心機一転 

2006年03月19日(日) 0時23分
昔からの友人に説教をした。
私ほどの人間が偉そうなことは言えないんだけれど、
それでも、言ってあげなければと思った。

もう社会に出ようとしている人が、何やってるの?と。
立派である必要はないけれど、まともではなければいけない。
そんなバカなことやっていて、この先やっていけるの?
下らないことは学生のうちで終わりにしないと。

私が真剣に話しているのにヘラヘラしていて、
「まぁ、何とかなるでしょ〜」といつもの決まった文句で終わろうとする。
それにいつも腹が立って仕方ないんだけど、
ぐっとこらえて、そうだね、と返している。
所詮、私が何を言ったって無駄なことはわかっている。
正しいのは誰かだなんてわからないし。

多分、彼女自身、自分がバカなことをしているなと気づいているんだ。
だから私が指摘したら、ムキになって怒るんだ。
私だって図星のことを言い当てられたら、怒るもの。
でも、私は気づいて抜け出せたけど、
彼女はまだ、抜け出せるところまでは来ていない。
それどころかどんどん深みにはまって行っている。

大事な親友だからこそ、助けてあげたいんだよ。
抜け出す時は苦しかったけど、今こんなにすがすがしいから、
大丈夫だよ、と言ってあげられるから。

見守ってますよ 

2006年02月13日(月) 0時32分
その人のために、私は何ができるのか?

そう考え始めると、結局は「何もしないでいる」ということに辿り着く。

しんどそうにしていたり、何かに悩んでいたり、
もしくは、苦しみながら頑張っていたりする姿を見たとき。
少しでも癒してあげられたら、と思う。
でもだからと言って、息抜きしに行こうよ、と言えない。
その言葉が良い結果を生むか、悪い結果を生むか、紙一重だから。
真剣に何かに取り組んでいる時にそんな言葉を言われても、邪魔なだけ。

だから、私は黙って見守ることにしている。

いつかその人が私を頼ってくれた時に、
十分に癒しを与えてあげられるように準備している。

ステキなひと 

2006年02月07日(火) 0時06分
たかだか20年そこいらしか生きてない私が偉そうに言うけれど、
いい生き方をしているなぁと尊敬している人がいる。

行動の一つ一つがスタイリッシュで(この言葉がもうダサいのだが)
物腰が柔らか。
何でもマシュマロピローのようにぼよんと受け止めてくれる感じ。
この人は、恨むとか憎むとか、そういう感情って抱かないんじゃないか?と、
そんなことを思わせるくらい、穏やかな人だ。

ただのんびりとしていて、ぼーっとしている“穏やかさ”ではない。
ユーモラスな面も持っているし、
時々見え隠れする情熱もある。
こういう人をオトナと言うんだろうな、と思う。
本当に素敵だ。

私はこういう人になりたい。
些細なことには動じず、人前で取り乱したりしないような。
実は内で激しく何かに憤っていたとしても、
決してそれを表には出さないでいられるような。
そして、器の大きい人間に。
大切に想う人たちの色々なことを、
優しく受け止めてあげられるくらいになりたい。

らしい 

2006年01月31日(火) 23時55分
藍坊主の“僕らしさ君らしさ”という曲がとても気に入った。

なんでこんな性格なんだろう
なんでこんな外見なんだろう
なんで君を笑わすことができない
なんで君を振り向かすことができない
なんでこんな今の僕がいる
なんでこんな今ここがある
なんでこんな考えてみたら
なんでこんなに自信がわいてきた
これがちょうどいいんだよと
僕にちょうどいいんだよと
今が教えてくれた
僕は僕なんだよと


人が自分をどう思っているのか、
たぶん私は人一倍それを気にして生きている。
とにかくどんな小さな傷でさえ怖くて、
本当はかなりの小心者なのに、
それを隠すために大きくあろうとする。
指摘されるのが怖いから、先に自分を卑下しておいて自己防衛したり。

君が持つ愛嬌も
君が持つ純情も
君が持つ魅力すべて
君が持つからかっこいい
僕に似合う悲しみも
僕に似合う苦しみも
僕に似合うたくさんの
難題たちに向かう
その向こう側
「らしさ」の素晴らしさ
育った場所生まれた日
声の特徴笑い方
出会った人出会う人
体や顔の形
今の現状向かう夢
得意な事下手な事
血液型悪いクセ
好きな人のタイプ
すべて自分は自分にちょうどいい


でもそんな、しょうもない自分が好き。
くだらないことで思い悩んでいる自分が大好き。
肝心なところで何も言えない小さな自分も、
ツメが甘くて結局うまくいかない自分も、
どうでもいいことでムキになる自分も、大好きだ。

ごはんのとも 

2006年01月30日(月) 1時50分
二人でいるのに、お互いが別々のことをしている状況がけっこう好き。

例えば片方は本を読んでいる、もう一方はテレビを見ている。
そして時々「それ、おもしろい?」なんて聞いてみたり。
「うん。まあねー」なんて、そんな時の返答は大概そっけなかったりして。
そういう状況でも息苦しさや気まずさを感じないでいられる人はいい。

もちろん、一緒にいてひっきりなしに会話をすることも好き。
相手によりけりなのだ。
無理して合わせているわけじゃなくて、人によって楽な接し方がある。
この人とは、話しているのが楽しい。
この人とは、のんびりぼーっとしているのが落ち着く。

ただ、ごはんを食べる時に限っては、私は非常に無理をしていることが多い。
本当は、黙々と食べるタイプなのだけれど、
やっぱり友達なんかと食事をする時に黙ってしまうのはまずい。
だから、「おいしいね〜」などと会話をしている。
お茶をしながらや、お酒を飲みながらの会話は何の苦もなくできる。むしろ大好き。
でも“ごはん”は無理。
そもそも、よっぽど気を許した人でないと一緒にごはんが食べられない。

本当においしいと思うものを口にした時、言葉が出ますか?
私は出ない。
おいしい・・・!と心の中でじんわり思いが広がっていく。
まずいものを食べた時は、びっくりするくらいに言葉がポンポン出てくる。

私は、一日に最高で3食しかないごはんだから、
その一つ一つ、さらには一口一口をすごく大切にしている。
食べたいと思うときに、食べたいものを。
ああ今日もおいしいごはんが食べられたなぁと思えるように。
ものすごく高級なレストランのコースも、コンビニのおにぎりも、差はない。
その時一番食べたいものが、最高のごはんである。
だから、初めて行ったレストランで注文を失敗してしまった時以外は、
目の前にあるものは“今欲しい、おいしいもの”であって、
おいしいものを食べた時は言葉が出ない私だから、
必然的に(?)黙って食べることになる。

明日もおいしいごはんが食べられますように。

無意識 

2006年01月22日(日) 1時56分
・・・しでかしてしまった!

誕生日でも何でもないのに、
好きな人が欲しい欲しいと言っていたものを買ってしまった。
気が付いたら注文していて、
気が付いたら送金していた。

・・・だって、安かったんだもん・・・(言い訳)

もう一度言うけれど、誕生日でも何でもない。
何のイベントもない。
そんな時にプレゼントなんてしてしまったら、
相手に負担をかけてしまうだけ。
でも、私には不要なものだから、渡さないわけにはいかない。
安いと言っても、ヒョイと買えるような値段じゃない。
簡単に「ハイあげる」とあげられないものだ。

どうしよう・・・

“商品を発送しました”
というメールを見た日の夜、眠れなかった。
どうやって渡したら自然だろうかと。
負担に思わせないだろうかと。

「友達がくれたんだけど、私は要らないから」
・・・要らないものをあげるなんて、それに人の物だしさらに失礼?

「いつもお世話になってるから。」
・・・お中元やお歳暮じゃないんだから。

「安かったから、気にしないで!」
・・・イヤなタイプのお金持ちだとか思われそう。

しかも、しかも、何とも情けないことに、
ラッピングまで注文している始末。
プレゼント感まる出し。
これはもう、あげるしかないのか・・・

ああ〜・・・

せかせか 

2006年01月20日(金) 1時35分
慌しく毎日が過ぎて行く。

やることが本当に沢山で、手がいっぱい。
・・・のわりに、雑談で盛り上がってしまったりするけど。
それだって、立派な“やること”の一つだ。

「疲れたー」とよく口にするけれど、
そんな時は大概、全然疲れていない。
むしろ何も言わない時の方がよっぽど疲れている。危険。
もともと体や頭を使うことは好きだから、疲れ知らずでいられる。
ちょっと楽しくなってきたりする。

でもさすがに、ストレスは溜まっていくようで。
体はまだまだやれるんだけど、気持ちがついていかなくなるときがある。
そんな時に癒してもらう人がいる。
一緒にいさせてもらうとすごく安心できる。
何気ない会話がすごく楽しい。
緊張しないし、「何か言わなきゃ」というプレッシャーもなく、
ただのんびりと、ぽつぽつ話すだけ。それが楽。


整理整頓 

2006年01月07日(土) 23時01分
たまった手紙類の整理をした。

一番多かったのは、家庭教師や塾で教えた生徒たちからの手紙。
次に多かったのは誕生日にもらった手紙。

これだけ携帯電話が普及している時代での手紙には、
特別な意味をたくさんこめることができる、と思う。
わざわざ手で書くという行為そのものに意味があるし、字の感じにも。
リアルタイムに連絡をとりたい時には不向きだけれど、
時々は手紙もいいものだ。

私と母は今までずっと一緒に暮しているが、
大学入学後半年間だけ、香川と滋賀で離れて生活していた。
初めのうちはほぼ毎日電話していた。
“お母さんのいない生活”に慣れることなんてできず、
毎朝、目が覚めたら滋賀の自宅だったらいいのに、などと考えていた。

その期間に、一度だけ母から手紙をもらった。
滋賀に置いてきたバッグを送ってもらった時に同封されていた手紙。
内容は別にたいしたことはなく、

「片付けをしていたらバッグを見つけたので送ります。
 大学生らしい生活をしてください。」

という、2・3行のちょっとした手紙だが、
これを見るたびに泣きそうになってしまう。
離れて暮したことがないから、手紙をやりとりすることもなかった。
いざ離れたら、手紙なんかじゃ物足りなさすぎるので電話を使った。
だから、その手紙が唯一の手紙である。
母と私が離れていたことを証明する唯一のもの。
なんだか貴重で、どうしても捨てられない。
見たらつらくなるだけなのに、捨てられない。

思い出とは、そんなものなのだろうか。

理想と現実 

2006年01月05日(木) 1時47分
よく考えてみると、理想のタイプの元となっているのは父だったりする。

と言っても私は絶対にファザコンではない。
私たち父娘ほどクールな関係はないだろう。

unwritten 

2006年01月04日(水) 23時55分
Natasha Bedingfieldの“unwritten”という歌が良いと思った。
そこで歌詞を自動翻訳にかけてみた。

『成文化されなかった』

あなたの皮膚の上で雨を感じてください。
他の誰もはあなたのためにそれを感じないことができません。
あなただけがそれを入れることができます。
他の誰も、他の誰も
あなたの唇で合図することができます。
単語による自分で言外の水浸し
兵器が開け放たれる生活を送ってください。
今日あなたの本が始まるところです。
残りはまだ成文化されていません。


台無し。
しかも何かヤラシイ。
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