超私的な、超長い話。(その2) 

2006年09月27日(水) 23時30分
 辛かったのはそういうことではなかった。
 彼女は自分の中にある許せないこと、恥ずかしいと思うことを相手にも見出したとき、それを拒絶したのである。そして、おそらくその判断基準は多分に母親によって作り上げられたものだった。母親から文句を言われたことに対して、彼女は反発しながらもそれが世間的には良くないこと・恥ずべきことだと植えつけられていたのだ。
 それを思い知らされたことがいくつかあった。
 
 その内の一つ。これは確か付き合いはじめて数ヶ月のことだったと思う。
 学生の頃の僕は、今に比べて感情の起伏が激しく、自分でも抑えきれずにいた。悲しいことや悔しいことや辛いことが積もり積もると耐え切れずに泣いていた。
 その時も何かに耐えれなくなって、思わず座っている彼女の腿の辺りに顔を埋めて泣いてしまった。その時彼女は「私に甘えないでよ」と言ったのである(後に彼女にこのことを指摘したら、はっきり覚えていないと言われたが)。
 彼女の中では、「彼氏」が――いや、「大の大人(特に男)」が泣いていることはみっともなくて恥ずかしいことだったのだ。……そう解釈した僕は、それから2度と彼女の前で泣くことは止めようと思った。だから感情が炸裂する時は、違う場所に出て行って(おおむねそれはトイレだったが)、吐き出すだけ吐き出して戻ってきた。それがエチケットなんだと思った、僕もうぶだったので。
 今考えればそれは間違っていたんだ、と言える。彼女はみっともないことや恥ずかしいことを他人から指摘されることを恐れた。だから僕がそんな行動をとることに嫌悪感を示した。――だが、彼女に甘えられなかったら、一体誰に甘えればいい? そこまでせざるを得ない原因を誰が分かち合ってくれる? 誰がともに考えてくれる?
 彼女は僕が感情を抑えられなくなった時によく、涙ぐんで「どうしてそうなっちゃうの!?」と言った。それは、そんな僕をもてあまして困惑した挙句に出た言葉で、その意は「どうしてそんな子供じみた行動をとっちゃうの!?」であり、気持ちを分かち合おうという意味ではなかった。そして、僕はその度に、自己嫌悪し、傷つき、疲れていった。
 
 そして、もう一つ。これは別れる数ヶ月前のことだ。ある日話したいことがあると言われ、その当時よく行っていたファストフードの店へ向かった。その時、付き合い始めて3年の月日が流れていたのだが、そこで別れ話を切り出された。その頃には、上記のようなすれ違いが積もり積もっていて、その上彼女は「○○さんは大人だからいいよねぇ〜、かっこいいよ(あなたみたいに子供らしくないし)」などと僕にわざわざ吹聴してくる(それが彼女なりの叱咤激励だと分かっていたが)ことがしばしばあったので、正直疲れきっていた。そんな状態の時にそんなことを言われて、さらに僕を脱力させたのは次の言葉だった。……「お母さんも別れたほうがいいって言っているし……」……。
 僕は唖然とした。お母さん、ですよ? 僕はお母さんと会ったことは一度しかありません。一回彼女の家に泊まりに行った時。感情の起伏が激しかった僕は、ご他聞に漏れずすごい人見知りで、初対面の人とのコミュニケーションが苦手ですぐしどろもどろになってしまう。そこでの挨拶やら会話やらが礼儀に五月蝿いお母さんには気に入られず、また、頼りなさ気な所も良くない、と。
 それを聞いて、もうどうでもよくなった、ホントに。
 色々言いたいことはあった。百聞は一見にしかずというが、ホントに第一印象で決め付けるのか。名誉挽回の機会は無いのか。今まで何百回と僕を見てきたのに、たった1回見た母親に何の反論も出来ないのか。そんなに僕は説得力の無い、魅力の無い人間だったのか。だったらなんで3年間も付き合ってきたのか。……でも、本当にもうそんなことを聞く気が失せて、どっと疲れて、もう嫌になった。
 だから、彼女がその話をひとしきりした後、僕が言ったのは、「……そう。それじゃ仕方が無いね。別れようか」だった。悔しさや辛さや悲しさよりも、ああ、これでもう終わるんだなという気持ちをしみじみと噛み締めた。
 そしたら店を出る頃に彼女は「やっぱり別れるのはやめる」と言い出した。正直、もう好きにすればという気持ちでいっぱいだった。僕も疲れていたし、彼女を責めたってどうせ泣きじゃくって自己嫌悪してしまうだろうし、どうせ僕の気持ちをズタズタにしたということを訴えても謝られるか逆切れされるだけだろうし、……気が済めようにすれば、と投げやりになっていた。
 
 そして、数ヵ月後、今の妻と付き合うことを決心し、彼女に別れを告げた。その時僕は、「君が数ヶ月前に僕に言った言葉をそのまま返すよ。『友達に戻ろう』。」と告げた。彼女の顔はみるみる歪んでいったが、僕にはどうしようもなかった。もう、彼女に何もしてあげることは何も無い、変に期待を持たせるわけにもいかなかったのだから。

 ……というわけで、僕がフられてるんですよ、周りにいた皆さんよ! 誤解無いように! 俺にも同情しろよ、ちっとは。

超私的な、超長い話。(その1) 

2006年09月25日(月) 23時05分
 体がどうにもだるくて、仕事にあんまり実が入らなかった。
 昨日の酒+ブルーマンデーのせいだな、きっと。
 昨日の飲み会で自分にしては珍しく、カクテル連続3杯頼んだせいか、酒が残ったんだよね。酒は好きだけど根本的には弱いので、3杯でも飲んだ方に入るのだ。
 ま、昨日自体の話は別に起こすので置いとくとして。
 ここから超私的な話(いつも話してること自体が私的なので超をつける)をしたいと思う。
 昔の彼女、Kさんの話。
 何でそんなことを考えたのかと言うと、飲み会の帰りの電車の中で同期の仲間の話をしているうちに「Kさん、最近どうしてるんだろう?」という話になり、「何であんなかわいい子と別れたの?!」と言われたから。……ま、正直言って家出プリンには何回か話をしているし、その時の事情に直接関わってはいるのだから、今更ここに書くのを見るのは食傷気味かもしれないけど。
 文章として書いておくのも、ま、なんとなくありかと思って。
 今更、ゲロってどうすんのという意見は自分の中からも聞こえてはいるが。しゃーない、腸ぶちまけるのが昔発見した自分の表現方法だったんだし。
 以下書くのは、正直、勝手な僕の思い込みですからそのつもりで。

 彼女は可愛かった、と思う。でも、その可愛らしさはひ弱さと引き換えに獲得したもの。ひ弱だけど健気なところが可愛かった。彼女は絵を描くのがが好きで、「下手だなぁ……」って時々自己嫌悪になりながらも精一杯描いてる絵が僕は好きだった。色んな絵を見たが、彼女の絵のモチーフを一つに集約するのであればこれだ――「凛とあれ」。
 彼女が好んで描いた絵、女の子と猫。女性ではない、少女ではない。その間とでも言えばいいのか。すれているわけでもなく、単なるピュアでもない。周りを冷静に眺めながら、大げさに騒ぎ立てることもなく、したたかに頑固に自分の主張を貫き通そうとする――その結果、周りと無言の対立が生まれ、少しずつ傷つきながらだけど。この女の子の特性の動物的象徴が猫というわけだ。
 僕はこれらの絵が好きだった。僕も猫が好きだから。……問題はこれを彼女が書いていたということなのだ。
 察しの良い方は僕が何を言わんとするのか分かるだろう。
 ……要するに彼女はそうじゃなかった、ということだ。彼女がモチーフとしたそれらは、彼女の一つの理想であり、憧れだった。だから彼女は書いた。自分がそうなりたいから。でも、彼女はなれなかった。……いや、なれないから描いたのかもしれない、堂々巡りだが。
 そこで、最初に戻る。
 彼女は可愛かった、と思う。でも、その可愛らしさはひ弱さと引き換えに獲得したもの。彼女は自分のひ弱さを嫌悪していた。恥ずかしいと思っていた。だから克服しようと努力した。単に憧れるだけではなかった。だからひ弱だけど健気なところが可愛かった。
 それでも、彼女はなかなか自分を許すことが出来なかった。その当時流行っていた「エヴァンゲリオン」で主人公は「ここにいてもいいんだ!」と叫んでいたが、彼女はそんな踏ん切りをつけることは出来なかった。自己嫌悪しながら、でも時々「こんだけ頑張ったから自分を認めてあげたい」と思ってみたりの繰り返し。その度に、僕は愛おしく思ったり、痛ましく思ったりしていた。感情のうねりが僕によくぶつかって来たが、それに逃げることなく、ガチンコでぶつかることが僕の愛であり、告白したことへの誠意であると思った。だからそんなことを辛いと思ったことはない。

ラブストーリーは突然に。 

2006年09月17日(日) 18時45分
 夕食用に、一度食べてみたかったホワイトカレー作ってみる。ルーを入れたときにかなりどろっとしていたので驚いたが、濃厚なお味で美味しかった。ホワイトシチューが好きな人にはおすすめかな。
さて、それを食べながら何気なくNHKを見ていたら『あの夏〜60年目の恋文』という番組がやっていた。
 時は戦争さなかの昭和19年・夏。小学四年生のある男子生徒がそこに教育実習生として赴任してきた10歳年上のお姉さん先生に淡い恋心を抱く。勿論それはかなうことも無いまま先生は去り、やがて結婚してしまう。
 ……ここまではありがちな話。誰だってそうじゃないですか。僕だって小学校2年生の時の女性教師に淡い恋心あったしなぁ。でも、この話はそれで終わらない。
 時は流れ、平成の世。60年前のひと夏の思いをずっと持ち続けていたあの男子生徒は、偶然先生の姿を昔のテレビ番組の再放送の中に見つけ、抑えきれない思いで手紙を出す。すでに80歳を超えていた先生は驚き、戸惑いながらも返事を出す。当時のアルバムや日誌を引っ張り出しながら交わされていく往復書簡。ためらいとときめきの往来の果て、ついに二人は再会する。
 で、その二人が美しい。たたずまいとかが。80歳の先生の中の乙女のような恥じらい、70歳の生徒の燃えるような思い、そういったみずみずしい気持ちをなくさずに生きていれば、人はここまで美しく生きられるのか。老醜などという言葉の当てはまらない世界が、ここにはあった。

 ……ああ、妬けちゃうねぇ。などと思いながら次の番組を探す。映画版の電車男がやっていたので、途中からだが見てしまう。
 書籍では読んだことは無いのだが、大体のストーリー(って、別に「電車で出会った秋葉系オタクと美女のラブストーリー(が2ちゃんねるで展開された)」ってことだけだけど)はなんとなく分かっているので、すっと入っていけた。
 と思ったらもうクライマックス近いよ。やっぱり告白できないとうなだれる電車男にネットの住人たちが今までの奇跡を思い出せと叱咤。勇気を振り絞って告白しに秋葉原へダッシュ。すでに秋葉原に着いて電車男を捜すエルメス。そのエルメスを必死に追いかける電車男。派手に転んでコンタクトを失くすが眼鏡に切り替えてまだまだ走る。今度は停まっている自転車に突っ込み眼鏡が吹っ飛ぶ。もう幸吉は走れません。やっぱり間に合わなかったのかと落胆している電車男の前に眼鏡を拾ってくれた美女が。そうエルメス!
 で、告白となるわけだが、何がキュンとしたかってアレだよ。「大事な話があります」って切り出したくせに、テンパッちゃってなかなか切り出せない電車男に向かって、エルメスが電車男の両手を握って「がんばって!」と励ますんですよ! こんなことされたら一気に陥落ですよ! 告白前の男にそんなことしてくれる女の人いるかっての!? 女神ですよ、マジで。

 ……てなわけで、恋愛ドラマに2連発であてられました。俺、弱いんだよ、こういうの。フィクションとかドキュメントとか関係なしに心が揺さぶられちゃうんで。刺激に弱いんで見ないようにしてるんだけど……、あー、このむやみにヒートアップした気持ちを誰か止めてくれぇ!

たまには仕事の話でも。 

2006年09月13日(水) 6時40分
腹が立って仕方が無い。
一ヶ月ほど前に数百件の図面入力の依頼を受けた。
単価が安かったので渋ったが、外注化して
ある程度こなせば薄利多売で何とか利益が出るということと、
その後にそれ以上のボリュームの追加業務があるというので受けた。
自分でサンプル入力をし、仕様をまとめて外注に作業依頼。
30件弱を校正納品したところ、三日後にメールがきたので
チェックが終わったのかと思ったら、「仕様の変更」。
客先に具体的な指示を確認したが良く分かっていなかったので、
さらに上の客先に確認。内容は把握たので、とりあえず
作業した分の仕様を修正しつつ、今後のスケジュールを
確認したところ、「それで終わり」とのこと。
……は?
ようやく作業が固まってきたところで終わりですか?
これからクロにしていこうと思っていたのに。
これだけ力入れておいしいところ何も無いじゃん。
いいかげんにしろよ。ほんとに。

言葉にできない 

2006年09月12日(火) 6時38分
犬丸りんが自殺した。
おじゃる丸の作者。暗い気分になる。
番組が打ち切りになったわけでもない。
それとも続けていくことにプレッシャーがあったのか。
夫婦ともども好きだったキャラクターの一つ。
異世界からやってくるという設定や
北島三郎が主題歌歌っていたりとか
勧善懲悪ではないところが良かったのに。

ぞくっとする光景。 

2006年08月21日(月) 23時10分
 ……といっても、別に恐怖体験ではない。
 ある場面・風景・シチュエーションに出会ったとき、ぞくぞくっとしたり(鳥肌が立つほど盛り上がるっていうか……)、胸がキュンとしたりとか、妙に感情が揺さぶられたりしたことがありませんか。それが彼(彼女)と一緒にいる時、ならまぁ当たり前だけど、そういうのではなくて、もっと何気ないシチュエーションとかでさ。
 で、今日それを見つけたわけ。
 何かっていうと、「夜空にはためく旗」。これがなんか路上メガネ的にぞくぞくっとしたりするわけです。……一応分析してみると、旗が風になびいている、という情景をイメージすると、大概青空の下ではためいているシチュエーションを考えるだろう(もっと言えばそれは日の丸であることが多いのかもしれない。)。旗はシンボルであり、目印である。意思表示であるがゆえに、見えないと意味を成さない。だから空が明るいうちは飾っておくが、日が暮れればしまってしまう。そういった常識を覆しているからだろうか。

早帰り。 

2006年08月09日(水) 23時23分
 今日は仕事を早めに切り上げた。別に用事があるわけではない。今期から毎週水曜日は「ノー残業デイ」にしようと決まったからである。さすがに毎週定時すぐに終わるのは難しいと思うが、遅くとも19時には終了しなければならない。ちなみに明日も、今期の組織変更で別の部署に移動した上司の送別会があり、18:30には終了しなければいけない。二日連続はかなりきつい。というか、仕事がまるではかどらない、びくびくしながら盆を迎える羽目になりそうだ。
 その、明日の飲み会、幹事から「締めの挨拶を一本締めでお願いします」と言われた。正直、人前で話すのは苦手だ。どんだけ準備していても必ず本番であがって思うようにしゃべれずに終わる。しかし、そういうことを繰り返してそういう事を敬遠したがる自分がいる一方で、「一回一本締めというのをやってみたかったんだよなぁ〜」と思う目立ちたがり屋の自分がいるのも確か。ここら辺がAB型の厄介なところではある。
 というわけで、明日は一本締めの例をネットで調べて、言葉を考えねばならないのであった。仕事が忙しいのに〜。

ボクシング 

2006年08月02日(水) 23時26分
仕事を終わらせて21:30過ぎに帰宅。
「そう言えば亀田興毅の世界タイトルマッチがやっているんだっけ」と思い出した。TVをつけたら12ラウンドをやっていたので「こりゃまずいなぁ」と思った。まだやっているということは今までのようにKO出来ていないわけだから苦戦しているということだし、そのラウンドだけを見ても余裕はなく、アナウンサーも「何とか頑張れ」といったニュアンスだったから。結局判定で亀田が勝ったが、ホームデジションと言われても仕方がないと思う。その証拠に勝利の歓声よりも釈然としない雰囲気が全体を覆ったではないか。彼はここで負けるべきではなかったのか。そして、さらにそこから這い上がってKO出来るチャンピオンに昇りつめるべきではなかったのか。

三十にして…… 

2006年08月01日(火) 19時51分
家出プリンの誕生日。
夫婦揃って三十路に突入か。
自分が30才になった時にはさしてなんとも思わなかったが、
二人とも30代になったと思うと、時が経ったと感じてしまうのは
何故なんだろう。
時は戻らないし、後悔などしていない。
それでも、「これでいい」と一点の曇りも無く心底から思える日は、
きっと死ぬときなのだろうと思う。
ただ、今は出来るだけ二人で長くいたいというのと、
自分が親としてどうあるべきか(別に子どもはいないけど)ということに、
頭を廻らせる。
我が道の先がどうなっているのか、まだ僕には見えていない。

この道を往けば、どうなるものか。
危ぶむなかれ。危ぶめば道は無し。
踏み出せば、その一歩が道となり、その一歩が道となる。
迷わず往けよ。往けば、分かる。

tired salaryman 

2006年06月09日(金) 6時46分
 疲れたサラリーマン。
 自分のことではありません。なぜか最近上司と飲みに行く回数が増え、そこで話しを聞いたりしていると自分の想像以上にいろいろな問題を抱えていることに気がつく。今度退職する人は実は直属上司が原因でパニック障害になったとか、他の人でも体調を崩して薬を常用していたり、お偉いさんの間でセクハラが発生していたり、サラリーなんてそんなにもらってないよとか。まぁ組織編制とか商品開発とか売り上げとかの悩みはもちろん有るんだろうと思っていたが、それ以上に個人の悩みが多すぎる。それも他人の悩みを。
 それがいいことかどうか、それは一言では言えないし、全てが分かるわけではない僕には判断できないことだ。しかしせめて、会社自体の問題についてはもっとシェアする必要があると思った。
 こんな真面目な文章を書く必要も無いのだが、いつも元気な上司が最近いつも落ち込んでいるのがあまりにも心配なので、ついついこんな感じになってしまった。
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