saritote 

September 26 [Tue], 2006, 21:44
だから、なんなのだ。そんなことはどうでもいいのだ。要は人を信じれるかいなかなのだ。そして現実を受け止めて対処することなのだ。結果を受け入れるだけなのだ。裏切られたとしてもそれは結果なのだ。君が落胆する理由はこれっぽっちもないのだ。
そういうことなのだ。君が信じたその決意はけ決して無駄ではないのだ。裏切ったものを裁く権利は発生しても、君が落ち込む理由など見当たりはしないのだ。

negative 

September 12 [Tue], 2006, 3:38
人生を一度は放棄しようと考えたことのある人間は少しは優しくなれるのかもしれない。いや、それは真っ赤な嘘だ。結局のところ、自分にはなにもできないことを知っているだけで、ただ傍観するしかない自分をなにも罪の意識を持たずにみつめることができるだけだ。蟻地獄に落ちる蟻を傍観するように。さもありなん。

偽りと虚無と無明の果てに 

September 11 [Mon], 2006, 23:33
魂(たましい)なんて中学のときにうっ払っちまったと思っていたけれど、たまに世の中の不条理を見せつけられて、無性に腹が立つ自分には、まだ欠片(かけら)が残っている証拠なのだろう。結局のところ、人は本音を隠して生きていて、その隠し方がうまいやつだけが、上に行くことができるのかもしれない。ようはポーカーゲームなのだ、人生は。もちろん、人によって最初から持ち駒が違うのは当たり前だし、機会均等、平等社会なんて、二十世紀の共産主義の崩壊を見るまでもなく、みんなが知っていることで、今更、それを知ったから憤りを感じているなんて嘯く(うそぶく)わけにもいかないが、じゃあ、いったいこの気持ちはどこから来るのだろう?人生において、所詮人間はどこまでいっても一人だし、その孤独を埋められるわけでもないが、そんな否定的な文章を書いた先から成功者には笑われるのだろうか、なにをいまさら自分が世の中の真理を発見して、自分がイエス・キリストに成り代わり、人間の贖罪を一身に背負って、ペシミズムに明け暮れているのかと。或いは、あぁ、可哀想に、お馬鹿さん。そんな正しい事いったってなんの徳にもなりゃしないのにと彼らは思っているのかもしれない。さもなくば、博愛主義から来る、人は元来信じられて、自分の心の隙間を埋めてくれる人とともに生きていければいいと考えるような人から気の毒に思われるのかもしれない。極悪人から見れば、自分なんてヒヨコであって、目指すべきは誰からも尊敬されているが、その裏、実際のところはすべてが自分の思うように動かせることができる本当の悪人をめざすべきなのだが。結局のところ、自分は悪人にもなりきれず、善人にもなりきれずに、その間を彷徨う一人の人間でしかないのに。桜井和寿はそのことを歌いつつも、人間は愛で繋がってると歌っている。しかしながら、自分はその愛をもう信じることはできない人間になってしまったのかもしれない。結局のところ、人間は打算的で、自分の愛する人のために命を捧げるなんてことはできずに、代わりに最愛の人を差し出すのであろう。それに異論を唱える人が多数いるのはわかっているし、実際にはそうでない人も多数いることは知っている。しかしながら、自分にはそれは受け容れ難いのだ。目の前の幸福に満足することもできず、かといって、すべてを犠牲にして上を目指す気概もすでにないのだ。量子井戸に閉じ込められて、発光過程を待つこともできず、ずるずると緩和過程を経て、準位を下げる電子のようにふらふらしている。さらに悪いことには、そのまま沈めばいいものを、たまに見られる、人生の崖から手を離して堕ちていくテロリストのように世界をひっくり返すことを本気で夢見ている。まったく手に負えない。人畜無害でもなく、鉛フリーでもない自分は、結局のところ、支離滅裂でどうしようもない。それが若者特有の現象だとか、若さだとか、大人はいうかもしれないが、それが有限実行となり、バスジャックや両親殺害に至ったとき、果たして大人はそんなことは言わない。かならず、尤もらしいらしいことを見つけてきて、世の中を納得させようとする。少なくともブラウン管の中の人間はそのように見える。でも多分本当はちがうのだろう。世の中の不条理を白日の下に晒したかっただけなのだ、彼らは。それが快感に感じるようにいつしかなってしまっただけなのだ。自分の知る限り、それが端的に現れたのは、池田付属小学校殺人事件である。世の中の権力におさえつけられて、その事実は闇に葬り去られてしまった。しかしながら、殺されてしまった子供たちが、殺されてしまえばいい大人になっからではもう遅いのだ。だからといって将来がある子供たちの命を奪っていいわけではないのだ。本当にどうしようもないのだ。Too young to be killed,but too old to be lived.殺すには早すぎるし、生かすには予断をゆるさないのだ。矛盾。簡単なことだ。男でいえば首を絞めながらsexするがごとく、女でいえば…(少し考えてみたが、自分が男であるからか思い浮かばなかった。たぶん自分が女に生まれ変わらないかぎりわからないのかも知れない。あるいは先に紹介した例え自体がまちがいかもしれない)。本当に死なれては困るし、締め方が緩いと快楽にはいたらないのだ。たいていの人はその途中で折り合いをつけるけれども、つけられない人は人を殺してしまう。あるいは、その人に恐怖を与え、その恐怖は行動となり自分が殺されてしまう。

無明 

April 01 [Sat], 2006, 0:50
自分とは何者であるのだろうか?

これまで幾多の哲学者が挑んできた問題であるが

その答えは無数にあり、またそのどれもが正解である。

そして、私もその答えを求める求道者であり続けるのかもしれない。

それでも世界は回る 

March 31 [Fri], 2006, 3:01
とりあえず、目が冴えて仕方がないので久々に書いてみる。

この4年間は関西の大学で過ごしてきて、無事に卒業できたわけだが、

これといって特にたいしたことはやってこなかった。

大学に入ったら会社を作ってみるとか、入る前はいろいろ言っていた訳だが。

言うは易し、行うは難し 

とはよく言ったものだが、

やはり、水は低きに流れるのか

そこらへんの学生となんら変わりはない。

あと2年の執行猶予の間にどれほどのことを成し遂げるのか

それは見物であるかもしれない。

初動1.0 

March 03 [Fri], 2006, 23:04
Web2.0と称されるインターネットの第2世代の発展段階にある昨今、いまだに自分のHPすら作っていない自分もそろそろ危機感が募ってきたのだろうか?

まっ、とりあえずはじめますよ、ブログ。

それだけ。

んじゃ、また。
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