課題7 ビデオを見てアグリビジネスに関して 

July 18 [Wed], 2007, 8:31
 
 あのビデオは、今後の人類がどう食べ物ということに対して向き合っていくかを考えさせるものであった。
 人類は作物を作った。そして、それを売り利益を上げるようになった。広い範囲に一斉に水をまくセンターピボッド、一斉に害虫を駆除する空中からの農薬散布、様々なことを行ってきた。そして、生産量を増やしてきた。しかし、何も考えずに生産量を追求するあまり、風食は広がりダストボールが起こってしまう。地下水の枯渇に繋がってしまう。水の枯渇は、生産量の低下をもたらした。
 結局のところ、目指すところと違う結果になってしまったのだ。何も作物生産における弊害は、アメリカの大量生産システムによるものだけではない。緑の革命を経たインドの例もある。大量の水と化学肥料によく反応する小麦を品種改良により作り上げた。そして、農業機械を導入し、大規模灌漑を実施し、化学肥料を用いて生産量を増やしていった。それがもたらしたものは生産量の増加だけでなくウォーターロギングや塩類集積を引き起こしてしまった。
 こういった事態に陥ってしまうのは人類の考えが間違っているからであろう。今、地球は悲鳴を上げているにもかかわらず人類は自分たちのことしか考えていない。それに対する報いがやってきたのではないだろうか。そのような中、アメリカの穀物商社カーギルは自分たちの利益しか考えていない。モンサントル社もバイオテクノロジーを駆使しひき起こされる問題を乗り越える作物を作っている。あくまで引き起こされた問題に対して後手の開発である。
 このような考えは、エコノミー(経済)がエコロジー(自然環境)よりも重要であるというものだ。あくまでビジネスであり、それによってもたらされる問題は、その後で何とかするといったものである。今、この考えを改める時期にきている。エコロジー(自然環境)の中にエコノミー(経済)があると考えなければならない。そのエコロジー(自然環境)のキャパシティを越える活動は行うべきではない。越えずとも、もてる知識を駆使しエコロジー(自然環境)の中で自給自足を行っていくべきだ。何も利益追求が悪いと言っているのではない。その行き過ぎた利益追求がもたらした事態のせいで、人類が生活できない事態が迫ってきているのだ。だから、その利益追求の考えを少し考え直してもらいたいのだ。
 けれども、それでは人口増加に対応できない、アメリカが各国の食料を支えているから止めるわけにはいかない、という考えがある。確かにその通りである。しかし、これはエコロジー(自然環境)よりエコノミー(経済)の考えに囚われていたらというだけだ。では具体的にどうしたらよいのだろうか。
 私が考えるのはエコノミー(経済)よりエコロジー(自然環境)の考えに基づいた生産拡大より分配拡大というものである。まず、利益目的である飼料作物生産を改めるべきである。ビデオで黒いトウモロコシが出ていたが、そもそもトウモロコシというものは、人が食べるよりも動物に食べさせる。その動物を人が食べるのだ。これは人類が豊かな生活を求める上で仕方のないことなのかもしれないが、まずは主食となる小麦、米というものの生産にあてるべきである。そうしないとそのしわ寄せを受けるのは発展途上国である。その上で分配拡大を考えてみる。
 今、世界で年間20億トンの食料を生産しているといわれている。それを66億人で分けると、一人当たり年間300キロ消費できるはずなのである。しかし、サハラ以南のアフリカでは160キロしか消費できていない。それに対し、アメリカは一人当たり年間800キロ消費している。これは食料の偏在ということができるのではないだろうか。この偏りを均衡状態に戻す努力をすれば、自然環境のキャパシティを越えない食糧生産で、人口増加に対応できるのではないだろうか。
 もちろん一時しのぎにすぎないかもしれない。だが、その間に人口増加を抑える対策、普通小麦、米ができないところで自然に優しく生産できる品種の開発など、まだまだやれることはあるはずである。このことを遠い国の問題と捉えるのではなく、地球規模で見ると自分たちもその問題と接しているのだ。そのことを考え、個々人で行動していくことが大切なのではないだろうか。もし、そうしなければ食料問題が人類の首を絞めることになるのは間違いない。

課題6 タクシードライバーに関して 

June 27 [Wed], 2007, 11:42
 

 『タクシードライバー』の映画はいったい何を示していたのだろうか。その前に、この映画がどのようなものかについて述べていきたい。
 舞台はニューヨーク。主な登場人物はイエローキャブの運転手のトラヴィス、少女売春婦のアイリス、パレンタインの選挙事務所で働くお嬢様ベッティ、大統領候補選挙に立候補しているパレンタインである。あるとき、トラヴィスはベッティに恋をする。トラヴィスの実直さにひかれ、ベッティも意識し始める。2人はデートをすることになる。トラヴィスはベッティをポルノ映画に連れて行ってしまいベッティに嫌われる。トラヴィスは失望感に包まれ、恋がうまくいかなかったことを社会が悪いと思い込み、あらぬ方向に変貌を遂げていく。その恨みの思いが、彼女から彼女の働く選挙事務所の支持するパレンタインに向かいだす。そんな中、トラヴィスはアイリスと出会う。なぜ、このような少女が売春婦をやらなくてはいけないのだ、何とかしてあげたいという思いにかられる。身体を鍛え、自分の手でこの腐った社会を変えてやるとどんどんのめりこんでいく。自分で自分が分からなくなり、とうとうトラヴィスはパレンタイン暗殺未遂を起こしてしまう。そのまま、マフィアからアイリスを連れ出し親元に返した。それからしばらくして、トラヴィスはいつものイエローキャブに乗り仕事をし、いつもの日々が続いていく。そんな中、たまたまベッティを乗せる機会があり、彼女を乗せ、何もなかったように送り届けておしまいである。
 私の文章力では、非常に危ういスリリングさや、リアリティに欠ける映画だなと思われるかもしれない。しかし、この映画は非常におもしろく見てもらわないと魅力は伝わらない。見たことない人はぜひとも見ていただきたい。
 では、この映画が何を示していたかについてのべていきたい。私が考えるに、この映画はアメリカの小さな縮図を示している。アメリカという大きな国をニューヨークという小さいながら力溢れる都市に落とし込み示しているのではないだろうか。このことについてもっと述べてみたい。
 アメリカはベトナム戦争ではじめての敗戦を経験する。そこにある言葉にできない重たい空気がアメリカを包んでいた。トラヴィスはタクシードライバーをするまでは海兵隊に所属していた。トラヴィスが敗戦後のアメリカの社会を体現しているような感じをうける。
 また、トラヴィスがやることになるタクシードライバーという仕事もアメリカの抱える問題の表れだと思う。当時、アメリカ社会はメルティング・ポッド論に変わり、サラダボール論が広まっていた。移民の増加、少数派の意見の高まりが起きているころである。けれども、WASP(映画の中で言うならばパレンタイン)ではない、そのような移民たちにとってアメリカは真の自由の国とは言いがたいものであった。彼らが手っ取り早く就ける仕事というのがタクシードライバーである。トラヴィスがタクシードライバーになるのは、一見栄えて見えるアメリカに対してのアンチテーゼを含んでいるはずである。栄えているアメリカの裏側で、黒人への偏見、ドラッグの氾濫、スラム街の存在などが、タクシードライバーとしてのトラヴィスの視点を通し描かれていた。
 今度は映画から変化を望むアメリカを見ていきたい。トラヴィスは銃を買い、力で社会を何とか良いほうに正そうとする。パレンタインは政治の力で社会を何とかしようとする。2人の間には出身・学歴・経験様々なものが違っている。けれども2人とも社会的正義のもと、社会を変えようとしていることは共通である。目的は同じだけれども手段が異なっているのだ。どの階層も今のアメリカに満足はしておらず何とか変えていきたい。そう考えている。違うところは、力の行使をどう捉えるかである。これは今のアメリカにも通じるものがある。理想はパレンタインのように平和的政治の力を使い社会を変えることを望む。しかし、実際そのようにはいかない。銃・武力による実力行使による社会変化を行ってしまう。2人から、アメリカの理想と現実が見えてくる。また、トラヴィスがおかしくなっていくといのはアメリカの姿そのものなのかもしれない。また、銃ということから、アメリカの銃社会問題にも考えさせられる。
 それだけではない。アイリスの話から、変化を望むアメリカとしてカリフォルニア西海岸が出てくる。変わろうとしても変わることができない伝統を引きずるニューヨークに対して、若者文化を表すカリフォルニアへの待望などが見て取れる。ニューヨークがアメリカの縮図といえるのだから、そのアメリカ全体への変化を望んでいるということができるのかもしれない。
 今度は登場人物4人から、アメリカの階層社会というものが見えてくる。自由を唱える一方で貧民街の存在があり、自由の下で階層がはっきり別れているアメリカの姿がある。トラヴィス・アイリスは底辺層、ベッティ・パレンタインが上流層である。ベッティとうまくいかなかったトラヴィスから、2つの階層間では、結局忌み嫌う関係にあるということがよくわかる。ところが、トラヴィスはアイリスには優しく接することができる。これは階層同士、同属意識からまとまることができるということを示している。
 こういったことから、私は『タクシードライバー』の映画はニューヨークの街をアメリカの縮図として捉え、その当時のアメリカの抱える問題を投げかけていたのではないかと思う。

ニューヨークのマップです。



課題5再提出 ビクトリア朝のロンドンマップ 

June 14 [Thu], 2007, 11:18


ビクトリア朝のロンドンマップです。


 まず、モンテスキューとブラックストンの考えに基づいて、ビクトリア朝の君主制の特徴を挙げてみたい。どちらにもいえることは、イギリス憲政、それは三権の分立とその均衡を重視していたということだ。モンテスキューの考えは、立法・司法・行政がそれぞれの機関に委託されて行われると見た。ブラックストンは、君主制的要素・貴族制的要素・民主制的要素が相互に結合されてくるものと見た。
 そういった考えに対し、バジョットは否定的な見方をした。そのためにバジョットは憲法の有効性を2つの部分に分解した。今度はそれらについて見ていこう。
 1つ目の部分は「威厳をもった部分」である。この部分は、国民の感覚に訴えて、憲法に尊敬の念を喚起する演劇的要因である、ということを意味している。2つ目の部分は「機能する部分」である。この部分はイギリス国民の信従を利用して、現実の支配を行使する有用的要因である、ということを意味している。もともと、この2つの部分は君主の一身に統合されていた。例えば、絶対王政時代では、アングリカン・チャーチの頂点に君主がおり、政治を行うのも君主という具合だ。近代以降、この両者は分離分有されるようになっていった。「威厳をもった部分」の頂点には君主が、「機能する部分」の頂点には内閣がその地位にいる。詳しく見ていく。すると、威厳を持った部分は、君主と上院に色濃く反映されており、機能する部分は希薄であるといえる。また、下院と内閣は、機能する部分が大半を占め、威厳をもった部分は付随的であるといえる。
 このような考えから、バジョットはイギリス憲政の特徴を、憲法の有効性の2つの部分から言い表して見せた。
 ここからはロンドン市内の権力装置と関連付けてみていく。ロンドン市内には、宗教の拠点としてのウェストミンスター宮殿がある。またThe Guildhall(市役所)といった行政を行う場所、英国銀行といった金融の拠点、英国博物館といった文化の大成の場、ロンドン大学のような教育、Picadilly Circusのような娯楽、すべてが混在した都市であるといえる。どこかの権力が特化された都市とは違っているように思える。これに対し、ワシントンDCは宗教の部分を排した、人間の建国の精神に特化した都市であるといえる。


課題5 ビクトリア朝のロンドンマップ 

June 13 [Wed], 2007, 13:32


ビクトリア朝のロンドンマップです。


 まず、モンテスキューとブラックストンの考えに基づいて、ビクトリア朝の君主制の特徴を挙げてみたい。どちらにもいえることは、イギリス憲政、それは三権の分立とその均衡を重視していたということだ。モンテスキューの考えは、立法・司法・行政がそれぞれの機関に委託されて行われると見た。ブラックストンは、君主制的要素・貴族制的要素・民主制的要素が相互に結合されてくるものと見た。
 そういった考えに対し、バジョットは否定的な見方をした。そのためにバジョットは憲法の有効性を2つの部分に分解した。今度はそれらについて見ていこう。
 1つ目の部分は「威厳をもった部分」である。この部分は、国民の感覚に訴えて、憲法に尊敬の念を喚起する演劇的要因である、ということを意味している。2つ目の部分は「機能する部分」である。この部分はイギリス国民の信従を利用して、現実の支配を行使する有用的要因である、ということを意味している。もともと、この2つの部分は君主の一身に統合されていた。例えば、絶対王政時代では、アングリカン・チャーチの頂点に君主がおり、政治を行うのも君主という具合だ。近代以降、この両者は分離分有されるようになっていった。「威厳をもった部分」の頂点には君主が、「機能する部分」の頂点には内閣がその地位にいる。詳しく見ていく。すると、威厳を持った部分は、君主と上院に色濃く反映されており、機能する部分は希薄であるといえる。また、下院と内閣は、機能する部分が大半を占め、威厳をもった部分は付随的であるといえる。
 このような考えから、バジョットはイギリス憲政の特徴を、憲法の有効性の2つの部分から言い表して見せた。
 ここからはロンドン市内の権力装置と関連付けてみていく。ロンドン市内には、宗教の拠点としてのウェストミンスター宮殿がある。またThe Guildhall(市役所)といった行政を行う場所、英国銀行といった金融の拠点、英国博物館といった文化の大成の場、ロンドン大学のような教育、Picadilly Circusのような娯楽、すべてが混在した都市であるといえる。どこかの権力が特化された都市とは違っているように思える。これに対し、ワシントンDCは宗教の部分を排した、人間の建国の精神に特化した都市であるといえる。


課題4再提出 Charleston,SCの火災保険マップ 

May 25 [Fri], 2007, 20:10


Charleston,SCの火災保険マップです。


 1780年代のイギリス海上火災保険業界が、ここまで詳細な火災保険マップを作っていたことに驚かされました。この詳細な火災保険マップから、まず2つのことがいえます。
 1つ目は1780年代にもかかわらず、当時の海上保険会社の調査能力の高さを示しています。2つ目は当時の建物が木かレンガでできていることを示しています。
 では、なぜここまで「建物が何でできているのか」、「どこに何の建物があるのか」ということを詳細に記したマップを作る必要があったのでしょうか。ここからはあくまで予想です。当時、それほど防火消防技術が発達していなかったはずです。みんあ、火災を恐れていたはずです。だからこそ、建物が何でできているかを正確に示し、燃えやすい燃えにくいを明らかにすることで、企業活動を行いやすくなるはずです。火災が起こる前に、この建物は燃えやすい燃えにくいかが掴めていたほうが火災保険加入の活動を行いやすくなるはずです。また、そういったことが掴めていることは、保険会社にとって火災などが起こったあとの保険金の計算にも有利に働くはずです。

 このマップのレンガ作りの建物に色を塗っていくことでわかったことは以下のことです。
 レンガ造りの建物は、教会を中心とした街の中心部に多い。それに対して、木造の家は街の中心部から離れた郊外に多い。レンガ造りの建物は、南のほうに多い。また南の方は港になっている。このことからレンガ造りの建物は住居というよりも、倉庫などの可能性がありそうである。また、郊外に木造の建物が多いことから住居なのかもしれない。レンガ造りの建物は大きな通りに面したところにある気がする。木造の建物に比べて、レンガ造りの建物は大きな建物が多い気がする。


課題4 Charleston,SCの火災保険マップ 

May 21 [Mon], 2007, 19:10


Charleston,SCの火災保険マップです。


 1780年代のイギリス海上火災保険業界が、ここまで詳細な火災保険マップを作っていたことに驚かされました。この詳細な火災保険マップから、まず2つのことがいえます。
 1つ目は1780年代にもかかわらず、当時の海上保険会社の調査能力の高さを示しています。2つ目は当時の建物が木かレンガでできていることを示しています。
 では、なぜここまで「建物が何でできているのか」、「どこに何の建物があるのか」ということを詳細に記したマップを作る必要があったのでしょうか。ここからはあくまで予想です。当時、それほど防火消防技術が発達していなかったはずです。みんあ、火災を恐れていたはずです。だからこそ、建物が何でできているかを正確に示し、燃えやすい燃えにくいを明らかにすることで、企業活動を行いやすくなるはずです。火災が起こる前に、この建物は燃えやすい燃えにくいかが掴めていたほうが火災保険加入の活動を行いやすくなるはずです。また、そういったことが掴めていることは、保険会社にとって火災などが起こったあとの保険金の計算にも有利に働くはずです。

 このマップのレンガ作りの建物に色を塗っていくことでわかったことは以下のことです。
 レンガ造りの建物は、教会を中心とした街の中心部に多い。それに対して、木造の家は街の中心部から離れた郊外に多い。レンガ造りの建物は、南のほうに多い。また南の方は港になっている。このことからレンガ造りの建物は住居というよりも、倉庫などの可能性がありそうである。また、郊外に木造の建物が多いことから住居なのかもしれない。レンガ造りの建物は大きな通りに面したところにある気がする。木造の建物に比べて、レンガ造りの建物は大きな建物が多い気がする。


課題3 チャールストンの合成写真と18世紀という時代 

May 14 [Mon], 2007, 20:17
18世紀といえば日本海に外国船が出没し、中には難破する船も現われた時代である(イタリア人 シドッチと新井白石の『西洋紀聞』(1709~1715))。当時太平洋にはスペイン領のメキシコとフィリピンの間には通商路が開設されていました。メキシコ銀貨は南海(中国〜東南アジア)における国際通貨でした。18世紀の50〜80年代と言えば平賀源内や解剖学の杉田玄白、農学の青木昆陽海防論の書『海国兵談』(1790年代に寛政異学の禁に抵触)の登場する時期です。
 当時北米大陸の領有をめぐり英仏が覇権争いを展開しておりブーゲンヴィルクックの活躍は七年戦争後の太平洋海域における西欧列強の覇権争いを予告する一つの事件であった。当時の地誌はそれに参加した科学的探険家たちによって担われていました。

当時わが国は江戸は金本位制でしたが、大阪や博多・長崎はかつての南海交易との関係で、銀本位制(銀行・銀座)下にあったのです。16〜17世紀における日本列島は鉱山開発ブームでしたが、これはこの南海(南蛮)交易との関係で、理解すべき内容を含んでいます。江戸初期における日本の貨幣制度は貴金属の流出で何度か崩壊の危機に直面しています。

わが国の伝統的地誌(図会類を含む)の編纂は17〜19世紀を通じて盛んに行われていました。その問題は別途検討してみることにしましょう。

講義の中では西欧列強による初期資本主義のグローバルな拡大と海外情報のヨーロッパにおける関心の高揚、かかるブームを受けて地誌(旅行記や航海記を含む)形式のユートピア文学の流行、ユートピア願望が新大陸への彼らの移住を促進したことにふれた。

 アダム・スミスの『道徳情報論』と新大陸に置ける労働力調達を考えておこう。

ユートピア文学との関係で18世紀の歌劇『フィガロの結婚』(モーツアルト)の荒筋を検索しておこう。支配者と被支配者の立場の逆転をおもしろおかしく描写しています。これは市民革命に繋がる思想の流行を取り入れた結果なのです。ロココ風−これがモーツアルトの時代の西欧社会(裕福な自営業者=ブルジョワジーが担う)の新しいムードだったと文化史の教科書は書いていますが、それを可能にしたのはアジア・アフリカ・ラテンアメリカの経済支配の進展でした。

 観察対象を詳細に捉え、それをデータ化する凄まじい情熱。その片鱗は博物学者たちが残した動物や植物の挿絵(細密画)からも十分に感じとれます。絵画の形式も聖書を題材とした歴史画に代わり、風景画や地図などの写実的なもの(科学的なもの)が登場するのです。本来地図は地誌の挿入資料として作成されてきたものでした。

 Trivialism(細叙法。一種の『レトリック=説得のための表現戦略)。ダニエル・デュフォー『ガリバー旅行記』はその典型をなす経済小説。ロビンソン・クルーソーの冒険というユートピア小説の同様。

 当時の西欧の都市には植物園・動物園・民族展示館などが盛んにつくられていますが、それは植民地経営と連動したことだったのです。民族展示館は異国の珍しいものを、植物園はプランテーション経営の栽培作物学的サポート機関だったのです。ブーゲンヴィルの一行はあのタヒチ島でサトウキビの新品種を発見したと指摘しましたが、彼らの活躍は植民地経営における技術革新(旧大陸の労働力と旧大陸の生物資源とをユニークな形で結びつける=『シュンペーター流に言えば「経済発展とは新結合を遂行すること」を、文字通り)を実践することと直結していたのです。



 参考文献
 伊東光晴ほか『シュンペーター 孤高の経済学者』岩波新書
 川勝平太『文明の海洋史観』中公業書 1997 139−217貢
 R.A.スケルトン『図説 探検地図の歴史』原書房 1992
 アダム・スミス『国富論』中公パックス世界の名著37



チャールストンの地図です。


課題2 大変難しいです。 

May 01 [Tue], 2007, 17:24
アメリカ合衆国の地図です。


課題1 パソコンわけわかりません。 

April 24 [Tue], 2007, 19:36
1)ギリシアに知る人ぞ知る「路上落書き作家」あるいはその集団Zapがいる。

アテネのPsiri地区を中心に彼の描く落書きを小まめに取材するserver pics' のAthens Street Artを紹介する。

童画風で、都会の若者の不安と憂いを含んだ独特のキャラクター、とても心に残るユニークなものだ。



落書きは法律違反、りっぱな違法行為です。