なんでかなぁ お年寄りはどうなんかなぁ
あるんやろなぁお年よりも・・・・
そして、利用の多い女性客のはずやのに、舐められるタクシー
たいがい言われる 「そんな近場、歩いて行け。降りろ。」
先日、体調の悪い父親が駅前からタクシーに乗ろうと珍しいことを言って
よっぽど疲れてんねんなとタクシーに乗り込むと、
タバコの臭いが染み付くそのタクシーは
「おじいさん、からだの運動のため歩かはったらよろしいがな。」
父は黙っている。血の気がどうしても多い私は
「客も近場で乗りたがるいうのは、よっぽど事情がないと無いんです!
半分死にかけとるから乗るんやないけ!」
父に「こら、口きくな」と制止され、おさまったが、なんとタバコ臭い。
世の中にファブリーズというものが無かったら私の怒りもおさまらなかっただろう。
だいたい、家と反対岸の駅前タクシー、7時以降バスで30分はかかり、しかもバス
1時間に1本のところでも、舐められていた。
18歳にして初めてのタクシー運転手拒否経験。「おりろ、歩いて行けや。」
完全に舐められて、この駅前では殆どのタクシーがこの有様。
それが、間逆に人間味あるタクシーに出会うことのある、真夜中のタクシー
ほとんどの駅前のタクシーも出払ってしまう夜中に、ある駅前だけはタクシーを
拾える。但し、気長に待たなければならない。待合所には3人の女性客。
停まった運転手さんは、私の前の1人を乗せたとき、私に行き先を聞き、乗るよう
促し、その後ろの女性も結局相乗りさせた。昨日のニュースアンカーで、タクシーが
相乗りさせることは今はまだ禁止されているということを昨日知ったが、この夜中に
ぽつんと女性が取り残されていくのは危ないことだっただろう。この優しい兄ちゃんの
機転で全員乗車できた。振り向いたおにいちゃんの目の下には、野球のバッター選手が
隈を書いているような黒いものがくっきりついていて、一瞬薬中にも見え、ぞぞーっと
汗が出たのは余談だが。
場所は変わって、私が京都上京区に1人暮らしをしていた頃、
昼間は某信金さんでお世話になり、7時には四条烏丸の割烹居酒屋で晩酌していた。
だいたい金融系が多く、近くの呉服屋、健康食品会社、ちんぴらさん、商社の人が
常連客で深夜2時に閉店だが、間際にラジオ局の人が来た。深夜2時に店を出て、
タクシーを探す。夜遅い上に大雨。早く帰りたい・・・しかし無情にもタクシーは
停まらない。そこに一台、目の前で停まってくれた。きっといい人だろうと心はずませる
「おじさん、助かりました。ありがとう。」
乗った瞬間、高齢のおっさんが、かなきり声を上げる。
「あー、はよ濡れた傘しまうなりして、タクシー濡らすな。ほんまに、こんな遅くまで
うろついとる不良娘は、しつけがなってないから。たまらんわ。どんな育ちしてるのや」
上京に帰るには遠い。私は無言で20分揺られ上に入ったところで口を開いた。
「・・・・おっさん、金、1万円しかないねん。両替できるんか?」
「そんなもんタクシーが両替できるわけあらへんやろ」
「・・・・ほな、金、わたすさかい駐車して両替してきてくれや。この雨の中やから」
「そんな規則ありませんがな」
「ほな、この雨の中、客に両替先探させるんか?・・あほくさ、ほな、あの閉店してる
いかつい兄ちゃんたちのいるゲーセンで停めや」 タクシーはゲーセンの前に停まる。
私は走って、真夜中に掃除中の兄ちゃんに、理由を言って両替してもらう。
また、タクシーに乗り込み、御所のまえで、「ここで止めろや」と言った。
「え!?最初にいわはった場所と違いますがな。そこまで行きましょうや」
「ここでええ!!」私は、降りしなに「熊谷」と叫んで降りた。
それから、3年後のある日、実家で生んだ息子を抱いて、姑と共に京都駅で
タクシーを拾った。そして、大事に抱える赤ん坊と私に、そのタクシーは
容赦ないボンディングブレーキを何度も繰り返す。
悲鳴に似た声で「やめてください。もう既に赤ん坊と一緒に椅子から体がずり落ちました
やないの!!」すると、その運転手はミラーを覗き込んで私の顔を確認しながら、
「そんな赤ん坊、どうでもええやないか。もっとしてやろうか?ボンディングブレーキ」
????「あっ・・・・。」私は、急いで名前を確認した。
「熊谷やーーーーーーーーーーっ!」
姑が降りましょうと言った。姑が「降ろしてください」と言い、そこから歩いて
自宅近くまで来たとき、赤ん坊を姑に預けて、私は電話BOXに入って、タウンページを
くってタクシー会社を探し、苦情を言った。厳重注意するので、その担当者の名前をと
言われ、・・・・私は 頭の中で 熊谷 熊谷・・とつぶやきながら、もう連鎖を
断ち切らなければ 子供に及ぶと思い、会社には名前は確認していないと伝えた。
私はタクシーに、何のうらみもない。 ただ、都市伝説より怖いときもあると言いたい。