リュウタロス小説

March 18 [Sun], 2012, 16:40
扉の閉まる音に気付いて、愛理はその方向に顔を向けた。
「…良ちゃん?」
 灯りを落とした閉店後のミルクディッパー。誰もいるはずがない。
 考えられるとすれば、良太郎が帰宅したのだろうとそう思ったのだ。

 しかしそこに弟の姿はなかった。
 時計は午後11時11分を何秒か過ぎたところだ。
「…気のせい、だったのかしら?」
 そうつぶやきながら、愛理はぐるりと辺りを見渡した。
 カウンターの中からでも広すぎない店内は隅々まで見渡せる。

そういえばあの時、全ての客の顔が見えるようにしては?と言ったのは…誰だったろう。

 と、テーブルの上に、何やら筒のようなものが置かれていることに気付いた。
 誰かの忘れ物だろうか?
 最後の客が席を立った後、片づけをした時にはなかったはずなのに…。
 そんなことを思いながら、その筒を手に取る。
 それは、筒ではなく一枚の紙を筒状に巻いたものだった。
 中を覗き込んでみると、どうやら絵のようだ。
 勝手に中を見るのは失礼とは思うのだが、手がかりを求めて、愛理は慎重に紙を広げてみた。

「…まあ…」

 それは、暖かな色合いで描かれたクレヨン画。
 丁寧に、何度も塗り重ねた線に、大切なひとを想う気持ちがじんわりと溢れていて、誘われるように微笑む。
「うふふ…素敵な絵…。きっととても大好きな人を描いたのね」
 とても、とても優しい絵だと思った。
 それなのに、胸がきゅぅっと締めつけられるような不思議な気持ちになる。
 ずっと眺めていたいと思う気持ちを抑えて、広げた絵を元のように丁寧に巻取った。
「あら?」
 先ほどは気がつかなかったが、絵の裏側には、まるで教わったばかりの字を一生懸命書いた、そんなことを伺わせる文字で

“おねえちゃんへ”

 とあった。
 どきん、と胸が高く鳴る。

「…この絵は…わたし…?」
 直感的にそう思った。
 もう一度絵を開いてみる。
 中央で手を広げている女性は、夢見るように目を閉じて穏やかに微笑んでいる。
 誰だか解らないけれど、こんなにも自分のことを慕ってくれている者がいたのだろうか?
 そう思った時、ふと脳裏をよぎったのは、いつかの弟の姿。
 外見は間違いなく弟だったのに、幼い子供のような雰囲気を纏った良太郎の姿だった。

 何故だか解らない。
 けれども湧き出る感情に突き動かされるように、愛理はその絵を抱き締めた。
 その絵を描いた者まで包み込むように、そっと。

「ありがとう。ずっと大事にするわ」

 つぶやいたその声は、たっぷりと愛情を含んで、空間ににじんでいく。
 カチカチと心地よい時計の針の音が、確実に時を刻み続け、今日を未来と繋げようとしていた。
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