今日は、東日本大震災から1年ということでさまざまな追悼関連行事が行われた。
この世の終わり
1年前のあの日、この単語を思い浮かべる場面をテレビを通じて目にしていた。
福島第1原発の状態がますます悪くなり、水蒸気爆発を起こしたときにはもはや最後だと思った。
じゃあ、ばたばたと原発の爆発で死体が山になったかというとそうではない。
にわか専門家は10年後には答えがでると言うかもしれない。ええ、世紀末は約90年後なんで、そのときに答えがでればいいんだけどね。
この世の終わり
そういや、私がこの言葉を思い浮かべた事案はいくつかあったね。
1995年1月17日、阪神淡路大震災。
都市型大震災の状況を目の当たりにし、次は関東だ!と言われていてこの世も終わるんだなと思った。
1995年3月20日の地下鉄サリン事件。無差別テロが日本で起こるとは思いもよらなかった。
直後のオウム真理教教団施設への捜索などを目にして、ますますこの世の終わりを感じた。
1999年、この年は文字通りの世紀末で、世界各地で大きな地震もあり、2000年問題も話題になっていよいよ世紀末なのかと、この世も終わるのかなと思った。
2001年9月11日アメリカ同時多発テロがあったとき、日本も狙われたなと想像して、この日本も終わりになるなと思った。
2010年2月のチリ地震のとき、発生時から繰り返し放送されていた津波警報。この世の終わりとまでは感じなくて、たいした津波はないだろうと思っていた。確かに宮城県沖では港が水浸しになったり、牡蠣養殖のいかだが流されて甚大な被害が出ていたが、神奈川県沖などには大きな被害がなかった。到達時刻に沿岸の電車も止めて、道路も封鎖していたのに。
2011年3月9日に発生した宮城県沖の地震でも太平洋側に津波警報が出されたが、去年と同じ状況なんだろうと思い、大きな被害はなく、テレビのニュースで1年前の津波で養殖いかだが流され、やっとつくり直して設置したばかりのいかだがまたしても被害を受けたと報じていて、石巻の養殖業者の方がインタビューを受けていたのを見て、ああ、津波も60センチくらいのがきても力が強いんだねと思った。津波警報なんてたいしたことないんだねとも思った。
2011年3月11日。長い周期の揺れにはこの世も終わると思った。
津波が街を襲い掛かる映像を見たときも、原発の建屋が吹き飛んだときも、エリアメールがひっきりなしに鳴り響いたときも。
でも、この世は続いてる。おかげさまで。
続いている限り、やらにゃならんこともありますな。
簡単にこの世を終わらすわけにはいかんですよ!
しかし、家族・友人が亡くなられた方、避難生活を強いられてる方、育て上げた作物、家畜にその使命を全うさせることができない方、この世は終わったと感じているかもしれない。感じさせてはいけないのだけれど。
亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。