鬼の涙  第三話「陰陽」2 

May 14 [Mon], 2007, 14:15
 「話の始まりはずっとずっと前。今から千年以上前になる」
 湯飲みを持ち、一口だけ口に含んだ。
 「陰陽師、安倍清明を知ってるかい」
 「あの、漫画とか映画とかに出てくる…」
 「実在するのさ。清明はほんの戯れで、ある鬼を二体作り出した。一方は性別が男の青鬼で名は蒼(あおい)、もう一方は性別が女の赤鬼で名は紅(べに)。二体の鬼は、互いを必要とし、愛し合っていた」
 つい、浩二はちらっとシンの方へ目をやった。シンは浩二の視線に気付いていながら、そちらには一切目を向けようとはしない。
 「二人は、やがて自分達だけで生きたいと願うようになった。だが、二人の体は清明が作り出したもの。縛られたままだ。だから、魂だけを飛ばして他の人間の肉体に取り憑く事にしたんだ」
 「取り憑く…」
 雄介が、一瞬息を飲む。
 「そう。産まれるか否か程度の赤ん坊に取り憑いて、一つの肉体に二つの魂を乗っけるのさ。そうやって二人は生き延びようとしていた。そうやって生き延びてきたのが──」
 シンが、ケイの肩に手を乗せた。
 「私達だ。ケイの中には紅が。私の中には蒼がいる。超常的な能力も、この瞳も、全部鬼のものだ」
 それまできちんとシンの目を見ていなかった浩二だが、その時やっとシンの瞳の色も違う事に気付いた。
 ケイとは相反して、海の様な深い青。
 瞳術とかあるのかも知れない、と浩二はふと思った。
 「今は、肉体の一部を紅に貸してる。今の状態ならこの部屋にいる誰にも負ける気がしないけど…全部私の、人間の状態に戻したら、この部屋の誰にも勝てる気がしないね」
 肩に乗せられたシンの手を払いのけ、ケイは卑屈に笑った。
 雄介が身を乗り出す。
 「なぁ、そしたらお前達はもう千何年も生きてるって言うのか!?」
 「いや。そういう訳じゃない。私達の前にも何人も鬼に取り憑かれた人間…鬼憑きはいた。鬼憑きが死ぬと、次の人間へと鬼は飛んでいくのさ」
 「死ぬと…」
 浩二が眉根を寄せる。
 「そう。私達が死んだら、次の鬼憑きが生まれてしまう。その前になんとか鬼だけを殺す方法を探してやろうって事で…」
 「僕達があるんだ」
 遠くで聞いてたタツがケイとシンの後ろへ回ってきた。

鬼の涙  第三話「陰陽」1 

May 07 [Mon], 2007, 13:52


  目に見える物は凡て

  過去の産物である




 「まぁ、適当に座って」
 煙草を灰皿で揉み消し、姫は壊れたソファーに座った。
 「ああ、その寝ている少年は姫の向かい側に座らせてくれ」
 長身の男が雄介の背中をそっと押した。

 金持ちではあるが、性格は悪くはないらしい。
 元バーであろうその部屋には、姫とシンと雄介と浩二の他、四人の男女がいた。
 カウンターに座っている目つきの悪い男。サングラスをかけた物静かな男。小さな椅子に座り込み、巻いた髪を指先で弄繰り回している女。新たな侵入者二人をニコニコと楽しそうに見つめるテーブルの男。
 どうにも、支離滅裂な面子だが、大体が十代から二十代だろう。こんな所にたまって一体何をしているというのだろうか?
 シンは雄介を案内した後、別の部屋へと消えて行ってしまった。
 「あの…いい加減、教えて貰…えますか?姫…様?さん?あんたたちなんなんだ?浩二はどうしたってんだ?」
 「姫ってのはただのあだ名。私は河部螢。ケイでも姫でもどっちでもいいよ」
 コウはソファーに寛ぎながら、数枚の和紙とシャーレ、コップを準備している。
 「…ケイ…さん?」
 (男みたいな名前だな…)
 「私の名前が男みたいだとか思ったでしょう」
 「え!?」
 赤目でギッと睨まれ、雄介は瞬時に気を付けをした。
 「……」
 「……」
 誰も何も言葉を発しない。ことりとも音がしないで、ただ無駄に時間が流れていく。
 実際には二、三秒だが、雄介には一時間にも感じていた。
 深い、深い赤。瞳を見られているというより、心を見られているようにしか思えない。
 突然、ケイの表情が崩れた。
 「…ぷっ」
 「…?」
 先程までとは打って変わって、やわらかい表情へと変化する。まるで別人の様にくすくすと笑うコウを見て、雄介はつい「可愛い」と思ってしまった。
 「そんなに緊張しなくてもいいよ、取って食ったりしないから。そもそも同い年なんだから、さん付けじゃなくていいよ。コウジって奴もちゃんと助けてやるから。まぁあっちで茶でも飲んでて」
 右手で髪を掻き上げながら、カウンターに向かってひらひらと手を振った。
 「でも…」
 だが、雄介としては浩二が心配でならない。
 突如変貌した浩二。そしてそれを意図も簡単に操って眠らせたケイ。どうしても、不安が付きまとう。
 「鬼の事だとかコイツの事だとか知りたかったら、後で。まずはコイツの治療が先」 
 「……」
 自分が知りたかった事全てを蹴っ飛ばされてしまい、雄介にはなす術がない。
 落ち込んだ様子でテーブル席に付いた。
 正面に座っている笑顔の男が、相変わらずにこにこしながら雄介に話しかけてきた。
 「まぁ姫はちょっと冷たいとこもあるけど、ああ見えて優しいところもあるからね。許してあげてよ」
 「は、はぁ…」
 妙に馴れ馴れしいが、不思議と嫌な感じがしない。
 「僕はタツ。扉の管理をしているんだ。侵入者が簡単にこの部屋に入れないようにしているんだよ」
 タツ。先程、ケイが扉に向かって呼んでいた名だ。
 「カウンターに座ってるのはダイスケ。髪を巻いてる女の子がリョウコ。サングラスの彼がタツヤだ」
 タツヤがサングラス越しにこちらを見た。様な気がする。
 ちらとこちらに目を向けた後、タツヤは準備をしているケイの方へ歩いていってしまった。

鬼の涙  第二話「鬼」2 

May 06 [Sun], 2007, 16:46
 今何時なのだろうな。
 学校を出たのが四時。そこから五時間はぶらぶらと遊び呆けたので、もう九時頃だろうか。普段より少し長めにふらついた気がする。
 「なぁ雄介、そろそろ帰るか」
 「……」
 ゲーセンを後にし、道を歩いている途中で帰るように促すと、なぜか雄介は押し黙り、歩みを止めた。
 自転車置き場へと続く道はまだ先である。
 「どうした?雄介」
 二人の空気が、ピンと張り詰めた。
 立ち止まったその場所は、夕べのあの路地の目の前だった。
 忘れかけていた記憶が、浩二の脳裏を駆け巡る。
 「…浩二」
 「……な、何…?」
 一歩後ろを歩いていた浩二には、雄介の表情は伺えない。
 背中や声からも、何の感情も推測が出来なかった。
 「俺やっぱ…ここで何かあったんだろ?」
 「…え?」
 「だってよ。いつも適当に着てるはずの制服…なんでこんなにパリパリなんだ?親に聞いても何も知らねぇって言うし…」
 「そ、それは…関係ないんじゃ…?」
 「俺が何時帰ったかも知らないんだぜ。可笑しくねぇか?俺はここの位置まで歩いた記憶がある。でも、それ以上が…ないんだ」
 やがて、無感情だった背中が表情を見せ始めた。
 その感情は、怒り。何かに対する怒りが見え始めていた。
 「お、俺は…」
 「お前、何か知ってるんだろ!?」
 ばっと振り返り、浩二の胸倉を掴みあげる。はたから見たら、若者同士の喧嘩にも見えていただろう。
 「知ってるんなら話せよ!ほら!!」

 かちっと、どこかで音がした。
 頭の遠く上からか。それとも胸の奥からか。

 浩二は雄介の胸倉を掴み返し、路地の方へ力一杯放り投げた。
 通常の筋力ではまるでありえない事だったが、なぜか雄介の体は宙を舞っていた。
 「ぐっ!!」
 背中から地面に落下し、小さく呻く。
 雄介を追い、浩二はまるで獣の様に走り出していた。
 既に、浩二に意識はない。目は普段の黒い瞳孔ではなく、猫の様な細長い形をしていた。
 (まさか、クスリでもやってるのか!?)
 雄介は頭の隅でそう呟き、慌てて起き上がろうとした。だが、異常化した浩二の方が遥かに動きが早かった。
 起きかけた雄介の上半身を右手で押さえつけ、左手で右手首を握り締めた。
 握られた右手首は、ぎしぎしと嫌な音を立て始める。

鬼の涙  第二話「鬼」1 

May 06 [Sun], 2007, 16:44

  知ってはいけない
  踏み込んではいけない

  そこは、死を望む者のみが集う巣





 誰かが、俺を見ている。
 次の日学校に行っても、浩二はその事ばかりを思っていた。
 夕べのことはそうそう忘れられる沙汰ではない。
 学校に行くのも億劫だったが、休んだら逆に怪しまれる。そう思っていた。

 苦痛ではあったものの、雄介と一緒に自転車で走っていた筈の通学路を通り抜け、校門をくぐり、下駄箱に靴をしまった。
 ふと、雄介の名を探してみてしまった。
 (墨田…墨田…)
 出席番号十五番、墨田雄介。
 その下駄箱には、上履きだけが残されていた。
 どうして自分は確認なんかしたのだろう。
 あの時、確かに自分は…雄介を殴っていたのだ。
 記憶はない。さっぱり。だが、あの時の血が未だ右手にこびりついている。
 大怪我だけならまだしも、雄介は確かに呼吸をしていなかった。
 落胆した面持ちで教室へと向かう。教室でもまた、雄介の席に目を向けてしまった。
 「おい、どーしたよ浩二」
 「え!?」
 体をこわばらせ、浩二は驚いて振り返った。
 学友の塔島和也だった。
 「や、別に…」
 何も知らない和也の視線が痛くて、浩二はそれとなく視線を逸らした。
 バッグを置いて、椅子に座る。
 その何気無い動作にすら、罪悪感があった。
 雄介はもう……

 「おはよう」
 「おっ、ゆーすけ、おは〜」
 「!?」
 開け放たれたままの教室のドアの影から、雄介がひょっこり顔を出してきた。
 浩二は産まれて初めて「我が目を疑う」という事を実感した。
 確かめる様に、何度も瞬きをする。それと同時に、右手の血の跡も見返した。
 だが、雄介には傷一つ残っていない。腫れていた顔が、綺麗さっぱり消え去っている。
 血まみれだった筈の制服も、パリっとアイロンがかけられていた。
 「ゆ、雄介…お前夕べ…」
 恐る恐る、浩二は雄介に声をかけた。
 夢だったのだろうか。
 そんな期待が、浩二の頭を掠めた。
 だが、「夕べ」という単語を聞いた瞬間、一瞬雄介の顔が歪んだ。
 数瞬固まった後、深刻そうに口を開いた。
 「…俺…覚えてない…」
 「…え?」
 「確か浩二、お前と一緒に帰りにゲーセン行ったよな?その後になんか…なんかあった気ぃすんだけど、覚えてねぇんだ。俺、どうかしたのか…?」
 「……」
 記憶が、飛んでいる。
 自分が殴りつけていた事も、男二人組みに絡まれた事も忘れている。
 「なぁ、浩二。あの時なんかあったか?お前覚えてないか?」
 浩二は、嘘が苦手だった。
 下手に嘘をついても逆に見破られてしまう。だったら嘘は余り言わない方がいい。
 「…か、絡まれたんだよ。二人組みに。俺の財布は取られたけど…確かあの時、お前はやられちゃって…」
 「げ!?お、お前の財布取られた!?」
 和也が身を乗り出してきた。浩二の財布がヴィトンである事も知っているし、中身の多さも知っている。
 学校内にヴィトンを持っている生徒は意外と多い。が、その殆どがバッタ物である。本物を持ち歩いているのは全校探しても浩二位のものだ。
 「あ、中身だけ…だけど財布が汚れちゃって…」
 「中身が問題だっつーの!!確か昨日、お前二十万近く持ってたよな?まさかそれ全部…」
 「あ、うん。取られちゃった…あは」
 「とっ……!!」
 絶句する和也と雄介。
 和也は頭を抱え、「その二十万で一体どれだけのゲームが…」と嘆き、雄介は電卓を持ち出し「その二十万で一体どれだけのチョコバットが…」とくだらない計算をしていた。
 そもそも、なぜ浩二はそれだけのリッチななりをしているのか。その理由は、家庭内環境にあった。
 大手企業の重役である父。その元秘書だった妻。その間に産まれた一人息子が浩二である。
 金のある家庭には愛がないとはよく言ったものだ。
 母親は家事を使用人に任せきりにし、父も仕事で家に戻って来る事は殆どなかった。現に、十歳まで浩二は自分の父親の顔すら知らなかったのだ。
 放任だった母親もとうとう浮気をはじめ、家にいないようになった。父親も知ってか知らずか、その母親の行動には気にも留めなかった。
 広すぎる家には浩二と数人の使用人だけとなった。
 その状況下、せめて金だけでも、という父の気持ちなのかも知れない。
 毎月五十万は手渡されていた。
 「で?浩二。お前次はなんの財布買うんだよ?」
 「そろそろ百均の財布買うか!?」
 「や、今度は…グッチにしようかなって…」
 「んの野郎ぉ〜!!」
 「お前、グッチじゃなくて蝦蟇口にしとけよ!!」
 そんな冗談でからかってくれるのは雄介と和也位である。
 殆どの生徒は裕福な家庭の浩二を妬んだ。だが、浩二は愛情のある家庭を望んでいた。

鬼の涙  第一話「女」 

May 06 [Sun], 2007, 13:59

  砂糖は甘い

  甘いは林檎

  林檎は紅い

  紅いは




 どうにも、血生臭い。
 確か、学校の帰りにゲーセンに寄って…どうしたのか。
 嗚呼、絡まれたのか。

 血の匂いは錆びた鉄に似ているな、と神山浩二はぼんやりとしている頭で思った。
 確か一人で帰っていた訳ではない。もう一人…いた筈だった。
 友達の雄介、墨田雄介の姿が見当たらない。

 昼間に空を青く輝かせていた太陽もとうに落ち、代わりに空には墨汁がぶちまけられていた。
 墨汁の下、ギラギラと光るネオン。浩二は、何度見てもそれが綺麗だと思えなかった。
 人の欲の先。夜に寝るだけなんてつまらない。だからギラギラと人工的に太陽に近しい物を作り出し、未だ行動を続けている。
 自分もその欲と同じものだ。
 学校はまぁまぁ楽しい。勉強はかったるいが、友人と過ごす時間や部活は楽しい。
 家が退屈で退屈で仕方が無くて、友人と夜な夜なネオンの海に飲まれてから家に着く。

 いつも通りだった。
 その筈が。どこでどう間違ったのだろう。

 自分の目の前にあるのは汚く、赤く染まっている右手。その向こう側に同じように汚いスニーカーが二足。
 面倒だったが、状況がよく思い出せないので目を上へ上げてみる。
 自分と同じ位だな、と浩二は思った。実際には二つ程上だったが、汚い手で浩二の財布から札を抜き取っている男二人は浩二の目にはどこか幼く見えた。
 まるで初めてお年玉を貰った子供のように、二人は嬉しそうに札を何度も数えていた。
 「お前さぁ、高二にしちゃあ随分持ってるなぁ?え?」
 「ほら、ほら!札束でビンタできるぜ!」
 キャップを被った背の低い男が、ガタイのいいもう一人の男の頬を二十枚程の一万円札でぺしぺしと叩いた。
 「ほんとになぁ!お前色々普通じゃねぇぜ?餓鬼の癖してこれだけ持ってんのも、それなのにこんな時間にこんなトコほっつき歩いてるのも!」
 「まぁ、俺達の懐はほかほかと暖まりましたっという事で」
 「まぁ一番イカれてるのは、俺達が来る前か?」
 「あー、確かに。ずっと目ぇつけてた餓鬼どもが…ねぇ」
 げらげらとさも下品な笑い声を上げ、二人の男は財布を放り投げて、踵を返していった。
 まっ平らになったヴィトンの財布が浩二の手の辺りに落ちた。
 余り使い込まれていない財布を適当に見つめ、浩二は一つ二つと瞬きをしてみた。
 (嗚呼…次の財布どうしよ…グッチが欲しかったなぁ…)
 先程よりずっと頭はぼうっとしている。頭がぼうっとしてくると、どうやらどうでもいい事を考え出すらしい。
 どくんどくんと、耳の奥の方がうるさい。
 大きな外傷は無いが、口の中を大分切ったらしい。
 「いってぇ…」
 口を押さえて呻く。
 血がついた右手が鼻に当たり、またしても血生臭い。
 そこでふと思い出した。
 そうだ。一緒にいた筈の雄介はどうしただろう。
 もしかして、自分と同じようにやられてしまったのだろうか。
 慌てて立ち上がり、暗い路地から出てみる。
 ネオンが眩しくてか殴られていたからか、浩二は一度大きくよろめいた。
 ビルの壁に手をついて顔を上げる。だが、そこにいるのは無関心だらけの人間ばかり。肝心の雄介の姿はどこにも見当たらない。
 「…雄介…?」
 小さく名前を呼んでみても、返事はない。
 あちこち目を泳がせて、振り返った。
P R
プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:陽村 護
  • アイコン画像 性別:女性
  • アイコン画像 誕生日:1998年4月3日
  • アイコン画像 血液型:B型
  • アイコン画像 職業:短大生・専門学校生
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