唇に錠前 

2012年04月25日(水) 20時35分
声変わりの時期を誤って
「なにものでもないもの」になった
追い風の行方を見落として
「なににもなれないもの」が去った
−白い手の甲は向けないで、私の目鼻を反射する−

微かな期待を捕まえて
「なまえのないもの」に憧れた
僅かな変化に杞憂して
「なまえをいつわるもの」に沈んだ
−黒い瞳をそらさないで、私の頬が包まれる−

今宵ばかりは秘黙の虜
踊りかたは忘れたの
滲む朝日を海に溶かして
汗ばむ闇に掬われる

足音のようなリズムに惑う
深夜の孤独な世迷言
触れて感じた温度が唯一の
代わり映えしない心拍数

飽和の話を断ち切って
「なまえもしらぬもの」に乞うた
−お願い私を困らせないで、迷子のなり方を覚えてしまう−

影の明度、人のグラデーション―大橋裕之「シティライツ」によせて― 

2012年02月28日(火) 0時35分
 いつもひとを二分化してしまう。自分にとって悪か善か、利益があるのかないのか。
 そうでもしないと鈍感な私は、常に騙されてたり蔑まれたりを繰り返すだけになる。なんとも軽率で不愉快な笑みの下に敷かれて、全てが風化した後でようやく「あれは蹂躙の類だったのかもしれない」と気付き、やり場の無い遺憾を埋める場所も見つけられず、じっとうつむいて立ちすくむ。
 そんな経験から身についた、自分なりの防衛術なのだ。明け透けに受け入れる腕も、飛び込む足もなくして、ひたすら穏やかな笑みを浮かべて、無口な道化の衣装を借りる。硬く凍った心の底を打ち砕かれないよう溶かされないよう、見えない境界線を密かに引いて、「毒にも薬にもならない人間」のふりをする。
 きっと地下には悪態をついたり滂沱し続ける本心が存在しうるのだろうが、最近はそれらの正体を探る行為すら億劫になってしまった。いちいち一つの事象に感傷するには、余りにひとが多すぎるから。取捨選択と防波堤を構築する作業に慣れるまで、どのくらいの月日を費やせばいいのかもまだ判然としないのに。
 そうした中でなお孤独感に苛まれてしまうのは、それでも誰かの体温や息遣いを感じていたくなるからだ。いつの間にか取り返しのつかないとおくまで歩みを進めてしまった自分の足元をふっと眺めて、漆黒の闇しか無い筈の背後を振り返る。「影にも明度があったのに」と、封じ込めていた確信を掘り起こして。

 大橋さんの「シティライツ」は、そのためのスイッチになる。

 一見すると「『シュール』や『ナンセンス』という表現を隠れ蓑にした今時のお洒落なコメディ漫画」にカテゴライズされかねない画風だが、少ないページ数と簡略化されたキャラクター達には、ひどく胸の痛くなるような純真な日常が詰まっている。
 歪ないくつかの曲線を組み合わせて生まれた彼らは、「とるにたらないできごと」で傷ついて成長したり、「奇怪でドラマチックな出会い」を前にしても飄々とした態度を崩さなかったり、現実世界を生きる自分達の等身大の姿を映すと同時に、どうしても捨てきれない憧れの姿勢を保ったままでいてくれる。
 あらゆるみにくさやうつくしさを露にして、「ひとをかたちづくるグラデーション」が如何に鮮やかで多色だったか思い出させてくれる。
 そこに「石を投げつけられて逃げ出すUFO」だとか「タイムマシン作りが楽しすぎて三日で完成した」とか、さりげないけれどなかなか思いつかない種類の笑いが散りばめられていて、小憎らしいほどにきちんと「ギャグ漫画」の体裁を繕っている。
 これは個人的には奇跡のようなことだ。
 シンプルでともすれば「ヘタウマ」に分類されかねない絵を彩るスクリーントーンの巧みさが目に入ると、それらの余りの繊細さに、私はいつも泣きそうになってしまうのだが(超能力研究部の三人の喧嘩が机に反射されるコマだとか、宗教勧誘を行う女性のえくぼや涙腺だとか)、だからといって「泣ける漫画」を「これは絶対泣ける」という理由で堂々とひとに紹介できるような気恥ずかしさは持ち合わせていないから。
 ぴかぴか光る情景と脱力系の笑いが、拮抗するのではなく、お互いがお互いを内包できるような位置関係にある。こういった大橋さんのセンスの良さに助けられて、私は今もこうして恥ずかしい文章を打つことが出来るのだ。

 大橋さん、私は一度だけあなたにご挨拶したことがあります。
 草食動物を想起させる大きな黒目と、「多分人見知りなんじゃないだろうか」と一目で判る不器用な笑顔が印象的でした。
 あなたの作品がこんなにも愛されているのは、きっとあなたが「日常」や「ひと」への愛を忘れていないからです。それらを誰もが何気なく分かち合えるようなものへと昇華しているからです。
 私は時おりあなたのような人に会えることで、自分の中の自分を外に出して溶かしてやることができます。
 それで命は救えないけれど、生き方が変わる訳でもないけれど、全てをあきらめてふりきってしまう前に、見つかるものが少しだけあったりします。
 あの日、峠の道を通った岡田君は他の誰かでもありました。
 あの時、不恰好な失恋に泣いた部長は私でもありました。
 どうか、あなたの描く人々が、私達が忘れがちな景色を、いつまでも覚えていてくれますように。

11月は折句強化月間です。 

2011年11月19日(土) 0時26分
 皆様ご存知でしょうか、「折句」。
 そうあの、伊勢物語のかれいひのくだりでお馴染みのあれです。ご存じない方はグーグル先生にご教授お願いしてください。
 それも面倒だという方にざっくり説明いたしますと、要は短歌って「五・七・五・七・七」の五つのブロックに分かれてるじゃないですか?そこに五文字のお題を与えて各々の文頭をその文字から始まるようにしばったものです。
 例えばお題が「かきつばた」なら「からころも きつつなれにし つまなれば…」という具合になるんですね。

 何故このようなことを急に突拍子も無く唐突に始めたかというと、最近twitterの刹那的な魅力に支配されてろくすっぽまとまったこう…作品なりなんなり書いてねえな、と今更後悔し出したためです。決して就職活動から逃避したいからとか、そんなマイナス思考が結実したものではありません。

 しかし私の様な「無駄に重厚な雰囲気の名前と、何も考えていないだけなのに『落ち着いてる』と勘違いされがちな佇まいと、むやみやたらに低い声」のせいで、理不尽なまでには博識でボキャブラリー豊富な人物と勘違いされがちな残念体質の人間に、そうそう5文字のお題が思いつく筈も無く、結局twitterで私のしょうもない呟きを拝見してくださる心優しきフォロワーさんにお願いしたところ、午前2時半から6時過ぎまで、およそ三時間半の攻防戦が繰り広げられたのでありました。最終的に私「わんこそば食えなくて半泣きの出川」みたいな状態に。
 でもそのような調教…言葉のラリーのお陰で、54句もの折句できましたよ。4分に1句のペースで量産できましたよ。感謝感謝。
 
 と言う訳で、今回はそんな私が苦し紛れに呟いてはタイムラインを汚しまくった、取分け可愛くもなんとも無い折句ちゃんたちを載せることにしようそうしよう。()内は出されたお題、下の文章は軽い解説です。
 ちなみに私は文学少女でも創作人間でも表現者でもないので、クオリティの低さに関してはご勘弁を。


〜自分でも気に入ってますシリーズ〜
 

 風花が 小夜更けに舞う 街路地で 名もなきけものが 命を吐いて (傘がない) 

 霧に濡れ りりりと震える ギンリョウソウ remaind of me.suicidal person. (きりぎりす)
 *「ギンリョウソウ」という、ムーミンの白いやつに酷似した不気味な植物があるんです。
 
 この身にも 野菊の咲きし 見よこれを 散るも枯れるも をかしきことか (この道を)

 「きりぎりすよ 酔っているのか うつけもの 母様にみつかりゃ 首が飛ぶぞ」と (侠客)

 白煙 ロマンは零度 異質なる 奴らの音なら 貫かれたい ―white heavenへ―(白いやつ)
 *white heavenというかつて日本に存在したサイケデリックロックバンドに捧げます

 伊達眼鏡も 程度によっては めいめいの 我の強さばかり 根付いてないか (伊達眼鏡)
 *なんちゃってサブカル人間への皮肉みたいですよね。実際何も考えてませんが。

 レミングスを 異常とあなたは ゾッとしたが 後ろを向けば 孤立無援だろ? (冷蔵庫)
 *「ぞ」が強敵でした。 

 割いた蜜柑 剥いた甘栗 炒った豆 〆た鯖食む 真冬の孤独 (サムイ島)
 *ことば遊びです。私の親も私もいずれこのような冬を迎えるのです。

 妙なもので 背中越しなら 自分でも マシな台詞が 言えるんですよ (店仕舞い)
 *ツンデレなんですねこの人は。

 いざさらば 常しえの縁も をしまいさ 齧りついても 知らん顔さ (いとをかし)

 19なら 許したものを こんな歳で レモン泥棒が 意中の人とは (巡礼)
 *萩尾望都的な世界観を目指そうとして失敗した。

 名前など なんになるのよ つまらない もういいじゃない 「隣人」てだけで (七つ森)


〜無難に纏まったんじゃないですかねベスト〜

 針刺して 血を流したら お神酒の番 生まれたときの 純潔を葬る (八王子) 

 感情が ぐらつく時には 裸体とは 残忍な性を 神は作りし (神楽坂)

 ジーンズに 世迷言だけ 打ち付けて あなたとわたしで いけるとこまで (情愛)

 カラクリの 違法な波に デカルトの 金言を思う パラドックスよ (怪電波)
 *情報化社会への皮肉っぽいけど実は何も考えてませんんそもそもデカルト何した人だっけ。

 寝覚めには 冷たい水と 狂熱を 夜の気配を 打ち消すために (熱狂)

 ふしだらな ロマンスの味は 無理みたい への字の口に ルージュを引いて (フロムヘル)
 *お気づきでしょうが、私の恋愛観は昭和でストップしてます。

 日を数え がらにもないけど 伸ばす髪 ボロネーズよりは ルイス・フューレイ (陽が昇る)
 *「ルイス・フィーレイ」って使いたいだけやないか。

 「セージなら 愛煙家向き」と 持参して 血を汚す煙 山吹色に (煎じ茶)
 *セージは喫煙時の喉の負担を減らすんですと。

 彼女らの 涙のわけを 知りますまい 馬鹿は目を閉じ 利口は口閉じ (金縛り)
 *だから意味なんてないんだってば。

 謀も いつも見抜いた 大抵は 祈りの純度は むさくるしいのさ(ハイタイム)
 *意味なんて求めちゃいけないんだってば。

 散り散りの 遠き日の歌に 急かされて 雨の打つ中 迷路を駆ける (ちとせあめ) 


〜すぐグロテスクな方向へ走ればなんとかなると思うんですか選集〜

 デキャンタに 揺れる自画像 屍の 焼かれる前と 近似している (デュシャン)

 梔子の 森にうもれた 隣国の 花嫁の破瓜を 冷笑して見る(くもりはれ)
 *「破瓜」って使ってみたかっただけ。

 ひざ頭の 残酷なキズも 真心で ずっと受け止めて 腐らぬように (跪く)
 *いくらなんでも酷すぎる。

 すまないね つまらなすぎる 手違いさ 浜辺の人魚の 首を盗んだ (吸って吐く)

 ちょうど今 ガラスケースを 探してた 私の舌を ぐさりと飾るの (血が騒ぐ)

 「はちきれた」 あなたの愛の 度が過ぎて 壊れた眼で 明日を待つわ (ハードコア)

 妹のはく 桃色の息に 愉悦した 我は現在 リネンの躯  (芋湯割り)

 会いたくない 寂しくないのよ ピストルが あの時すべてを 残さず撃ったの (朝ピアノ)

 お前なら 苦労も何も 理解すまい もし気付くなら 呪い殺すさ (贈り物)
 *高校時代に作った句と対にしたかったんですが、失敗しました。

 虫もまた 「ラ」の産声なら おれ達も こんな風に 始末しないさ (村おこし)
 *人間の産声は音階でいうと「ラ」になるそうで。

「知らないの? 死んだよあいつは 事故だった 揺れたねあの日は」 朽ちたまちにて (新宿)
 *震災の句は一つでいいから詠みたかったんです。


〜深夜なので色恋沙汰もありますよ〜

 ねえ君の 意地悪な声が ルージュとか ケープをいつも 艶やかにする (ネイルケア)
 
 うなずいて たえられないのよ 後生だから こんな恋なんて ろくにないのよ (歌心)
 
 ろくすっぽ 歌も楽器も 聴いてません 酔わせるあなたに 首ったけなの (浪曲)

 襟を立て ヴィオラを弾くような 偉人ぶる あなたにすでに 眼殺された (エヴィアン)

 「霊ならば いつでも会える」と 望んだの もう寂しさから 逃れたかった (例の物)

 *恥ずかしすぎてしぬる。

〜お腹が空いてきましたね〜

 フロマージュ・スターズ・割礼・マスタード・バカラック・ソーダ・理科の実験 (襖張り)
 *寺山修司が似たような手法でやってたので許して欲しい。

 じりじりと 焼け付く日差しと 珈琲と パイの温度に 素性も明かす (ジャコパス)

 パンケーキに 水蜜などを たっぷりと 今だけわたしは 虫歯のとりこ (パスタイム)

 ソーセージと しんなりインゲン テーブルに マスタードかけて たまさかの馳走 (そしてまた)
 

〜まだまだ修行が足りませんねごめんなさいごめんなさいごめんなさい〜

 たましひが あくがれいづる とものもとへ るろうのたびじは すいしょうのよる (タートルズ)
 *なんちゃって古文やるくせをどうにかしたい。

 白ワイン やさぐれた声 歓楽街 削いだ肉なら 昏倒したよ (シャンソン)
 *「削いだ肉」は「捨てた子ども」の暗喩です。なんちゃって。

 日が暮れて 画鋲に映る 紅の 零度の夕焼け 瑠璃色に染む (日が暮れる)
 
 ビショップを 私が進めた この時に 苦い顔して 手をついたのよ (琵琶湖にて)
 *ああそうさ「ビショップ」って使いたかっただけさ!

 午前五時 善人面した 本人が 酔いをさまして 自宅にきました (午前四時)
 *不倫?アリバイ証明?

 ベージュ色の スーツに染み付く 父様の 罵声がなぜか 愛おしいの (ベストバイ)
 
 篝火が 気狂いじみてる 冬の夜に ラメをこぼしちゃ いかかでしょうか (カキフライ)
 *「気狂い」を使えばなんとかなると思ってるんだ…。

 またそうだ いつもお前は 輪廻すら 真顔で無視して 垂直に立つ (参ります)
 *「垂直に立つ」ってフレーズを用いれば何とかなると思ってるんだ・・・。
 
 スイカズラ シロツメクサに まんじゅしゃが みな口つぐみ 歴史を語る (すしまみれ)
 
 白い髪 結いた祖母から 銀色の 死臭のするよな やましき午後なり  (主義者)

 やすらはで ましろのくもに もれいづる とおくのつきの やさしきことよ (山本や)
 *もうなんちゃって古文は卒業しよう…。

 
 以上で終わりです。
 当初は自選したもののみ掲載する予定でしたが、それではお題提供してくださった方に悪いので、恥を承知で全部載せてやったぜ。ああ、相変わらずセンス皆無。何年文章書いてるんだ。
 とりあえず当面の目標は
 ・「る」「り」始まりの強化
 ・異常とか気狂いとか多用しない
 ・センスを平成にまでもってくる
 でしょうか。

爆音映画祭2011 ゆらゆら帝国日比谷野音09年 7月3日吉祥寺バウスシアター 

2011年07月22日(金) 17時22分

 すべてが幻のようだ。あんなに素晴らしいバンドが実在したことも、あんなに素晴らしいバンドがいない世界で生きていかなければならないことも。

 ***

 私は言霊信仰者だが、「ロック」だとか「アート」だとか「文学」といった類の文言に霊力のようなものはない、あるいは与えてはならないと思っている。
 なぜなら、何かにつけて軽々しく「これはロックであり、あれはそうでない」と発語する行為そのものに選民意識や陶酔感を覚える人間の目の色と声調はおぞましいまでに粗雑で卑小だからだ。
 そういったときに、ロックにしろアートにしろ文学にしろ、その裏側にいるのは所詮人間であるという事実を再認識する。同時に、そこに時折「天才」や「怪物」が紛れ込むことがあるということも。
 もしそれらが何かしら特別な力を有するとしたら、そうと発せざるを得ない現象、あるいは例外的な彼らを目の当たりにし、他に何の言行も許されない状況においてであろう。
 だからこそ私は、稀に相まみえた「本物」には惜しみない賞賛の拍手と歓声を送る。
 「ライブハウス内/ライブハウス外」「扉の中/扉の外」という境界を越えた観客の前に、尚のこと(たとえば理性や本能のように)存在する「ステージ/客席」という境界。その向こうで静謐に、粛然として、楽器を構える彼らに対し、「あなたがたこそロックだ」と。

 昔から私を取り巻く世界は灰色にくすんでいた。あるいは、乱雑に作った墨汁を振りまいたようにくすんでいた。色彩はよどみ、濁り、人物の表情や声色はリアリティを欠いていた。
 周囲の人々は私の言動に疑問や苦言を呈し、また嘲笑した。私は自身と世界との埋めようのない隔たりに絶望し、そして諦観した。
 私のイメージする私自身には顔がなかった。そこにいたのは針金細工に安物の肉をでたらめにぶらさげただけの醜い塊だった。
 「それ」は常に「ここ」からの逃避と「どこか」への帰還を切望していた。だが現実には足の腱でも切られたかのように怠惰に蹲るだけであった。
 「それ」が動くには喜んで自ら全てを投げ打てるほどの情動が必要だった。耳をふさぐ手のような形をした、背中から抱きしめる腕のような形をした、逃走用の車を動かすための鍵の形をした、もしくは、もしくは…。

 ともかくいつ何時も絶えず燃える炎のような焦燥感と強迫観念をごまかすようにへらへら笑って日々を淘汰していた自分が、ようやく本物の五感が与えられたのは、19歳の冬の頃だった。それから自分の足や指が何のためについているのか悟るのに、そう時間はかからなかった。
 私は彼らを通して世界を見た。世界に触れた。世界の息吹を聞いた。その刹那、私は無意識に「ロック」とつぶやいた。

 ***

 うだるような暑さに意識の飛びそうな7月初旬、バウスシアターはどこか見知った顔で埋め尽くされていた。それはその日の目的であるライブの時だったか、あるいはまた別の時だったか定かではない。あれから私は数えなおすのも億劫なほどのライブを観たのだから、覚えていようともいなくとも、それは至極当然だっただろう。
 上映内容自体はDVDと変わりないかもしれないという可能性もあったため、よもや争奪戦にはなるまいと予測していたが、それでも当日立見券が完売したという知らせに嘆く声があった。自分とて決して賢明ではなかったが、しかし「それは甘すぎたよ」と嘆息せざるを得ない。
 私達の愛したバンドは、そう簡単に手の届く場所にはいなかったのだから。その事実を忘れ去れるほど、長い年月を経たわけでもないのだから。
 思えばあれはほんの2年前のことなのだ。たった2年の間に自分を取り巻く環境は一変した。
 あの時のくせがまた頭を出して、坂本さん寄り前から2列目の席に座った私は、当時21歳の大学生だった自分の後姿を見つけた。
 今の自分は当時と違って胸を張って「幸せだ」と断言できる。もう大金を払って新幹線に飛び乗ることもない。宿泊先を探して足を棒にすることもない。開演時間まで一人黙然と頭痛と闘うこともない。
 ただ、あの時の私には「ゆらゆら帝国」がいた。孤独も何も瞬く間に打ち消してくれる、絶対的な存在が。

 SE代わりに流れていたピーター・アイヴァースが止まり、開始のアナウンスが流れたときこそ、興奮を抑えきれない観客の歓声と拍手があがったが、いざスクリーンいっぱいに日比谷公園の木々が映し出されると、それこそ「映画でも観るかのように」会場内を沈黙が支配した。
 途端に頭蓋骨から雑多な記憶がよみがえる。屋台の喧騒、中身のあふれ出たごみ箱、隣の客の笑い声、まだ少し肌寒かった4月の風。におい、温度、湿度、色彩。全てを伴って。まるで今まですっと忘れていたかのように、追い風のように波打って。

 そうだ、あの日は「星ふたつ」から始まった。坂本さんの声が少し掠れていたのだけが気がかりで、他は初っ端から濃密な演奏だった。
 宮沢賢治を想起させるロマンティックな歌詞と、コンクリの地面を伝わってくる低音の振動に陶然としている間に、「ソフトに死んでいる」が奏でられていた。タイミングを見計らったかのようにこの瞬間日が落ちて気温も下がったと記憶しているが、私の記憶違いだろうか。乾ききっていながらも諦観に徹しきれない絶望の音色に涙が出そうになったのだけは確かだったけれど。そういえば間奏時に坂本さんが奇妙なステップを踏んで、亀川さんが必死に笑いを堪えていたのもしっかり覚えている。しかし、他者の視点から見ているためか、そんな愉快な場面をありありと思い浮かべるのは困難だった。
 同じくミドルテンポの「ザ・コミュニケーション」を挟んで、コミカルさとおどろおどろしさの混在した「お前の田んぼが好き」と"妖怪アレンジver."の「アーモンドのチョコレート」が続く。一郎さんの硬質なスネアと膨張していくハイハットが印象的だった。真一文字に結んだ唇が時折亀川さんのプレイに呼応して何事か呟いていたのも。
 一番のサビ部分までメロのリフが淡々と続いて、まさかの展開の度肝を抜かれた「ラメのパンタロン」はこの辺りで演奏されたんじゃないだろうかと思索している間に、幾分かテンポの遅い「夜行性の生き物3匹」が始まっていた。初めて観た2007年12月2日のライブからほぼ毎回お目にかかっていた曲だが、何度聴いても3人の鉄壁の呼吸を明瞭に表しているようで、胸が熱くなる。
 終盤間際、観客を煽るようにして珍妙なポーズをとったまま静止した坂本さんと、それを横目で見ながらまたもや笑いを堪えていた亀川さんと、残像がやたら鮮明だった一郎さんのカウントばかり記憶していた「タコ物語」。あんなに笑顔がほころんだ状態で見守っていたのに、異なる視野から見れば「クールな演奏」で終わってしまうから不思議だ。
 虹色の流砂に足をとられるかのような錯覚を起こした「いまだに魔法がとけぬまま」に瞼を閉じて黙然としていると、いつの間にか「無い!」のイントロから横溢する蛍光色に粒子に飲まれて溺れそうになっていた。ああ、あれは、彼らのライブに行った時にしか、味わえなかったのに。いつの間にか音響の力に誘引されて記憶と実体験が混在している。
 虚脱感とチープなロマンティシズムで編まれた「空洞です」を「これ絶対売れちゃうって!」とゆらゆら帝国すらろくに知らない友人に紹介したのは、もう5年も前だっただろうか。あの時は半濁の暗闇に蛍光色の放物線を求めるような感覚に陥った「できない」や「あえて抵抗しない」が、こんなにも鋭利な進化を遂げるなんて思いも寄らなかった。坂本さんがギターを置いてマラカスを振ることになることも。めまいのおこしそうな「ロボットでした」の裏打ちタンバリンも。
 ラストの「3×3×3」も初見から毎回、しかし違うアレンジで聴いてきた定番曲だった。絶望に塗れたシニカルな「そう、夜は明けるんだ!」に、どれほど身悶えただろう。その歌詞と裏腹に「今が自分の終末ならいい」と切願したのも数え切れない。
 席を立って踊っていたのは、私が知る限りでは一人だけだった。しかし、その場で立ち上がって、場内を満たす音の要素に身を任せてしまいたいという衝動に抗うのは、ひどく苦しかった。それは決して私一人だけの思いではなかっただろう。
 「星になれた」に入る前の最後のチューニング。赤い照明に彩られた彼らの背中を遮って落とされた真っ黒なスクリーンに、興奮の熱気を発しながら万雷の拍手が鳴り響いたのは、今でも体中が覚えているから。
 
***

 ゆらゆら帝国は私にとって初恋や通過儀礼や洗礼と同意義だった。諸手を挙げて歓喜の声を上げることのできる稀有な存在だった。だから、自分が彼らの音楽を記録し、留めておけるだけの、がらんどうな存在になってしまえばいいのにと、想像したのも一度や二度ではない。
 だが、無論現実はそうはいかず、あれほど焦がれた存在の彼らと、彼らのライブの記憶がその内色あせてすっかり忘れ去ってしまうのではないかという不安にかられたこともあった。現に今では、昔ほど情感を込めてあの時の三人が堂であったと説明出来る術はないだろう。
 だからこそ私は文章を綴る。記憶を閉じ込めたものたちを傍に置く。たとえ全てを思い出せずとも、何かしらのスイッチとなることを望んで。
 あの日の不味いだけの焼きソバの味や、肌寒い夜気や、木々のざわめき。蛍光色の粒子の海。紛れもないロック。

UFOclub15周年記念特別ライブ 灰野敬二+亀川千代+HIKO 1月27日東高円寺UFOclub 

2011年02月07日(月) 2時37分
前略 灰野敬二様 亀川千代様 HIKO様

 27日のスペシャルセッション、大変感動いたしました。報告がすっかり遅くなってしまった非礼をお許しください。あの夜、目の前で繰り広げられた光景を思い出すだけで、肺や背骨を焦がされるような錯覚に陥り、なかなか筆を進められなかったのです。
 あの日、基金訓練を終えた私は全速力で東高円寺に向かい、彼の地にたどり着いたのは17時でした。「UFOのスタッフさんから『当日早めに並ばれるのはご遠慮ください』と指示があったらしい」と、噂に聞いていたにも関わらず、そのような振る舞いに及んだのは、まずチケットを電話予約する時点で激しい争奪戦が繰り広げられたからです。私は開始時間丁度にすぐさま通話ボタンを押したにも関わらず、その後30分間話し中で繋がることはありませんでした。最も、この場合はまだ運が良かった方で、鎬を削るこの戦いに敗れた方も、そもそも開催日と受付日両方が平日であったために泣く泣く諦めた方も多々いらっしゃったのですが。
 ともかく。興奮と緊張の入り混じった気持ちを抑えながら中に入ると、まだ入場受付準備の整っていないその場所には、既に一人の男性が座り込み、手持ち無沙汰にiPodの映像を鑑賞していました。聞けばその方は16時半から来ているというではありませんか。驚愕と同時に敗北の念を禁じ得ません。
 しかし当然といえば当然です。「灰野敬二」と「亀川千代」。この2人が並び、演奏する姿を、2人を知る者なら誰しも一度は空想し、或は希求したでしょうから。それはファン歴の浅い私とて決して例外ではなく、真下の会場から、天井と扉と階段という隔たりを経て尚耳をつんざかんばかりに響くリハーサルの音に耳をそばだてながら、「漸く自分の妄念が現実となるのだ」と思索しだすと、人目も憚らずに手足をばたつかせて朗々と高歌放吟したくなる情動にかられ、それを理性で抑制するのは実に困難でありました。あれは恐らく一部の人種から見ればまさに「発狂」と形容するに相応しい様子だったでしょう。
 そうこうしている間にも人々は徐々に集まり、早くも興奮と熱気が収まらない事態となって来ました。顔見知りと言葉を交わす度に、頬が紅潮し、息が上がるのが、自分でも解ります。にも関わらず、外に買い出しや食事に向かうあなたがたを間近にしても皆一様に声をかけるどころか凝視することすらままならなかったのは、「伝説の一夜」を目前にして正気でいられない私達と反するかのように、極めて超然とした面立ちのお三方に畏怖の念すら湧いたためでしょうか?それとも…。
 その後、店長の北田さんが「UFOclub」のロゴで飾られたライトに電源を入れたのを合図に、いよいよ開場となりました。私と友人知人達は迷わずステージ下手に陣取りました。例の巨大なアンプの前にいつものフェンダージャズベースが鎮座し、眼下にはベースマガジンのバックナンバーにも写真が掲載されたエフェクターが並べられ、それだけで気分を益々高揚させられます。あと1時間もすれば、昨年8月以来およそ半年ぶりにベースを弾く亀川さんと邂逅できるのだと。
 これはともすれば、盲信に成り兼ねない危険性を孕んだ過度の期待なのかも知れません。しかし、坂本さんや柴田さんとは違って、現時点においてコンスタントな活動がないこと、作品と呼べるものが「舞台上でベーシストとして演奏する姿」のみという刹那的なものであること。この2つが念頭にある限り、そして亀川さんが「亀川千代」である限りは、きっと払拭されないでしょう。私はそういった感情が表に出ないよう、周囲の友人知人達と冗談を交わすことで気を紛らわせていました。
 そうしている間にも時は迫り、舞台上でスタッフさんがステージが最終チェックを済ませ、予定開演時刻を15分程過ぎた頃。客席の電気がゆっくりと消え、待ちに待った三人のお姿がステージに現れました。私達以外のお客さん達も確か、拍手などせず固唾を飲んで見守っていたと思います。
 いつもの黒服に身を包んだ亀川さん、銀色の長髪を靡かせ赤のSGを手にした灰野さん、この擬似錯覚すらお越しかねないくらい相似した2人のボーダーラインとなるかのようにスキンヘッドのHIKOさんが中心に座るという、ある種異様な構図の沈黙を、いち早く破ったのは亀川さんでした。それはそういった指示があったのかもしくは即興であったのか。後日聞いた話では当日まで特にスタジオに入ったりもせず、ほぼぶっつけ本番であったらしいので後者の可能性が高いのやも知れませんが、ともかく彼の人の見慣れた白く細い指からつまびかれたのは、意外にもスローテンポのフレーズでした。
 続いてHIKOさんが二番手となるのですが、彼がまずとった所作はドラムスティックを持つことではなく、短パン以外の服を脱ぎ捨ててしまうことでした。この行為がパフォーマンスの一貫であるか否かはGAUZEやハードコア自体に暗い私には図り知れないものでしたが、何れにせよHIKOさんにとっては無用の長物だったのでしょう。叩き始めて10分もしない内に、舞台照明が上半身に吹き出した汗や歪んだ口元から流れ出る唾液を光らせていたので。
 一方灰野さんは、腰に手を当て眉間に皺を寄せ、俯き加減で2人の音に耳を澄ませていました。時間にして数分経過した頃でしょうか。扇状の舞台の約三分の一を占める夥しい量のアンプから、10以上はあるエフェクターにより歪められ、または研ぎ澄まされたギターの音が、私達の鼓膜を激しく叩いたのです。
 「灰野敬二」という人物と「暴力的なまでの大音量」。この2つは何があろうとも切り離せない関係にあります。ですが、灰野さんの音楽を、「轟音」「爆音」といった文言でまとめてしまうのは、個人的には寂しく思われるのです。灰野さんの紡ぎだす響きは、確かに翌日まで耳を使い物にならなくさせるくらいの破壊力を有してはいますが、そこには殺傷能力や敵意や暴力ではなく、慈しみや悲哀やご本人自ら明言している「祈り」が込められています。かような無垢なる幾多もの情念が息吹を前にすると、観客には一つの抗う術も与えられません。耳を塞いだとて同じことですし、そもそも手を自分の意志で動かすことすら不可能になってきます。あの、たった一人の、還暦に手が届こうという男性が、一本のギターをかき鳴らし、怒号とも囁きともとれる声で絶唱する。それだけでも既にそれぐらいの聖性はあるというのに。
 絶え間無く汗を流しながら、時に白目を剥く程の気迫で正しく「一心不乱」に叩き続けるHIKOさんには、「ハードコア」というジャンルに「暴力」「破壊」「怒声」「反社会」といった類の語句しか抱いていなかった私の後頭部を穿たれるような衝撃があって、この時点で私のキャパシティの臨海点は限度を越そうとしていました。まるで獲物を狙う肉食獣のごとき睥睨で、野生味がありながらも繊細にして鮮やかな16ビートを、間隙も緩急も余白もなく生み出し続ける人間を、何せ初めて見たものですから。
 しかしながら、個人的に一番驚くべきだったのは、この2人を前にして至って冷静な亀川さんの存在でした。私的な考えとしては、去年の夏にシークレット出演したイベントにおける、挑発的で好戦的で、反逆者の面を露にした時の姿が余りに強烈だったため、私のよく知る「何に置いても調和を重視する」、端的に表せば「ゆらゆら帝国の亀川千代さん」がそこに居るという事実が、とても意外だったのです。
 だからこそ、途中2人を注視しつつエフェクターを踏む踏まないで1分近く悩む表情を目にして、「調和に徹せず我に走れ」と心中で叫んだ自分がいたのもまた真実なのです。一昨年までの私ならいざ知らず、昨夏のあなたを観てしまった今となっては、そんな身勝手な我が儘も生じるようになってしまいました。幸福を一つ得るのは複数の不幸を手にするのと同等であるように。
 過去「学生時代一番好きだったのはGAUZEとリップクリーム」「灰野さんのライブを見ると、自分はもう出来なくなる」と発言するくらいに敬意と憧れを抱く2人の一挙一動に注意を払いながら、柔和でたなびくような、それでいて重厚なベースラインを奏でるという所業は、亀川さんだからこそ成せたであろうにも関わらず。思考も体力も奪われかねない時間と空間の中、それは私の記憶に色濃く残った数少ない言葉の一つでした。
 そんな私の願望など無論知る由もないでしょうが、継ぎ目なく汗を拭く暇も水分補給する猶予もなく、「ステージ隅に置かれた紙の束は歌詞の書かれたそれか」という私の予想もとうに裏切られ、前半と中盤に短く挟まれたブレスのような語りともとれる、簡潔にして抽象的にして粛然としたセンテンスで構成された歌部分以外は、ひたすらに楽器を鳴動させ続けたライブが佳境に迫ろうとしたその時。とうとう彼の人が動き出したのです。
 時折右手で煽る灰野さんに応えるかのように、その灰野さんが見えているのか解らないくらいの限界まで達したHIKOさんに尚挑むように、弦を弾く速度と力が増していく。当初は「どうしてあんな軽く押さえているようにしかみえないのに、かくも明瞭な音が出るのか」と首を傾げていた程の指先の、色が変わらんばかりに。
 そうした矢先のことだったでしょうか。不意に灰野さんが亀川さんに耳打ちをし、亀川さんがそれに対して頷いたかと思うと、HIKOさんが泡を吐きながら崩れるようにして楽屋へとはけて行ったのです。あれは演出でも何でもなく、体力と精神力の限界を迎えたのが一目瞭然でした。
 そして、その後。時間にして5分だったか3分だったか、もしかしたら1分もなかったかもしれないし、一部の人間にとっては永遠に等しいかもしれないあの僅かな時間。舞台上で展開された灰野さんと亀川さんによる2人せめぎあいを、私は一生忘れないでしょう。
 セッションやコラボという語句では甘く、格闘と例えるには荘厳で、下克上や師弟関係といった体は片鱗もなく、例えようもなく美しかったあの一幕。右手で何度も「来い!」と煽る灰野さんと、目を見開いて呼応するだけでなく自ら立ち向かって行く亀川さんが、お互いに向き合って奏で絡みぶつかったあの瞬間こそが、私がずっと渇望していたものでした。その名前を知ろうとする努力すら怠っていた私が、長年漠然と羨望していた「美しいもの」の正体が、その夜眼前にて具現化したのです。
 故に私は、2人が最後の一音を打ち、ぴしゃりと終わりを告げた瞬間に、相好を崩しながら結局最後まで嵌めることのなかった耳栓を握りしめたままの手で、出来る限りの拍手を送りました。一観客である自分がご本人達に思いの丈を伝える一縷の望みがあるとしたら、きっとそうする他ないでしょうから。
 幕が閉じた直後に確認した時計は22時45分をさしていて、2時間半もの間自分は奇跡のような異空間に浸っていたのだと悟ると同時に、「これは一夜限りの伝説で終わらせてはならない」とも感じました。これは一過性のものではなく、回数を重ねた結果も観てみたいというのと、これを120人前後の人間だけのものにしてしまうには余りに惜しいと思惟した末の結論です。
 私にご本人達の意志が理解出来る筈は到底なく、まして音楽的知識すら皆無なので、これも客観的見地の微塵もない「身勝手な我が儘」に他なりませんが…。
 ただあの時。あのライブにいた者の一人としての、備忘録代わりの率直な感想を、ここに認めておきます。

ジャスティスの行方 12月10日@UFOclub 

2010年12月26日(日) 23時34分
 何故二週間以上前に鑑賞したライブのレポを今更己の記憶力の衰退に懊悩しつつも書き上げんとしているのかとういうと、このエンヤ婆、じゃなくてジャスティスの行方が個人的今年のベスト1になってしまいそうな気配がの極めて濃厚なためです。いえ、むしろクリスマスイブに鑑賞した高円寺円盤での即興デュオ大会を今年の締めとした上で書いておりますので、確実にベスト1です。
 例えば、「石原洋withFriends」に限れば6月25日のMANDALA-2におけるプレイの方が好みでした(初見という条件下に伴う衝撃度をさしひいて)し、「ベストアクト」という点では8月26日にUFOCLUBにて鑑賞した亀川千代さんの挑発的にして好戦的なベースが炸裂したあの夜であるし、更に挙げれば今年一番の収穫バンドは割礼でした。
 しかし、「ライブ」という単位で振り返った時に最も強烈にして重畳なのは、やはりこのエンヤ婆、じゃなくて「ジャスティスの行方」になってしまうのは、自分が鑑賞時に意識する要素の内「ギャンブル性」「サプライズ性」の二つを総合的に満たしてくれたステージだったからでしょう。予備知識と鑑賞履歴がありその上愛好しているバンドは3組いる出演者の内石原洋withFriendsだけでしたが、まさか他の2組も自分の胸を悉く射抜いてくれるような鮮烈激震酩酊プレイヤーだなんて。しかもドリンク代込み3000円以下で。だから遠くても、終電なくなったら公園時駅前付近まで歩かなきゃならなくなっても好きさ、UFOclub。私の嗜好に合致した人々が必ず出演するのだもの。単に私の知識が乏しくて探究心が欠如していつだけだなんて指摘は受けなくてよ。そんなこと既に重々悟っているからね。わざわざ瘡蓋を剥がして流血アゲインさせることないからね。
 兎も角。今回も今回とて物販コーナーにはペダルレコーズ関連のアーティストの音源が整然と並べられておりまして、それ自体は見慣れた光景だったのですが、では何故唐突に、階段を降りきらない内に驚愕の悲鳴をあげたのかと申しますと、現在ヤフオクなどで絶賛高額出品中の名盤、今はレジェンドとなってしまったThe Starsのセカンド「perfect place to hideway」のアナログがそこに泰然と鎮座していたからです。ほらあれ、日本で一番美しい日の丸カラーのあれですよ!そりゃあ久々に光の速さを発揮して手に取りますよ。「ええ?どうしよう?何を諦めたらいいの?金欠なのにどうするの?爆音映画祭行かなければいいの?」と半ば自問自答のごとく傍らの青いぬさんに相談する私。そこに颯爽と現れたるは例の眼鏡にパーマのスタッフさん(誰のことか知りたい人は2月20日のUFOclubに来てね!)。
 話を聞けば、この日は2枚しか持参していないものの、まだ在庫はあるので、通販で注文することも可能だとのこと。即ち現在金欠状態なのに無理して購入することはないとのこと。だから安心してそのお金を爆音映画祭に使ってくださいとのこと。むしろ是非爆音映画祭行って下さいとのこと。本当かいお兄様?ヤフオクでは5倍の値段で出品されていたけど、稀少なだけで決して皆無な訳ではなかったんだね?信用していいんだね?ありがとう眼鏡にパーマのお兄様。
 実際ここまで眼鏡にパーマのお兄様に思い入れがあった訳ではないのですが、「とっておきましょうか?」の一言に不覚にもときめいたのは本当です。開場待ちの際、首元にファーのついた緑色のコートを纏った石原さんにうっかり萌えたのも本当です。そう、この日の出演者の方々が皆様私めの嗜好対象ど真ん中のアラフォーの男性というのも、ある意味起因となったやも以下略。

RUINS ALONE
 ルインズアローン=吉田達也さんだと知ったのは終演後でしたという私の相変わらずの浅学っぷりはさておき。なんだこの強いていうなら「独りオペラ」とでも表現すべき濃密なパフォーマンス。
 傍らに置かれた小さな機械から流れ出る、時にプログレッシブな、時に激烈なサックスが印象的な、時に第九やハレルヤといったクラシックをコラージュした楽曲に合わせて忙しなく息をつく猶予さえ与えられず繰り出されるドラムの、しかしなんと精錬にして芳醇なこと。扇情的なドラムをプレイする方は他にも少なからずいらっしゃるでしょうが、ここまで色彩は芳香すら感じ取れそうな、五感に隅々まで訴えてくるものは初めてです。
 汗を拭う暇もなく、エフェクターも時折操作しながら、尚且つ「ALONE」という名称に違わず腹の底から張り上げるボーカルもやはり自分で務める姿勢が本当にこちらにも瞬きさえ惜しませるくらいに鮮やか。ここまで色々やられると心の休息なんてものとは無縁になりかねないのでしょうが、そこが才覚と技術のなせる奇跡なのでしょう。眼を見開いてマイクのズレを自ら調節する一場面すら一枚の写真のように錯覚してしまいます。
 頭脳警察のトシさんを観た時も同様の感想を抱きましたが、ある一点までプレイが突き詰められると、どこか演劇的な不動たるパフォーマンスになるのですね。

kito-mizukumi rouber
 石原洋氏が「やっとお会いできましたね」と感慨深くなるという意味で「今年の収穫物ランキング第2位」に位置付けられるとしたら、彼らは「名前くらいしか知らなかった人々にかくも心を奪われるとは!」という衝撃度により第3位にランクイン。
 「翌日」「冬枯れ花火」「猫の角」くらいしか聴いたことのない自分にとって「あぶらだこ」は「好きだけど難解なバンド」だったのですが、それと比べるとkito-はなかなかどうしてとっつきやすくて面白くて。しかし容易く「かっこいい」と評するには一筋縄ではいかない人たちで。
 交互に発されるねじれとひずみの集合体であると同時にこの上なく直情的でもあるヒロトモさんの硬質な声と、大國さんのハスキーではらはら零れ落ちる語りに近い歌は、軽く掠め取っただけでは下手すると安易にメッセージ性すら期待してしまいそうな多面性すら秘めており、ともすればその一言一句を聞き漏らさんと聴力以外の五感を一旦放棄してしまいそうになりもし。でも実際は、複雑怪奇な美しさを織り成す二本のギターや、珍妙な蟹股ステップでステージ上をがくがくと移動する様や、ドラムだけでなく金属性の筒にプラスチック製の吹き口を装着しただけのシンプルすぎる笛をクルクル回りながら奏でる内田さんの多忙っぷりに、自分自身のキャパシティの限界を試さねばならないような、奇妙な義務感が芽生えていたのです。
 フロントの2人が向き合い一枚の絵を演じるようにギターを高々を掲げ、或いはギリギリの際まで各々の楽器を近付けて下激烈に俊敏にかつ淡々とかき鳴らす様は、―例えば、小松左京の短編に出てくるような異性人の交尾だとか、深海に生息する生物の暮らしぶりだとか―地上の人間の理屈など通用しない世界の片鱗を見せ付けられているかのようで、大國さんが仰臥して足をばたつかせる一幕や、ヒロトモさんがカメラマンの方に向かって両手の親指を立ててポーズをとっていたり、ともすればコミカルに見えかねない光景にも我々の価値観は一切通用せず、「この人たちの規律はなんと異質なんだろう」と、自分達の存在し売る領域との乖離っぷりにただただ驚愕するばかりで。そしてその、一瞬たりとも余すところなく自分の意識を支配してくれる未知なる情景を垣間見てしまった事実に、現在に至っても狂喜を隠しきれないのでありました。

石原洋withFriends
 先述したように「石原洋withFriends」という括りであれば個人的には6月のステージの方が深く感銘を受けたのですが、それでは何故終演後の去り際、ドラム担当の荒川さんに「今日のが一番好きでした」と述べてしまったのかと言いますと、3回目でようやっと純粋に「石原洋withFriends」として鑑賞し、「バンドであるからには楽しませてくださいよ」と少々横着な願望も顕在化してきた自分を自覚したからに他ならず。
 過去2回はどうしても、「スターズもこんな感じだったのかしら」とご本人達にもし知れたら不快な思いをさせてしまうかもしれない邪念を拭いきれなかったのと、『「世界の」石原洋』という冠詞がちらついて「ライブ」以上の付加価値(実際初見の際はそれがありました)を何処か欲していた部分があったのです。それを今回は漸く捨て去ることが出来、改めて「私はあなたたちが好きです」と自信を持って書けるようになりました。
 北田さんのベースは相変わらず実直で堅実で、伏し目がちに或いは瞼を閉じて淡々と奏で続けていて。その背後で口に指を当て物思いに耽ったり、チューニング中に何事か呟きながらリズムの確認をしていた荒川さんのドラムは、6月や9月の時とはまた違って、波紋の輪が一つ一つ確認できるかのように丁寧で。
 しかし何よりステージ向かって右端、石原さんの姿には胸を焦がされてしまいました。色香の横溢する低音の語りや、安定感のあるファルセットの印象的なカバー曲もさることながら、今回セトリには「新曲」と表記されていた4曲目以降の畳み掛け具合ときたら。時折メンバーに冷静に目配せしながらも、後半自らの箍を自身の手で外さんとするかのごとくシャウトし、ギターをかき鳴らす様の、なんと凄絶なことか。追求の果てにある完成した機能美がスターズだとしたら、さながら茫漠たる冬の凍りついた夜空、夜霧がぼかす常夜灯のようなWHITE HEAVENの楽曲を、高揚と捨て鉢の狭間で弾き、歌うこの人が、いよいよ最後の曲の終わり間近、凡そ30秒にも満たないその時間、自らストラップを外しこちらに背を向け、自らストラップを外して高々と持ち上げたギターを弾き鳴らした時、一体その脳内に如何なる情景が映し出されたのだろう。
 自分は彼らと同じ時代に生きて、彼らの演奏を目の当たりに出来る環境にある。きっとそれだけで自分は、身に余る幸福を得ているも同然なのだろうと、最後一言の挨拶もなく上気した横顔だけを見せて去っていく3人を見て、ただそんなことばかり考えていたのでした。

 その後、友人知人に挨拶を済ませ、悦楽気分の私に声を掛ける人が。そう、例の眼鏡にパーマのお兄様です。(誰のことか知りたい人は2月20日のUFOに来てね!)何の用ぞと足を止めますと、「やっぱりこれ、最後の2枚でした」と冒頭に既述しましたあの日の丸ジャケットを差し出すではありませんか。あ、やっぱり!そうですよね!ペダルのHPでもamazonでも「在庫無し」になってましたもの!地道に都内のレコード屋探したけれど皆無でしたもの!
 聞けばこの日持参した2枚は、先日店舗をたたんだアルケミーレコードから返品されてきたもので、1枚は先ほど売れてしまったとのこと。これが売れてしまったら、本当にもう在庫無しになってしまうとのこと。
 …そこまで言われたら、ねえ。私に他の選択肢ないですよ。上記の説明してくれた中村さんにも「爆音映画祭行った方がいいよ」と諭されましたが、だって仮に自分の中でゆらゆら帝国と双璧をなすバンドがいたとしたら、それは唯一The Starsだけだったんだもの。それも生で拝めない今となっては、永遠なる机上の空論でしかないけれど。
 だから私、爆音映画祭の「極悪レミー」は諦めましたよ。その翌日にあったオールナイト上映だけにしましたよ。現在の金欠状態を深刻に憂うのならそれだって断念すべきだったのでしょうが、爆音でドアーズ聴きたかったんだもの。その日吉祥寺歩いていたらマウンテンバイクに乗った石原さん目撃してしまいましたし。でも後日山田さんに聞いたら「あの辺には住んでないはずなんだけどねえ」とのことで、段々自分の視覚に自信を失ってきました。もし本物だとしたら、その時は黒のコート纏っていらっしゃったから、物凄いお洒落さんということに以下略。

石原洋withFriendsセットリスト
1. I'll Be Around(スピナーズのカバー)
2. Rising of Scorpio(DAVID SANTOのカバー)
3. Silver Current
4. (untitled)
5. Snow
6. Secrets

がらんどうの世界 8月26日東高円寺UFOclub〜皆さんの大好きな亀川千代さんが復活されましたよ〜 

2010年08月31日(火) 3時30分
 ボイスでも呟きましたが、先日26日のUFOclubは伝説に伝説の重ね塗りをし、更にそれを奇跡という名の猛火で炙ったかのごとき一夜となりました。
 西東京界隈では有名らしい壊れかけのテープレコーダーズと、UFOのドウオカタケシさんによる共同開催となったこのイベント。当初は、今回燻裕理名義で出演された元裸のラリーズにして頭脳警察にしてだててんりゅうのひろしさんがやっていらっしゃる「ニプリッツ」というバンドを東京に招聘すべく発案されたらしいのですが、残念ながらそれは叶わず、その代わりに今後再びお目にかかれるかどうかわからないほど豪華にして貴重なセッションが実現してしまったらしいと、前々から小耳に挟んではいたのです。
 しかし、その余りの空前絶後な三つ巴に、自分の中でいまいち「現実世界に起こり得る未来」として処理しきれず、地に足のつかない高揚しきって職質されそうな精神状態がふと表に出てしまう一方で、「…本当にあるのかな。明日目覚めたら病院のベッドに居たりして」と半信半疑になってしまう気持ちもどこか拭いきれませんでした。だって何度見ても「燻裕理+石塚俊彦+???」の表記のままなんだもの。目を皿のようにしてネットで目撃談漁っても「スタジオ入ってた」といった類の情報無いしさ。せめて「お菓子に例えるならポッキーです」とか「レコード屋の袋でいうならユニオンの真っ黒なあれです」とか、そういうヒントがあれば勝手に納得してどっしり構えていられたのですが。
 そんな駿馬が草原で本能に任せて暴走するかの如き複雑にして様々な感情の越し方をどうしたものか思索に耽っている内に瞬く間に時は過ぎ、気がつくと私はマイミクのおそばさんたむさん及び青いぬさんとチケット片手に最前列ステージ向かって右端のソファー付近に陣取っていたのでありました。嗚呼、光陰矢のごとし。今年何も出来ていないのに、もう9月が眼前にあるだなんて。明日仕事初出勤だなんて恐すぎて泣いちゃいそうだよお母さん。まだまだ子どもでいたいんだよう。

住所不定無職
 バンド名だけで「中学生棺桶みたいな感じかな、ふうっふ〜」と勘違いしていた私を遥か二十億光年の彼方から叩き落すようなポップでキュートな3ピースガールズバンド。高円寺辺りの古着屋で購入したに違いないワンピースに身を包み、靴は履かずにタイツのみで彩られた足でしっかと舞台を踏みしめ、額に汗を浮かべ、気の張り詰めた眼差しでこちらを見つめ、かつ舌足らずの声で歌い上げる様だけでも胸を打たれそうな勢い。けれども方式HPのメンバー紹介欄に「ギターとか」などと注釈ついていたのに偽りの無いポジションチェンジ余裕の万能っぷりと、ダブルヘッドのベース兼ギターを細身の体でかき鳴らすダイナミックさには、昨今のゆとり世代は存在すら知らぬであろう強靭にして硬派な精神力がひしひしと伝わってきます。
 曲自体はライトなガレージとポップミュージックを組み合わせたような、しかしそれこそビートルズ辺りの古典的な匂いも漂わせ、尚且つ「あの子の歌うaikoが好き」懐古主義に収まらず、現代っ子っぽく仕上げてしまうところが心憎い。下手に捻ったり衒ったりして妙な自意識無理矢理滲ませるくらいなら、これくらい入りやすい看板掲げてくれた方が見てる側も気持ちいいんだよなあ。
 それにしても、ドラム兼ギター権ボーカルの女の子が被っていたイヌイット的毛皮帽子は多分コスチュームの一分なんだろうけど、室内熱中症の一因となっていまいそうで、違う意味でハラハラさせられた。

壊れかけのテープレコーダーズ
 二番手は、西東京きっての「略し方を迷うバンド」壊れかけのテープレコーダーズです。…迷うんだよなあ。「コワレコ」はダサいし、「テープレコーダーズ」だとちょっと長いし、「壊れかけ」だったら「あ、壊れかけのメンバーの人ですよね!?」って端から聴いたら不謹慎と勘違いされても致し方ないような印象を醸してしまうし。
 それはさておき。鍵盤ボーカルさんのヤマハ製のキーボードが絶対持ち運びできないだろうおいって規模のサイズだったのと、ギターボーカルさんが「無秩序な秩序でがんじがらめにされた社会でのせめてもの抵抗」と言わんばかりに裸足だったのがやたら記憶に残っているのですが、それもさておき。
 音自体はサイケよりにも関わらず、しかし「飛ぶ」というよりも無意識下に沈殿していたトラウマ回顧録を抉り出されているような気分になるのはどうしてだろうか。決して難解ではなく、しかし童話的というよりもっと、思春期に愛読した児童書を想起させる歌詞の世界観から瑞々しい痛みがフラッシュバックするせいなのか。メロディーとの調和というより、語りかける或いは吐き出すことを目的とした歌のせいなのか。実直で無垢でずしりとくる。きっと2回観たら好きになる。

ドウオカタケシと縄文時代
 7月20日にキラキラファンタスティック目当てで鑑賞したライブの主催者だったドウオカさんによるダブルギターとドラムという編成の3ピースです。ドウオカさんは眉毛がなくてなまず髭を生やしてて髪がとても長くて酔っ払うとちょっと恐いです。ちなみにこの日は全身赤のつなぎを着ていました。
 幕が開くや否やドウオカさんは最前列のお客さんとキスせんばかりの距離までスタンバイしてて客席を睨眼で一瞥し、そして何事も無かったかのように演奏をスタートさせました。
 曲はイントロからAメロにかけては少し童謡テイストも含まれている優しくてスローテンポな感じで、端々に聞き取れる歌詞はなんだかたまのようだとすら思ったのですが、サビ逝こうの転調具合が安心感をぐらぐらと崩壊させるほどの轟音と衝撃で、その度に私は動悸を早くして顔中に妙な汗をかき、だらしなく開ききっていた手をぎゅうと握り締めるのでありました。きっとここまで脳内が混乱してしまったのは、低音による支えの無い、本能の爪が空間にいちいち傷跡をつけてしまったからなのでしょう。そして転調前とのギャップが軽い詐欺レベルに凄まじいためでしょう。歌声だって優しくてさりげないものだったのに、あんまりです。しかも繰り出される曲という曲すべてがそんな構成です。
 それでもドウオカさんが合間合間に挟む「次の曲はあ…『牛船長、一週半遅れ(うろ覚え)』っていう曲をやりまあす」というような、既にアルコールに蹂躙されているやもしれない口から発されるMCに、「あれ、そんなタイトルやったっけ?」と笑顔で応じるメンバーさんという微笑ましい図式にまんまと騙され、私はやっぱり最後まで聴いてしまったのでした。

燻裕理+石塚俊彦+亀川千代
 しつこいかもしれませんが、裸のラリーズ×頭脳警察×ゆらゆら帝国という、今後再び拝めるかどうかわからない伝説のセッションが行われようとは、壊れかけのテープレコーダーズのボーカルさんが「ずっと???と表記していてすみませんでした。今年惜しくも解散してしまったゆらゆら帝国の亀川千代さんです」と明言しても、ドウオカさんが去り際に「次はひろしさんと、トシさんと…千代さんです」と呟いても、やはりどこか疑ってしまう部分が未だに残っていたのですが、150人も入れないであろう会場で後方よりぎゅうぎゅうと押し迫ってくる人々の息から露にされた期待感と興奮の匂いがして、それでやっと納得できたのです。しかし、長時間煙草の煙やアルコールの残り香が鼻腔や肺を侵食し、最終組目当てで客席に戻ってきた大量の人々に酸素を奪われ、おまけにそういうわけだか原因不明の腹痛が急に襲ってきたので、準備中の15分はずっと「ここで倒れたらどうしようどうしよう」という不安に苛まれて気が気ではありませんでした。
 ですが案の定、幕が開け、お三方が落ち着いた面持ちでステージに並んでいるのを見た途端に、それら全て瞬時に消し飛んでしまったのでした。だって三人が三人とも「生ける伝説」なのですから、ヴィジュアルを拝見しただけでそれくらいのご利益あって然るべきなのです。
 考えてもみてください。目の前にペパーミントグリーンの上着とペパーミントグリーンのムスタングとペパーミントグリーンのカツラを装備した燻裕理さんがいて、そこから左に視線をずらすと夏バテのせいか「痩せた」通り越して1サイズ小さくなった亀川千代さんがギブソンのEB-3を手にし、更にそのお二方の中心には「亀川さんと同い年」のバンド頭脳警察のトシさんがサングラスの向こうに笑みを湛えて待ち構えているわけです。私なんぞがあの場にいて良かったのだろうか、もっと相応しい人が無数にいただろうに、すみません本当にすみません、幸せすぎて終始ニヤニヤ笑いが止まりませんでした。
 私にとっての「ひろしさん」は完全に「裸のラリーズとだててんりゅうの人」だったので、燻裕理名義だとどんなパフォーマンスになるのか微塵も存じ上げなかったのです。ただ以前、「ポートカス(ヒロシさんの別バンド)はおもちゃ箱をひっくり返したような感じ」と評している文章を一読したことがあって、なればそれに類似した音楽なのだろうと、勝手に予想はしていました。
 だが蓋を開けてみればそこは、「サイケで飛ぶ」よりはるかに深遠にして狂気に満ち満ちた宴の場。歪む空間、ずれる意識、崩れる姿勢。底冷えのする床に足をつけないように踊る、踊る。まるで道化の様に。サーカスのようなカラフルでにぎやかな雰囲気ではなく、人間愛とペシミズムを同時に孕んで引き裂かれそうな自身を派手なメイクと衣装に紛れさせた彼の、悲哀と慈愛と憎悪の混在した独壇場。騒乱の独り舞台。
 ドラムは一部の隙も無駄もなく、スティックの描いた弧の軌跡は、まるで日舞の振り付けのようで。
 日本語にすらならない歌詞が曲線を描き、抑揚のない声が理性を溶かす。時折笑いを誘うように揺れる指からはしかし、光線銃のように危険なギター音が爪弾かれる。最早凶器になり得るサウンド。なのにそれで射抜いて欲しくて、一瞬客席に向けられたネックの先端に心臓を差し出してしまいそうになる。
 そして、そして。ああ私は、この人のベースが聴きたくて、ベースを弾くこの人の姿が見たくて仕方がなかった。曲が進むにつれ、人間味をなくして「ベースを弾くためだけに生まれた生き物」然としていくこの人の音が、ずっとずっと欲しかった。丸みを帯びた立体感、少しずつ形を変えて無限に続くうねり、熱情と闘争心と愉悦の込められた扇情的で凄艶なる低音。
 1曲目こそ他の2人を伺うように冷静さを失わず奏でていたのが、2曲目以降は箍が完全に外れてしまったかのように暴れ出した。髪を振り乱し、細長い指が絶え間なく4弦を奏で、時折奇妙なステップと共に近づいてくるギターと火花が飛び散らんばかりのせめぎ合いを繰り広げ、あと少しその時間が長ければネック同士が絡み合って一つになってしまうのではと錯覚するほどに。夜気から火炎の匂いがしそうなほどに。
 信じられるはずもない、これが現実に起こった事象だなんて。しかもこんな小さな国の片隅の、小さなライブハウスの中で。これがどこか地球なんかとはかけ離れた星での出来事ではないなんて。いっそこれが夢ならば、これからまた何度でも思い描けようものを!
 …しかし物事には時間割というものがあるもので…これから先叶うかどうか判らない稀少な舞台は、アンコール含め8曲を演奏し、美しく幕を閉じたのです。「今回のセッションは一夜限りですが、今後皆様の希望が多ければまた叶うかもしれません」とドウオカさんがアナウンスしておりましたが、どうなるかな…。ひろしさん関西在住だし、あまり体丈夫ではないみたいだし…その割りにチューニング中ビール飲んでたけど…。「バンド組んで!」とまでは言わないから、半年に一度くらい、サプライズ的な感じでやってくれないだろうか…。それがダメなら誰か今回のこの様子の映像を撮ってそれをドキュメンタリー映画用に編集してユーロスペース辺りで公開してくれないだろうか…。一回こっきりじゃ勿体無さ過ぎるよ…。

 大変名残惜しくはありましたが、引かれ続ける後ろ髪を部分ハゲできるの承知で引き抜いた後は、マイミクのおそばさんたむさん青いぬさんとご一緒に軽くご飯頂きながら「私あのベース初めて見ました」「あー、あれねー、スターズでは時々使ってたよ」などとお話させてもらいました。やっぱりいいライブの後に色々お話聞ける方がいらっしゃるのは有難いです。
 ちみにその帰り、UFOの前を再び通り過ぎて高円寺駅へと向かう道すがら、キャリーバッグとベースケースを手にした亀川さんとすれ違ったのですが、やはり何もできる訳はなく、小さくなる背中を見つめながら「どうか変な輩に絡まれませんように…!」と祈るので精一杯でした。…正直言うと会場前にもお姿拝見していたのですが、無論気配を消して注視するしかできませんでした。もっと言えば、UFO近くのラーメン屋の駐車場で打ち上げをする坂本さん石原さん中村さん他の皆さん(サプライズDJとして中原昌也さんがゲスト出演したらしいので、ひょっとしたら中原さんもいたかもしれない)をも目撃したのですが、何なら坂本さんとは目が合ってしまったのですが以下同文。坂本さん、6月の石原さんライブで拝見した時よりも太っていらっしゃいました…。亀川さんがポッキーは愚か極細ポッキー体型になっていたので余計ショックでした…。両極端なバンド、ゆらゆら帝国。
 何はともあれ、さようなら私の夏フェス。ご復活おめでとうございます亀川さん。

燻裕理+石塚俊彦+亀川千代セトリ
裏窓
かわいい悪魔
20円追加
墓場のあたりで
まちこ
狂った鏡
うさぎちゃん
アンコール曲不明

割礼「星を見る」レコ発ライブ 8月11日六本木superdelux 

2010年08月26日(木) 3時57分
 二週間前のことだ。
 日比谷線六本木駅から程近いそのライブハウスはしかし、「スーパーデラックス」という豪胆な名称とは裏腹に、極めてシンプルで機能美を追求した作りであった。壁こそ白い壁紙が貼られているが、天井と床は打ちっぱなしのコンクリートがむき出しのままであるし、奥の関係者用出入り口付近と長方形のステージの対角線上に配置された椅子は、木製の資材を黒く塗り、更にそれを正方形や長方形に整えただけのように見える。照明は同規模の施設のものより数は多いらしいが、色鮮やかなセロファンで彩られたものは一つもなく、白と黄色の間隙を縫った暖かな光が稀に舞い上がる埃を照らして影を刻ませている。
 一見すると、「ライブハウス」というよりは、現代美術家がインスタレーションアートを発表する場として使用されていそうな内部に、「モーサムトンベンダー」のロゴが入ったカラフルなTシャツを着た若者や、仕事帰りの会社員と思しき壮年の男性が密集するのは、捉えようによっては異質な光景かもしれない。だがそんな思索をいともたやすく打ち破るように、舞台上に所狭しと鎮座した楽器達は、今か今かと待ちわびる客達の息吹を反射して、無言ゆえの重圧な存在感を発揮している。
 自分にとっての「ロック」とは何だろう。
 私はまだ音楽を知らない。だから、それらを形容し、評価するのに適切な言葉を持ち合わせていない。今でこそネットで数十年前のバンドのライブ映像や、マイナーなインディーズミュージシャンの音源を手軽に視聴できるが、私が十代の頃は「音楽はCDを買わないと触れられないもの」だった。そしてそれらは、子どもにとって気楽に手の出る金額ではなかった。いくら愛読雑誌にて絶賛されていたり、ジャケットの絵や写真が自分の好みであったところで、それらが自分の価値観と合致した音との邂逅の可能性を示唆しているとは断言できない。それらは下手に踏み込むと、忽ち苦々しい思いで胸中が満たされてしまう危険性を孕んでいる。そういう理由から、長らく私にとって「音楽」とは遠い存在だった。その距離を瞬く間に近付けたバンドこそ「ゆらゆら帝国」であり、仮に「ロックの権化とは何か」と問われたら、私は未来永劫彼らの名を挙げ続けるだろう。
 これらの前提を踏まえた上で初めて観るモーサムトーンベンダーは、彼らとはまた違った意味で、「ロック」の系譜の真ん中をひた走るバンドのように思えた。
 やせぎすのボーカルが歌の合間に挟む語り掛けるようなMC、硬質で誠実なギター音、汗と笑顔の似合う極めて実直で正統派なオーラ。かと思えば、曲によってベーシストがベースをトランペットに持ち替えたり、ギタリストがドラマーの傍らに配置されていたもう一つのドラムセットを叩き出したりと、不意に無知な自分の固定観念を裏切ってくる。客と一体化しつつも、客の「常に期待値を越えて欲しい」という欲求に応じる姿勢が、きっと一定数の指示を得ているのだろうと、身勝手に感じながらも、自分は徐々に徐々に後方へと非難して行った。何しろ「片手を挙げた状態でのジャンプ」を断続的に行うファン達によって、私の爪先が耐え難いほどに蹂躙されていたのである。安物ではあるがお気に入りのパンプスが傷つくのも避けたかった。きっとこのような光景が夏フェスにおけるテンプレートなのだろう。自分自身が情熱を燃やすよりも、誰かしらの精神と肉体のエネルギーが消耗が伝播してくる方が、疲労度は大きいらしい。
 モーサムの演奏が終わると、恍惚感を湛えた笑みのファン達は細波よろしく引いて行き、垣間見えた灰色の海辺をさきほどまでグラス片手に凝然としていた客達が埋めていく。その動作に興奮のような類の感情はほぼ見受けられず、どちらかと言えば緩慢としている。彼らが彼らの目的相応に落ち着いた年齢という訳ではない。むしろ割礼のキャリアを考慮すれば、この日の客層はどう見ても若い方だった。ファンの人間性の共通事項、ということでもないだろう。きっとあの音楽を一度耳にすれば誰しもが、五感を自分の意思では抑制することのできない次元へ浚われてしまうのだ。
 それを知ってか知らずか、4人は淡々と準備を進め、そして徐にINストを奏で始めた。コンクリートで作られた会場は、忽ち液状化して滴り落ちる。
 「これまで抱いていた世界観の崩落」という意味合いでは、個人的には他にゆらゆら帝国や灰野敬二氏や三上寛氏を想起する。だが割礼は、ゆらゆら帝国のように次元の狭間でじれったくも狂おしい距離感を演出するのではない。灰野氏のように生誕を死や破戒と創生を忙しなく繰り返すのではない。三上氏のように建前や社会性で組織された表皮をゆっくりと剥いで無様に滂沱し続ける精神を晒すのでもない。
 割礼はどこまでも完成されている。27年に及ぶ歴史の中で幾多の試行錯誤や空白期間があろうとも、少なくとも「今の」割礼は、宍戸氏がインタビューで明言した通り、最上の音を出すための最適なメンバーであることに間違いはないだろう。ライブというものはある種のハプニング性やギャンブル性ありきで中毒性を育むものだが、しかしこの4人に関してはそのようなエレメントを期待するのは見当違いかもしれない。
 例えば、この日の「リボンの騎士」の間奏中、宍戸氏の足元に設置された十以上のエフェクターの電源が入っておらず、ギターを弾く手を止めてしまうことがあった。そのような事態を目の当たりにしても、他の3人は一切動じることなく、冷静に幻惑のグルーヴを奏で続けた。例えば、今回の宍戸氏は体調が万全でなかったのか、気をとられるほどではないにしろ声が掠れていた。だが、曲が進行するにつれ、ほんのささいなその瑕疵ですら、この日のパフォーマンスのための必然に思えた。まるで琥珀に閉じ込められた昆虫のように、最初からそうあるべきであったような観念すら湧いてくる。それほどまでに彼らの世界観は強固で魅惑的だ。
 現実世界の崩落、という訳ではない。自らを覆う仮初の肉体の剥離、とも少し違う。時折まるでオーケストラの弦楽隊と紛うように繊細な音を爪弾くギター音に、段々とループフレーズの法則を破ってリズムの変化してくる鷹揚としたベースから、星の瞬きのように叩かれるドラムから、少年性や或いはそれよりもっと昔に存在した無性性によるロマンチズムによって紡がれた愛の歌詞をどか虚無的に歌い上げる高い湿度を保有した声から、その世界は頭を擡げ、私達の足場を失くし、仰向けに倒れた姿勢から見える景色の異質さに気付かされる。
 そこで私は立ち尽くして眼球のみを動かしながらおぼろげな光源を探す。それは深海に降り積もるマリンスノーかもしれないし、底冷えの夜の砂漠を這い回る蜥蜴の目かもしれないし、地球とは遠く離れた孤独な星で待ち焦がれる他の生命体からのシグナルかもしれない。
 兎も角そうしている内に、自分の口角がじりじりと上がっているのを自覚する。台風の訪れを自責の念にに囚われながらも心のどこかで欲している子どもように、「本来禁忌を犯さなければ足を踏み入れることの無い空間との邂逅」を「社会との離別」を「勝ち得た世界の美しさ」を、他人に隠すようにして喜んでいる。やがて歪んだ笑みをごまかすために顔を隠した両手の指の間から、確かに歌詞中に現れる「君」と「僕」の影を見る。
 この妄念は深く果てしない。音が会場内を熟した果実が腐り落ちて地面の上で華々しく散る速度で流動する限り続くのだと高を括っていたが、しかし二週間経過した現在に至るまで、私の眼球に染み付いて、目を閉じるだけでありありと再現されてしまう。その予感が、最後の一曲をやる前のMCの時点で既に自分の中に沈殿していた。だから私は珍しく終わり際を悲しむことがなかった。彼らは努めて沈着に、終演間際まで「必要最小限の力で最良の音を」作り続けた。 
 私にとっての「ロックの権化」はゆらゆら帝そこに国だが、私はまだ「ロック」がどういうものか知らない。モーサムは恐らく「ロック」であろうが、割礼は素人目の自分から見ても異端すぎるほど異端の「ロックバンド」だ。この日の私のキャパシティがすでに臨界点を越えてしまったことは、容易に想像できると思う。ましてや「サイケデリックロック」が何たるかを理解できるはずもない。
 だがもし、「異空間へのトリップを感じさせる」のがその定義の一つであるのなら(そしてそれは背景に上映される映像のみが起因ではないだろう)、上記した妄想が脳内のみならず散々痛めつけられた爪先にまで満ちることとなった彼らの音は、疑うことなく「サイケ」なのだろう。
 だが、実際名称やカテゴリの仕方はどうでもいい。何は無くとも私は、「終わりすら惜しむことを忘れさせるほど美しい音楽」に似つかわしい言葉を、いくつも持ち合わせていない自分に失望している。

セットリスト
INスト
マリブ
星を見る
リボンの騎士
太陽がいっぱい
ルシアル
革命
-アンコール-
ゲーペーウー

芳醇の末路 

2010年07月26日(月) 21時54分
腐臭を放つその球体は未だ果実と言い張っている
赤や紫を通り越し不鮮明な茶色の滲んだ皮を
薄くぎりぎりと膨張させて
中心に据えられた種子の重さにも耐えられないのに
その実がまだ青く固かった頃
小鳥の戯れか小枝の自害か
ともかく黒い三日月に無様な傷を負った時点で己の身の程を知ればまだ
しかし何故お前は笑う
「私は果実」と誇らしげに
果肉を青白い歯で削られ赤い舌の上で転がされるのを
それでもお前は夢想するのか
ああその安易な思想ごとアスファルトにこびりつかせてやれたらどんなにかいいだろう
けれどもお前はただ待ち焦がれるだけだ
細めた目から憧憬の光を零しながら
そして途方にくれて苦悩に胸を締め付けられるのは
いつもいつも私だけなのだ

石原洋 with Friends 6月25日 吉祥寺MANDA-LA2 

2010年06月30日(水) 23時44分
 今回はこれまでのライブレポにもまして希薄極まりなくかつ主観にも程があり、おまけに「かっこいい」「素晴らしい」などの形容詞を多用してお茶を濁してしまうこと間違いなしなので執筆を半ば諦めかけていたのですが、思いのほかライブレポ書かれている方が少なかったので、自分への備忘録目的で現在こうしてダラダラとキーボードを叩いている次第です。
 だが私なんぞの者が本当に書いてしまってもいいのだろうか。内田百間でも読んで勉強してからの方がいいんじゃないだろうか。ロックの「ロ」の字を理解してからの方が正しいんじゃないだろうか。Yさんにも「パイライフさんはもっとロック聴いた方がいいよ」って言われたし。しかしそんな遠回りしていたら今度は確実に記憶が彼方に吹っ飛んでしまうので、そもそもそんな余裕もお金も無いので、やはりこのタイミングでないと無理らしいです。だからやります、書きます、愛を込めて、はい。
 吉祥寺マンダラ2は吉祥寺駅井の頭口を左手に出て程近い場所の地下一階にありまして、噂に聞いた通り木製の椅子とテーブルが所狭しと並べられたつくりになっており、ゆったり聴きたい方は前方に、踊りたい方は後方にという感じのレイアウトになっていました。スケジュールを確認すると、ロックバンドに限らず、元たまのメンバーや黒色すみれの名も連ねられており、非常にディープ且つ大人の方向けのライブハウスである模様。客層もゆらゆらのそれと比べると、少々年齢層高めで落ち着いた風貌の方が多かったです。流石「世界の石原洋」(一度打ってみたかったフレーズの一つ)。
 今回は群馬からお越しの青いぬさんと、6月もはや何回お会いしたか覚えていないおそばさん、及び最近マイミクなりたてホヤホヤのたむさんとご一緒に観賞させて頂きました。のですが、この日の私は終始非常に気味の悪い笑顔を浮かべては天井を仰いだり石原さんを凝視していたりしたので、もうぼちぼち誰かから拒否反応出ていてもおかしくないなあと、この期に及んで恥ずかしくなりました。石原さんとも何度か目合ったけど、全て無かったことにしたいです。あれは本当の私でないのです。日常の私はもっと凡庸で至って平和的で何の能力も無い代わりに取分け実害も齎さない、ただの半ニートです。だからそろそろ職を与えても何の問題も発生しませんよ。
 兎も角そんな方々に先日のK川さん目撃談を報告しつつ、「あれパグタスの人じゃないかな」と俊足の草食動物の如き雰囲気の美女を遠目で視認しつつ、隣にいらした女性を席に誘導するついでに何となく後ろ向いたらビールを飲みながら知り合いと思しき方と談笑なさるS本さん家のS太郎さんをうっかり発見してしまい早々と心臓の高鳴りが最高潮になったりしている内に、定刻通りライブは始まりまったのでした。

INCENSE
 「INCENSE バンド」で検索かけたらドイツの同名オルタナバンドが引っかかってしまい、「流石世界の石原洋!」と無意味に賞嘆したという勘違いエピソードはさておき。
 黒いワンピースに仲良く身を包んだ女の子4人組。否、暗めに設定された照明のせいか判り辛かったけれども、よくよく見れば「女の子」と称しては失礼に値する女性ばかり。それでも「女の子」「少女」などの文言を使わずにいられないのか、彼女らがどことなく人形然とした佇まいであったためでしょう。
 編成からしてまずギター&ボーカルとドラムとベース&ギターと鉄琴&ベース&ギターという、ゲシュタルト崩壊起こしかねない異質さ。もちろん全て一時に演奏する訳ではなく、ギタボの「楽器変えます…少々お待ち下さい」の一声を合図に交換したり立ち位置ごと変わったりするのですが、その様子も淡々としてて余り生気が無くて、もしかしたら緊張していたのかもしれないけれど、兎も角所作の一つ一つが時計仕掛けの人形を連想させて仕方なかったです。ニヒリズムではなく、非常に無機質。思春期のどこかの分岐点で「わざわざ感情を表す必要が無い」と気付いてしまったあの瞬間を、体現し具体化しているような。
 曲の方も、荒川さんの「暗い音楽をやります」との発言通り、蛍が一匹二匹辛うじて飛び交っている程度の光芒しか無い洞窟膝を抱えながらで水の滴りや風の行く末を聴いているような、胎内回帰にも似た音が主軸となっておりました。ただ単に「静」のパートが続くわけではなく、中間部分から終わりにかけては一転ドラムが激しくなりギターもファズかまして轟音が鳴り響くのですが、基本的にサイドギターやベースが弦を「弾く」というよりは「撫ぜる」ようにして極シンプルなフレーズを奏でるのに加えて、ボーカルやコーラスが歌と言うよりは彼女ら自身の生命活動を示唆するためのシグナルの代わりのように規則的にスキャットや平板なアクセントの英語詞を発しているので、最終的には物販の知らせや生茶のペットボトルですら生活感や人間らしさを欠いていくように感じられたのでした。
 あと余り関係ないけれど、メンバーの誰かは絶対「ケモノヅメ」好きだと思う。根拠は露ほども無い。

石原洋 with Friends
 その音を始めて耳にした瞬間に、つい先日某巨大掲示板にて「後味の悪いSF」として紹介されていたテッド・チャンの小説を思い出したのは、話の中で「キリスト教信者にとって、台風や地震や竜巻などの災害は、信仰している宗教の種類に関わらず、それが原因となり死した者を天国へと送り届ける『天使の降臨』である」とされていたからです。
 かつて自ら率いたバンド、「WHITE HEAVEN」の名に相応しい、目の眩むほどの、信仰も妄想も不安も懸念も何もかも、残さず溢さず打ち消して仕舞うほどの圧倒的な肉迫した閃光の巨大なカーテン。例えるならそういったような。
 しかしそこに「善意」や「博愛」や「慈悲」のような時に薄ら寒く響いてしまう文句は一切存在せず、「支配」や「崇拝」といった概念も芽生えることなく、ただ音が、歌が、曲が持ちうる才覚や技術や力だけを余すところ無く露呈しているだけであろうに。何故私の顔は笑みを絶やさないのだろう。何故今にも諸手を挙げて疾走してしまいかねないくらいの歓喜と興奮が胸中を巡り続けるのだろう。
 現実には天国も天使もありはしない。ここにあるのは着実に手堅くラインを奏でるベースと、スナップをきかせながらもあくまで男性的な強硬さと弾力性を持ったドラムと、完成形に到達しながら尚青い炎を含んだままの魂で以って電流の様に刻まれるギターと、激烈にして伸びやかな低音から女性の様なウイスパーボイスまで自在に変化する歌声だけだ。瞬きをする時間が惜しい。セトリを覚えている余裕が無い。目の色を注視するだけで痺れが走って総毛立ちそうになる。
 ああ、私には宗教も信仰も必要ないけれど、こんな素敵な音楽が福音や洗礼だったらいいのに。こんな素晴らしい音楽を反響するためのがらんどうの生き人形になれたらいいのに。言葉なんて装飾と誘発の役目以外はいらないのに。
 何度も汗を拭いながら、しかし最後まで黒いシャツのボタンを一つとして外すことのなかった石原さんのストイックな眼差しや、冷静かつ快活に強かなリズムを打ち続ける荒川さんの笑顔を見ることが出来ただけでも幸せだったのに、あの時の私はどれだけの運を使い果たしたことだろう。だからきっと、その見返りとして一度天災に飲まれて死んだのか。そうでないと辻褄が合わない。
 …けれどもし、少しだけ、無礼に値するのを承知で言えるのであれば。この3人だけでここまでの演奏を実現することができるなら、The Starsが起こした奇跡は果たして如何許りであっただろうと夢想するのを、数日経った今でも抑えられないのです。彼らの音源は私が愈々孤独に陥った時に絶対手放せないもので、彼らのライブを観ることなく終わってしまったのは、私の人生最大の汚点だから。いくら思い馳せても仕方の無いことなのですが、終演後間もなく楽屋からはけていった黒い痩身を回想すると、殊更哀しくなってしまうのです。
 あの時演奏された曲目は、ソロもホワイトヘヴンもスターズも網羅していたけれど、スターズの輪郭を追い求めてはいけなかったみたいです。それでもあの2時間には、ある程度の不幸ならたとえ見舞われたところで忽ち払拭してしまうだけの音楽が満ち満ちていました。
 きっとこの寂寞の念も近い内に昇華されてしまうに違いないと、期待をこめて断言するだけの音楽が。
プロフィール
  • ニックネーム:omoisomeshika
  • 性別:女性
  • 誕生日:1987年6月14日
  • 血液型:A型
  • 趣味:
    ・ライブ鑑賞
    ・読書
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