6・一人暮らし 

December 21 [Thu], 2006, 17:18
お世辞にも綺麗とはいえないマンションだった。

「16歳で1人暮らしできるんやから、こんな部屋で充分やろ」

母は笑った。
ごもっともだ。

ただ私は、この薄暗くて古びたマンションを好きになれなかった。
ただでさえ初めての一人暮らしで不安なのに、さらに暗い気分にさせるマンションだった。

でも贅沢は言っていられない。
私を「いそうろう」と言う祖母のもとには帰れない。
血のつながらない父親がいる母のもtには帰れない。




私は完全に1人だ。
















ドアを開けると2畳ほどのキッチン。その隣にはユニットバス。
部屋は割と広く、10畳ぐらいはあった。

母が使っていたベッドやテレビなど、家財道具は置いてくれていた。
ご飯もすぐに食べられるようにと、炊飯器や米なども用意してくれていた。




「じゃあ、ママ今日お客さんとご飯行かなあかんから」


そう言って母はすぐに部屋を出て行った。



西日が差し込む部屋で、私は何をするでもなくただ座っていた。





今までなら、なんだかんだ言っても祖母が夕飯を作ってくれていた。
祖母がいつも家にいた。




完全に、ひとり。





その日は何もする気にならず、早めにベッドに入った。

急に寂しくなった。
怖くなった。

時計の針の音がすごく大きな音に聞こえた。


たまに聞こえてくる1階のスナックのカラオケが虚しかった。







耐えきれず、泣きながら母の店に電話をした。




「あ、すみません娘ですが・・・・。ママいますか?」
「お待ちください」





しばらく待つと母が電話に出た。
かなり酔っぱらっているようだ。


「なんや?」

「ううん・・・ちょっと心細いねん」

「そんな事でいちいち電話してこんといて!忙しいねん、切るで!!」





母は電話を切った。

もしかしたらあれは、母の愛のムチだったのかもしれない。
これから1人で生きて行かなければ・・・
寂しいなんて言ってる場合じゃない。









泣きながら毛布にくるまっていたら、いつのまにか朝になっていた。
部屋が明るくなって、ようやく少し安心して眠れた。




夜になったらまたコンパニオンの仕事に行かなければ。

5・かえるの子 

December 18 [Mon], 2006, 13:31
それからしばらくは夜遊びもせずに毎日コンパニオンの仕事にでかけた。

コンパニオンのお給料は、仕事が終わって送迎車に戻った時に日払いでもらえた。
税金などは引かれず、まるまる貰えるので、仕事に行くたびに12000円が手に入った。

16歳の小娘にとって一日に12000円ものお金が手に入る事は、普通では考えられない事かもしれない。
でも、当時の私にとって12000円はちっぽけなお金でしかなかった。










私は幼い頃祖母に育てられていたが、休日になると母と過ごしたり泊まりに行ったりしていた。
普段そばにいられない事を不憫に思っていたのだろう。
頻繁にお金をくれていた。

母は祇園でママをしていたし、お金持ちのおじさんと付き合ったりしていたので、お金はあるらしかった。
私の養育費としても、毎月20万円を祖母に渡していた。


小学生の頃、学校でいじめられて泣きながら母の部屋に行くと、玄関には母のハイヒールと黒くて大きな男物の靴があり、母はびっくりして

「これで好きなおもちゃ買いなさい」

と私に1万円を握らせたが、部屋には入れてもらえなかった。
なぜか無性にむなしい気分になった事を今でも鮮明に覚えている。













ある日曜日。
祇園のラウンジやクラブなどはほとんど日曜日を定休日にしているので、コンパニオンの仕事もない。
私は前日にお酒を飲み過ぎて体がだるかったので昼頃まで横になっていた。

すると母が祖母の家に遊びにきた。


勝手口に置いてあった私のハイヒールを見つけ、すごい剣幕で2階に上がり、落ちていたハンガーで私を殴りつけた。


「あんた、あのハイヒールは何!?水商売でもしてんのか!?」



はじめは黙っていた。
でも黙っていると母は容赦なく殴りつけてくる。
仕方なく本当の事を言った。




母は怒らなかった。

ただ一言
「しょせんカエルの子はカエルやな」

と言って部屋を出て行った。









それからしばらく母とは話もしなかったが、ある日突然私を車で迎えにきた。


「あんたの部屋用意したったから、これから先は何もかも1人でやりなさい。
もう誰も助けてくれへんと思って、水商売でもなんでもいいから、しっかり働いて自立しぃや」






着いた所は京都市内のとある場所。
古くて小さなマンションだった。

4・接客 

December 05 [Tue], 2006, 19:18
『本当は地図渡して各自お店まで行ってもらうんやけど…初日やから案内するね』


そう言ってTさんは車から降り、私の少し先を足早に歩いた。


私は慣れないハイヒールで必死にTさんの後ろを歩いた。

手には小さなポーチ。

仕事で使う七つ道具とやらが入っている。

全てオーナーの女性が貸してくれたもの。

中身はハンカチ、ライター、マッチ、ボールペン、口紅など。


『お客さんがタバコをくわえたら、火をつけてあげてね。早すぎても遅すぎてもダメ。
そのうちタイミングがわかるようになると思うから、始めは周りのホステスさんたちをよく観察するといいわ。
ほとんどのお店はライターでもいいんだけど、高級クラブなんかに派遣された時はマッチを使わないといけない場合もあるから、それはお店のママに確認してね。』


そう言って、ライターとマッチの両方をポーチに入れてくれたのだ。


ライターは貸してもらわなくても持っていた。

私の夜遊びの七つ道具のひとつだったから。


『タバコは吸ってもいいんですか?』

オーナーに聞いた。

『ん……たぶん大丈夫と思うけど、吸わないほうが好かれるかな。』


別に好かれなくていい。
とにかく早くお金を稼ぎたいだけだし、この仕事で生きて行きたいとか頑張って人気者になろうなんて全く考えもしなかった。





案内されたお店は小さなラウンジだった。


いま思い出すから
『小さな店』
と思うけど、当時16歳の私にはとてつもなく大きな箱に思えた。




お店に入ると、蝶ネクタイをしたボーイがこっちを見た。

20歳ぐらいだろうか。


『すみません……Dから来ました、るいといいます。』


するとボーイはママらしき人を連れて来た。



『はいはい、るいちゃんね。聞いてますよ。今日は12時までよろしくね。』


優しい口調だったが、目はまるで品定めをしてるようだった。



『さっそくなんやけど、お客様の席についてもらえる?
同伴の女の子が準備してるから、しばらくヘルプお願いね。』


同伴?ヘルプ?

なんとなくはわかるが、そう言われても何をどうしていいか全くわからない。

急に怖くなった。
逃げたくなった。

だけど、ここで逃げる訳にはいかない。




私は勇気をふり絞って、ボーイに案内された席へと座った。

3・初出勤 

December 03 [Sun], 2006, 14:50
準備ができたところで車に乗せられ祇園に向かった。
スカウトの男(Tさん)とオーナーと、私の他にもコンパニオンらしき女の子が数名。


祇園会館という映画館の前で、コンパニオンの子たちはTさんからそれぞれ小さなメモを受け取り
『行ってきまーす』
と言って車を降りて、夜の祇園に消えて行った。


私は、不安で不安で仕方なかった。

初めての水商売という仕事に対する不安と、もうひとつ。

母親は祇園で店をやっている。
もしも母親にこんな姿を見られたらどうなるだろう。

きっと人目なんて気にせず私を殴ったり蹴ったりするに違いない。

そういう人だ。








私は中学から私立に入学した。
勉強が好きだったわけでもその学校に入りたかったわけでもない。

小学校の時にひどいいじめにあったので、小学校の時の同級生たちと同じ学区の中学に行くのが嫌だったから。


なんて弱い人間なんだと思われたとしても、その子たちに会うのも嫌だった。


いじめの理由は、お父さんがいない事。


それが一番の原因だったように思う。


子供は残酷だから、『普通』でない家庭の子を特別視する。

その子たちの親は
『お父さんのいない子と仲良くすると不良になるから仲良くするな』
と教える。


だから私は、仲良くなる事を諦めた。


私立の中学に無事入学できて、私は新しく友達もでき学校生活はそれなりに楽しかった。

入学当初はまだ祖母と暮らしていたけど

『もう中学生やし、夜は1人で留守番できるやろ?ママと一緒に暮らそう』

と母に言われて、母が住むマンションに私の部屋を用意してもらい母と2人の生活が始まった。


私も、いつまでも祖母と暮らしているより母と暮らすのが自然だと思った。


ただ、ずっと祖母に育ててもらってきたので母との暮らしはとても気疲れするものだった。


母は私が小さい頃から怒るとすぐに手を上げる人だったので、私は母を怒らせないようにいつもビクビクして生活していた。


学校から帰ってしばらくは母の機嫌を伺いながら会話していた。



土日には母の彼氏が家に遊びに来る事もあった。


私はその人を『パパ』と呼ぶように言われていたので、そう呼んでいた。


ある日学校から帰って来ると母とパパがリビングでテレビを見ていた。

その日は学期末で、来期の学費の納付書を学校からもらった日だった。

2・面接 

December 01 [Fri], 2006, 0:16
翌日、約束どおりスカウトの男に電話をかけた。

さっそくその日の夜に事務所に面接に行く事になった。


普通のバイトと違い、履歴書はいらなかった。

事務所といわれた場所は狭いワンルームマンションの一室だった。

そこには昨日の男と、自称オーナーという女の人がいて、私はその女の人に仕事の事を色々教えてもらった。

祇園のクラブやラウンジのホステスさんが急に休んだり辞めたりした時やホステスさんの人数が足りない時に助っ人として派遣される、といった内容。

『歳は16歳なんやね。あのね、このお仕事は未成年はアカンねんよ。でも、きちんとお化粧してスーツ着たら16歳には見えへんと思うわ。慣れるまでは、私が化粧してあげるからね。衣装も、ここにあるスーツを着たらいいから。

それから、あなたの年齢はお店の人にもお客さんにも絶対内緒やからね。バレたら、ここにいるみんな警察につかまってしまうから……

年齢は19歳っていう事にしてね。』


なんだかよくわからなかったけど、時給3000円はオイシイ。

とにかく年齢がバレなければ大丈夫。

自分だけの、安心できるアジトを手に入れるためには、どうしても先立つものがいる。



『さっそく今日から行ってみる?』


と、オーナーらしき女の人に言われた。

どうせ行く所もないし、なにより早くお金を稼ぎたかったので私はうなずいた。


『よし!じゃあ今日からあなたは………

るいちゃんね。』



『るい』



これが16歳で水商売に入る小娘につけてもらった初めての『源氏名』だった。




今まで塗った事のないような濃い紫色のアイシャドゥに真っ赤な口紅を塗られ、アイシャドゥと同じ色のスーツを着た。


髪は金髪で前髪は鼻の下まで垂らしている。

『前髪は、目にかかってると暗く見えるし、ヤンキーに見られると仕事では損やから、上に上げておくね』


長く垂れていた前髪をピンで止められた。


弱い私を隠すための衝立のようなものだったんだけどな。



『はい!るいちゃん、完成〜』




鏡を見ると、紫のスーツに着られている自分。

化粧もなんだか浮いている。


でも、これは仕事。
お金を稼ぐための手段。

1・16歳だった 

November 30 [Thu], 2006, 0:49
高校を退学になりフラフラと夜遊びばかりしていた。本当なら高校1年の冬。

私が住んでいたところは京都市の北のほう。
私を育ててくれた祖母からは
『近所の人に恥ずかしいから帰ってこないで』
と言われていたから、本当に帰らない事が多かった。


いつものように河原町に行くバスを待ちながら

『学校辞めたんやったらもう1人で暮らして何もかも自分でやれば』


と言う母親の言葉を思い出していた。




私の母親は祇園でお店を経営していたので私は小さい時から祖母に育ててもらった。


たまに母親の住むマンションに遊びに行ったりしてたけど、行くたびに違う男がいて

『パパって呼びなさい』

と言われるのがウザかったから、あまり行かなくなった。


中学の時に少しだけ母親と一緒に暮らしてみたけど、やっぱり合わなくて祖母の家に戻った。


『働いて1人で生活なんかできんのかなぁ…』


16歳の、からっぽの頭でバスを待ちながら考えた。
そんなに甘いものじゃない事ぐらいはわかっていたし、もしも生活できなくなったからといって私には帰る場所がない。


でも……


『今でもすでに居場所なんてないしなぁ』


コンパクトの鏡を覗きこんで、真っ赤な口紅を塗りながら、遅れているバスをイライラしながら待っていた。




『バス待ってんの?送ってあげようか?』


ふと見上げると、ワンボックスに乗った男がニコニコしてこっちを見ている。


(ナンパか…めんどくさ)


そう思って


『いいです〜』


と、めんどくさそうに断った。


男は車から降りてきて私の前に立って


『ナンパじゃないねん。スカウトやねん。
あんな、祇園のクラブとかラウンジで、綺麗な服着て、ちょっとオジサンとしゃべるだけで時給3000円もらえるんやんか。話だけでも聞いてみぃひんか?』




時給3000円………。


頑張れば1人暮らしできる。


オジサンとしゃべるだけなら簡単。


そう思って、その男の名刺をもらい、自分のポケベルの番号を紙に書いて渡した。


『あした、電話します。』



そう言って私はバスに乗った。




世間知らずの16歳だった。
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