美の祭典・ミスイタリアコンテスト 

2006年03月10日(金) 20時25分
イタリア美女を見たくなったら→ミスイタリアコンテスト
Le 100finaliste
をクリックするとミスイタリアに参加した100人のファイナリスト達が見れます。

去年のミスイタリア2005は2番のトリノ出身の彼女でした。個人的には65番が好き。31,32,37,58,68,85,89,98,101もきれいだなー。

といっても去年の9月の話なのでいまさらなんだけど、偶然サイトを発見して、懐かしくてとりあげてみました。このミスイタリア、私がイタリアへ行ってまもなくのころ、空前の勢いでイタリアの世間を賑わしていました。なんと最終選考決定の瞬間最高視聴率は80%超だったというのだからその熱狂度合いがよくわかります。

イタリア人ってこういう『ミス○○』モノ、すごい好きなような・・・テレビでも、番組やCMの趣旨に関係なくいきなりセクシー美女が出てきて踊りまくったりしてたし。わかりやすく見た目主義社会なのかなーと思う。男女ともに外見がとっても大切っていうか・・確かに実際きれいな人多いし。

日本じゃここまで外見外見ってわけじゃないからちょっと驚く部分もあるけど、確かにわかりやすいモノサシではあるよなあ。誰でも魅力的な外見になりたいって思うもんだし(好感度という意味も含めて)。

イタリア人のすーっごい可愛い女の子やお洒落なお姉さんとかたまにすれ違ったりしたけど、そういう人見るたび、きれいのレベルが高くて感動した。男性でも、イタリアはMODA(ファッション)はすごく大事なんだよなどと言っているのをよく聞いたし、老いも若きもお洒落な人が多かった(そうでない人ももちろんいるけど)。それは子供にさせる格好にもちゃんと受け継がれているような気がしました。毛皮のコートやピンヒールの靴で堂々とお洒落を楽しみ、踊りに行ったりしているイタリアのマダムやおばあちゃんたちは多いし、そこは見習いたいと思った。さすがファッションの国?私も多少刺激を受けました。

いまさらながら 

2006年03月05日(日) 22時29分
ダ・ヴィンチ・コードにはまってます。ほんとはイタリア行く前に、読もうと思って買ってたんだけど。出発前まで予想以上に忙しくて読む時間がなかったんだよねー。というわけでいまさらながら読んでます。

オモシロイ!!!昨日読み始めて、夢中になってお風呂にまで持ち込んで読みふけっていたら、お湯がすっかりぬるくなり・・・気づいたら午前3時になってた。今日もお風呂で読もう。わくわく。

最終的にパリにもいったことだし、やっぱり重くても持っていって滞在中に読んどいたらよかったかなーと思う反面、先入観なしに景色を見たあとでもう一度思い返しながら読んでいるいまもけっこうたのしい。二度オイシイ、みたいで・・・楽観的発想。

ちなみに、最近時間がたくさんあるので覚えたイタリア料理を楽しんで復習しています。今日は祖父母の家に母と愛犬ウランと、ティラミスを作って訪れ、舞茸のパスタを大皿いっぱいにつくりました。舞茸のパスタはほんとはfunghi pioppiniっていうきのこのソースのパスタなんだけど、日本でpioppiniが売られていないので風味がよく似た舞茸で代用。おいしくできました。ティラミスも大好評!わーい

こんなもの作って食べといてなんですが、骨盤体操にも地味に挑戦してみたりしてます。この前、妊婦の友達に会ったときに、イタリアで体重何キロ増えたか言ったら「私よりハイピッチやん」とびっくりされたのです。

・・・まずネタにしたりしている場合ではないのです。元に戻さなくてはいけないのです。明日も気を引き締めていこう。←自分に言い聞かせる

写真:ちなみにこれが藤川さんオリジナル、funghi pioppiniのパスタ。ミケーレが上にチーズを削ってくれました。すっごくおいしかった!

ミラノで女二人旅。後編 

2006年03月04日(土) 23時33分
二人とも観光はそんなにする気はなかったけど、ミラノにきたらこれだけは見なければ!と、ミラノのシンボル、Duomoにははりきって訪れた。ファサードは工事中で残念だったけど、中だけでも十分見る価値あり!天井がいったい何メートルあるのかわからないぐらい大きな聖堂で、太陽の光を受けたステンドガラスが柱に落とす虹色の美しさといったら、クリスチャンでない私でも、思わず荘厳な気持ちになってしまうほど。

とにかく壮大ですね。なんと完成までに500年ほどの年月を費やしたとか。つくろうって言った人の何代目の子孫が完成を見ることができたんだろう。こういうのを見るとヨーロッパってすごい、と思わざるを得ない。

屋根にも登ることができたので、登ってみたら、これが予想以上によかった。頂上部からはミラノを見渡すことができるし、空に向って伸びる135本の尖塔やその先にそびえる聖人の彫像を間近で見ることができる。間近で見るとたいそう迫力があります。すごく繊細で美しいし。でも雪積もってたから足元滑りそうで怖かった。実際滑ってこけてた人もいたけど・・・めちゃ怖かっただろうな。

そして予定通り見ました。最後の晩餐。めちゃくちゃ朝早かったから前日の夜遊びもそこそこに、朝食ビュッフェも泣く泣くとらずに、おまけに二人ともノーメイクで。驚いたことにここには日本語音声ガイドがあったので、詳細までじっくり堪能することができました。ぱっと見は、へーこれがーぐらいだったけど、説明聞いてるうちに「言われてみると、平らな壁なのに、見れば見るほど立体感のある絵だ!」と思いました。単純・・・?

左:ドゥオモ内部。とにかく大きい!ステンドガラスも大規模のものがたくさん。歴史ある建物はやっぱりスゴイ。
右:ドゥオモ頂上はこんな感じ。

ミラノで女二人旅。前編 

2006年03月04日(土) 21時38分
もう一ヶ月前の話になってしまいましたが、チューリッヒ在住の大学時代の友人、ゆりかとミラノを旅行したときのことを書きます。

無事Milano Centraleで再会を果たした私たち(実に4年ぶり)は2泊3日ミラノを一緒にぶらぶらしました。まず、旅行代理店につとめるゆりかの手配で、格安で超いい部屋に泊まれてラッキーだった上、適当に便利そうだからと選んだそのホテルの界隈が予想外に面白くて、2日とも夜はホテルの付近で遊んだ!

その界隈とはずばりナヴィリオ地区。ミラノ南部、ナヴィリオ・グランデという運河(レオナルド・ダ・ヴィンチが設計したという運河。紅の豚の舞台のモデルになったとか)が流れていて、運河沿いに古いアパートが残っており、どこか下町っぽさを感じるエリア。最近ではこういった街並みと建物が若いデザイナーや職人に人気があるそうで、個人経営のギャラリーや工房もちらほら見かけることができて、そぞろ歩きも楽しかった

運河の両側にはリストランテやBARが立ち並んでいて、夕方になるとハッピーアワーのapertivoや水辺の散歩を楽しむ若者たちでいっぱいになっていた。どうやらこのあたり、ミラノの若者たちにも人気がありそう。ちなみに初日の夜に私たちが入ったのは、職人の工房を改造してつくられた大きな2階建てのピッツェリア。いい感じにレトロ感を残した赤基調のモダンなインテリアで、なかなか居心地がよかった。URLはこちら→officina12

ゆりかとは、本当久しぶりだったし会った場所もミラノだしですごい希少な2泊3日だったと思うんだけど、案外普通だったっていうかお互いがお互いともそんな変わってないよねってのが感想で、めちゃくちゃ久しぶりっていう気がしなかった。とりあえずホテルでうだうだしながら街歩きながら、ずっとしゃべりっぱなし。でも遠いヨーロッパの一ヶ所で、大学時代の友達がこんな生活送りながら頑張ってるんだなーと思うと、すごく自分にも刺激になったし元気付けられました。

:ゆりか@ナヴィリオ・グランデ。運河沿いをぶらぶら散歩。
右:コモ地区のブティックはディスプレイも個性的☆

フィギュアに釘付け 

2006年02月28日(火) 2時33分
イタリアから帰ってきたら、オリンピックが盛り上がりだしてちょっとくやしいワタシ。

本国でもイタリア選手がメダルをとってから盛り上がりだしたというではありませんか!(いや、トリノではもともと大盛り上がりだったらしいんですけど。これはイタリア特有の強い郷土(おさと)主義に関係しているのか?)

日本もフィギュア熱かったですね!私自身唯一興味のある競技なだけに最近テレビに釘付けでございました。荒川選手の演技よかったわー。個人的に何回ジャンプだの何回スピンだのということにはさほど興味がなく、どちらかというと芸術性の強い見てて楽しいフィギュアが好きなので、そういう面でも荒川さんの滑りはよかった。イタリアのテレビでも女子フリーの練習場面から、「コーエン、スルツカヤ、アラカワ」の名がしきりに連呼され、荒川選手の演技のあとは「BRAVA!!」と賞賛の嵐だったそうです。荒川選手とミキティが抱き合って喜ぶシーンで番組が終わったり、向こうでも注目度大だったようですね。とにもかくにもめでたい。そして、すごい人たちだ。あんな場で自国の期待を背負って堂々と演技ができるなんて。あんなに若いのに・・・年齢見てびっくりしたよ・・・。

でも男子とペアとアイスダンス、見逃したんだよなー・・・てほとんどじゃん!何やってるんだあーフィギュア好きとかいってるくせに!最近世間にうとかったもんで・・・誰かDVDとってたら貸してー!プルシェンコが見たいんです。氷上の貴公子。あの天才の演技が見たいといったら見たいんです。エキシビションしか見てない。それ見て、前も彼の演技を見て電撃ショックをうけたことがあったことを思い出した。

圧倒的な強さで金メダルだったみたいですけど・・・そりゃそうですよね。
あんな演技のできる選手に、誰が勝てるというのか。

と、プルシェンコの映像を探していたら面白いものを見つけました。
ユーロ選手権時のエキシビション演技です。

きっと一度見たら忘れられなくなるはず・・・ある意味(笑)

ちょっとずつ 

2006年02月21日(火) 15時29分
ちょっとずつ、写真をUPしています。。。最初のほうにさかのぼってのぞいてみてください。私のつたない文章表現では伝わらなかったことを、写真たちがだいぶ助けてくれているはず。でもほんとにちょっとずつしかまだUPしてない。そんなに忙しいわけないのに、ていうか今の私ほど暇な人も珍しいぐらい時間あると思うんだけど、なんでか作業が進みませんね。

それにしてもパソコンもっていってなかったからブログ更新するだけでせいいっぱいで、ほんとに大きな旅行だのなんだののトピックしかかけてないなー。いま読み返すとめっちゃ旅行ばっかりしてた人みたいだ。ほんとは日々の細かいこととかも書いておきたかったし、留学中は書けなかった、今だから言える苦労話なんかも忘れないうちに書いていこうと思います。

でももうすぐ女25歳じゃなくなるのよね。このタイトル、、、、ま、いいか。それにしてもいろいろあった20代前半だったなー。

オリンピック? 

2006年02月17日(金) 23時42分
いま日本のスポーツニュースはトリノ一色だったんですね。

イタリアではオリンピックのオの字も話題にあがらなかったので、テレビで開会式たまたま見るまで「はっそういえばトリノオリンピック」と気づかなかったほど。

同居人は授業中に「開会式何時からだったっけ」とイタリア人の先生に質問したら「知らない」という返事が返ってきた、と言っていた。それだけでなく私、イタリアで誰ともオリンピックの話した覚えがない。そんなんでいいのか開催国。

どうやらあくまでイタリア人にとってのスポーツはCALCIO(サッカー)につきるようですね。新聞のスポーツ面は必ずサッカーが2,3枚はしめてるし。ていうかその他のスポーツの話題はあんまり見たことない。日本の選手なんかでも「あいつけっこういいgiocatoreだよ」と何人かの名前をすらすら言ってくるイタリア人もいたし、「次のフィオレンティーナの対戦相手はだれだったっけ」と知り合いと話していたらすかさず近くにいた全然知らないイタリア人が教えてくれたりしたこともあった。そういえばスペインもそうだったけど。バルセロナ在住のアンナとマドリード在住のアンナの友達がCALCIOの話題で張り合っていたっけ。

ちょっと郊外に行くと、広場で子供がサッカーしてる光景にいっぱい出会ったし。将来の夢はサッカー選手、なんて子はきっと多いんだろーなあ。まあ、そんなわけで、日本に帰ってきて逆にオリンピック熱を感じております。

写真:最後にもう一度サッカー見に行った。サッカー観戦はイタリア人の国民性がよくわかって面白いです。応援も派手!

お別れの日 

2006年02月16日(木) 22時19分
学校が終わった日とその翌日の話。

まず学校が終わった日、藤川さん家で一緒にごはんつくって食べた。自分も同じ境遇だったからというだけで親切にしてくれた藤川さんにお礼がしたくて、花を渡した。(その後2週間枯れずに食卓を飾ってくれていた、と後から聞いた)たまにイタリア語を忘れないようにメールしてきなさい、というミケーレ、私とイタリア語で遊んでくれた(笑)エリカちゃんともお別れをする。時間がなくてばたばたとおうちを後にしてしまったけど、「あっというまの半年でした。」と玄関で藤川さんに言われて泣きそうになった。・・・しかもイヤリング忘れたことに後から気づいて慌ててたら、次の日駅まで持ってきてくれた。頭が上がりません。

その後は急いでエレナ家へ行き思い出話にふけりながら夕飯をご馳走になった。エレナは私の後に来た生徒とは相性が合わなかったので、カトリーヌとマホがいた9月は楽しかった、と懐かしそうに言っていて、少しさみしかった。確かにちょっと気難しい人だったけど、とても優しくしてくれた。最初の一ヶ月で会話力がのびたのもこの人がいたからだ。「essereとavereの活用を間違えるたびに机を叩いて注意してた日々が懐かしいわね。今はもう直すところはないわ。レッスンは終わりよ」というエレナの言葉にも、思わず感傷的になってしまった。大変だったけど、活用と格闘する日々も楽しかった。
最後は、私の姿が見えなくなるまで窓から手を振って見送ってくれた。

その後は友達と夜中までしゃべっていた。結局その日荷造りができなかったから、翌朝開口一番「無理」とつぶやいたのは覚えてる。

どうにかトランク詰めをして、船便も出して、学校に挨拶しに行って、最後はメルカートにソニアに会いに行った。朝から何も食べてなかったし、適当にバールで食べながら、30分ほどおしゃべりをして、手紙を書くよと約束をして、お別れのHUGをして別れた。忙しすぎてそれぞれのお別れに泣いている暇もなかったんだけど、ちょっとずつ実感は増していく。そしてとうとうゆりかとの待ち合わせの地、ミラノへーああ長文になってしまった。また今度。

写真:ジョットの塔楼から。懐かしのrepubbulica広場。いつも賑やかでした☆

Sono arrivata in Giappone! 

2006年02月16日(木) 19時16分
遅ればせながら、ただいまです!無事に帰国しました。

Firenzeからは一昨日帰ってきたところです。久々に見る見慣れた日本の風景に案外違和感がなくて、逆にイタリアの半年間が夢だったみたいですが、聞こえてくる言葉や、目に入る文字が、「イタリア語でない」ことに気づくたびに、ああ、私はイタリアにいたんだな、と実感します。なんだか帰って二日たって、ようやくじわじわ実感が沸いてきた感じで。帰国前はあんまりにもばたばたしてたから。

ところでいまちょっと休養中なんです。先週金曜の朝、ローマのユースホステルのベッドで目覚めてから徐々に顔が赤く腫れ始めて、疲れてるからかなーなんて思って、刺激を与えないようすっぴんにメガネでバチカンなんかをまわってたんだけど、どんどんひどくなってきて、土曜の朝にはすっかり顔がパンパンになってたんです。で、医者を呼んで処方箋書いてもらって、薬飲んだりして、ようやくひいてきたところ。なんでなんだろ。昔そういえば、仕事が猛烈に忙しくてめちゃくちゃな生活してたときに、突然こんなふうに顔が腫れたりしたことがあったっけ。

ゆりかとのミラノ旅行や、ニース、ローマ旅行、最終日のヴィアレッジョのカルネヴァーレのことなんかも書きたいんだけど、取り急ぎ帰国のご連絡まで。すぐ書きます。写真もUPしまーす。

カウントダウン。 

2006年02月02日(木) 21時11分
帰りの飛行機を予約しました。2月14日火曜、14時ごろ関空到着予定。とうとうあと2週間を切ってしまった!

なんだかここのところ一日が過ぎるのがものすごくはやい。あっというまに日が過ぎるから、やらないといけないことをノ−トに書いてひとつひとつつぶしていってる。

昨日はミレッラのうちに何人かで晩御飯に呼ばれて、もうすぐ結婚するミレッラとその彼氏とお別れの挨拶を交わした。帰ってきてからごそごそもうひとつの船便の荷詰めをして、あとは郵便局に明日出しに行くのみ。今日はこれから藤川さんちでお昼に呼ばれている。で、学校のコンチェルトに行った後はエレナ家で最後の晩餐。会う時間あるかなと心配してたから、「Vieni a casa mia circa alle sette e mezzo,Cosi,ci salutiamo!」と昨日電話がかかってきたときはうれしかった。夜はトランクの荷詰めもあるけど、エレナ家の後に約束がまだ二つあるし、友達も家に来るからきっと寝るのは真夜中になりそう。。。いよいよカウントダウンって感じです。

明日は学校のクラスメイトたちに挨拶しにいって、家引き払って、メルカ−トにソニアやマルコに挨拶しに行って、フィレンツェ出発→ミラノでゆりかと合流。いよいよ大物の登場だね--。で、ニ−スやロ−マを旅行した後ヴィアレッジョのカルネヴァ−レに行って、聖バレンタインデ−に帰るつもり。プログラムどおりに進みますように!それでは、いっぱい土産話持って帰るので、みなさんもいっぱいつもった話してくださいね。帰ったら写真もどっさりUPします!ではでは-CIAO!

写真:ジョットの塔楼から。この日のフィレンツェはホントにきれいだった。Arrivederci Firenze,ciao!