うめる

May 04 [Mon], 2009, 19:44
僕は、肩に食い込む重さに耐えかねて、それをどさりと地面に下ろした。
もう3時間、こいつを担いで歩き続けている。
平坦な道とは言え、50kg近くあるものを担いで歩き続ける時間ではない。
地面に下ろした瞬間に、ぐちゃ、というような音がした。
ジッパーを開けてよく目をこらしてみると、顔が少し潰れたようだった。
地面はコンクリートなのだし、仕方がない。
元々頭をたたき割られているのだし、これ以上崩れたとしても、何も問題はない。

僕はこれから、殺した彼女を埋めに行く。

この街には昔から、不思議な伝説がある。
街のはずれに、大きな深い穴があって、そこにはたくさんの訳あり死体が投げ込まれている、という話だ。
小さい頃からそう聞かされて育ち、だから街はずれには決して足を踏み入れないようにと言われて育った。
その穴の近くには番人の老婆が住んでいて、死体を投げ込む代わりに、腕に焼き印を押されるのだと聞いた。
もちろん実際にその穴があったとして、そんなことをした人は街から離れてしまうだろうから、その焼き印とやらを押された人に一度も出会ったことはないのだけれど。
幼い頃はおびえていた僕も、成長するにつれ、ただのおとぎ話だと思うようになっていった。
数日前までは、そう思っていた。

「ほら」
そう言ってシャツをまくって見せた女の子の腕には、奇妙な形の火傷があった。
「白髪の小さなおばあさんに、押されたの。これが罪のしるしなんだって言ってた」

その女の子は、僕の浮気相手だった。
数年前にストーカー被害を受け、その相手の男性を殺してしまったらしい。
そしてその男を、例の穴に放り投げたのだと言った。
心底彼女を愛し始めていた僕には、それは至極当然のことのように思えた。
彼女を苦しませた男に対する憎悪こそあれ、憐みや彼女に対する恐怖心なんかは一切浮かんでは来なかった。

そして僕は、付き合っていた彼女を殺した。
浮気相手との関係を正直に話し、別れ話を切り出したら、逆上して襲いかかってきたのだ。
僕はこれからの生活を守るため、そばにあったガラス製の灰皿を手に取った。
振り下ろした瞬間に嫌な手ごたえがあって、簡単に彼女の頭部は割れた。
目がくるんと白く剥かれ、大量の血があふれだし、彼女は動かなくなった。
醜い。とてもとても、醜い。
僕はこんなに醜い女と付き合っていたのかと思うと、心底嫌気がさした。

そして僕は彼女の死体を抱えて、もう3時間もさまよっている。
かなり山沿いのあたりまで歩いてきたので、街灯もまばらだ。
一応死体は寝袋に詰めてあるものの、見つかったらさすがにまずい。
と思っていたのだが、不思議なことに、ここまでの道では誰にも遭遇しなかった。

僕は乱れた息を整えて、もう一度死体を肩の上に担ぎあげた。
ふと顔をあげると、暗闇のなかに、小さな灯が見えた。
あれが、そうなのだろうか。
じわりと脇の下に汗が滲み、鼓動が強く打つのが分かった。
僕は一歩一歩、その灯に向かって歩き出した。
気ばかり急いて、うまく歩くことができない。
もつれる足を必死に動かすこと10分、ようやく僕はその灯のもとへとたどり着いた。

そこは小さな神社のようだった。
毒々しく真っ赤に塗られた鳥居と、その奥に僕の背丈より少し大きいくらいの社があった。
僕は死体を地面に下ろし、引きずりながら社へと続く石段を登った。

「捨てにきたんか」

突然、闇の中からしわがれ声が聞こえた。
驚いて振り向いた僕の眼に映ったのは、小柄な白髪の老婆。
不自然なほど大きく見開いた目で、僕を舐めまわすように見つめている。

「来い」

そう言い捨てると、老婆は社の奥の道へと歩き出した。
僕は一瞬の躊躇の後、慌てて老婆の後を追った。

社の裏側にあったのは、直径3mほどの、暗い穴だった。
闇の中でもその存在が分かるほどの圧迫感。
なぜか、穴の中からは冷たい風が吹き上げている。
どれほどの深さなのか、見当もつかない。
僕は老婆の存在も死体の存在も忘れて、ただ呆けたように穴を見ていた。

「はよう、せんか」

苛立ったような声がして、僕はようやくここに来た理由を思い出した。
うめるのだ。
僕がこの醜い女と過ごした時間もろとも、うめてしまうのだ。
僕は、寝袋に詰めた女の体を抱えあげた。

とん、と、背中に軽い衝撃。
え、え、え。

穴の縁でバランスを崩した僕。
ジッパーが少し開いて覗いた、女の白い歯。

首をねじると、穴の縁に佇む彼女の姿があった。ほの白い腕に、火傷の跡。
耳のそばで風がうなっている。
腐臭がどんどん近付いてくる。
穴は小さくなって、まるで闇夜に浮かぶ白い月のようになった。
最後に僕が見たものは、彼女の腕に再び押された焼き印の灯。


あ、あ、あ、あ、

うめられる、

ぐしゃり。


最後まで残った聴覚をくすぐったのは、僕の顔にはいあがる蛆の足音だった。
2009年05月
« 前の月  |  次の月 »
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31