腕白 第一話 余禄の生 

January 17 [Wed], 2007, 20:12
第一話
余録の生              
         0歳のころ
「、どうしますか」「生かすも殺すもあなたしだい、」
此の戦時下、食料も無く、血を吐く嬰児を診て医者は呆然とつぶや呟いた
「此の子に生命力が有れば別だが・・・・・先ず殆ど助からないでしょう
<大>>>>><大<太>>医者は弱弱しい産声を聞きながら確信を持って、育たない方に賭けていた。
「今この病気(メレナ)で助かるのは、百万人に一人、宝くじに当たるより難しいと、両親の前で嘆くようにつぶや呟いた」しかし、律儀者のとお父ちゃんは、
神様からの授かり物、<大<太>>生きるも死ぬも子の此の寿命、半時で死ぬも生き永らえるも、生きようとする此の子の意志に賭けます」ときっぱりとこたえたそうです。
貧しさの中にも小さな命をいとおしむように見捨てなかったのだ。
「俺は此の子の運命に賭けるから先生よろしくお願いします」と哀願する様に一生懸命すがったそうです」あなたがそうおっしゃるなら出来る限りの手当てを尽くしますが・・・・・いまの御時勢ではねーーー?」と首をかし傾げ自信無さそうに嬰児を眺めていた。<大>>>><大<太>>俺の人生は父ちゃんと母ちゃんが俺を生かすと言う一大決心から始まったのだった。
へそ臍のうが母体より切り離され、此岸にやっとたどり着いた
みすぼらしいボロボロの小さな小船・・・・・・人生と言う大きく激しい海原に、こんな頼りない小船で果たして漕ぎ出せるのか?<大>><大<太>>絶望の中にも、大きな期待と希望を託して、両親はほのかな命に全身全霊の力を注いだのだった。
そんな両親の熱い思いが通じたのか、神は
奇跡的<大><<太>大>に俺に生を与えて下さったのだ。
俺には大きな試練が待ち構えていたのだった。
来る日も、来る日も、毒血を吐き続け、生きる自信もなさそうなぜいじゃく脆弱な吾が分身に、父は痩せ細った体に鞭打ち惜しみなく鮮血を注いだのだった。ソッポ(鶏ガラ)の父は益々骨皮筋エ門となり見る影も痛々しい程だったそうです。
<大><<太>大>我が子をいとおしむ心だけで、仕事に精を出しながら俺を見捨てず医者の絶望の見通しにもめげず・・・・・・・。
母は日々の暮らしの中に郵便配達や色々の労働に明け暮れながら、自らの口に入らぬ当時貴重な牛乳や卵、、栄養豊かな食物を買いあさり、与えても、与えても、吐き出す小さな命を死なすまいと、我が身を削り、必死で俺を守り育て、見事に生き永らえさせたのだった!
俺は奇跡的に生を得たのだ、あの何も無い時代に・・・・・・・・・。
俺は産湯の時から余禄の人生を生きる宿命を両親と神から頂いたのだ。 
<大><<太>大>時々、親の苦労も知らず、俺は無であれば彼岸に帰れ、こんな人生の苦労をしなくても、と思う事が有る。
しかし四苦八苦のこの世に、彼岸に帰ろうとする、みすぼらしく小さな小船のとも艫綱を両親はしっかりと此岸に引き止めてくれたのだった。
何故?・・  産まれてきて良かった、と思える素晴らしい人生の万華鏡をみせるべく我が分身を生かしてくれたのだった
!。
俺も両親の話を>>聞く度、その時点から余禄の人生を生きている様なもの
死線をさまよ彷徨い、よみがえ甦った命、この尊い人生行路
多くの人々に支えられ生かされた素晴らしい時間を悔いの無い楽しみで埋め尽くしたい。「良く死ぬには一日一日を良く生きる事だ。」
  ✍平成十八年十月一日  


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腕白 第二話 出べその話 

January 19 [Fri], 2007, 19:33
第二話
  出べその話し   (三〜四才の頃) 遠い昔,僕が、まだ物心がつき始めた頃、不思議世界に迷い込んで「どうって?どうって?」と母にうるさがれていた頃のお話である。 今日も、母ちゃんが勇のお腹に五円硬貨を挟み、さらしを巻いていた。<大<太>>産まれたばかりの弟に、さらしを巻いている
母をいぶかしげに思い、どうして、勇のお腹に五円玉を付けて包帯を巻いているのか聞いてみた。母は恥ずかしそうに、勇は、出べそだから、五円玉を出べその上に載せて、おへその型が良くなるオマジナイをしているんだよ」と言った。
 「ふうーん?」
いつまでたっても、勇の、おへそは小さなこぶの様にふくらんでいた。
ちょうど、僕のちんちんの様に...........或る日、勇は出べそを出したまま昼寝をしていた。松林を吹き抜けた爽やかなそよ風が家の前の麦の穂をさざ波のように揺り動かし風鈴の音を心地よく響かせるのどか長閑なお昼どき、俺はお腹の真ん中にある立派なでべそをしばらく眺めていた。そして、そっと撫でて見た。勇はケタケタと声を出して笑った。も一度撫でてみた、今度はあしをバタつかせて笑った。勇の笑顔に今度はそーっと摘んでみた、相変わらず勇はせき堰を切った様に顔を赤らめて笑っている。勇はもっと、もっと、と催促するように足をバタつかせている
おれはでべそを強く握ってみた、勇の笑顔が消えた、も一度笑わそうと勇の、でべそを引っ張ってみた柔らかなでべそは思いのほか長く伸びた。
俺は出べそがこんなに伸びるとわ思わなかった。まるで新しいオモチャを悪戯する様に思い様引っ張ってみた。今迄の笑顔は何処えやら、火が付いた様に大声で泣き始めた。
シマッタと思ったが後の祭り・・・・・洗濯物を干していた母ちゃんが飛び込んで来た。
良!又何かしでかしたね?」
「何も・・・・・・・・・・・・・」
「何もしないで泣く訳がないでしょう。」
と言うなり俺の頭にゲンコ一つ。俺は首をちじめ照れ笑いをしながらペロット舌をだした。
母ちゃんは、勇に乳を含ませながら優しく揺すりながらあやしていた。
俺は勇のあのマシュマロの様な柔らかな出べその感触を思い出しながら二人を眺めていた。
いつも,父ちゃんと、風呂に入ると、大きな
ものがぶら下がっている。
不思議に思い、「父ちゃんのちんちんは、大きいね」と言ったら、父ちゃんがニャッと笑って
[お前を作った種芋だぁ〜〜〜。」と言ってガハハハ・・・と、大声で笑った。<大<太>>俺は何の事か判らず、じっとながめた?。
 母ちゃんも胸に大きな物が二つぶら下がっている。不思議だなー?と思っていた

しかし、母ちゃんには何も聞かなかった。それは、遠い昔の美味しい思い出があつたから
僕は、得意げに素っ裸で風呂から上がると、
静子が「兄ちゃん、兄ちゃんのちんぽこは、勇の出べそよりちっちゃくて、可愛いねとほめてくれた様な気がした。
「母ちゃん、どうして父ちゃんのはあんなに大きいの・・・・・・・・・・・?」
「大人のなれば判るよ。」
「本当にこの子は,おかしな事ばかり聞く子だねー?。」
「僕は勇の出べそには負けるが、あるだけいいだろうと、得意げに威張っていた」
「静子、お前には,なんにもないじゃん、悔しかったら見せてみろ!」
「アッカンベーダ!」
たわいもない話に
母は、「しいちゃんは、女の子、良は男の子、」
「それじゃー、勇は何の子だ?」
僕は、少し怒って母に尋ねた。
「勇も男の子だよ。」と言った。「じゃあどうして勇にばっか、ちんちんが二つもあるの?」と聞いたら、
「勇は良い子だから、神様が、おちんちんを二つもくれたのよ」「それじゃー静子は悪い子なの?」
母―沈黙・・・・・・・。
 僕は父ちゃんの、大きなちんこを眺めながら,我が股間に鎮座している小さな、小さな一物をしみじみと眺めた。性に目覚める前の遠い昔の懐かしい物語りである。 ・・・・・・・・・・・・
   甲賀病院にて  平成十八年六月二十日 記

腕白 第三話 さー大変!進駐軍がくるぞ〜! 

February 16 [Fri], 2007, 19:54
腕白 第三話
さー大変!進駐軍が来るぞ〜!
幼いころの忘れられない強烈な思い出の数々を辿れば、輝く光の中にこんな事が思い出された。
小春日和ののどか長閑な昼下がり日向ぼっこをしながらむしろ筵の上で、のんびりと、ままごと遊びをしていた、まだ舗装されていない中道は太陽に照らされて銀色に輝いていた。
俺は姉ちゃんと、墓場にままごとの花を摘みに行った墓地には,おしろい花、矢車草、月見草、すみれ、などの花々があちこちに咲き乱れていた。
それらの花を材料に楽しいままごと遊びに夢中なっていた。ちょうど小さな食卓を囲み平和なあさげの時、
ちえちゃんが血相を変えて京子、良、静子!、早く家に入りな!と慌てながら家へ飛び込んで行った。<<ちえちゃんは慌てふためきながら「良!早く、早く、鍵をかけて!」
「何をそんなに慌てて、どうしたの?」と母は不思議そうに尋ねた、
「アメリカ人が、あっちからやって来るんだよ。
<大><大<太>>母は東の窓を細めに開けて眺めた。
背の高いアメリカの軍服を着た二人の大男が近ずいてくるではないか

母は急いで、京子と静子を押入れに隠し、どうしょうかと慌てふためいていた
「あ!勇!勇はどうしたの?」まだハイハイしか出来ない勇を置き去りにして来てしまったのだ。母は鍵を開け連れ戻そうとしたが、ちえちゃんが必死で止めていた。
「良!早く勇を連れてきて!」俺は一人外に放り出され勇の所へかけ寄っ寄った。そこには見たこともない異様な人がニコニコと微笑みながら何やら話していたただぎょろ目と真っ白の歯だけが異様に輝いていた、もう一人は鼻の大きな、見たことも無い山の様な背の高い不思議な人
俺は産湯に浸かって以来、始めて見る、真っ黒な石のような顔の人、を、呆然と眺めていた。子供の背丈で見た我我と、そびえる二人の逆光の輪郭の背後には真っ青な空に幾つもの千切れ雲が浮かんでいた。     
勇は日光浴の為おしめだけの丸裸で相変らずニコニコ、ハイハイをしていた。
そのうち二人の異人は勇を抱っこして、ニコニコと何やら話しはじめた。そして頬にキスして静かに筵の上に置き、俺の頭をなでなでしながらニコニコ、おいしいお菓子を俺に与え、バイバイをしながら大崩の方へと歩いて行った。
一瞬の出来事、祭りで見た閻魔大王のあの時の驚きの恐怖が突然、小さな身体に襲ってきた、俺は大声を上げながら{img061_p.jpg}「閻魔さんが、きたーーーー!」母ちゃん開けて、早く母ちゃん、・・開けてよ・・・・とガラス戸が割れんばかりに叩き続けた、しかし中からは何の返事もなかった。
俺の異様な叫びと、激しく叩く、ガラス戸に勇もおび脅え、泣き始めた。二人の大合唱にようやく戸が開け放たれた一瞬!
母ちゃんは勇を抱きかかえ一目散に家に飛び込んだ。俺は必死で母ちゃんにしがみ付き後に続いた。
今初めて見た異様な男達の恐怖に、母にすがり大声で泣き続けた。
突然の恐怖の後の何も無かった事に皆はホットしながら、今の慌てふためきは、何だろうと、大笑いをし、事なきをえた。
しかし、俺は泣き疲れて母の膝で眠ってしまった。
縁側で、母のひざ膝枕で耳垢を掘ってもらった少年の頃、あの恐怖で泣き続けた、あの時の感触が、よみがぇって来るのが不思議であった
    ✍甲賀病院にて
      平成十八年六月二十日
                完

腕白 第四話 茶柱の話 

February 21 [Wed], 2007, 18:47
    第三話  
  茶柱の話     (五~六歳の頃)
 ねえちやんが、うれしそうに、
「母ちゃん、茶柱が立ったよ!今日はおばあちゃんが来るね」家族全員笑顔になった。我が家は、必ず、誰かの茶碗に茶柱が立つとおばあちゃんが来るのだ。
 不思議とこのジンクスは当るのである
おばあちやんは、あねさまかぶりで大きな茶籠を背負い、大崩の断崖の山裾を杖をつきつき越え、元気に浜の方からニコニコやつて来るのだった。
そして必ず忠えんさん(忠衛門)に寄り、おみやげに、駄菓子を袋一杯うち家と茂ちゃんの家へ買って来るのが、常だった。
いつも、おばあちゃんの、大きな手さげ袋がなによりの楽しみであった。
そして、重そうな風呂敷を開けると、味噌,米、砂糖などがころがり出た。       
(当時食料事情の悪かった時代・昭和二三年頃・勇が産まれる年)
 おばあちゃんは、着物の裾を尻ぱしょつて、小さな体をこまめに、母ちゃんのお腹を気にしながら,薪割り、洗濯、から子供の世話、おしめ縫いまで、家事一切を一生懸命こなし、本当に働き者のおばあちゃんだ
青ばなを垂らしながら、
「おばあちゃん、浜へ行こう」家事の最中でも、ダダをこね困らせ続けてばかりいた。
「良!今日は風が強いし、浜は寒いから風邪をひくよ。」との、ばーちゃんの言葉に
だだをこね、何と言っても聞かない俺、
おばあちゃんは、しぶしぶ押入れから、あわいこと、おんぶいばんてん、を引き出し、俺を負ぶって浜へと出るのが常だった。
浜は松風のざわめきと小砂がチクチクと顔に吹き付けるほど吹いていた。海もざわめき兎が飛ぶように白波が立っていた。「おばあちゃん、あっち!あっちへ行こう!」
小さな足で、おばあちゃんの尻をケリケリ俺の欲望を促した。
東の松林には、粗末なバラックのひばり幼稚園があるのだ。
 寒風すさぶ外から園児の唱歌や、お遊戯、人形劇、紙芝居を、暖かなおばあちゃんの背中に包まって観るのが大好きだつた。お婆ちゃんは、虚弱体質の小さな俺を見るたび、俺の希望や、わがままを叶えてくれたのだった。
俺は精一杯、婆ちゃんの愛情に甘え、したい放題、甘えまくっていた!
婆ちゃんの小さな爆弾は時として手に負えない厄介者として、あたりに小さな迷惑を撒き散らしていたのだ。 
その頃より俺は人の大勢集まる所が大好きで、人好きな性格が、育まれたような気がする。
 窓ぎわで眺めている、俺たちを先生は、気の毒に思ったのか、教室へと招き入れてくれた。
婆ちゃんは、背中の荷物をおろすと、やれやれと言った様子、何の抵抗もなく俺は園児の群れに混じっていた。
 教室の中には,子供達の描いた絵が壁一面、窓ぎわまで貼ってあつた。消防自動車、汽車、女の子、花、どの絵も、どの絵も、一生懸命の感動が伝わってきた。今にも走りそうな、消防自動車、生き生きと咲き競う花ばな、元気一杯の人々、あふ溢れるばかりの生命力と面白さに俺はしばし釘ずけになった。
そして、俺は、無心で一枚、一枚、喰い入るように見つめていた。
俺もこんな絵が描きたい、とてもきれいだ!と思ったが、家には描くものは何もなかった。
有るのは鰹節を入れる杉箱と墨と筆だけ、俺はこの杉箱に黒々と虎の絵を(猫の様な)思いさま描いた
本家のおじちゃんは、これを見て商売道具の箱に悪戯書きをした俺を怒るでもなく大変褒めてくれた.
俺は筆を持つたび、処かまわず描きまくった、便所の扉、襖、ガラス戸、壁、描けれるところの総てに、果には、棒で道路に迄、しかし両親は消すでもなくただ、褒めるだけ、俺は益々調子に乗り大人になつても、この落書き癖は無くならない。大人になつた或る日、無心に壁に落書きをしていたら、後ろから大きな雷が落ちた。
「いいかげんにせい!幾つになっても子供みてーに!。少しは大人になれ・・・・!」
 後年、俺に絵を描く興味を持たせてくれたきっかけは、あのひばり幼稚園の無心の画伯の絵と無条件のおだ煽てだったのかもしれない・・・・・・・・・・。
思い出の中に余りにも優しい,あのおばあちゃんの事が聞きたくて、「母ちゃん、ばあちゃんは、慈母観音様の様な人だったね、あんなに優しい人に出逢ったのは、後にも先にもおばあちゃん一人の様な気がするよー、」と思い出に浸っていると、
母は、『どこの家でも孫は、可愛いいも
んだよ、良のようないたずら小僧でも目に入れても痛くないくらい,可愛かったのかもね。」と笑っていた。
しかし、母は子供の頃の家の事情や、何人もの子供に先だたれた事、そして、言うに言われぬ、大きな悲しみと、経済的な苦労を話し聞かせた。
そんな幾つもの試練を越えながらも,無欲で無心の心で施しを忘れず、人を包み込む優しく暖かな笑顔は、今でも私の最高の思い出として小さな心の奥深くにある小箱の中に仕舞い込んである。
 茶柱が立った度、ふとおばあちゃんと遠いあの寒風吹きすさぶバラックの小さな幼稚園を懐かしく走馬灯の様に思い出すことがある。

✍甲賀病院にて
     平成十八年七月三日      

  















静岡市の西の果て駿河の国の長田の方言 (その一) 

February 21 [Wed], 2007, 19:35
方言 標準語(カラー) 言い回し
あばらう 独り占め あばらわないで、皆にも別けて上げな  
あたーける あばれる  気に入らないからち言ってあたーけないでよ。
あち わたし あちの下駄(幼児言葉)だよ
あつっくるしい・あちい 暑い様 あつっくるしいんでまどをあけろよ・あちいんて団扇をもってこい
あいよー あーら あいよーみょーおらしらにゃーよ。
あんもー お餅 あんもーがつけたぞ
いかずによ いこうよ みんなで芝居を見にいかずによ
いかっかー 行こうか 今日は山へ蝉捕りにいかっかー
いみり ひび 茶碗にいみりがはいつてるなー
いのかす いごかす車をいのかす
いらひじい ひもじいあんまり、いらひじく物を欲しがるんじゃーねーよ
うざましい ものすごい 浜にはうざましい波がうちよせてるぞー
うっちゃらかす ほっておく うっちゃらかしに育てたので世間も知らず困ったもんだ。
うっちやらかす ほおっておく えーやどうせ、燃やすんでその辺にうっちゃらかして置けよ
うっちゃる すてる そこの塵をうっちゃってきて。
うめーなー おいしい 隣のカレーはうめーなー。
うらっぽ 先のほう この松飾りは竹のうらっぽに附けておけよ。
えーかん かなりたくさん 昨晩は雨がえーかんふつたなー。
おうじゃん くまぜみ 今日おうじやんをたーんととったぞー。
おうつり 返礼 なにもおうつりがなくてごめんね
おおきに ありがとう 「そこの塵をうっちゃってきたによ」「おおきによ」、 
おだいや金持ち,財産家 あのうちはおだいやだねー。
ぞい 悪い おまっち、自転車はおぞいなー。
おだっくいお調子者  アイツは、本当におだっくいだよ。
おっしー 味噌汁今日のおっしーの具はなんだね?

腕白 第五話 懐かしの、とらおじさん 

March 03 [Sat], 2007, 15:45
  腕白 第五話
  懐かしの、とら小父さん
「良!待て!」
隣のとら小父さんが俺を呼び止めた。

<<太>大>俺はまくらかいて(大急ぎで)家に飛び込んだ。
小父さんは道端に何時もかんかん照りの真夏の日差しでタライの水を温めているのだ。
今日の天気は良好、タライの湯かげんも宜しい様だ。

しかし俺もキー子(とら小父さんの子)も捕まれば最後、身ぐるみを剥がされ里芋を洗う様にシャボンでゴシゴシしごき丸洗いされるのが常だった。(<大<太>>本当に綺麗好きな小父さんだった)
痛てーよー、もっとそーっとやって!と悲鳴を上げてもお構いなし、耳や目にシャボンが入っても、ひたすらゴシゴシ、じゃぶ、じゃぶ、
「男のくせに弱虫め!後ろを向け!」背中もごしごし,尻(けつ)も、ごしごし、又も、ごしごし、「小父さん、もう止めて」と悲鳴をあげても、
「キー子を見ろ、来年は二人して学校だぞ、そんな汚(きた)ねーなり(格好)じゃー先生が学校へ入れてくんねーぞ!」と小言タラタラ、俺もキー子もシャボンだらけ、お天道(おてんとう)さんでぬくとまつた湯は、心地良いぬくとさで洗い流されて二人はせいせい(さっぱりと)してニコニコ顔になった。
<大<太>>小父さんは何時も三番醤油で煮しめた様な手拭いを腰にぶら下げ、道行く子供達が青(あお)洟(ばな)を垂らしていれば、手当たりしだい捕まえては拭(ぬぐ)いまくるのであった。
小父さんの拭い方の痛―え事、痛―え事、
「良!力一杯(ぺえ)鼻をふ〜〜んとやれ、それまー一回、(もう一度)耳はツーンと、鼻汁は思い様拭き取られ、今でもあの痛さは忘れられない。俺は小父さんを見るなり、アワー食って(大急ぎで)小路に隠れるのが常だった。遊びに行く時も小父さんの姿をみとどけて・・注意ぶかく・・抜き足、差し足。そーーーーっと、そーっと、・・静かに・しずかに・・・
ここ暫(しば)らく鰹漁の休暇で家にいるそうだ。(くわばら、くわばら)
俺の家も、キー子の家も戦後のバラック、子供達は両家の窓を開け窓が玄関のようなもの両家の間は一尺(三十センチ位で子供でも簡単にまたげた。)
「京子、静子、良、まんまー(めし)食ったか?」
「まだだよー」(我が家は父ちゃんも母ちゃんも仕事で留守がち、今晩もご馳走になるか)
俺達はキー子の家の窓から盗人猫の様に侵入小父さんは何も言わず、チビリ、チビリ、と晩酌をしていた。
きー子もとみ子も三人の珍入者を大歓迎、おしも小母さんが
「どっさり(沢山)食ってけよ」と箸と茶碗を差し出した。
我が家も、隣も無い大所帯の様な家、子供達にとっては窓がローカか玄関の様なもの、雨の日などはどちらかの家でのままごと遊び、遊びが飽きれば総て散らかし放題で窓越しに隣へ移動、馬小屋のように、家の中はやんごろさーだ(だらしなく汚い様)
おしも小母さんは小言タラタラ、
「片ずけも出来ねーなら家の中で遊ぶな!」と怒鳴りながら後に回っては、かたずけをしていた。遊びの合間、些細な事から口喧嘩が始まるのも常だった。
口喧嘩がエスカレート、果てには、箒、ルッパライ(はたき)を持ち出し、両家の窓からの激しい攻防は女だてらに凄いものがあつた。激戦と化していた、隣の窓に俺は勇ましく突入・・・・・・・。
しかし二人は、枕での袋たたきの攻撃に出た、前線の戦も空しく我が基地に戻ろうと窓枠に足が掛かったその時、とみ子に足を引っ張られあえなく両家の谷間に墜落・・・・・・。『いてー、いてーよー』又々俺の泣き虫が始まった。
きー子と、とみ子は、泣いている俺めがけて『弱虫〜毛虫〜叩いて捨てろ〜!』と大声ではやし立てた。俺はその囃子に合わせるように益々泣きじやぐった。
『威張りの早泣きワーイワイ、青洟垂らしのばかっちょーー』(馬鹿な奴)・・・・・
しかし我が頭上では激戦が続いていた。
おしも小母さんが
「女に負けちゃー男がすたるぞー!」
『早くへーって来て(入って)ぶっ飛ばしてやれ』と檄(げき)を飛ばし応援してくれたが、一旦泣き始めたら止まらない俺だった。
遊びも喧嘩も風呂も皆わが子の様に分け隔てのない、今は亡きおしも小母さんやトラ小父さんが懐かしい、本当に大らかで楽しかった幼年期☀☀☀☆☆☆・・・・・・・・・・


腕白 第六話 お風呂が怖い 

March 03 [Sat], 2007, 15:58
    腕白 第六話
   お風呂が怖い<大<太>>「キー子窓をあけてー」
「良、待って」
土砂降りの雨の中を、窓枠を超えてキー子の家に飛び込んだ途端、褌(ふんどし)一丁の小父さんが
「ちょうどええとこへきたなあ、今、しいふろ(おふろ)が沸いたから一諸に入(へ)えるか」と誘ってくれた。何時もの綺麗好きがはじまったのだ・・・・・
「だって、こんな大雨に?」「雨の露天風呂は風流でなかなか気持ちのええもんだど」(何時も風呂が外に有るから)と言いながら、バタバタ嫌がる俺を素っ裸にし、有無も言わせず無造作に、横抱えにしてお風呂にドボン。
しかし、そこには素晴らしい仕掛けがあった。
枇杷のたわわに実った六月の梅雨時、枇杷の枝に番傘が吊るして有ったのだ、油臭い番傘に雨音がピチピチと跳ね、枇杷の葉陰から、しず、しずと、冷たい雫が顔や頬を撫で、首から下のぬくとさ・・・(気持ちえーーーーなーーー)この風呂には幾多の思い出が有る、満天の星空、天の川を仰ぎながらの七夕風呂、木枯らしが吹きすさび風花の舞い散る寒―い晩の風呂、端午の節句の菖蒲風呂、冬至の柚子風呂、真夏の水風呂、子供だけの遊び風呂(当時は順番に風呂を沸かし、もらい風呂が常であつた。)二度と帰らぬ思い出の懐かしいあの時間・・。
ああ、そうそう、後年お風呂の怖―いお話を思い出した・・・・
本家の家に嫁っ子がきた。本家の伯母さんは石部でも有名な世辞者で村一番のくれ好きで、とっても優しい伯母さんだ。
戦後の物資の無い時代、道行く人々に干してあるしらすや小魚、鰹のはらも、など、惜し気も無く、お裾分けをしては、皆に喜ばれていた。
そんな本家に嫁が来たのだから上へ下への大騒ぎ、優しい伯母さんは、嫁っ子に、心からの大サービスだ!本家の家は鰹の製造場が、だだっ広く隙間風が入り込む寒ーい所に風呂があるのだ。
いつも仕事が終わり、仕舞い風呂に入るのが常だった嫁に、
「恵美子、今日はご苦労さん、疲れただろう、ゆっくり入(へえ)るさ、湯加減はどうだね?」と優しくたずねた。
「お母さん、いい湯加減だよ」
此処は寒い(さみい)から、遠慮はいらねーよ。
と言いながら,もや(薪)をくべ始めた。
「お母さん、とっても、湯加減がいいから、お休みになって」
「なーに、遠虜ははいらねーよ」
「ここは寒い(さみー)からなー」と再び同じ事を繰り返した。
湯は、ジンジンと熱くなっていく一方だ。
「お母さん本当にもう結構です」しかし
「こんな寒い(さみー)ところじゃー直ぐ湯冷めしちゃうに」と言いながら益々くべはじめた。
刺す様な暑さの中、いたたまれず、出るに出られず(囲いが無い為、恥ずかしくて)
「お母さんもう結構」と熱湯の中、身動きも出来ず汗をダラダラ流しながら哀願するように・・・・・・、
やっと、この暑さから解放されたその、翌朝
嫁が顔を赤らめ、思いつめた様に俺の家に来た。
「どうしたの?」
「新婚生活はどう?」
とニコニコ尋ねた。
恵美ちゃんは深刻な顔で
「お風呂が怖いの・・・・・」
「アラ、水仕事での冷えた体には風呂がなによりのご馳走でしょう」
「それがどうした訳で?」
「毎晩毎晩、お母さんが、私を茹蛸、にでもするように優しく大サービスしてくれるの」
「いくら、いい湯だから、いい湯だから、」と言っても
「遠慮はいらねー、遠慮はいらねーと、どんどん、くべるので、熱くても出られず、毎晩石川五右衛門の気持ち、本当に風呂が怖いの・・・・」{「お姉さん、何とか、私の気持ちを、お母さんを傷つけないように伝えてくれないかねー」
母は、笑いながら最初が肝心、遠慮なんか要らないよ、もう本家の家族だから、はっきりとお母さんにいいなよ」と笑っていた
「風呂を怖がる嫁かー」と笑いながら
「姉さんのしそうなこんだよ」
「親切も程々にしないと」と何時までも笑っていた。
お風呂を怖がる嫁、風邪をひかせてわすまないと気を使う姑、この話は、何時までも本家の語り草になった。

  平成十九年一月十五日

  

腕白 第七話 トラに、虎刈にされたー! 

March 03 [Sat], 2007, 19:30
   腕白 第七話
 ✄ とらに、虎刈にされたの巻 ✄✂✄   
「良!おまえ、その頭は何だ!」
「おこんじさんの様だぞ!」(乞食)とトラちゃんがバリカンを片手に追いかけて来た。
これは大変、捕まるもんか、と慌てて玄関に走り寄った。俺は必死で戸を開けようとしたが、、建てつけの悪いバラックの玄関は開かない・・・どうしよー・・・。
その瞬間トラちゃんは俺のか細い腕を捕らえ可愛い獲物を捕らえた嬉しさに
「お前のカンカン(頭)を綺麗にしてやるからな」と喜んでいる様だ。
俺は叫んだ「いやだーいやだー俺、小父さんになるのはいやだー」
「俺になるのがいや?・・・何のことだ!」
「トラに成るのはいやだようー」
「この餓鬼め!減らず口ばかり叩きゃーがって」と笑っていた
「だって、小父さんのバリカンは毛を引き抜く様に痛てーもん」
「男は我慢、我慢の出来ぬ男は閻魔さんが、ちんぽこを引き抜くぞー」
「閻魔さんは嘘付くと舌を抜くが、ちんぽこはぬかねーよ」
「馬鹿!弱虫の男の子は抜かれるんだ」
「ふーん、じゃー、キー子は抜かれたのか?」
「どうして?」
「だってキー子には無(ね)えじゃん、キー子男みてえに強(つえー)じゃん」
「じゃーそのうち生(へー)てくらー」
とらちゃんは苦笑(にがわらい)をしながら俺の頭の毛をむしる様に刈り始めた。
俺は涙を流しながら、痛さに耐え頭を坊主にしてもらった。小父さんの名前の様に。
俺の頭は見事(みごと)なトラ刈りと成っていた。
「小父さん、ありがとう・・・。」
おとら小父さんは、いつも坊主頭、下駄をカラコロ、カラコロさせながら、家の中、風呂桶、外周り、道端どこも、かしこも清掃しまくっていた。
まるで、小父さんは掃除機か洗濯機の様な人だ!
小父さんの歩いた後は、ペンペン草も生えぬ程、総てが綺麗に掃き清められて、清潔で気持ちの良い風が吹き抜けていく、そんな人であつた。
六十路を越えた今、あの大らかで、楽しかった幼少期、今は亡き、小父さんや小母さん達と、縁側で茶を飲みながら昔語りをしたいものだ。  平成十九年二月二〇日







腕白 第八話 あれ!色がないぞ! 

March 04 [Sun], 2007, 18:46
   腕白 第八話
    あれ!色がないぞ!
「良、止めにしたぞ」
「父ちゃん、何を・・・」
「お前,その体じゃー、ランドセル背負って(しょ)学校は無理だぞ」
「だってー、きー子と約束したもん、一緒に行こうって、姉ちゃんも一緒だから、いいだろう」
母ちゃんも「良、父ちゃんの言う事を聞きな」
「もっと、ご飯をたんと(沢山)食べて来年は、もっと大きくなってから、行くさ。」
「そしたら、あんたの好きな茂ちゃんと一緒に行けるでしょう」
俺の幼少期、唯一人の男友達は茂ちゃんだけ、何時も茂ちゃんと遊んでいた、何処へいくのも、茂ちゃんと一緒、まるで双子の様に。
母は納得の口実に茂ちゃんを持ち出したのだ。
俺は渋々、一年落第をした。余禄の生、発育不良、一年落第、何とスローモーな人生への出発であろう。(焦らない、焦らない)のんびりと過ごした一年・・・・
冬も過ぎ、やがて春も芽吹き桜の花も満開になる頃、今日は憧れの学校へいけるのだ。初めて歩く学校迄の街道、心浮き浮きキョロキョロ興味深く 四方八方眺めながら歩(あゆ)みを進めた。
葦の生えている湿原を横手に見ながら桜道を越え、丸二石油、小坂川の水門、竹屋、を越え見渡す限りの梨畑の遥か彼方に学校が見えた当時は丸二石油から学校迄は砂利道で一軒の家も無かった。石部から学校迄は小さな俺の足では一時間程掛かった。
隣の茂ちゃんと母ちゃん達に連られ(つれ)て憧れの校門を潜った(くぐ)。
校庭の真ん中におおきな二本の楠木が茂っていたのが印象的にいまでも不思議と懐かしい。・・・・・・・・・今日は入学手続と、身体、知能検査の日だ。

全ての検査が終わりに近ずく頃、知能検査が始まった、今でも、忘れられないあの口惜しい思い出が鮮烈に脳裏をかすめる事がある。
うら若い女先生が、にこやかに、どんな形か先生に教えてちょうだいと、手元に色いろの形の厚紙を持っていた。
「はいこれは○?」「まるです」
「これは?△」「さんかく」
「これは□?」「しかくです」
「それでは◆?」「ひし形です」
「はい元気に、良く出来ました」 
それでは、こんどは何色かを教えて頂だい、
先生が優しく微笑んだ。
これは、俺の一番得意だと、心で勇んでいた。
まずんに塗られた色を見せた・
「赤です」
次はに塗られた色をみせた。
「草色です」
「はい、良く出来ました」
「それでは に塗られたこの色は? 」
「水色です。」  次つぎと
  黄色、黒、・・・・
総ては楽々と答えていた。
最後に出したカードを見て、俺は思わず、唸(うな)ってしまった。・・・・・・
「これは何色でしようね ?」・・・・・
色が無い、何も色がない!どうしょう!答えられない!
先生は微笑みながら聞いた。
「何色かな?」
「何も無い色」
「何も無い色ってどんな色?」
「だから、色が付いていないから、何にも無い色!」
母ちゃんは,戸惑いながら、よーく見てごらん、とささやいた。
俺は答えに窮して蚊の鳴くような声で自信無く、「何も無い色」と答えた
俺にとっては有彩色の色ばかりが、色と思っていたのだ。
確かに白だ、白も色だったのだ、俺は色のついていない色、何も無い色をこの時から意識し始めた。後年、光のスペクトルで虹の原理を学んだ時、光の三原色(赤・黄・青) の混色が白と結び付いた、とっさにこの何も無い色が、ハタと思い出された。
帰りの道々、母ちゃんは
「お前は白い色をしらなかったの?」
と愚かな質問をしてきた。
「だって、皆、色が有るのに白には何も色が無いじゃん、俺どうして答えて言いか判らなくなっちゃったもん。」と
顔を蒼白から赤い色に変えていた。
入学する数ヶ月前より、学校生活をやっていけるか心配の父ちゃんは俺に色々の説教をし始めた
「良!女の涙は可愛いが、男のメソメソは見苦しいからな、悔しいことがあつても、メソメソ泣くんじゃーねーぞ!」
「泣きたければ人の居ね―所(とこ)で泣け、父ちゃんは泣き虫は嫌(きれー)ーだからな!」
「お前は小(ちい)せーから喧嘩には負けるかもしんねーが、お前の知恵で悔しい気持ちは忘れるでねーぞ、その悔しさをバネにして広い心となにくそのガンバリもてよ」
「学校じゃー自分の事は自分でしか始末できねーから、自分で考えて、決して、母ちゃんを心配させるなよ。」
(明治産まれの父ちゃんが入学前の俺にハッパをかけた!)
今迄の俺が楽しみながらガムシャラに、悪戯心で思考し創造しながら生きて来られたのも苦労人の父と母のお蔭だ。
父も母も清貧の中に背中を見せながら寡黙の内に俺達を甘やかす事無く育ててくれたのだった。
一年生を一年遅らすことにも大変な決断がいたと思う。
俺が運動会や身体検査を恐ろしい程嫌ったのと同じ位、発育の遅れている我が子を心配していたのだ、今、あの頃を懐かしく思い出される。
人は一つや二つの劣等感を持って大きく育って行くものだ、子供達のいじめ、不登校、家での愛情に飢える子供達、しかし皆、人は良い子に産まれて来ているのだ、幼年期に両親の放任や甘やかしがこれらの子供達をひがみや妬み(ねた)の心を何時しか育んでしまっているのだ。一人一人が広い心と優しい愛で手を繋ぎ、産まれて来て良かったと思える、潤いのある優しい社会は家庭や学校、大人社会から作れたらと思う今日この頃。

平成十九年二月二十七日

腕白 九話 火事はおっかねー! 

March 04 [Sun], 2007, 18:57
腕白 第九話
火事はおっ かねえ―(怖い)

ヒューヒューと、も雁(がり)笛(ぶえ)の鳴る冬の真夜中、
ジャン、ジャン、ジャン、ジャンと半鐘が鳴り始めた。
父ちゃんに抱かれて暖かな蒲団の中で気持ちの良い眠りを貪っ(むさぼ)ていたその時
「やえ!擦り半だ!火事は近(ち)けーぞ」
父ちゃんが跳ね起きた、
西のガラス窓は赤い色紙を貼り付けた様に真っ赤っ赤だ。
「やえ!良と、静子、京子を起こせ!」
ねーちゃんも皆、眠い(ねむい)眼(まなこ)を擦り擦り、寝ぼけ顔で蒲団に座っていると、
「やえ!窓を開けろ!」
窓が開け放たれ、突然、寒風が三人の眠気を覚ました。
しかし余りの凄まじい美しさに眼はパッチリ、あんぐりと口を開け
「すげー!祇園の仕掛け花火よりすげーじゃん!」
俺は臍(へそ)嚢(のう)を切って以来、初めて火事と言うものを見た。
父は大声で!
「良、静子、京子、良(よ)―――く見ておけ、」
「お前等、火遊びをすりゃー、こんなおっかねー火の海が出来るからな!」
「よーーく見ておくんだぞ!」と怒鳴りながら外へ出て行った。      
今迄の美しい火の海が、何かおっかねー、真っ赤に怒った閻魔さんが大騒ぎをしている様に思え、体がガタガタ震えてきた。相変わらず擦り半は絶え間なく鳴り続け、燃え盛る炎は俺の心の中に只ならぬ怖さを植えつけていった。
火は大空一面、真っ赤に染め上げ、益々勢いを増し、火の粉が我が家の杉皮の屋根にも落ち、パチパチと燻し(いぶ)始めていた。
遠巻きに火事を観ていた大人達の中から、斎政のおまき小母さんが騒ぎ始めた。
『徳ちゃん!あんたの家の屋根が燻ぶり始めたよ!』しまった、父は必死で我が家の手漕ぎポンプを煽り(あお)始めた
近所の人達のバケツリレーで何とか消し止めた。
彼方から、火に照らされながら、慌てて走り寄る人影が見えた。
「家事はヤマリだぞー』
「エー!典子ちゃんの家(うち)じゃん!」
俺の大好きな典子ちゃん、フランス人形の様に目のパッチリとした可愛い典子ちゃんの家が燃えているのだ!。
典子ちゃんは今頃どうしているのかなー?、
おれは家事より彼女が心配になった。
入学以来、ランドセルを脱ぐが早いか典子ちゃんと町子ちゃんの家に入りびたっていた。
・ ・・・・・・・・・・・・
典子ちゃんは、今日は休み、俺は心配で心配でたまらず、ランドセルを背負ったまま典子ちゃんの家に駆けつけた。
真っ黒に焦げた柱からはポタポタと水しずくが落ち、所々には白い煙が立っていた。
何とも言えない、火(か)こ臭い、(焦げ臭い)異様な匂いが充満していた。
火事の残骸を見ながら昨晩の事が再び思い出された。
火事場の後かたずけの人達が真っ黒けで黙々と働いていた。
数日の後、典子ちゃんが学校に現われた。
俺はとても嬉しかった、典子ちゃんは無事だったのだ!。
火事がこんなにおっかねーもんだとは知らなかった・・・・もう火遊びは絶対しねーよ。


平成十九年二月二十八日
  
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