ロスジェネはこう生きてきた(感想)

February 20 [Mon], 2012, 20:06
ロスジェネはこう生きてきた2009年5月平凡社刊雨宮処凛著は、著者が、生い立ちから現在までの軌跡と社会の動きを重ね合わせて、いまの時代の息苦しさの根源に迫ろうとしている。
2008年のリーマンショック以来、派遣切り、メンタルヘルス、自殺等に関して、ロスジェネが注目を集めた。
ロスジェネとは、ロストジェネレーションのことで、別に、失われた世代とも言われる。
本来は、1920年代から1930年代に活躍したアメリカの小説家たちである。
しかし、欧米諸国では、20代の時に第一次大戦中に遭遇して従来の価値観に懐疑的になった世代も指している。
日本では、1975年前後のまれで、1995年前後からの就職氷河期世代の別称となっている。
雨宮処凛氏は、1975年北海道滝川市生まれの作家、社会運動家である。
1歳の時からアトピー性皮膚炎に悩み、思春期にいじめ、不登校、家出、自殺未遂の経験をもち、10代後半にはヴィジュアル系バンドの追っかけをくり返した。
大学受験の際、美大を二浪し、浪人の際アルバイトをしていた。
数日で解雇されることが連続したことで自暴自棄になり、薬物過剰摂取で自殺未遂を経験した。
球体関節人形作家天野可淡の作品に傾倒し、天野の仲間の吉田良に弟子入りした。
粘土をこねて人形を作る際にアトピー性皮膚炎が悪化し挫折、リストカットを繰り返す日々が続いたという。
20歳の時、自身の生きづらさから、今の日本はおかしいという違和感に駆り立てられて、右翼活動に身を投じた。
ロリータファッションなど外見と従来の右翼に対するイメージと活動内容のギャップから、ミニスカ右翼と呼ばれた。
そして、2年間、右翼団体に属し、その時代に、ロックバンドを結成しボーカルを務めた。
その後、徐々に右翼思想に疑問を抱くようになって左傾化し、生きづらさの原因の一つに、新自由主義の拡大があると考えるようになった。
現在は、革新系、左派左翼系メディアへ寄稿し、ゴスロリ作家を自称する左派系メに転向している。
さらに、近年は、プレカリアート不安定なprecarious労働者階級proletaria問題に取り組んでいる。
2009年は、多くの人にとって最悪の年明けとなった。
卒業を控えた犬学生たちの内定は取り消され、再び、就職氷河期が訪れようとしている。
もし何も手が打たれず、ロスジェネの二の舞になってしまうのであれば、自分たちの世代はなんのために失ってきたのか溜息をつきたくなる。
ただひとつ、ロスジェネでよかったのは、状況が厳しいからこそ考えざるを得なかったということである。
他にはよかった部分は、残念ながら思いつかない。
気になっているは、35歳になると内閣府のフリーターの定義から弾かれるということである。
ロスジェネが失ったものは、就業の機会と、就業していたら得られた生涯賃金、結婚や子どもやローンを組んだ住宅、などなどである。
それよりも大きいのは、生き方そのものの喪失だと言えないだろうか。
どうしたら安心して、最低限、餓死や凍死、あるいは路上生活に移行せずに生きられるか、そのやり方か皆目わからないということである。
フリーターの親の介護問題などもすでに起こり始めている上、低賃金ゆえ自立生活できない非正規雇用の若者は、親が死んだら首を吊るしかないと言っている。
ロスジェネには時間がないのである。
少し093877前までは、安心できる生き方のモデルは確実に存在していたが、その生き方を失ったのはロスジェネだけではない。
いまでは、全世代が、雇用形態や年齢や病気のあるなし、障害のあるなしにかかわらず、いつどうなってしまうかわからないサバイバルな世界に突入してしまっている。
第1章一九七五年生まれの生い立ち豊かな日本と学校という地獄第2章バンギャとして生きた高校時代野宿と物乞いとリストカットで終わったバブル第3章一九九五年ショック完全自殺マニュアルからオウム事件へ第4章バブル崩壊と右傾化小林よしのりと日本人の誇り第5章生きづらさの時代世紀末から二一世紀の日本へ第6章ロスジェネが声を上げはじめた二〇〇五年から現在、そして
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