近況 

2006年11月19日(日) 23時52分
久々の更新になってしまいました。
最近のおじいちゃんは、ちょっと微熱がありますがとても安定しています。

今おじいちゃんが入院している病院は、救急の患者さんが入る所で
長期入院が出来ない所なので、リハビリが出来る病院をいくつか
紹介してもらいました。

おじいちゃんは胃にチューブを入れているので、入れる病院が
限られるのだそうです。

近所にいくつかリハビリ病院があって、毎日通う事を考えてそこに
転院できればと思っていましたが、おじいちゃんの状態では
受け入れてもらえない事が判明しました。

う〜〜ん。残念。


紹介された病院は、電車で40分程の場所。

休日に両親とおばあちゃんが見学に行くと、まるでホテルみたいな病院。
設備もリハビリ専門だけあって、今の病院よりもしっかりしているし
リハビリの先生もたくさんいて、その他に内科医・歯科医・・とビックリするほど
たくさんのお医者さんが揃っていました。

もう文句なし。

早速、その病院に決めて申請を出しました。

もう少し状態が安定したら、その病院に転院できることになりました。





手術 

2006年11月07日(火) 18時01分
11月2日に胃に穴を開け、食事を入れるチューブをつなげる
手術をしました。

週末に容態が急変した事もあり、かなり心配していましたが
あっと言う間に手術も終わり、おじいちゃんはケロッとしてました。

痛みがあるか聞くと首を横にふり、余裕たっぷり。

ところが看護士さんが「痛みはありますか?」と聞くと
首を縦にふり、一体どっちが本当なのやら・・。

容態も今のところ安定していて、顔色もとてもよくなっているので
少し安心しました。発作さえ起こらなければ大丈夫。

昨日から通常通りリハビリも再開されました。

看護士さん曰く「麻痺している左手にだいぶ筋肉がついてきた。」そうで
だらーんとしてた左手も自分の意思で、少しだけ持ち上げられるようになった
そうです。


希望が見えてきました。

命の心配はないんじゃなかったの? 

2006年10月31日(火) 11時14分
日曜日の急変の事で、主治医から話がありました。

『今後いつまた同じような発作が起きるのかわからない』
そうです。

先日は家族がいる前で起こったので、スグに対応できたけど、
家族が帰った後、看護士が見てないところで発作が起きたら
助からない可能性が高いそうです。


『もしかの時に、延命治療するのかそのままにして自然死とするのか
家族で決めておいて欲しい』と言われたそうです。


命の心配はもうない。

峠は越えた。

ハズだったのに・・・。


奇跡的な回復だと家族の誰もが思い、喜んでいたのに。


おじいちゃんは絶対に、また家に帰ってくる。
私はそう信じています。

急変 

2006年10月29日(日) 22時51分
おじいちゃんの状態はどんどんよくなり、鼻からチューブで入れる
食事の量も一気に増やされ、日中はリハビリ室でみっちり2時間は
リハビリをして過ごすようになりました。

少しづついい方向に進んでいると家族の誰もが思っていました。


今日は朝から私の両親とおばあちゃんが病院へ行き、
おじいちゃんの傍にいました。


昼に食事の液体が鼻から入れられました。


この一週間毎日見てきた当たり前の光景。


しかし、今日のおじいちゃんはいつもと様子が違いました。

何度もあくびのようなものを繰り返し、のどがピクピク動き出し
目が左に寄り・・。

異変を感じた両親が、ナースコールを押し看護師を呼びました。

バタバタと4人の看護師が駆け込んできて、お医者さんも来ました。

鼻から入っている食事はすぐに止められ、レントゲンをとりました。

そして熱を測ると38℃。


家族はみんな病室の外に出されました。


お医者さんの処置によって、おじいちゃんは何とか落ち着きました。

ナゼ急に・・。

お医者さんからの話だと、高熱により脱水症状を起こしたとの事。
肺炎を起こしている可能性もあるそう。

今後しばらくは、鼻からの食事とリハビリは見合わせて
検査をする事になりました。

回復に向かって進んでいると思ったのに、
最初に戻ってしまいました。

支える側の健康 

2006年10月26日(木) 10時39分
おじいちゃんが入院してから今日で2週間。

毎日、面会時間の10時には病院へ行き18時頃まで
ほぼつきっきりのおばあちゃんと、車で病院を何往復もして、
家の家事も全てこなしている母に、疲れが見えてきました。


母もおばあちゃんも高血圧の持病があります。


そして母がついにカゼでダウン。

おばあちゃんは血圧が急激に上がったため、めまいを起こしました。

幸いにも2人とも早めに病院へ行ったので、何日も寝込む事は
ありませんでしたが、2人にかかる負担は相当のものだろうと
思います。


出来るだけ2人の負担を減らしてあげたい!


でも、車の免許もなく自転車もなく2歳の娘を抱える私に
一体何が出来るんだろう。

実家に行った時に家の掃除やキッチンの片付けを、母に代わって
することにしました。

今の私にはこれくらいしか出来ない。

 

2006年10月21日(土) 14時04分
おじいちゃんは入院して以来、1口も食べ物を口にしていません。

左半身の自由・声の他に、食べ物を飲みこむ力を失いました。
入院当初から今後口から飲食は出来ないと言われ、胃に穴を開けて
チューブで栄養を流し込むようにするため、その手術の日程も決められました。

現在は鼻にチューブを入れて、そこからお湯や栄養を少しづつ入れて、
胃を慣らしてます。

胃に穴が開けば、もう一生食べられません。

もともと、おじいちゃんは少食で食に関してはあまり興味がありませんでした。
そんなおじいちゃんが、少しでも美味しく食べられるようにと、おばあちゃんは
2駅先のデパートに食材を買いに行き、おじいちゃんが食べなくても
毎日せっせと食事を作っていました。

おばあちゃんは、今でもまたおじいちゃんが食られるようになる事を
願っています。


精密検査の結果が出て以来、リハビリを優先させるため胃に穴を
開ける手術は延期になりました。手術してしまうとリハビリが遅れて、
その間に麻痺している部分の関節が固まり、回復が難しくなってしまう
そうだからです。

そして、おじいちゃんの回復が思っていた以上に早く、医者や看護士の間で
飲み込む力も回復する可能性が見えてきたようです。

今日、棒付きキャンディーとアイスを食べる事を許可されました。

舌とのどを刺激して唾液を出す事によって、少しづつ飲み込めるようになる
可能性が出てきたのです。

でも、始めのうちは主治医や看護士が見ている前でゆっくり食べます。

飲み込めないのどに、水分や食べ物が入ると、胃ではなく
肺に入り込み肺炎を引き起こしてしまう事もあるらしいので。


何も食べられないはずだったのに・・。

少しづつ光が見えてきました☆

リハビリ開始 

2006年10月20日(金) 22時15分
昨日から、おじいちゃんのリハビリが始まりました。

家から持ってきた運動靴を履かせて、いきなり立つ練習。
おじいちゃんは長身で結構がたいがいいので、リハビリの先生は
おじいちゃんを支えながら、「フウフウ」言っていたそう。

そばで見ていた母とおばあちゃんは、支えきれずに一緒に
倒れるんじゃないかと、気が気じゃなかったようです。

それにしても、つい何日か前まで寝たきり状態だったおじいちゃんが、
検査結果が出るなり、スゴイ勢いで動かされています。
展開の早さに、おじいちゃんも家族もちょっと戸惑い気味・・。

でも、体の麻痺というのはちょっとでも時間が経つとあっと言う間に
固まってしまうらしく、一度固まると戻すのが大変で、
とても痛い思いをする事もあるそうです。

それを聞いてから、家族も意識的におじいちゃんの左手と左足を
動かすようになりました。ただ無意味に動かすだけでは、逆に
痛める事もあるらしいので、リハビリの先生に指導してもらって
せっせとやってます。

今日は、車椅子に乗ってエレベーターホール前でリハビリ。

少し場所を変えるだけでも、刺激になるのかな。


検査結果 

2006年10月18日(水) 19時05分
月曜日から始まった精密検査の結果が出ました。
母とおばあちゃんが主治医に呼ばれて、話を聞きに行きました。

おじいちゃんの脳の血管の詰まりは、脳幹(脳の中心)に出来ていて、
始めのうちは重症と診断されたそうです。

しかし、他の検査をして他の医師と診た結果、詰まりがそれ程
大きくなかった事から、今後リハビリを頑張れば劇的に回復する
可能性があると判断したそうです。

麻痺している左手も動く可能性があるそうです。

この話を聞いたおじいちゃんは、たくさん涙を流しました。
本当に嬉しかったんでしょう。

頑張れば、また動ける。

さっそくリハビリの先生が病室に来て、寝たきり状態だったおじいちゃんを
起こして、ベッドに座らせてくれました。

まだ先生が支えていないと座っていられませんが、2.3日練習したら
車椅子に乗れるようになると言ってくれました。

座れることがよっぽど嬉しかったのか、先生に「辛くない?」と聞かれても
大丈夫と何度もうなずいていました。

その後、リハビリの先生から顔の筋肉をほぐすために大きく口を開けたり
目を細めたり、顔を動かす運動をするように言われました。

すると、早速口をパクパク。

おじいちゃんの病を克服しようとする強い意志を、改めて感じました。

お気に入り君 

2006年10月17日(火) 18時41分
昨日から、おじいちゃんの精密検査が始まりました。

そして、おじいちゃんに研修の看護士が1人付くように
なりました。お笑い芸人の「さまーず」の大竹にそーーーっくりな、
39歳の男の人。Sさんです。

初めて会った時、「バインダー見ませんでしたか??」と病室中を探し回り、
『この人大丈夫かなぁ?』というのが正直な感想でした。

しかしSさんはいつもニコニコしながら、おじいちゃんの事をとてもよく気遣ってくれて
検査に行くときは「今度少し外に出ましょうね〜」と優しく声をかけてくれたり、
筆談で「飼ってる犬が気になる」と書けば、「今度写真見せてくださいね〜」と言ってくれて
おじいちゃんにとっても、私たちにとっても癒しの人になりました。
(まあ、それが仕事なんですけどね)

Sさんの出現で、おじいちゃんの筆談の文字が格段に上手になりました。
あまり人に心を開かない、気難しいおじいちゃんがSさんと会話したくて必死なのです。

病院で家族以外に心を開く事ができる人ができて、本当によかった。


 

2006年10月15日(日) 20時53分
私のおじいちゃんとおばあちゃんは、関西出身で父が幼い頃
おじいちゃんの仕事の都合で東京にやってきました。
それから、父が高校進学と同時に現在の家に移ってきました。

おじいちゃんは一人っ子のため、身内は私達家族しか
いません。それに対しておばあちゃんは5人兄妹で、現在も3人の
兄妹が関西にいます。

おばあちゃんの兄妹もみんな高齢なので、おじいちゃんが脳梗塞を
患った事は知らせていませんでした。が、おばあちゃんの妹から偶然
連絡があって、黙っておくのも変なので、父が全てを話しました。

すると翌日、おばあちゃんの妹の夫(おじいちゃん・おばあちゃんの義弟)が
突然病院に現れました。

朝、新幹線に乗ってわざわざお見舞いに来てくれたのです。

みんなビックリ。。

おじさん(義弟)も、もともと持病があり週に3回点滴と透析を受けています。
そんな中、来てくれたのです。

おじさんがおじいちゃんの手を握ると、おじいちゃんは声を上げて泣きました。
よっぽど嬉しかったんでしょう。

周りにいた家族もみんな、涙を流しました。

生まれて初めておじいちゃんの涙を見ました。
P R
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