北海道十勝は六花亭。

August 31 [Wed], 2011, 1:04
特に六花亭が好きな私ではありません。うちの会社を退職した若者が先日菓子折りを持って現れました。それが六花亭のお菓子の詰め合わせでした。会社のツイッタっでみんなにお菓子あるよと呼びかけました。部長がその中のお菓子じゃなくて、お菓子の説明書のようなミニブックを私に持ってきましたへっお菓子じゃないのその中にふと目を通したら北海道開拓のことが書いてありました。以下抜粋ひと鍋十勝開拓の恩人依田便三郎翁は、明治14年第一回の渡道以来40有年の尊い全生涯を十勝開拓開発の為に捧げられました。翁は32名の協力者を得て中略明治16年4月、横浜港を出港、帯広に入地。ここに十勝開拓の最初の鍬は力強く打ち込まれましたが入地後数年間は殆ど農作物の収穫はなく、所持の食料は欠乏し協力者の離脱は相次ぎ、実に惨憺たるものでした。その当時、余の窮乏に幹事がおちぶれた極度が豚とひと鍋とその惨めな生活を嘆いたとき、翁は毅然として開墾のはじめは豚とひと鍋とその開拓の決意の程を詠んだといわれます。北海道をドライブして歩くと、夏は緑豊かな大自然の中、山間の道路を走りながら私は運転しませんが、ハリウッドみたいな企画で土地興しが出来ないものかと思う。けれども真冬に同じ道を通ると、こんな豪雪地帯を興すなんてことは神業だなっと思うのである。北海道はなんていったって天の恵みの雪の多さが難問になる。テーマパークはそれなりのバックアップ体制がなければ、どんどん駄目になる。石炭の歴史村や、カナディアンワールドや、グリュック王国行こうと思ったときには閉鎖されていた。こんな厳しい土地を重機もなく手作業で開拓していった開拓者達の苦労は並大抵ではなかったと思う。愛する夫にいてきた女やその子供の辛さも、今私たちが日々暮らして働かせていただいてるのは、彼らの犠牲の上に成り立っているのだと感謝の念が沸き起こる。そう思いながら、ひと鍋を食べてみた。豚とひと鍋と聞いたとき、鍋の中には豚と思ったが、多分乏しい具材の鍋をく横には豚がいるっと云う事かじゃあ嫁や子供は今じゃあ札幌は地下が発達して大通りから札幌までの地下舗道も出来た。ここがススキ畑だったなんて想像もできない。沢山のビルやホテルやMSが立ち並ぶ。人の力ってすごいなとくづく思う。
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