生物学的な面に焦点を当てて

August 03 [Sun], 2014, 8:30
「女らしさ」は、文化圏、地域、宗教の教派、歴史、時代、世代、家庭環境、個人の嗜好などの影響を受けつつ形成され、多様である。同一地域、同一文化圏であっても、時代とともに変化してゆくことは多く、ある人が思い描く「女らしさ」も、年齢や経験とともに変化してゆくことは多い。
例えば、日本では「男は度胸、女は愛嬌」というが、これは女性は愛嬌があるほうが女らしくて魅力的だ、つまり、女性というのは、愛想が良くあるべきだ、とか、笑顔を見せてひとに感じ良く振る舞うほうが女性としての魅力がある(そうあるべきだ)、という考え方である。
類型論とは、人をある基準によって分類することによって性格を捉える考え方のことである。分類された人々の中の典型的な性格を類型的性格という。性質を分類するための分類として代表的なものにはクレッチマーとユングの気質論がある。
美を独自美の感受が感性的なものに直接関わることから、美が善や真とは違う領域であることは、古代から意識されてきた。プラトンには詩があたえる見かけの快さと真のよさの区別についての議論がみられる(『国家』)。人間の理性的能力の分類はすでにアリストテレスによって行われているが(『ニコマコス倫理学』、そこでは真理を知る能力としての知、倫理的実践を行う能力としての思慮、ものを作り出す能力としての技術知が区別される(ただしここでは技術知はとくに美しいものだけに関わる能力ではなく、制作一般の能力である)。しかし古代には美が独自の領域であるという主張は積極的にはなされなかった。
美が固有の能力であるとする立場の確立は、感性に独自の尊厳を与える試みと並行している。アルフレッド・ボイムラーは17世紀を「感性の時代」と呼び、この時代の感覚論や趣味論に、後の美的自律性の把握の契機を見ている。
以下の分類以外にも「シェルドンの分類(クレッチマーと同じ分類)」、「ツルゲネフの分類(ユングと似た分類)」などがある。類型論は人を分類するという点で理解しやすい性格の捉え方であるが、中間のタイプが無視されやすい、一度ある類型に分類されると別の類型への移行が生じにくい、典型的な人物像に完全に合致する人が存在する可能性が低いなどの問題点もある。これらの問題点を解消するためには、特性論的な見方も併用することが望ましい。
偽薬効果(ぎやくこうか)、プラセボ効果(プラシーボ効果)とは、偽薬を処方しても、薬だと信じ込む事によって何らかの改善がみられる事を言う。この改善は自覚症状に留まらず、客観的に測定可能な状態の改善として現われる事もある。原病やその症状自体の改善というよりは、「を飲んでいる」事による精神的な安心感の方が目的となる事もあり、このような単なる安楽は通常偽薬効果には含まれないが、その区別が難しい事もある。
一概には言えないが、要素ごとに、文化的に醸成されたものである、とする見解や、生物学的差異に由来するもの、とする見解がある。例としては、前者を指摘する場合は、躾(しつけ)や社会環境(前述の文化・地域・宗教・歴史・家庭環境 等)による人格形成への影響などを指摘する見解がある。後者を指摘する場合は、ホルモンの違い、(その結果として生じる)脳の性差などで性格・性向が規定されている可能性を指摘する見解がある。文化人類学者などは文化的な面に比重を置いて言及し、生物学者などは生物学的な面に焦点を当てて他の面を見落としてしまうことが多い。いずれにせよ、全ての要素を一般化して説明することは困難である。
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