小説

August 14 [Sat], 2010, 18:15
1、 揺れる電車

君はいつも同じ時間の電車に、いつもと同じ席に座り、いつものように本を読みながら、いつも通り降りる駅を待っている。いつもと同じように僕はその光景を見ながら君のすぐ前に座っている。たまに合う君との目線が、程好い緊張感を感じさせる。そんな事を君は気付いているのか、ふと疑問に思う。

 あなたは毎日私の前に座っている。寝る事も無く、本を読む事も無く、毎日そこに座っている。気づかれていないと思ってあなたの顔を何度か見るけど、目線はいつも合ってしまう。恥ずかしくてすぐに本に集中するけれどあなたがそこにいる空気を今も感じている。

 今着いたホームを見るとそこは二俣川駅だった。電車は快速だから横浜までもう少し距離がある。あと少しで今日のこの光景はエンディングという所まで来ていた。とは言っても、きっと明日も同じようにこの光景を見ているのだろう。
 ドアの方からは一人の中年サラリーマンが乗ってきた。今まで上司と飲んでいたのか足元はふらついていた。それでも何とか行き着いた女性の隣の席に勢い良く腰掛ける。勢い良すぎて席は何度か軋んでいた。顔を上げることもなく、肩を落としながら座っているその男性は電車の揺れに身を任せながらそこに座っていた。

 ちゃんと聞けば何を言っているのか理解できないけど、おそらく、まもなく横浜に着くというアナウンスが鳴っている。私は読んでいた本をバックにしまい、降りる用意をしていた。右を見ると、酔ったサラリーマンが私の肩を枕代わりにしてもたれかかっている。ここまで酔っていると、いっそホテルか漫画喫茶に泊まって明日会社に直行した方が楽なんじゃないかと思う。漫画喫茶にはシャワーも付いているし、一日程度なら快適に眠りにつく事もできるであろう。実際、私の同期もそうしている。むしろ、無理に家に帰って次の日に起きられなかったらそれこそリスキーだ。反面、どんなに酔っても一度もそのような行動をした事がない私であった。その事に気づいた私はこらえながらも少しの間肩を貸した。

 横浜に着いた。電車の揺れが納まる少し前に、僕はドアの前に立っていた。この時間帯は乗車している人は少なく、朝の満員電車と比べると自由に動ける居心地の良い空間に思える。そもそもいつも同じ時間帯に沢山の人が電車に乗ればあれだけ混むのは当たり前である。会社の福利厚生部門としては、仕事のしやすい空間作りとか老後の年金といった遠い終着駅を探しすぎである。どの様にすれば、朝から満員電車でストレスを感じさせないような出勤時間に出来るかと言ったもっと近い終着駅で身近に感じられるような検討をしてもらいたいものだ。
電車のドアが開くまでの少しの時間で、僕は僕なりの会社に対しての意見を考えていた。
 ふとドアの窓ガラスを見ると「あなた」が写っていた。黒髪で体の線は細く背丈は僕より少し小さい。その小柄な「あなた」は体を前後に揺らしている。電車の揺れとは違う。必死に体を前後に揺らしていた。後ろを見ると「あなた」は隣に座っていたサラリーマンに手首を捕まれていた。

 立とうとした瞬間に体は座っていた椅子に引き戻された。私は何が起こったかすぐにはわからなかったけれど、右手首に痛みを感じたのはわかった。慌てて右手を見ると、隣に座っていたあのサラリーマンが私の手首を掴んでいた。力いっぱいに握っていたから手先は血が止まり、真っ赤になっていた。無我夢中でその掴む手を振り払おうとしたけれど、その鎖を外す事はできない。なぜこんな事になっているのかも考える暇は無く、ただその鎖を外す事だけを考えていた。ようやく振り絞って出した声は、雀が鳴くようなとても小さく弱々しい声だった。それでも気づいた人はいないか周りを確認する。自分ではびっくりするくらい大きな声を出したつもりだったが声が小さいのか、あるいは、同じ車両に乗っている人が遠くにいるせいなのか気づいてもらう事は出来なかった。ふといつも私の前に座っている人を思い出した。後ろを見ると、「あなた」だけは私の叫びに気づいていてくれた。「あなた」は私の表情を見るとすぐに何が起きているのか理解したようで、慌ててこちらに駆け寄りサラリーマンに言った。

 「何をしているんですか!彼女が嫌がっているじゃないですか!手を離してください!」

 僕は何が起きているのかわからなかったが、「君」の表情を見て思わず叫んでいた。急いで駆け寄り、力いっぱい握られた腕を放そうとした。思った以上にそのサラリーマンの力は強くどうする事もできなかった。と思った瞬間、その鎖はまるで南京錠がはずれたかのように急に力を弱めた。そしてそのままサラリーマンは座っていた電車の椅子に倒れ込みイビキをかき寝始めたのだった。僕は傍らにいる怯えた「君」の腕を取り、開いたドアからホームに駆け出した。10メートルくらい走っただけだったのだが、二人とも肩で息をしていた。
「君」を見るとまだ体は震えているのが分かった。同時に、僕の足の震えも感じた。それでもなんとか興奮する気持ちを抑えながら「君」に大丈夫かと聞いた。「君」は下を向く顔をこちらに向け顔を縦に振る。それでも震えは止まってはいなかった。せめて改札を出る所まで一緒に行こうと思い、気を使い、周りを見ながら「君」に付き添う。「君」もそれに気づいたのか二人で歩き始めた。後ろを見ると、あのサラリーマンが駅員の人の肩を借りながら電車を降りていた。
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