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おくりびと 原作 本

2009年2月26日、米国で行われた第81回アカデミー賞で外国語映画賞
を受賞した「おくりびと」は授賞式の後に監督の滝田氏、主演の本木氏、広末涼
子氏などの出演者に対して、記者会見を開いている。“受賞の感想”や“スピー
チの内容を考えていたのか?”などの質問が記者から出されている。それら質問
のなかに、本木氏へ「奥様へは何とお伝えしたのですか?」という質問が投げか
けられた。本木氏の奥様は「一体誰?」と会見を見ていた一般視聴者はそう思っ
たのではないか。おくりびと 原作 本
 そのため、本木氏のプロフィールを調べてみたところ、ロックミュージシャン
の内田裕也氏が父親、女優の樹木希林氏が母親、エッセイストの内田也哉子氏が
奥様だった。しかも、本木氏が内田家に婿養子となっていることもわかった。
 なお、本木といえば、80年代はアイドルグループ「シブがき隊」のメンバー
であったこと、「シブがき隊」が解散した後は、俳優業に活動の軸を移している
が、宮沢りえ氏と出ているお茶のコマーシャルのシリーズでの露出以外には、こ
の「おくりびと」まではあまり目立たなかった、という印象だ。

「納棺夫日記」の映画化を拒否され

ところで、主演の本木雅弘氏は、青木新門氏の「納棺夫日記」を読んで感銘し
、ほぼ10年ほど前に富山県に在住している青木氏に映画化の許可を得たそうだ
。青木氏は富山県では大手の冠婚葬祭会社に勤め、「納棺夫日記」は“日記”と
いうように、葬式の現場体験を綴ったものだった。ほぼ10年前に映画化の許可
が得られたが、脚本が書きあがり、青木氏に見せたところ映画の舞台(ロケ地)
やストーリーの結末が相違したため、本木氏は何度も青木氏へ許可を求めたが、
「納棺夫日記」の映画化を拒否され、別の作品として映画化をしてもらいたい、
という青木氏の意向を汲んで「おくりびと」が生まれたそうだ。
 監督の滝田洋二郎氏は富山県高岡市の出身で、「納棺夫日記」の著者も富山県
出身。ある意味で“縁”を感じるのは私だけであろうか?もっとも、滝田監督自
身、「おくりびと」の舞台を改めて富山にすることを考えなかったのだろうか?
 なお、滝田氏が「おくりびと」の受賞で、ハリウッドのルーズベルトホテルで
の受賞スピーチを見ながら、両親が万歳を何度もしている光景が印象的だった。
滝田氏は一般映画の監督として話題作を発表できたのは、映画の世界に入って1
1年かかっている。

おくりびと 上映館 新宿

おくりびと1
 2009年2月26日、米国で行われた第81回アカデミー賞の外国語映画賞
の発表で「Departures」と告げられ、「デパーチャー?なんのこっち
ゃ?」と思った人は少なくなかったのでは?そもそも、この「おくりびと」は第
32回日本アカデミー賞で最優秀作品賞を受賞し、第51回ブルーリボン賞で主
演男優賞を受賞するなど日本国内でも数々の賞を取っているが、どのくらいの人
が「おくりびと」を知っていることやら?単に私が映画に関心がなかったからそ
う思うのだろうか?
 さらに、「おくりびと」のオフィシャルホームページを見る限りでは、「おく
りびと」という映画の解説やストーリー、キャスティングなど映画に関するリリ
ースだけだ。一方、「おくりびと」のオフィシャルブログを見ると昨年の「おく
りびと」の試写会を観た人や上映作品を観た人のコメントがあるが、その書き込
み数はこの「おくりびと」が米国のアカデミー賞の外国語映画賞を受賞以降が多
い。つまりは、私と同じように最近に「おくりびと」という映画を知り、DVD
を観るなどして、映画の全容を知った人が多いように思われる。
 「おくりびと」は、2008年度に作られた日本の映画だが、海外での受賞で
人気が出たもので、いわば逆輸入された映画と言っても良いのではないか、と考
える。
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