた僕は、いつも早起きで、車の助手席に座って学校に行くということを毎日繰り返していました。

その途中、いつも長い竹竿のようなものを持ったお爺さんが散歩していて、僕はまだ子供だったのですが、
他にあんな棒を持って歩いている人は見たことがないし、少し変な人だなと思い、親に聞いてみたところ、近所でも評判な変わり者のお爺さんだと教えてくれました。

当然、気になるのはあの長い竹竿のような棒です。学区外の学校に行っていたこともあり、友達も少なかったので、幸か不幸か、時間だけはありました。そこで、あの謎の竹竿について、子供なりにいろいろと情報を集めたところ、宇宙からやってくる電波のようなものを捉えているようなのです。素材も見た目どおり、竹でした。ここにもお爺さんのこだわりがあり、竹でないと、宇宙からのエネルギーは感じることができないのだそうです。

そんなこともあるものかと思い、お爺さんほど立派な竹竿は手に入れることができませんでしたが、できるだけ長い竹を手に入れ、それを持って僕も歩いてみました。宇宙からのエネルギーは、届いているようにも感じますが、ただの竹竿のような気もします。そんな僕を見て、親からこの遊びは禁じられてしまいましたが。

謎が解明しないまま、禁止令が出てしまい、とてもがっかりしましたが、好奇心旺盛な子供だった僕は、別段困り果てることもなく、他の遊びを楽しんでいました。

とある春の日、あのお爺さんが警察に捕まったという話を聞きました。なんでもお爺さんは、宇宙からのエネルギーを求め、徒歩で高速道路に進入したらしいのですが、僕には行かねばならなかった理由があるように思えてなりません。僕から見れば、宇宙からのエネルギーは、場所によって異なるという理論を、大学に行く前から考えさせられるきっかけを作ってくれた偉大な人です。国家権力はいつでもそんな人に厳しいのです。

ともあれ、国家権力から厳重注意を受けたお爺さんは、十数年後、竹竿を持って散歩するようなことはできないまま、その一生を終えました。しかし、その意志を4半世紀前に受け継いだ少年が、今も存在することを国家権力は知りません。いつかこのプロジェクトを再開してみるのも楽しいかもしれません。

宇宙エナ爺の家は、実家からそう遠くないよく陽の当たる丘の上に今でも建っています。今のように電波まみれの生活とは無縁だった4半世紀前に、偉大なお爺さんがいたことを僕は忘れません。もし機会があるのなら、宇宙エナ爺の墓前にお線香を立ててあげたいと思います。その煙が、宇宙からの電波を捉えながら、遥か彼方のお爺さんに届くように。

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なんてこった 今日は緑風荘の人たちがやってくる
ほら見なよ どこからともなく歌う声が聞こえてくる
連中は、暑いばかりでなくやかましい、本当にやかましい
老人が叫び、呻いている
“悲しくて涙が出る、瞬く間に十年の月日が流れ、
私の祖国は大いに変わってしまった!
だけど、問題無いヨー!”

外はもう春の陽気の中
川面には散って試しに浮かぶ
ほの紅く ほの白いひとひら
緑風荘の人々がやってきた!

老人、パソコンばかりしていると馬鹿になりますよ
その女の子は毎回、真っ赤なショーツをはいていますね
まぁ、私も好きですが

外はそう雲ひとつなく
うぐいす色の鶯が鳴く
対になって不意に訪れて
また後も濁さず

あるとき、ある春の日に
老人のパソコンは壊れてしまった
すると同時に、老人自体も壊れてしまった
緑風荘の人々は悲しみに暮れて
老人を遥か彼方に弔ってやった

葬式を出すに際して連中はみんなで赤いショーツを穿いた
老人が好きだった(私も好きだった)赤いショーツを穿いた
老人が大好きだった赤いショーツを
みんな一緒になって穿いた
大好きだった赤い、

老人、ゆっくり休むといい。それではオヤスミ。

優しい人+優しい人=物事がうまく進みます 

2008年03月08日(土) 23時45分
僕は、常に小銭しか持っておらず、生活水準は中学生の頃とあまり変わっていません。
もしかすると、最近の中学生のほうがお金を持っているのではと思う時もありますが。
もっとも所持金だけで充実した毎日になるかどうかは別問題なので、あまり気にはしません。

起きた時に気づいたのですが、いつもより暖かく、あと何回か寒い日を我慢すれば、大好きな春がやってくるんだと、うれしくなってふとんから出てみると、やはりいつもより少し暖かくなっていて、外ではビオラとかなんとかいう花が咲いていました。

去年から今年にかけて、いろいろあったこともあり、通っていた英会話にもすっかり辟易してしまい、もう止めようと思い、昼過ぎに英会話学校に出かけました。

正直、続けようかともいろいろ悩み、マネージャーにも相談などしていたので、いきなり止めるのも悪い気がして、お礼の品を買っていこうと寄り道しました。食べ物でもよかったのですが、あの英会話学校に必要なものは何かと考え、コケの置き物を買いました。どこの英会話学校もそうですが、女性が多く、職場環境としては怨念めいたものを感じます。そこに外国人が加わるわけですから、設定としては無茶苦茶です。そんな環境を癒せるものを選んだつもりですが、相手に伝わるかどうかは分かりません。

英会話学校に着くと、今日も労働基準監督署に見せてやりたいくらいの忙しさです。以前から考えていた構想を伝えようとしたのですが、応対者がころころと変わってしまい、最後にはどこまで伝えられたのかも分からなくなりました。気づくと、TOEICのベーシックコースを契約していました。断るつもりで持っていったコケの置き物を持って帰るのもどうかと思い、飾ってもらうことにしました。

今度の担当教員は、この学校の実力者の1人です。おふざけ無しです。自分の場合、ふざけてなくてもふざけているように見えてしまうらしく、大変不利なのですが。(このふざけていないのに、ふざけているように見えるという件については、子供の頃の通知表でも毎回注意を受けていました)

英語を習って今でも戸惑うのは、日本人教師の存在です。そもそも日本人なわけですから、英語を完全にマスターしている人はいないはずです。そこまで言ってしまうと、ネイティブでも知らない言葉があるように、きりがないのですが、時々、この人が自信たっぷりに話している英語は、はたしてどうなんだろうと思うのです。自分の中のいちばんの理想は、日本語ペラペラの外国人教師ですが、これがいそうでなかなかいません。英語を上達させるには、それぞれの言語の両面からつめていく方法が納得できるし、お互いのためにもなるし、何よりやっていて楽しいと思います。

僕の口癖に優しい人と優しい人が一緒に物事を進めるとスムーズに、かつ効果も上がるという言葉がありますが(そんなことは聞いたことないという人はここで聞いてください)、英語の勉強にもこれは言えることなのです。お互いの立場を理解し合ったうえで、勉強を進めていかないと効果も上がりません。おそらく、教師側にとっては、英語力もさることながら、ここも問われる部分だと思いますが。生徒側は弱者なので、やはり指導者側に優しさビジョンがあるかないかで変わってくると思うのです。

先日、会社の上司と対立した件に、同じ事を何回も聞いてくる人は無能だという内容があります。僕は、何回も聞かれたら、何回でも教えたらいいじゃないですか的スタンスなので、そういう人を無能とするなら、自分の配下にくださいと言いました。そもそも確認を入れてくるというのは、おかしな処理をして会社に迷惑をかけてはいけないという気遣いからだと思うのです。むしろ、確認も入れずにいい加減な処理をしている人がいるとしたら、そっちのほうが問題ですというのが僕の意見なのですが、やはりこういったところから生じるお互いの優しさみたいなものはほんとすごく重要で、うまく理解し合えば、車輪みたいにぐんぐん加速できますが、ばらばらだったらそうはいかないのです。

人間関係で悩む人が増えている今、もっと優しい人が増えてくれればいいなと思います。
そんな気持ちを抱きつつ、英語も習います。

タイムマシン 

2008年03月02日(日) 23時20分
この間、高2の時に付き合っていた彼女が子供を連れて歩いているのを見てびっくりしていると、次の瞬間、忘れていた記憶が脳の中を膨張し、それがまた萎んで元の自分に戻るまで、ほんの数秒。もし時間を戻せたら・・そんなことを今でも考えてしまう自分と、淡々と人生を歩んでいく人たちと。

僕の学生時代は、もう10年以上前ですが、もっと実益のある勉強をしておけばよかったと思う時があります。
素粒子物理学や超ひも理論などという勉強を活かせるような仕事はなかなかありません。タイムマシンは作れるかなんて話で盛り上がるのがいいとこで、それ以上は、飲めないお酒を飲み過ぎて、早朝のトイレで反省会がいい落ちです。

とは言いながら、最近も東京工業大学大学院の白水助教授の本を買って読んでいますが。
輪廻転生が本当だったとしたら、何万年も前に出会った彼女の元になんて考え方も素敵ですが、そんなに昔の彼女の記憶を繋ぐことなんて自信ありませんが。

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光よりも速く素粒子を加速させられたら、きっと
君のもとへ もう一度辿り着ける筈だから

揺らぐ、ほどけない糸を止め
重さをなくせば
クォークは光を遡って落ちてくんだ

メビウスの輪にも似た時間の流れに乗って
秒速はそうさ、雨粒よりも速く!

千億の夜を越えて
君と見た 雨の日に逢いに行くよ
何万年の記憶を繋いだ
アカシアの海へ帰ろう”Raindrops”

オールトの雲を越えてなお
孤独な加速は続く
緑の小人が手を振る
少し、気も紛れて

揺らぐ、悲しみとは違う
意志の力で つなぐ ほどく
重さをなくして放たれる

そうさ、孤独はいずれ
僕のすべてを支配する
名前なんてもう、思い出せなくなった

千億の星を越えて
君と暮らした雨の日に逢いに行くよ
アカシアの夜の海辺に
産まれ落ちた 僕らの子の名前を

恋に落ちる確率 

2008年03月01日(土) 23時45分
中学や高校ぐらいの時、1学年300人いたとして、2人くらい好きな女の子がいたのではないでしょうか。
1人は、ショートカットで陽に焼けた活発なタイプで、もう1人は、色白で髪も長くて、いかにも女の子といったタイプといった具合に。女子については、どうか分かりませんが、やはり300人いたら2人くらいは気になる人がいたのではないでしょうか。この考えを元に、同世代の人間が日本に1,000万人いたと仮定し、恋に落ちる可能性のある人数を算出すると、7万人近くいることになります。

仮に1日1人に告白をしたとしても200年近くかかってしまい、これでは何のための人生なのか分からなくなってきます。だから、生涯の伴侶ともいうべき相手を見つけたら、死ぬまでに7万回愛を伝えましょう。

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通りに水が撥ねる 小さな声で話す
誰も気づかないくらい 静かな出来事も
そして思い出して

綺麗なとこだって 君を連れて歩く
飾りのテーブルは売れ残ってて
窓ガラスの向こうで眠り続けてるんだ
良く晴れた日

撥ねた水から生まれた 優しいあいのけもの
オークの綺麗なテーブルを盗みに行こう
真夜中に響き渡る 遠吠えに紛れて
君と見た夢の痕を連れ去って

悲しくないように 傷つかないように
君に口笛をさ、教えておくから
そっと思い出して

真夜中に怯えながら 悲しいあいのけもの
月のまわる音が蜘蛛の巣を揺らし
張り詰めた糸を弾いて こぼれる愛の言葉
夜の街なんて嫌いだと言った

良く晴れた日に生まれた 優しいあいのけもの
いつか綺麗なテーブルを盗みに行こう
真夜中に響き渡る あの鐘に紛れて
今度は夢みたいに うまくいくよ


7年越しの出会い 

2008年02月24日(日) 23時07分
ブログの再開を決めてから、お酒を飲んでだらだらしているうちに何日も過ぎてしまいました。

自分なりにいろいろと忙しく悩んでいるのですが、周りからは相変わらずふらふらしてるだけに見えてしまう自分に少しがっかりもしますが、敵を油断させるにはいい性格だと前向きに考えて暮らしています。

忙しいほうがブログに書く内容もたくさんあるように思えますが、実際それは間違いだと思います。暇なほうが、心に余裕も出来て、じっくりといい詞が書けるように、執筆も進むのです。

今回は、7年〜8年程昔に遡った話。当時、24歳の初夏の話。その日は、車がなく(なぜなかったのか今では思い出せないのですが)、電車で出かけて、用事も済み、駅のホームで電車を待っていました。

電車と言っても、ディーゼル機関で走る田舎のローカル線なのですが、1時間に1本か2本くらいしか走っておらず、ベンチに腰掛けてうつらうつらしていました。

この電車(ディーゼル機関車)の利用者は、地元の高校生と病院通いの老人くらいのもので、案の定、近くに腰掛けているお婆ちゃんからは、湿布と加齢臭の混ざったようなアダルト過ぎる香りが漂ってきます。

ようやく電車が来たので、乗車してまた椅子に腰掛けて待っていると、賑やかな女子高生たちが乗り込んできたのです。その中の1人に、とてもきれいな女の子を見つけたのですが、ドキドキしているうちに電車が目的地に着いてしまったので、下車しようとしたところ、どうやらその女の子も同じ駅のようです。その子は、どんどん遠ざかって行ってしまったのですが、一緒にいた友達が残っていたので、あの子の名前知ってますか?と思わず聞いてしまったのです。え?○○ですか?あの子は○○ですけど?みたいなかんじで、名前を聞くことに成功したのですが、その後その電車に乗るようなこともなく、7年の歳月が過ぎました。少し陽に焼けた肌に、整った顔立ち、それが白いセーラー服によく映えた、そんな面影は7年くらいで忘れるものではありません。

7年後のそんなある日、その女の子と同じ名前の女の子が、都内で舞台女優をやっていると知り、一か八かインターネットで調べてみると、間違いなくあの時の女の子で、23歳になった彼女はより洗練されて、女の子から女性へと見事な変身を遂げていたのです。
7年前の一部始終を彼女に話したところ、ぜひ舞台に遊びに来てくださいという連絡が入ったので、それ以降、たまに都内の劇場に足を運んでは、彼女の活躍を応援するようになりました。
思えば、偶然見かけた女の子と7年後に連絡を取り合えるようになり、握手して言葉を交わせるというのは、なんとも不思議な感覚です。
今となっては、これからの彼女の成功を祈るだけで、自分のことのようにうれしいのですが。

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日向に淡い 薄化粧が綺麗でしょう 薫る風も
昼はあざみの窓飾り 忘れたのは花の帰り道

雨上がり薄雲 露草の踊る坂道
手をふれば遠く 風になびく影に照れ隠し
またねと、またねと

あなたに淡い恋の夢
儚いでしょう 花の衣擦れ
素足に雨もうわの空 窓の外は
光る、風の、音

移り気な夏の 昼下がりの魔法に墜ちた
雨上がり薄雲 空から見下ろしているわ
手をふれば遠く 風になびく影に照れ隠して
花は帰り道、またあした逢いに来て

わたし雨上がり 薄化粧
ららふらら、らったった
花は帰り道
ららふらら、ラッタッタ
またあした
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