雨雨雨 

April 19 [Sat], 2008, 0:00

泣きたい、しんどい、淋しい、悲しい、苦しい、辛い、痛い、嫌…
いつの間にか使うのが苦手になった言葉たち

使わないから強くなれるってときもあるけれど
今のあたしの礎になったって部分もあるけれど

誰の目も気にしないで 出し惜しみせず
ありのまま感情を出す
惨めったらしくても みっともなくても
もがく それ自体を表現する

そのとき あたしをそっと
何も言わずに抱きしめてくれる人いたらいいな

心底素直に思える今にようやく辿り着けたのは
牙をむき出しにしてたあたしの中での大革命かもしれないね

ここんとこ3日間地球が泣いてた
明日は晴れるらしい


通勤時間 

March 20 [Thu], 2008, 0:00
電車の窓の外。
差し込んでは過ぎ去る光と朝の青い街並み。

ヘッドフォンから流れる好きなメロディ。
視角のスピード感が聴覚のテンポ良いサウンドと交わりあって。
誰にも邪魔されないその空間がたまらなく心地良かったりする。

物質的な押し詰めの中にあるごくごく小さな世界。

会社最寄り駅に着くと、軽やかに改札を通り抜ける。
そこではじめて外の空気や朝日を皮膚でめいっぱい感じる。

足早に出勤する人に混じって歩き始める。
遠くに東京湾の海が見える。

分刻みの動作は決まりきったロボットのようだけど。
その動きの中に私の朝は確かに脈打っている。

大勢の中にあるほんの微々たる息吹き。

おはよう太陽。
おはよう青空。
おはよう1日の始まり。

今日も会社に行ってきます。

夢から覚めて 

October 27 [Sat], 2007, 0:00
J君と出会ったあと、
2日連続で白斑がぶぁーって体に広がった夢を見た。
どうしてだろう。。。。
朝ベットの上で目が覚めると、ものすごく怖くて、
助けてって誰かにすがりたくなった。

自分と同じ病を持つ人とコンタクトをとれたこと―
それは自分にとって大きな意味があったけど、それと同時に、
視覚による影響力が、自分に見えない変化を齎したのかもしれない。
J君が白くなっているところは、
自分が白くなっていないところだったりしたから、
無意識の中にある自分の気持ちと、視覚による映像が重なって、
深層に潜む不安な感情が浮き彫りになったのかも。。。。
夢のことは、とりあえずそう解釈することにした。


2日経った今日も、J君の言葉をぼんやり思い出す。

「俺は自分が白斑で悩んでるってこと人に知られたくないんだよね」

彼の発する言葉は、時々あたしの言葉のように感じられた。
わかる。わかるよ。あたしもずっとそうだったから。
でも・・・・・
どうなのかな。最近のあたしは???だよ。
ねぇ、その我慢って、何のためにあるの?
J君はそんなこと考えたことあるかな??

『私の体には至るところに白斑があります』
『白斑は、治療法が確立されていない難治性の皮膚病です』
『私は困っています』
『この先も増えたら、私は困ってしまうかもしれません』

あたしにはこういった事実がある。
そしてこの紛れもない事実は、悲しいけれど、変わらない。
我慢しようとするのはどうしてかわかる?
我慢は、傷つかないための一番手っ取り早い防衛手段だからだよ。
でも・・・・・
ほんとは違うでしょ?
ほんとは自分を守りたいことがしたいんじゃなくて、
できることなら自分のことをホントに分かってもらいたい、そうじゃない??

くすり 

October 25 [Thu], 2007, 0:00
よく家族に心配される。
「あんたは無防備すぎるから気をつけなさい」って。
分かってる、分かってるけれど。
時々自分の中から衝動的なパワーが込み上げて。
その魂から湧き出てくるようなパワーは、
あたしに考える余地を与えないんだ。
ごめんねいつも心配させて。


昨日清水の舞台から飛び降りたあたし。
自分からオファーをして、同じ皮膚病を持っているコとガチで会った。


人口の1〜2%しかならないといわれている皮膚病を、
私と同じく20年も背負ってきたJ君。
イマドキ風な彼は、長身でうまく古着を着こなしていて、
待ち合わせのスタバに着くと、すぐにあたしを見つけてくれたようだった。
聞きたいことはいろいろあった。
そしてあたし自身も話したいことが沢山あった。
しばらく話したあと、ひょんなタイミングでJ君に、
「よかったら自分の大学にいってみませんか?」
と言われ、スクールバスに乗って彼の卒業した大学に行った。
校舎の中を少し歩いて、誰もいない夕方の教室でまたいろいろと話をした。
J君と話をしていたら、過去に自分が閉じ込めた気持ちも蘇ってきたりした。
同じ境遇を背負ってきたという事実が、自分の何かを緩めたのかも。
初対面の相手の前なのに超泣きそうになった。
マスカラがとれるから根性でふんばったけど。w


これまでは同じ皮膚病の人が世の中にいるっていう事実を、
想像するしかなかったなかったわけだけど、
実際にその人を目の前にすると、心が揺れ動いた。
「あーあたし1人じゃないんだなぁ」って、
心の中にジワ〜っとした気持ちが広がった。
1人がずっと嫌だった。
同じ境遇の人にしかわからないだろうなと、
身近な家族にも言えなかった気持ちを抱えて育った。
自分の気持ちを深く理解してもらうことを求めなかったのは、
相手に“共感”を求めてしまうことで自分が虚しくなるのが嫌だったから。
J君との出会いは、自分にとってかなり嬉しいことだったように思う。



今日は病院の日だった。
今のあたしにとって必要なくすりってなんだろう?時々自問する。
今日は病院に行かなかった。

哲学 

October 24 [Wed], 2007, 0:00
昔から人と出逢うことが、
奇妙でありまた奇跡であるように感じていた。

自分の人生で出逢う人は、自分の人生の中に登場してくる人物で、
逆を返せば、自分も、相手の人生の中に存在している登場人物なんだ。

そういったことを考えれば考えるほど、
自分と出逢う人は、
何億万人も存在する人間の中で出逢えた特別の人のように思え、
何事もなく当たり前のように出逢ったとしても、
きっとこの人じゃないといけなかったんだなぁって、
なんかね、そう思う時がある。

誰かの人生の中で、自分は必要な存在。
誰かの人生の中で、自分は通りすがりの脇役。
誰かの人生の中で、自分は出来れば関わりたくない悪者。
誰かの人生の中で、…

自分以外の誰かの心は知れないけれど、いろいろな捉え方があって。
自分が存在していることは、良くも悪くも、
自分を感じてくれる誰かがいるからこそ成り立っている。
相対性の中に存在する絶対的な自分の存在。
昔からその絶妙な感覚を、あたしは奇妙で奇跡に感じていた。
そしてその絶妙な感覚が、紛れもなく、あたしが存在しているということで、
そういった感覚を紡いでいくことが、あたしの人生ということになる。


病院にいく 

October 12 [Fri], 2007, 0:00
これから病院に行く。
最近肌の調子が良くない。


自分は皮膚の色が消失してしまう病気をもっている。
後天性の原因不明の病気。
メラニン色素をつくるメラノサイトという細胞の消失、もしくは、
メラニン色素生成機能の停止により生じているといわれているんだけどね。


先週5年ぶりに病院に行った。
自分の病気を専門にしている皮膚科。
診察に入って服を脱いで見てもらうと、
「あーだいぶ広いですね〜。
ここに来る患者さんの中でもかなり広い方だと思います」だって。
そらそーだ。あたし20年も背負ってきたんだから。
でもそういう言い方されるのはあたしイヤですね。


診察の際の、医者がモノでも扱うかのように見る視線。
機械で体を照射をする際の、テキパキとした流れ作業の工程。
自分の病気は直接命に関わるような大きな病ではないが、
自分の体に対する尊厳の喪失感――
病院に足を運ぶ度にそういったものを強く感じるようになって、
20歳のとき自分の意思で通院するのをやめた。


「やめたら広がるから通わなきゃ駄目だよー」
医者の言葉が自分の中に鈍く響く。


病院にかかる費用、時間…
そういっこれから通院を始めたらかかるものを考えては、
ここしばらく悩んでいた。
また通院するべき…?
あたしが気にしなくなればいい話じゃ…??
いろいろ理性的に整理しようとする。
でも鏡を覗き込むと、
そこに映るそれまでは肌色だった所が白くなっている自分
そしてそれがこれからのあたしになっていくんだという現実とぶつかっては
目から涙がこぼれる。
こぼした方が正常なんだと思う。
中途半端に我慢せずに、めっちゃ泣いてやる。


治療するなら少しだけどって、母が治療費を振り込んでくれた。
親が援助してくれることは当たり前のように感じていたけれど、
いまはそれがいたたまれなくもある。
ごめんねって思いながら、いまは母に感謝するしかない。


いってきます。

ドーナツ 

October 09 [Tue], 2007, 0:00
どうしても自分の気持ちを騙せないとき。
それは多分自分と向き合わなければいけないときだったりする。

できれば誤魔化したい。
目を逸らしたい。
しんどいものに目を向けるのって結構辛いから。

そうやって逃げて、自分の気を紛らせて、
自分の中から過ぎ去ってゆく気持ちだったらいい。

でも巡り巡ってそいつはあたしの前にあらわれるんだ。
どんなに無視しようと思っても
まるで乗り越えなきゃいけない大きな山であるかのように
必ずあたしの前にあらわれる。

すげーこわい。
これまではなにクソってやっつけよーとした。
でもそいつはどこまでも追いかけてくるから、
いまはがむしゃらに戦うのも違うって思ってる。

自分がどう在りたいのか、今よくわからない。
何も感じない、考えない生き物になりたい。


帰りにミスタードーナツを食べた。

25 

June 11 [Mon], 2007, 0:01

6月11日で25歳になった。
祝ってくれた友達みんな、ありがとう。


20代の真ん中になって、あらためて思ったこと。
今の自分がいる位置。


18歳の冬。
あたしは東京の私立大学に進学する道を選んだ。
あのときのあたしには、
隣県の国立大学教育学部進学という選択肢もあった。
間違いなく、自分の人生にとっては1つの大きな分かれ道。
だけどあたしはまったく悩まなかった。
夢と持ち前の好奇心を持って、東京に出てみようと思って出てきた。
あのとき、もしあたしがもう一つの選択肢を選んでいたら、
今の自分も、今あいと繋がっている人たちとの出逢いも、
みんな、みぃぃぃぃーーーんな、なかったんだろうねぇ。
外国に行ってみるとか、図書館行くとか、一人旅するとか、
そういうこともしなかったかもしれない。
そして、めっちゃ感動したことや楽しかったこと、
二度と同じ目にはあいたくないほど辛く苦しかったこと、 
そういうこともひっくるめて、
みんな、みぃぃぃぃーーーーーんな、なかったのだ。


人生は「選択の連続」だらけ。
だから、
選択して得られたものに、感謝できる人間になりたい。





Happy Birthday to me. 25

HEVEN? 

June 11 [Mon], 2007, 0:00


雨上がりの本土寺。
お寺なのに、天国みたいでした。




Friend 

March 10 [Sat], 2007, 0:00


何も言わずに話を聞いてくれる人
励ましてくれる人
叱ってくれる人

あたしは いろいろな人に囲まれている

自分がどうしようもなく仕方なくて
そんな自分をうまく操縦することもできなくて
踏み出す1歩がほんとうに恐くて
動けないでいる自分

その自分を

PHSの小さな液晶に映る言葉が
受話器の向こう側から聞こえる声が
目の前に見える変わらぬ笑顔が

後押しする




いきあたりばったりのあたしは
ぺしゃんこになった
そして
もっと強くなりたい と言った

そしたら
強くなることは 泣かないことじゃないんじゃない?
泣きたいときに泣けるのも 強いことだと思うんだけどな
だって

まいった
ほんとまいるよ

あんたのまえじゃ 
あたしはいくつになっても昔のまんま
泣き虫あいだわ
受話器の前で泣きたい気持ちを我慢してた自分が
しっかり伝わってたりするんだから




ともだちのおかげで
自分が気づけたこと

ともだちのおかげで
自分がいる意味

そういうことを
さいきんよく考えます


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