★★★アクセス頂き有難う御座います♪現在休止させていただいてます♪♪降って沸いた言葉&らくがきイラスト+趣味的フォト+懐かし少女アニメ、漫画、映画の感想等綴ったブログ。原作・井沢満/作画・いがらしゆみこ による漫画「ジョージィ!」の記事多め♪その他キャンディキャンディ、花の子ルンルン、プティアンジェ、若草のシャルロット、レディジョージィ、クリィミーマミなどなど♪♪当ブログ内画像の無断転載お持ち帰り等は固くお断り致します。★★★

愛の物語C−扉をあけて−&休止のお知らせ / 2007年02月13日(火)
淋しさ。
けれどそれは、孤独の中にあってこそ蘇るもの・・・。

ジョージィは「アーサー&アベルの危機」に直面します。
少女の夢はもうはるか遠い昔・・・。
たしかな愛によって一度は彼女を放れていた腕輪でしたが
また新たな愛を連れて真の主の元へと還りつきました。

‘父との巡り逢い’

それは初めて一人ぼっちの痛みを耐えきった我が子への、まるで最後にして最高のご褒美。
どんなに愛を手放しても。いいえ、痛みさえ受け止める覚悟でその身を差しだすのなら、それは幾百倍の愛の奇跡となって、いつか再び巡り還る幸福となるのでしょう。

幼いジョージィの傍らで静かに‘時’の訪れを待ち続けていた腕輪、
あの日から、絶えず彼女を見守り続けていた腕輪の、ついにその役目の終える時。

「・・・さあ、ジョージィ。ここからはもう、あなたひとりで。」

今、真実の愛だけが動き出します。


アベルからアーサー、そしてジョージィへ、
その死をもって無償の愛が証明されました。

真実の愛と共に在る者に恐れるものはない。

諦めでも虚しさでも後悔でもない、あるのはただ揺るがない自らの生、存在。それを生かすすべての愛に報いる為の実感、役目としての『幸福』。

最後の一瞬までこの愛と共に自分自身を生き抜くこと(その死さえ恐れずに夢を抱き、希望と共に信じた道を貫くこと)をやめなかったアベルの勇気、強さと優しさがそれを教えてくれました。

けれどアベルの死そしてアーサーの生死の不明、
この耐え難い悲しみが、ジョージィを絶望という闇の中に封じ込めます。

そんな彼女を助け出すため、今度はロエルが、
これまた一切の代償を求めずに、
いつかジョージィからもらったその愛のお返しに来てくれるのです。

光の中、ロエルの導きによってジョージィは『生』、それは自らもこの世界によって愛され生かされてきた命、というひとつの尊い存在としての目覚めと、アベルと、そして今もなお自分を愛し支え必要としていてくれる周りの人々への深い感謝と共に、すべての悲しみと苦しみを乗り越え、「孤独という名の自分」からも自らに完全な別れを告げました。

とうとう少女から女性へ、そして「母」へ。

親のいない赤ちゃんだったジョージィが、
この世界のたくさんの愛に育まれ、
ついにソフィアさんと同じ母となって、無償の愛の原点に還って完結しました。


が、、連載が終わってもしばらくは、
『アベルの死』をまだ知らないままのラストのアーサーの笑顔だけが
ただ私の心に一抹の不安を残し、悲しく繰り返し蘇り続けていました。


・・・けれど、それももう今となっては^^。


 『アーサー、僕から君を縛り付けていたものなど、

 もう何一つ存在しない。

 君の心は本当は初めから、何者からも自由だったのだ。

 君自身の力で、君だけの人生(今この時)を生きよ!

 君のそばで君を支えようとする者を信じ、
 
 そしてその愛を見据えよ・・・!』


アーウィン役だった作者さん(私の中でだけ;)から
こんなあたたかなアーサーへの応援メッセージが、
心いっぱいに広がって感じられています♪
『ありがとう』そのすべてを許し受け入れられた時。
希望という新しい季節に、再び巡る物語の予感のように。
だからやっぱりあのラストはあれでよかったのかもしれないなと。

そのラスト、ありのままのアーサー(試練・理想になれなかった自分を許す事)をまるごと受け止め支えられるだけの豊かな愛が、
母なるジョージィには確実に備わっていたことを、
私は知っていたのですから。。。





♪後書き♪
ラストまでお読みくださいました皆様、本当に有難う御座いました。
実は去年の夏〜秋に書いていたのが、この、個人の視点による妄想的原作解釈ストーリー語り「永遠の幸福編全C話」でした^^。なにしろこういった好き勝手な妄想で構成されているだけの個人考察など、その時は、こんなもの到底受けいれられないファンの方だっていらっしゃるだろうし、載せるのはどうなんだろうーー;(汗)と、なかなか載せる気もおきませんでした。

ところが先月ベルばらの原作に触れ、『100人いれば100通り存在出来る、それぞれの自由視点の素晴らしさとそれを知る事の楽しさ』を再認識させていただけました。一つの作品に対しての多くのファンサイトやブログでおのおの自由に感想を書いている皆様が、それぞれ否定や反発ではなく認め合って共存出来きていることの原点に改めてふれ、アニメ再放送中の今、新たな感謝を持って載せさせていただくことが出来ました♪本当にありがとうございました♪♪。

関係者様および原作ファン様各位々、これも一ファンにおける、たかだか一つのフィクション解釈として、寛大に受け止めていただけますようお願いいたします。Bでは未完でしたため、きちんとラストCまでを載せさせて頂きまして、諸事情に付き、今後はブログを休止させていただきます♪いつも沢山のアクセス下さった皆様本当に有難う御座いました。心よりお礼申し上げます*^^*♪


(ちなみに私個人の中でだけですがバトマン母さんを封切りに、アベル、ロエル、ジョージィ、そして物語のラスト以降のアーサーの順で、『それぞれ自分の中の愛の成長を通して、周りの愛によって生かされていた事(愛されて在る存在としての喜び・命の重さ・有り難味)に気付かせていく』という、漫画『ジョージィ!』とは、まさにそれが為それが主の物語であり、すべての展開や出来事などは、あくまで二番手的なものに過ぎないと、当時そう強く感じられてならなかった作品でした。そういった意味で、個人的には元々この物語を、『本当の幸福(自らの生の役割)を見出していく、子供達それぞれの愛の成長記録ストーリー』としてしか見ておらず、一見不幸な出来事も考え方次第で感謝をも見出せる、誰もが自由な心を持っているといった視点切り替えの重要性や、泣く者と共に泣きなさい的、作者さんからの無償の愛による教えを説いた『テーマ(再生)のための幸福論』というふうな捉え方をしてましたので、僭越ながら漫画『ジョージィ!』を『愛の物語』とのタイトルに言い換えさせて頂いておりますのです^^♪2/18月曜予断ですがカッコ内追記させていただきました☆)

 
   
Posted at 16:18 / 漫画『ジョージィ!』は永遠の幸福 / この記事のURL
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愛の物語B−いつもそばに− / 2007年02月07日(水)
頼れるリーダーアベル、無邪気で素直なジョージィ、真面目でやさしいアーサー、
そして、繊細でおすましやのロエル、勝気でお上品なエリーズ。

腕輪が結びつけた運命の子供達。
最初は誰もが、み〜んな未熟な天使達♪

でも、この物語の中で、
それぞれが
心えぐられるような痛みを乗り越えて、
自分を支えていてくれた愛に気付いて涙して、
強くたくましく成長します。

ちょっぴり勝手した子も、ちょっぴり鈍感だった子も、
ちょっぴり気を使いすぎていた子も、
ちょっぴり気難しがりだった子も、ちょっぴり人に優劣つけてた子も・・・
いつのまにかほら、それはもう過去の誰かさん・・・。


「子供時代、、、それはどんなに懐かしくても
もう二度とは還らない、還れない・・・遥かな昨日
甘く切ない想い出は 遠く遠く時の記憶の中にだけ・・・

だけど目を閉じれば今なお鮮やかに蘇る
黄金の輝きを放ちながら眠る場所 
やさしいぬくもりに抱かれたまま 
絶えることのない永遠の泉

そこが私の愛のふるさと・・・。


私の名を呼ぶのは誰・・・
振り返ればいつも・・・あなたは・・・

あなたは・・・!」



「ジョージィ・・・ジョージィ!」


 
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Posted at 10:44 / 漫画『ジョージィ!』は永遠の幸福 / この記事のURL
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愛の物語A−永遠(トワ)の祈り− / 2007年02月02日(金)
『ジョージィの腕輪』

コレは存在そのものに対する感謝と慈しみ、幸せを願う永遠(トワ)の祈りを・・無条件の愛を形としたものであり、幸福の象徴とずっと思っていました。そして腕輪はリング状、受けた愛は還元する=生きることで巡り続ける愛、終わることのない永遠を意味しているからです☆


そしてこの腕輪は元々はジョージィの母親、ソフィアさんのものです。
男も女も子供は全部、例外なく子供は皆母親から生まれます。
この世に送り出してくれるという命の根源は母性愛です。
愛を受けて生まれそして、女(母親)の母性愛と男(父親)の思いやりという無償の、無条件の愛の中で子供は育ちます。他者への思いやりを学びます。

でも世の中には、まともな両親のまともな愛を受け生きられる子供など半分もいないのではないかと思っていました、むろん当時の私も含めて!(笑。今じゃもっといないような?)

ちょうど私がジョージィ!という漫画の連載にであったのは、キャンディキャンディという漫画でポニー先生がいっていた「思いやり」、ふるいにかけるようなジャッジ(好きか嫌いか敵か味方か的一つのものさしによる優劣、他との比較批判)ではなく、まず思いやりを持って人や物事をみてみなさいという尊い教えを何気なくよく考えていた頃の事です。

キャンディも孤児でしたが、ジョージィはもっとひどく、流刑衆の拾い子など言うひどい設定でした。
親のいない孤児、またはいても十分な無償の愛が受けられない場合、
その子供の命は他人からの人類愛、たくさんの思いやりによってしか救うことが出来ません。
きっとこの物語は、キャンディキャンディと平行目的で作られた物語なんだなあと思って嬉しがって読みすすめたものです。

キャンディキャンディの「ポニーの家」というのは、ただ一つの命を尊び慈しみ、相手の悲しみに寄り添い、ただただ無条件に愛される喜びと誇りを与えてあげたいという無償の、無条件の愛を形としたものと感じていました。
そこの教えが「思いやりの精神」でした。(キャンディはどんな人でもとりあえず認めることの出来るので、存在そのものまで激しく否定したりということがありません。なので看護婦という職業はキャンディが他人への思いやりを発揮するのにとても適していました☆)
女の母性愛と男の思いやり(父性愛)の到達点は共に人類愛である無償の愛と思います。(人間はひとつ♪ね、メリージェーン校長。)

ジョージィの生みの親、母ソフィアさんが命より大切な無償の愛で守ったその赤ちゃんを、
バトマン父さんはその覚悟の伴った思いやりの精神、その人類愛で、ただ一つのこの命を預かります。
あの腕輪と共に。腕輪は、母の愛と命のバトン代わり、つまりシンボルなのだと思いました。
そしてリングの形状は愛の還元「愛する事」による永遠の「幸福な生」の象徴。

そして子供達は大きくなります。
二人の兄たちは、両親からもらった溢れるほどの無償の愛をジョージィに注ぎこみます。
兄たちの愛の還元ですね。
そうしていたうちに、先に大人になって、一人の男になってしまった二人の兄たちは、
ジョージィへの恋愛感情というエゴが発生してしまいました。
ジョージィへ「女性」であることの要求です。そんなもの、ジョージィにはまだ分りません。

はやくジョージィを「女」にしなければ。いえ、先に「他人」にしなくては。

さあ、バトマン母さんの出番です。起爆OKですよ。

ついにバトマン家の無償の、無条件の愛で育てられた三人の子供達の、自分の中に蓄えられた愛の本当の力が、ついに試される時期がやってきたのでした。



青春・・・それは巣立ちの季節♪。




さてジョージィを女(大人)にするため、初めからロエルが投入されています。
あの腕輪の導きにより、運命的に二人を結びつけました。

ロエルは女の子の夢と憧れの象徴である王子様です。
この夢の王子様は、いきなり家族から引き離されてしまった「一人ぼっちの子供」という寂しさをかかえ、帰る家のないジョージィの一時的な逃げ場所、「現実逃避」として使われています。

もちろんそれだけではありません。
ロエルはジョージィの無償の愛がどうしても必要な人でした。理由もはっきりしています。ロエルもずっと心の中に「一人ぼっちの子供」を抱えていました。
ジョージィの心の痛みはロエルにしかわかりません。バトマン兄弟には分らない寂しさであったでしょう。ロエルは、自分の持てる精一杯の心で、ジョージィの痛みを共に分かち合ってくれました。

次は母性愛に恵まれなかった「現実の」王子様であるロエルの、心の傷を、ジョージィの「現実の」無償の愛で埋めること。これがジョージィとロエルの恋の一番の意味でしょうか。
でも子供のジョージィには、まだ自分の中に蓄えている愛の使い方などよくわかりません。
だから強引ですがロエルは病気になって頂かないといけませんね。
ここは甘い夢の中などではなく「現実」なのですから。

さあロエルの命をとるか、自分のエゴをとるか。
相手(愛)か自分(エゴ)か、どちらを重んじる?もう、無理やりの選択です。

でもこれでやっと二人の兄たちから貰いすぎていた(笑)無償の、無条件の愛を、自分以外の他人に還元できました。
(自分や相手を甘やかすことなら誰にでも出来ること。しかし愛する相手のすべてをを守り抜くという、自らの執着や依存を捨て去る事でしか相手に与えることの出来ない本当の優しさ『=突き放す厳しさ』は、自ら強くならない限りその行動はとれません。)



ここでの別れの儀式、そこに腕輪こそありませんでしたが、ロエルの命をエリーズに託すという・・・
これはかつてのソフィアが、ジョージィの命をバトマン父さんに託したのとまったく同じ、時を越えた愛のリフレインなのです。

「いつか、、、いつの日かきっとこの絵の天使が、僕の前にほんとうに現れて、この孤独の世界から、僕を助け出してくれるんだ。」

その日を待ちわびて待ちわびて・・・信じ続けた一人の幼い少年の切なる願いは、この腕輪の意思との共鳴さえ起こし、ジョージィという天使に巡り会わせました。

そしてこの別れで、ソフィアからジョージィに受け継がれた無償の愛の再現、その証明により、幼き日のロエルの願いは、事実上ついに叶えられるのです。

なぜならこの愛は、かつての寂しい少年の心を暖め、慰め、暗闇から連れ出すことが出来る、本当に唯一『あの絵の中にみた、真実の愛』そのものだからです。

(無論、ただで叶えられる訳ではありません。闇の中の光となって、きちんと乗り越えてこそ、そこに用意されているのです。ロエルの試練、それは許すこと。)



 
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Posted at 12:31 / 漫画『ジョージィ!』は永遠の幸福 / この記事のURL
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愛の物語@−愛するということ− / 2007年02月01日(木)
漫画『ジョージィ!』この物語が小学生の私に教えてくれたことは『永遠の幸福』。
あの頃の感動を今言葉にするのなら、まさにこの言葉が一番しっくりきます。

『あたりまえと見過ごしてきたすべてのもの、名もなき小さきものでさえ、
それこそが知らず知らず自分を支えていてくれた無償の愛であること。
その有り難味に気付けたことこそ人の最高の幸せ。
そして受けた愛は又どこかで返しながら巡り巡る。永遠の幸福』と。


連載中のラスト、大号泣の果てに私を包み込んでくれたのは作者さんからの無償の愛、その生きる力『希望』でした。
その瞬間、すべてのキャラクターが愛おしく、この物語のため、私のために、すべていやな役でも頑張ってくれた人たちなんだ!!って、思いました。どんなに深く感謝したことか。
その日から来る日も来る日も読み返しては泣き続けました。本当に涙が涸れ尽きるまで。笑。
それぞれのキャラクターの心に寄り添って共に泣こうとするならば、読み返すたびますます増え続けていくばかりの感謝の数々。たぶん、作者さんの伝えたい愛が最初からはっきり私に通じていた物語だったからこそ、こう思えたのだと思います。

漫画『ジョージィ!』はその頃の私の生への疑問、そして私の存在の全てを肯定してくれました。そんな子供時代の私が、まさに出会うべくして出会った物語。
連載最後の感動は、私の心の中の全ての余計なフィルターを、取り外してくれましたよ。
だから、連載中のラストを迎えてから、次に読み返す時はもう、
描写がちょっぴりえっちだろうがどろどろ展開だろうが、取るに足らない、一切気にならなかったことです。ただそのまま楽しめば勝ちと♪

こうして連載後も何十回も繰り返し読み返し、
それぞれのキャラクターが、愛を差し出す時&愛を受け取る時に生じたいくつもの悲しみ苦しみに一緒によりそって泣いて、共に感謝を学んでいた当時の私の、まさに愛の教科書だった、ジョージィ!です☆

作者さんからの無償の愛(愛の還元)によって当時の私に届けられたこの愛と幸福を、このブログにて偏見と妄想のうちにちらほら語ってます♪







さて私は当時からずっと、
「男性として現実的」のありのままさらけてるアベルも大好きだったし、
「男性として理想的」のがまんしてさらけてないアーサーも共に大好きなわけですが♪

とかくかわいそうに思っていたのがオーストラリアの青春時代☆
アベルは主に思春期男性の本能が勝ってしまう 悪い子の役、
アーサーは主に思春期男性の理性が勝ってしまう 良い子の役。
アベルとアーサーはお仕事で役を遣らされているだけのかわいそうな人たち。
その、とにかく二人に対しての可愛そうという強烈な感覚だけは、昔も今もやっぱり全然変わりません^^。

(だから私にはキャラを好きか嫌いかでは絶対決められないことですね。全員好きってなっちゃう。仕方ないから以前萌えたカッコイイ人助けシーンの数で派を決めてみたこともありますね笑。第一オーストラリアの二人なんて、単に人間一人に起こりうるはずの本能vs理性という心の葛藤描写を、露骨な役割分担にて押し付けられていたようにしか、私には見えなかったし^^;。)

ちなみにオーストラリアの二人に関して、連載中一番最初に私が激しく萌えたのはアーサーの方ですね♪アレはまさに絵に描いたような理想行動ばかりしていて、まさに優しく守ってもらいたい彼でした♪

ただだからといって、原作のオーストラリアでのアベルことが嫌いだなんて感情は、
今はもちろん子供の頃から一度たりとも持ったことがありません。
雷の日のアレとか告白とかジェシカさんとキッスとか有りましたけど
それには全部彼なりの努力が描かれてありました。自分を必死で自制しようを頑張るアベルの必死さが、かっこはよくないけど涙ぐましくて是非是非行動をなんとしも理解してあげなくっちゃ!!と、こっちも必死に努力しようと頑張らせてもらった彼でした♪
そして後半のアベルには泣きっぱなしでした;;
ジョージィと同化したときはジョージィの気持ちになって、
共に彼をすっかり愛してしまってまさに守ってあげたい♪彼でした♪

本当にあの頃は大好きな二人のそれぞれの素敵さを読者として十分楽しませてもらっていました♪

(私の場合、この物語の上での彼ら兄弟の立場を「対極に位置する精神的ツインの関係にある二人、対等で平等な存在同士」としか見えていません。いわゆる同じ円の中の過剰なプラスエネルギー・自己主張(強さ現実本能)と過剰なマイナスエネルギー・自己抑制(優しさ理想理性)に偏っていた二人が、試練(欠点改善)により「円の中心へ」と、互いが互いに近づくための、『二人で一人分の成長ストーリー展開』だと、当時より直感的にそう感じて連載を読んでおります♪)

さていきなりですが『アーサーの自殺未遂』シーンについて。
私の中の愛するアーサーを語る上でここは最も避けたくありませんなシーンですね^^。

その昔連載時、ここのシーンは安心が感覚で感じられたところです。
絶対大丈夫だよ^^♪って。だからまっすぐに信じていられました。

まず連載当時初めて読んだ時は、アーサーの自殺、えええ!!
一見どう受け止めたらいいのか、一瞬???てか全裸だし!爆。
でも。でもでも。どうしてでしょうか。
アーサーの表情そしてセリフから、
「愛と生の尊さと神聖さ」、そして「自分自身へのあきらめ」が同時ににじみ出ています。

これをこのまま直視し『ありのまま』受け入れること。そこにこそ重大な意味があると思いました。
とにかくこれでいんだ〜!このまますっすめ〜!って。
子供だから言葉ではなくすべて感覚ででしたが、
作者さんに思いっきり前向きに背中を押してもらった一番思い出深いシーンです♪

 
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Posted at 11:34 / 漫画『ジョージィ!』は永遠の幸福 / この記事のURL
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♪よみよみ♪ / 2007年01月27日(土)
二日前にそろいました^^*ムフフ♪

アニメで、途中ところどころ肩透かしにおもった箇所は原作にて謳歌。
そして原作は、やはり期待していた通り’作者さん自体の逃げない精神’のつらぬきを感じられて大満足です♪。この物語を生み出し、この世界に送り出すことの強い意思、その責任、伝えたい思いの祈りにも似た情熱、、、、、の割りに淡々として対等で冷静な精神は、昔ジョージィ!の原作から感じたのと被るような、私の大好きなそれ♪。
やはり、物語の存在理由を指し示す「作者さん」からの寛大な愛(教え)が、直球で受けられること、これが私の一番の醍醐味ですかね〜♪(まあ好きなテーマに限るけど^^;)。
その点をいったらもう、この原作世界は完璧な満足感^^*。原作への期待は、そういう意味で、まるでまったく予想どおり。。。。。♪

。。。。ところがところが、あのギャグの裏切りが(笑)。
本当の最初の十数ページは、シリアス一直線だったアニメとのギャップに、ほんとにび〜っくりしました^^☆教えていただいていたのにしっかり戸惑っちゃった笑。
でもテーマ性ストーリー性の方が遥かにまさっていたので、すぐに受け入れられて、ギャグ絵にほんわか、ほ〜っ♪と一息き、むしろ笑って息抜きできるから嬉しい裏切りですね(アニメにも時々ギャグ入れてあっても、私の好みだったと思う♪原作はいからさんがアニメ化のときも大好きなギャグがそのままだったことに狂喜した位♪てか塗り絵買ってみた)。
なので前半多発のギャグにもめげず(笑)、十数ページめにしてツボなセリフにぶちあたり、はげしく同意の嬉し泣き〜〜♪\T▽T/きゃ〜キタキタ〜♪。
でもでも後半の絵は、そんなに?ギャグは入れずにアニメ以上に優美なシリアス仕立てに狂喜乱舞♪
ストーリー全体においてはアニメより百倍ツボに入っちゃって、だいごうきゅ〜〜〜TT。あ〜有難や。。。

ところで原作の、偉大な歴史を踏まえつつこれっほど多くのキャラ(しかも実在&架空をまぜまぜ!!)を動かしているにもかかわらず、あの細やかな心理展開と、脱線しない強固なテーマ性、あとその満足感にひたれさせてくれるこの手腕は、、その当時から他を圧倒してそうですね。
いまでもこんな原作者(少女漫画家)さん、そうそうはいらっしゃらないのでしょうね。
・・・これひれ伏す以外になにがあるんでしょ!きゃー

以下、あまりにもくどすぎるヒトリゴト、それでもよろしければ・・・・)))))))。
 
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Posted at 00:33 / ベルサイユのばら / この記事のURL
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漫画『ジョージィ!』を熱く語ってみた14♪バトマン母さん編 / 2007年01月23日(火)
はい、バトマン母さん。
大人になった皆さんからの同情の支持率はすでに高しってとこでしょうね・・・^ー^*♪。でも”すべてジョージィのせいだから”、の一言でかたずけられてしまうのは私的にちと悲しい。。;;。。。ので、ジョージィの為によいしょネタをひとつ・・・^^:w(実は去年の初夏頃書いてお蔵入りされてましたやつです〜;)

そう、バトマン母さん、女で一つですごくがんばって3人のお母さんしてきましたよね〜。だからジョージィだって、やっぱりあなたの『本当の』子供だったにちがいないのですよ・・流刑衆の子、なんかじゃなくてね。
その証拠に、、、、、ちゃあんとあなたに感謝出来きていたじゃないですか、ジョージィは;ー;。あったんですよちゃんと親子の絆は。。

でも悲しいかな・・・いや、むしろ幸福だったというべきか。
バトマン母さんは、人生のそのラスト、すべてを失ってしまったからこそ、目の前がすべてがクリアになり、あらゆる差別煩悩を超えて、ようやくその『掛替えのないほどに尊かった』絆に気付いたワケです。。。普段煩悩が勝って本当には意識できなかった『有難味(感謝)』を悟った瞬間でした。。

※カッコ内追記※意識できていなかったのは、あくまでも『有り難味としての感謝の部分のみ』であり、彼女の中にある愛には、本人だって初めっから気が付いていたと思うのです☆。たった一つの屋根の下、『ジョージィを愛したい思い、そしてその日々の努力』、最低限これがあったからこそ生まれていた尊い絆と思うからです。。;ー;。

それはあの激しい後悔のなかから伺い知ることができます。3人の子供達の笑顔と笑い声、それがいつも自分に勇気と元気を与えてくれた、かけがえのない愛の歓びの存在で有ったと。でも誰のせいでもない、自分自身の強い不安と弱さのせいでそれらをみえなくさせてしまっていたと。。。

日々大きな不安と自責の念の狭間でに押しつぶされそうになりながらも、それでも必死に自分の中の愛とつながろうと頑張っていた毎日だったのでしょう。。。せめて「ジョージィのせいだ」と思い込むことであの禁断だけは決して口にしないよう、スレスレの精神を保ちながら。
だけど悲しいかな。。。大きな不安とストレスにとうとう勝てませんでした。折角生まれていた親子の絆、家族さえまでも失った後悔はいかばかりなものか。察するに余りあります・・・・。あ、あら・・・?ジョージィヨイショの予定が・・・^^;)
 
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Posted at 12:15 / 漫画『ジョージィ!』を語ったよ♪バトマン母さん編 / この記事のURL
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♪マリーアントワネット♪ / 2007年01月21日(日)
アニメのベルばらそのラスト、、は、ロザリーら残された人々によって、ただその後の事実のみ語られ淡々としていましたっけ・・。
今はただオスカルの思い出話をねだるアントワネットの笑顔だけが唯一の救いのように蘇る感じ。。。;;。

あの時、アントワネットは何を思い、化粧紙でオスカルそのものともいえるあの白薔薇を折ったのでしょうか。
ただ後悔というよりも、ただ自分がしてきたことのこれが結果と。。もはやすべてを受け入れていたような、そんな静かな覚悟を、垣間見たような気がしました・・・。
この同時期、フェルゼンはどれほど己の無力さを呪い涙してたことでしょうね。。。。。はあ。。。。。セツナス。。。orz。

映画ではどんな彼女が描かれているのでしょうか。気になりますがDVD待ち組みです・・・><w


アニメベルばらの一見の最悪的理不尽さも、単純に原因のなかの結果の一つに過ぎず、意外なところで今の現代における現実的非道さの、奥深きもろもろの根本原因は、同列という気がします。。。(とゆうかまたも日本語が・・orz涙)
ただ、結局はキャラ同士の関わりを通して、出来事や行動がそれぞれの内面の成長につながっていくものに仕上げてあるので、とても私のツボなストーリー展開でした^^*。『残された人々』。。それは現代に生きる私達、のことでもあるのでしょう。。。。ね。見失ってはいけないこと、たくさんありますね。

。。。ところでロザリーって女性版アンドレみたいだったな笑☆
私だって是非是非具なしスープに笑い飛ばしてみたいよ♪笑♪。

・・・今日もベルばらヒトリゴトでした^^;★
 
   
Posted at 10:51 / ベルサイユのばら / この記事のURL
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炎の犬そしてサンセットメモリー / 2007年01月20日(土)
んーとその昔私、夕日がものすごいトラウマになっていたころがありましたw。それは子供の頃に見た『炎の犬』ってドラマのせい。。。。。orz。とにかく壮絶で過酷で尊い命と悲しい愛に満ちた、子供が見るにはあまりにもあまりにも切なすぎた犬(・・と人間)の話だったのですw涙。当然、その主題歌といえば、切なさの絶頂シーンでかかる悲しみをを増幅させる役割。。。

それはこんなうたw↓はい、昭和っ子なら。。。ご存知の方も多いはず笑。

『サンセット・メモリー』歌:杉村尚美
作詞:竜真知子 作曲:木森敏之

はるかな夕日 それは
悲しい季節つらぬいた 愛のシルエット
忘れたはずの ララバイ
幸せすぎたあの頃が心にじませる
ブロンズの風の中 見つけたメモリー
悩みなき遠い日の 私になって
あの人の胸の中 かけてゆきたいあの日のまま
ブロンズの風の中きらめくメモリー
幸せを手放した 人は迷い子
何気なく見送った 後ろ姿が
ただ一度だけの 愛と気付いた あの日

歩き疲れて Far away
うつむく心癒すのは 今も貴方だけ
離ればなれの時が
きっとこの愛強くする ひとり信じてる
ブロンズの風の中 見つけたメモリー
悩みなき遠い日の 私になって
あの人の胸の中 かけてゆきたいあの日のまま
ブロンズの風の中きらめくメモリー
幸せを手放した 人は迷い子
何気なく見送った 後ろ姿が
ただ一度だけの 愛と気付いた あの日
愛と気付いた あの日


メロディが強烈に切ないのですけど、、、、あら〜。。。歌詞だけでもかなり切ないですね〜☆。
 
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Posted at 01:56 / 映画☆ドラマ☆本 / この記事のURL
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始終光射す美しい画面に釘づけな感じ♪ / 2007年01月19日(金)
園ではことりこちゃんに、ベル薔薇アニメ観てたことことしっかりばらされてて(ベル薔薇OPを歌いまくりw)爆。
迎えに行ったとき、担任の先生に「○○さん(私)そーゆーの好きそう〜^^!」とかゆわれちゃったわよ???wちょ・・・好きそう・・・ってどうゆうこっちゃ^^;!w
というか?私がオタだと。。。wとっくにばれてる??ww。

それよりわが町の本屋さん。。。3件回りましたがまだベルばら見つかりません・・・涙。でてるよね。。文庫って。。。
何故!!!!!?????
それは・・・・・・・・・・・・田舎だからw・・・・;■;アウアウ。。やはり取り寄せないとか。

ところで去年アニメ『ベル薔薇』を見ながら一番ダイレクトに感じていたこと。それを書き忘れてましたので忘れないうちに書いとこっと
それは、あれ〜〜〜〜〜!?私の永遠の愛のバイブル(笑)『漫画ジョージィ!』と、なんだか似てるな〜ってこと。笑。

私の一番好きな、家族愛や恋愛や友情から目覚めていく、あらゆる差別を越えたところにあるいち『個』として、人類愛に向かう深い部分の成長を、根本に感じられる感じ???。(←あー私、日本語が・・T▼T;号泣)

ともかく「漫画ジョージィ!」に出てくるキャラクターたちも「アニメベルばら」に出てくるキャラクター達も皆、自分が信じる愛や生き方に関して、それぞれに厚い壁の試練の中の、その選択と行動がみものなのです。。。♪♪。

でも歴史の勉強もなるし、作りも、ベル薔薇の方がずっとず〜〜と評価されるに値する作品なんでしょうけどね〜〜苦笑^^;♪♪

ところでえーと、オスカルがソレに気が付いたのは、三十路超えてからですよね〜〜TT。
つまりアンドレは。。。そんなに待ってたってことですよね。
・・・・
あらためて思う!なんっって気の長い。。。。なんて我慢強い。。。。なんっっって前向きな男なんだ!!!!!試練に耐えて耐えて耐えて耐え抜いた後半の、(自分の中のオスカルへの愛を、信じる事だけ貫いた)強い強い強い強〜〜〜いアンドレwwww

私ジョージィに、長げ〜〜やっと気付いたかよ〜〜;▼;!!w・・・とか思っていたけどw。オスカルは、、、もっと、もっとも〜〜〜っとだったよ〜〜〜〜〜〜〜・・orzw!爆!w(しょうがないですあの育てられ方とあの正義感と一本気な性質ではw)。
でも、あれ、爆発で土手に転がってもオスカルの手を離さないアンドレをみたアランの、思わず応援せずにはいられない笑っちゃう心境・・・・、もうそのまま同じよね笑。私も♪
 
   
Posted at 11:51 / ベルサイユのばら / この記事のURL
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午後八時のシンデレラ / 2007年01月18日(木)


新年のご挨拶・・・遅くなりました・・・
いつもご訪問いただいております皆様、
明けましておめでとう御座います〜〜〜〜
いつも本当に有難うございます。
昨年は本当にお世話になりました。
今年も何卒よろしくお願い申し上げます
 
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Posted at 11:58 / クリィミーマミ / この記事のURL
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