野蛮な国からにげたい 

2005年10月28日(金) 17時55分
やぁ、お兄さんだ。

この国は、資本主義でも民主主義でもない。
このことを弟達も知っておかないといけない。

大衆の空気こそが、この国を動かしている。


この裁判の判決。
お兄さんも、びっくりした。

長野 智子 Blogより
有罪裁判


民主主義って、司法、立法、行政が、それぞれに別個の組織としてうごくから、お互いを抑制しあっているのね。

国のちから(ぱわー)が、弟やお兄さんに、ちょくせつ降りかかってこないように、権利のちょうせつをしているの。

だから、ある日とつぜん、お兄さんは刑務所におくられたりしないの。

でも、このケースでは、立法(国会の空気)や大衆の感情(メディア)を受ける形にして、裁判でだんだんと不利になってきた訴えた側の女の子の要請をうけて「裁判所が訴因の変更」をみとめているの。

「訴因の変更」は、そもそも、別件だから、この裁判のつづきじゃないのよ。
だから、もう訴えられた側の男の子たちはこの件のつづきでは司法の場にでなくていいの。
やりたいんなら、別件で、もういちど、行政(警察や検察)が男の子たちを法廷にだすだけの理由を0から考えなきゃなんないんだ。

それはTVゲームで言うと、リセットしたってこと。
まえのゲームはおわったの。

やりたいんなら、もういちどゲームをプレイして面をすすめなきゃなんない。
それに、TVゲームの世界は複雑だから、同じゲームを同じ条件でもう一度なんてできないの。だからリセットはリセット。

でも、この国、日本の理論だと「スーパーマリオの最終面に近づいてたんだから、リセットすんなよ」「クッパ倒したことにすりゃいいんじゃん!」って感じかな。

もう、ルールがないんだったら、ちゃんとしたTVゲームじゃないのよね。


「こわいっしょ?この国」
「きしょいっしょ?この国」

小学校の教科書にものっていないようなことが、「あたりまえ」の国を、お兄さんは信頼しないし、みんなも「そんなに好きくない」らしいのよ。

むかしお兄さんは小学校をエスケープしただけで先生が指揮した100人の追ってに追われて不登校になったトラウマがあるから、思うんだけど、国とか体制(がっこうのせんせい)ってこわい。

お兄さんは個人主義者の住むフランスに逃げたいな〜。

D20年先の、未来世紀じゃぱん 

2005年10月26日(水) 15時59分
「日本が経済大国から転落すれば、するほど、いままでよりも、住みやすくなる!」

Cでは、パンチやキックの暴力でさえも、いい商材だと説明してみた。
あくまでも、これからの市場にキレイな形で乗せてゆくことが重要だが、パンフレットにパステルカラーをつかってみるとか、イメージキャラクターが可愛いとか、暴力よりも「安心」を前に出すことなどたやすい。


さて、バブル崩壊前まで、これまで安定した右肩上がりの成長を続けていた日本では、「勝ち組/負け組」などという単語は使われてこなかった。

つまり、昨今は人々の「格差」が明確になってきているから、このように言われ始めたのだ。

「格差」である。

「格差」こそが、大事なのだ。


一様にみなが同じ感じでいた日本では、「格差」がほとんど見られなかったために、「なにかをやるためのアイデア」が、ほとんど浮かんでこない状態だった。

だけれど、「負け組には負け組のカルチャーなり生活なり」がこれから生まれる。
そして、「勝ち組」には「勝ち組」のカルチャーなり生活が生まれてくる。

この様子をみているといい。

この二者においては、生活のリズムから違ってくるんだよ。

負け組は、従来のサラリーマンのようなライフスタイルだが、「こころの信条」がまず変化してくる。
強烈な個人主義者になってゆく。

そして、勝ち組は、「余暇」が増えてくる。
だって、「人生の時間」こそが、お金でも買えない価値だからね。

成熟した社会では、もはや「飢える」ことがないんだから、「勝ち組」は、「ビジネス」よりも「時間の価値」に気が付いてくる。

その時間を、何に使うか?というところが、問題だ。

また、勝ち組は従来の社会から突出した印象で、冷たいイメージに捕らえられがちだが、それは違う。
勝ち組こそが、従来の日本人の共和的な雰囲気を長く引きずってゆくことになるんだ。


お兄さんは、この変化を欧米の社会に習った。

そして、勝ち組や負け組が、あらたに生み出す、対照的な新たな価値を、「ネクストクオリティー」と名付けている。



次回Eでは、具体的にどのような変化がこの社会の中で「今現在」みられるのか、例をあげながら、僕たちが、いま現在の場所から、どう立ち回るのが最高なのかを書く。

C20年先の、未来世紀じゃぱん 

2005年10月26日(水) 15時25分
さて、Bまでの年表だけでは、ニュースなどで耳にする一般的な、「漠然とした未来の認識」にすぎない。

ここからは、より具体的に、これからの日本社会にある、「希望」を述べてゆこうと思う。

まず、北斗の拳。

新世紀末には暴力がお金よりも価値がある。
暴力が出来る人は、自然と豊になった。
いわゆるパラダイムシフトなんだが。

実は、いまの社会でも、「暴力」は大人気商品になっている。
それは、「旧来の暴力団」ではない。きちんと市場でやりとりされる商品だ。

それは、警備会社(暴力のアウトソーシング)

セコムや警備保障といったところから、ちょっとしたボディーガードもする探偵など、多岐におよびはじめている。
そして、世界市場でみると、
PMF「民営軍事請負会社」がブレイクしている。
たとえば紛争地イラクでは60社におよぶPMFが派遣社員を出向させていて、その数は2万人といわれ、軍の予算削減に貢献しているという。


日本においては、それまでの村社会にあった、「お互いの信頼」のパラダイムがくずれていっていた。このお話は昭和1ケタの頃までさかのぼる。工業化の波で色々な村の人が町に来たので、色々なトラブルが起こるようになったんだね。そこで出身地方集団や、そのとりまとめ役が生まれてくるわけだ。利権があつまるから、その集団がそのまま株式会社や政治集団にもシフトした。それと人々の不安感が増したので、出身地方に関係なく所属できる新宗教各派がこの時期に勃興してきた。

昨今では、国際化の波で、言葉の通じない外国人が普通に周囲で生活するようになった。
この傾向に恐れ抱いている老人などは、実は案外に多い。

だから、町に信頼できる、ガタイのイイヤツが求められる。

できれば、外国語も出来るジェントルマンで、自分で営業もおこなえたほうが、より民主的だ。

警察官がいるじゃないか?と思いがちだが、彼らは、政治の側の人間である。
政治には各党があって、ユーザーの支持政党ではない政党が、政権をにぎっている場合もある。
だから、警察官より「自分の個人的に信じていること」を理解してくれて守ってくれる人物が求められるんだ。

Cでは、暴力をすすめているんじゃないけれど、パラダイムの波について触れてみた。
介護が商売になるのも昨今だし、知っていただろうが、じつは、この話は、もっと!深い!

つづく

B20年先の、未来世紀じゃぱん 

2005年10月26日(水) 1時54分
実は、この予見には、モデルがあって。
この社会のモデルって、おフランスなんです。

(近代、210年くらい前からスタート)フランス革命後に、共和制(衆愚政治)→独裁者ナポレオンによる、第一帝政→ナポレオンを追放して王政復古→七月王政(うそ民主主義)→第二共和制(衆愚政治)→第二帝政(帰ってきたナポレオン)→第三共和制(ドイツに占領さる)→ヴィシー政府→臨時政府(こんちくしょードイツ人め!おとといきやがれ!)→第四共和制(ようやくまともな憲法が)→第五共和制(ちょっと休んでいいですか?はぁ、はぁ、はぁ、はぁ)

けたたましく、いそがしいおフランスにおいて、国と国民がどう変化していったかを参考にして、考えているんです。


だから、まぁ、そんなにわるくないと思われまする。

A20年先の、未来世紀じゃぱん  

2005年10月26日(水) 1時52分
やーん、団塊の世代Jrたる、お兄さんや君たち弟が活躍する機会がいっぱいです〜!!

(n‘∀‘)η  ヤァーッホォー



このような状況下で、日本がアメリカ化するかというと、まるで違います。
開拓者精神(フロンティアスピリッツ)で、「俺たちが建国したこの国」という意思が薄弱な日本人は、アイデンティティーで言えば、これからの将来は、もうほとんど難民です。
だけど、日本の文化の知識に精通した、文化通としての日本人は世界的にみても珍重されてくると思われます。

パリジェンヌ・パリジャン ならぬ、日本的 モボ・モガが、途上国(南半球)ではみんなの「文化的豊かさ」のあこがれとなるでしょう。

ところで、これからの日本では、ニュースになるような、世話をやいた中国人から殺されても、当然ということがだんだんとわかってきます。

日本人の習慣が、いつでも、あいてにとっての優しさとはならないので注意しようと言う意味で、人種による違いが一般知識になると思います。

たとえば、ビジネスの場面(近代的自我をもった日本人の立場からみた場合)

プロテスタントやユダヤ人 契約書のみ。信頼関係をつくればパートナーシップ。

日本人 義理がたいが、恩を忘れやすい。いまだ個人主義に立脚していない日本人が多いのが事実。あまり信用しないか、または、家族的な関係に引き入れる。契約に弱い。できれば契約書を書かせておく。

中国人 力関係で強いときだけ付き合う。それ以外は杯(ヤクザ的関係)をわけた者しか信用しないように。

インド人 論理で折り合いがつけばOK。契約よりも条件の部分をきれいに書面化にするように。


などなどです。

生活の知恵として、家庭の中で普通にこのような会話がかわされるようになるでしょう。


(・∀・)スンスンスーン♪

俺たちのバトルフィールドがひらけてくるよ♪

この状況、どう思うかな?
悲惨かな?退廃しているかな?

でもね、「この時代」になったら、「あら?あんがいふつーに受け入れられるし、そんなに生活や意識に変化があるものでもないんだな」って多くの国民が思うとおもうのよ。

@20年先の、未来世紀じゃぱん 

2005年10月26日(水) 1時50分
やあ、お兄さんだよ。
別のBlogへの記事の執筆や、身だしなみ(おしゃれ)にいそがしいのだが、ココにも手を付けねば!!と思い、執筆します。

とりあえず、「日本の未来はいいぞ!」と言ってみる実験。


とりあえず、これからの、予定としては。

2010年に日本社会の実権を握り続けてきた団塊の世代が、社会の計画者(売り手)から、ユーザー(買い手)にみんななるでしょ。
それで、熟年離婚したブルジョアな女性が登場したり、その生き方が本になったりするのね。
また、熟年からの個人主義の手引きみたいな番組やメディアが登場する予定なの。インターネットでは新聞社のサイトの裏ではじまってるし、あと3年後には放送メディアで男性向けというジャンルで登場すると思う。

それと、フランチャイズで熟年起業して、本部の無謀な計画のために破産して自殺する熟年夫婦が社会問題になる。おそらく、コンビニチェーンのFCで。


それから、20年先までのスケジュールはこんな感じ

国内

外資の資本独占(日本だが、日本の大企業は数えるほど。銀行や福祉も。)。人種や所得階層の住み分けによる教育や医療や文化レベルの地域格差の増大。人口の減少によるスラム街の出現。 戦前あたり前にいた基礎教育を満足に受けていない文字の読めない成人国民の再出現。日本人どうしの信頼感の減少。 薬物、暴力、違法行為などの日常的な横行。商業のモラルの低下。治外法権のように、資本主義ではない独立小都市の出現。(市長は田中康夫)。
などなど。

ざっと考えただけで、様々な問題が起こってきます。
そして、この国は、労働移民も受けいれて、地名は日本であるけれども、もはや国名とは言えない、場所になっちゃいます。

そして、国際情勢も、テロや戦争の緊張状態がちょびちょび小出しに見られる現状はかわらず。南北問題や中国人とインド人の人口の超増大!!(現在の世界人口65億が、50年後には4割り増えて91億になる計算)もあります。さらに石油が枯渇しちゃいます。

しょこたんのように女性性は”つかう”ものなのだ。 

2005年10月25日(火) 16時44分
男性の中にも女性性があり、女性の中にも男性性がある。
そのことを意識しなければ、ぎくしゃくした状態になる。

陰陽という考え方である。

これはブルース・リーのJKDの動きの基本となる考え方だ。

JKDは、心法でもあり、武術である。だが、むしろ陰陽の理解という心法のほうに重きが置かれていて、心法がそなわれば武術の面でも自分らしい動きがおのずそなわってくるという。

「陰陽を使う」

世の中の女性はとっくにこのことに気が付いてきていた。

つまり、女性性「これは、ガーリー(女の子らしい)」ね、とか男性性「ボーイッシュにしてみました」と言うのである。

男性は”自分の見せ方を、陰陽のどちらに傾けてみるか?”という概念をいまひとつ積極的に使えている人が少ないようにみえる。

それは、仕方がないことだ。

日本において女性は、近代的自我への進化の魅力をかなり昔からカルチャーの中にもっている。

日本には「女言葉」ということばがある。
「あたし」「ですわ」などなどは普通に使われ、いまなお新しい女言葉が生み出されている。

この「女言葉」言葉の歴史はひじょうに浅く、生まれたのは、明治16年(1883)11月28日に建造された政府の社交施設「鹿鳴館」である。

この言葉をつくった女達は、娼婦や花街の女達であった。

当時政権を取っていった薩長同盟の政治家(鹿児島、佐賀出身)の嫁たちだ。
彼らは花街で妻と出会った。

花街の女というのは当時においては、差別的な目でみられたいたのである。
だから、「わたしは、わたし!」という自我確立の必要が他人よりあった。

その女達が、鹿鳴館で、世界中の紳士や淑女と交流をもってゆくなかで、陰陽の陰を積極的に表現できるように、女子高生の言葉遊びのように作り上げられたのが、この歴史の浅い「女言葉」だ。


わかるだろうか? 「らしさ」 は、個人が創作してゆくものなのだ。

この点で、お兄さんは柔軟に女性に学ぶことも辞さない。

A手段が目的化した、家庭だった。そして、日本だった。 

2005年10月25日(火) 13時28分
お兄さんの育った家庭では、【手段】こそが【目的】になっていたんじゃないかと思う。

そのうえで、目的化されてしまった、【人間の選択】によらない【心ない】生活や人生を、それを【あたりまえ】だとお兄さんの育った家庭では言ってきた。

【あたりまえ】という言葉のほかにも、「常識」という単語や、「ほかの家でもやっ
ているから」という言い方も使われていた。


自分で子供達や、たとえば外国人などの異文化圏の人にその論理の正当性を説明しえない家庭。

そして、そんな個々の家庭がよりあつまった地域や社会。

それが、お兄さんや弟たちの家だけじゃなく、これまでの日本の姿だったのだとお兄さんは思う。



この状況は、戦時中、為政者達の言われるがまま、個々人の選択する自由や権利を放棄して国家に財産と命を奪われていった、かつての日本人から、本質的になにも変っていないように思う。


戦争がおわって、本当に日本人は自由になったのだろうか?


じつは、戦後の日本人というのは、長期的にみた「長ーい自殺行為」を続けていたんじゃなかろうか?

お兄さんは年間3万人の自殺者が出ている現状というのは、あるいみ、みんなでおこなってきた「長期てき自殺けーかく」がうまくいっているだけだと思っている。



お話 

日本人は、自殺して、【手段】だけの人生を終える。

じゃぁ彼らの【目的】は、なんだったの? 


「自分に心があることから眼をそらし続けて、他人との深い心の交流から逃げ続けることが、彼らの、【目的】だったんだよ」。

「なーんだ、そうか♪」






※日本人の面子のために書くが、先の戦争では、「自らが死すべし」と思って玉砕していった男(武士道精神の持ち主)と、その武士に自らの判断でついていった武士道を敬愛する妻や子がいたことを認めておく。

@手段が目的化した、家庭だった。そして、日本だった。 

2005年10月25日(火) 12時46分
やぁ、お兄さんだ。

ちょっときいてくれ、日本では年間に3万人もの人が自殺しているそうだ。

「みんなやってるんだから、おまえも自殺しろ!」と言われたら、弟たちよ、どうする?


そもそも自殺は【目的】なんだろうか?それとも【手段】なのだろうか?

そもそも自殺したひとたちは、生きることに【目的】をもっていたのだろうか?


まぁ、そんなに物事をむずかしく考える必要はないのかもしれない。

人間は【目的】を明確にしなくても、【手段】だけで、生きれるし、死ねるのかもしれない。

とりあえず、生きるための【手段】としてアルバイトをしていても、生きてゆけるし。


だが、【手段】が【目的】に化けてしてしまっては、そこには【人間の選択】がないと思わない?

【人間の選択】とは、つまり「人間の心」のことだ。


まんが家、水木しげる氏は、そういう「手段が目的化された人生」への疑問を、自らの戦争体験をもとにして一冊のまんが本にまとめている。


総員玉砕せよ! 講談社文庫

この本は面白い。

軍隊の面子をたもつために、ひとつの小隊に玉砕命令(じさつめいれい)が出る。

赤紙で徴兵された「みんながやってたから、おれもやってるんだけど」という日本人が、うやむやのまま、自らの答えもみつけだせぬまま、やもえず、なんとなく涙を流しながら自殺するようすが描かれている。


とても、考えさせられる内容だ。

例のヤツ、【完売】 

2005年10月24日(月) 17時50分
例のヤツがまた売れた。

でも在庫が尽きた。
もうどう探したって、一級品と言える品物が無くなってしまった。

この品物の販売はお兄さんにとって、確実な手応えをあたえてくれた、冒険であり実験であった。「よく売り切ったなー」と、今、感慨深く思う。

だけど、広告をはずしているのに注文が舞い込んでくる、ブームが起こっているこの時期。
在庫があればまだ売りたいというのが正直な気持ちだ。

残っているのは、製造時に「金粉」が飛び跳ねてしまった二級品やヨゴレや傷のある三級品。
しかたがないので、価格を下げて、二級品や三級品も売りに出そうと思う。


この手の品物は安くしたら、ダメだと思うんだけど、どうなるんだろう?
ちょっと反応が楽しみかもしれない。
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