ケータイ刑事 銭形泪について

January 10 [Thu], 2013, 14:48
処がそれにも拘らず、現在の吾々の眼の前には、現に自然科学の一つの危機が横たわっているように見える。実際人々は之を危機と呼んでいる。物理学は一九二四年以来、極めて急速な進歩と之に従う動揺と困難とに出会ったと云われる*。物質の概念はもはや物質の概念でなくなり、因果律は物理的世界を支配する安全な法則ではなくなった、と云われる。危機というものからは縁遠い筈であった自然科学――物理学――が、かくて今日危機[#「危機」に傍点]に臨んでいると考えられる。だが一体なぜそれは危機なのか、なぜ人々は夫を危機と呼ばねばならないのか。なぜそれが単純に理論の急変や急角度の発展として済まされずに、特に危機として意識されねばならないのか。危機という言葉は、社会生活や之に直接関係しているイデオロギーからの類推・譬喩ででもあるのか。では一体人々はなぜ、どういう動機で、そういう類推や譬喩を用いなければならないのか。ここには何かがあるのである。
この年ド・ブロイ de Broglie の波動力学が建設された。 夫はこうだ。物理学の急激な変化や進歩と云うのは、外でもない、物理学が基く処の、最も根本的な概念が(急速であろうと徐々であろうと実は構わない)、変革されねばならないということである。物理学の体系が成り立っていた土台[#「土台」に傍点]までが変化しなければならなくなったことが、取りも直さず物理学の急激[#「急激」に傍点]な変化や進歩ということなのである。処が、物理学に於ける根本概念――例えば物質とか因果律とか――は、直ぐ様イデオロギーに結び付いている、それは直ちに世界観に結び付いているから。で、物理学の急激な変化や進歩は、即ちイデオロギーの変革である。
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