次の日の目覚めは最悪だった。頭が割れるように痛く、体も重い。俗に言う二日酔いだ。
レオンは鉛のような体を引きずるようにベッドから抜け出すと、洗面所に向かった。
(俺としたことが……)
昨晩見境もなく飲み過ぎた事を猛烈に後悔する。
これではあの生意気な後輩に示しがつかないというものだ。
(…絶対に悟らせてたまるか)
勢い良く顔を洗い、レオンはそう決意するのだった。
警察署に着くと、レオンはその足で署内にあるカフェテリアに向かった。
コーヒーをオーダーしてブラックのままゴクリと一口飲む。
頭にかかった靄が少しマシになったような気がする。
「おはようございます」
通りすがる顔見知りの同僚達が声をかけてくる。
レオンも軽く会釈したり手を挙げて反応する。
署内でのレオンは本人が無関心なだけで実はかなりの有名人だったのだ。実際に他の課でもレオンを知らない人間はほとんどいないと言ってもいい。
「いい朝だな、レオン」
スッと横に影が出来た。
「…グレイか…」
振り向きもせずレオンが言う。グレイは手に持ったコーヒーとベーグルでいつものように朝食タイムらしい。
チラリと顔を見上げると、なんとも清々しい笑顔だった。
二日酔いで今にも吐きそうな自分とは大違いだ。
爽やかに微笑む白い歯の隅っこに八重歯が見え隠れし、それがグレイスの笑顔をより魅力的に、女性陣の言葉を借りるとすると「So cute!」に見せる原因の一つになっている事に、当の本人は気づいているのかいないのか。
クックッと低く抑えた笑い声が聞こえてくる。
「…予想通りだな」
「…何のことだ」
精一杯平気なフリをしながら睨みつける。
「まぁせいぜい先輩の威厳が保てるように頑張れよ」
ポンポンと肩を叩くとグレイは行ってしまった。
レオンは悔しさで真っ赤になりながらも自分の部署へ向かって歩き出すのだった。
やはり、と言うか、カーティスはまだ来ていないようだ。
レオンは同僚に挨拶しながら自分の席についた。
しばらく書類に目を落としていたレオンの頭に被さるようにヌッと影ができる。
顔を上げると、カーティスが向い側の席についた所だった。
手にはいつものようにファーストフード店の紙袋を抱えている。それを机の上に置くと、レオンの視線に気づいたのか顔をあげた。
どこかスッキリした印象の切れ長の二重の瞳は、まだ完全に覚醒しておらずやたらと眠そうだ。
この間暗く染めたばかりの髪の毛は、前髪の一部が早くもメッシュのようになっている。
懲りない男なのだ、彼は。
「おはよレオン。チョーシどう?」
へらっと軽い調子に挨拶してくる。
「…誰かさんのおかげで毎日好調さ」
皮肉たっぷりにそう答えると、レオンは手に持った書類に視線を落とした。
…
…
なぜかやたらと視線を感じ、顔を上げるとカーティスが朝食のハンバーガーをむしゃむしゃと咀嚼しながらこちらを見つめていた。
「………なんだ」
書類を机に置いて少しイラついたように促す。
「…レオンさぁ、勿体無いよなぁ」
「?は?」
カーティスの言葉の意味する所が分からず、レオンは思わず間の抜けた声を発してしまった。
「黙ってれば綺麗なのにな、あんた」
最初はからかわれているのだと思い、腰の銃に手を伸ばしたレオンだったが、カーティスがごく真面目な顔をしているのに気づき、力を抜く。
綺麗だとか、女顔だとか形容されるのは初めてではない。
最初の頃こそ嫌気がさしていたものだが、この頃になるともはやいちいち反応を返すのが馬鹿らしく思えていた。
一目を惹く容貌というものは、たとえそれが美であれ醜であれ重荷にしかならない。
レオンのような人間には特に、だ。
「オトコって分かってても見てて飽きないよな」
「…上司に対して何だその物言いは」
カーティスは全く悪びれない顔でまじまじとこちらを見つめてくる。
…非常に居心地が悪い。
「とにかく、お前にそうやって見られていると自分が実験用のモルモットか何かになった気分だ。やめてくれないか」
カーティスはコーラをぐびりと飲み干し、ニヤニヤ微笑む。
「美人はみんなの共有財産っていうじゃないッスか」
「…お前、いい加減にっっ」
「カーティスぅぅっっ」
レオンが思わず席を立った時だった。
やたらと場違いで甘ったるい声が聞こえてきた。それと同時にパタパタと駆け足がこちらに近づいてくる。
「カーティス、ひどいよ!電話してくれるって言ったのにっ」
(……また始まった)
レオンは呆れる以外にすることが出来ず、ため息をついた。
レオン以外の同僚も同じリアクションだ。
「キンバリー…だっけ?ごめんな。ナンバー書いてくれた紙無くしちゃって」
「えっ?」
「良かったらもう一回書いて?したら今夜電話するし」
カーティスはそう言うとキンバリーのブロンドの髪の毛を一房指で引き寄せ、軽くそこに口づける。
薄く目を開いてぽーっとしているキンバリーの目を見つめた。
とどめだ。
「わ…私のナンバーこれだから。絶対電話してね」
「オーケイ」
赤い顔をしたまま、キンバリーは出て行った。
その見事なタラシっぷりに、レオンは半分口を開いたままカーティスを見つめた
。
グレイスもなかなかのフェミニストとして有名なのだが、それにしても…。
「女の子の扱い方教えましょーか?センパイ」
カーティスが唇の端を釣り上げて嫌みったらしく笑う。
「なっっ」
レオンは一瞬護身用のナイフに手を伸ばしたが、思い直す。
(…俺としたことが、こんな素人の発言に我を失うなんて…屈辱だ)
冷静に無視を決め込むことにした。
「あんた女運とことん悪いって評判だよね」
「……」
「どうせいっつもフラれる側なんだろ」
我慢にも限界がある。
レオンはわざとらしく嫌味たっぷりにため息をついた。
「…どうやら俺はお前を見くびっていたみたいだな」
「は?」
レオンはしっかりとカーティスと目を合わせて言った。
「他人のプライベートにあれこれ口を突っ込む程低俗な人間だとは思わなかった。最初から知っていたら初日に窓から突き落としていただろうに」
カーティスが少しイラついたように椅子から立ち上がる。
「何だよ、それ!だいたいグレイスさんだってレオンの事散々からかってんだろっ」
「グレイとお前は違う」
「何が…っ」
「お前ら、今日はそこまでだ」
マーヴィンが割って入った。
それ自体は珍しくもなんともないのだが、今日の彼の声はやたら真剣味を帯びていて、二人ともいっぺんに口を閉じる。
「つい今さっき連絡が入った。爆弾予告だ。2人ともラクーン・ランドは知っているな?」
レオンとカーティスがこくりと頷くのを確認して、マーヴィンは話を続ける。
「あそこはご存知のとおりここらじゃ一番のデカさを誇るアミューズメントパークだが、そこのインフォメーションに犯人から連絡が入った。ヤツの要求はズバリ金だ。現金で2000万ドルを今日の午後3時までに用意出来なければ遊園地に仕掛けた爆弾を爆破するとぬかしてやがる」
部署内は緊張感と緊迫感で静まり返っていた。
「金の受け渡し方法に関しては再度連絡するとのことだ。尚受け渡しに失敗した場合、客を事前に避難させるような動きが確認できた場合も容赦なく爆破させるとのことだ。…もしそんな事が起これば、多数の死傷者が出る事は免れない」
マーヴィンとレオンの目が合った。
レオンはコクリと頷く。
「だが俺はハナっから犯人の言うことなんざ信じちゃいない。金を受け取ったからと言ってヤツが約束通りに爆弾を爆破させないとは限らない。つまり、俺達の任務は第一に爆弾を見つけて取り除く事。その次がそのサイコ野郎をとっつかまえて社会の厳しさを叩き込んでやることだ」
マーヴィンはそこでひと息入れると壁に掛かった時計を見た。もうすぐ10時に
なろうとしている。
「爆弾処理班のほうはもう現場に向かっている。…もう一つの犯人をとっつかまえる方だが、レオン!」
「ああ」
「頼めるか?」
「のんびり一杯でもやりながら待っていてくれ」
レオンは勢いよく立ち上がった。
「カーティス、さっさと来い」
「あ?俺も?はいはい」
出て行こうとした2人をマーヴィンが慌てて呼び止めた。
「ああすまん、レオン。警察がおおっぴらに動き回っている事がバレるのはまずいからな、制服は脱いで行ってくれ。服は覆面用のロッカーにあるものに着替えてくれればいい」
「わかった」
こうしてカーティスにとっては初めての大きな事件となる現場に2人は向かうのだった。
レオンは鉛のような体を引きずるようにベッドから抜け出すと、洗面所に向かった。
(俺としたことが……)
昨晩見境もなく飲み過ぎた事を猛烈に後悔する。
これではあの生意気な後輩に示しがつかないというものだ。
(…絶対に悟らせてたまるか)
勢い良く顔を洗い、レオンはそう決意するのだった。
警察署に着くと、レオンはその足で署内にあるカフェテリアに向かった。
コーヒーをオーダーしてブラックのままゴクリと一口飲む。
頭にかかった靄が少しマシになったような気がする。
「おはようございます」
通りすがる顔見知りの同僚達が声をかけてくる。
レオンも軽く会釈したり手を挙げて反応する。
署内でのレオンは本人が無関心なだけで実はかなりの有名人だったのだ。実際に他の課でもレオンを知らない人間はほとんどいないと言ってもいい。
「いい朝だな、レオン」
スッと横に影が出来た。
「…グレイか…」
振り向きもせずレオンが言う。グレイは手に持ったコーヒーとベーグルでいつものように朝食タイムらしい。
チラリと顔を見上げると、なんとも清々しい笑顔だった。
二日酔いで今にも吐きそうな自分とは大違いだ。
爽やかに微笑む白い歯の隅っこに八重歯が見え隠れし、それがグレイスの笑顔をより魅力的に、女性陣の言葉を借りるとすると「So cute!」に見せる原因の一つになっている事に、当の本人は気づいているのかいないのか。
クックッと低く抑えた笑い声が聞こえてくる。
「…予想通りだな」
「…何のことだ」
精一杯平気なフリをしながら睨みつける。
「まぁせいぜい先輩の威厳が保てるように頑張れよ」
ポンポンと肩を叩くとグレイは行ってしまった。
レオンは悔しさで真っ赤になりながらも自分の部署へ向かって歩き出すのだった。
やはり、と言うか、カーティスはまだ来ていないようだ。
レオンは同僚に挨拶しながら自分の席についた。
しばらく書類に目を落としていたレオンの頭に被さるようにヌッと影ができる。
顔を上げると、カーティスが向い側の席についた所だった。
手にはいつものようにファーストフード店の紙袋を抱えている。それを机の上に置くと、レオンの視線に気づいたのか顔をあげた。
どこかスッキリした印象の切れ長の二重の瞳は、まだ完全に覚醒しておらずやたらと眠そうだ。
この間暗く染めたばかりの髪の毛は、前髪の一部が早くもメッシュのようになっている。
懲りない男なのだ、彼は。
「おはよレオン。チョーシどう?」
へらっと軽い調子に挨拶してくる。
「…誰かさんのおかげで毎日好調さ」
皮肉たっぷりにそう答えると、レオンは手に持った書類に視線を落とした。
…
…
なぜかやたらと視線を感じ、顔を上げるとカーティスが朝食のハンバーガーをむしゃむしゃと咀嚼しながらこちらを見つめていた。
「………なんだ」
書類を机に置いて少しイラついたように促す。
「…レオンさぁ、勿体無いよなぁ」
「?は?」
カーティスの言葉の意味する所が分からず、レオンは思わず間の抜けた声を発してしまった。
「黙ってれば綺麗なのにな、あんた」
最初はからかわれているのだと思い、腰の銃に手を伸ばしたレオンだったが、カーティスがごく真面目な顔をしているのに気づき、力を抜く。
綺麗だとか、女顔だとか形容されるのは初めてではない。
最初の頃こそ嫌気がさしていたものだが、この頃になるともはやいちいち反応を返すのが馬鹿らしく思えていた。
一目を惹く容貌というものは、たとえそれが美であれ醜であれ重荷にしかならない。
レオンのような人間には特に、だ。
「オトコって分かってても見てて飽きないよな」
「…上司に対して何だその物言いは」
カーティスは全く悪びれない顔でまじまじとこちらを見つめてくる。
…非常に居心地が悪い。
「とにかく、お前にそうやって見られていると自分が実験用のモルモットか何かになった気分だ。やめてくれないか」
カーティスはコーラをぐびりと飲み干し、ニヤニヤ微笑む。
「美人はみんなの共有財産っていうじゃないッスか」
「…お前、いい加減にっっ」
「カーティスぅぅっっ」
レオンが思わず席を立った時だった。
やたらと場違いで甘ったるい声が聞こえてきた。それと同時にパタパタと駆け足がこちらに近づいてくる。
「カーティス、ひどいよ!電話してくれるって言ったのにっ」
(……また始まった)
レオンは呆れる以外にすることが出来ず、ため息をついた。
レオン以外の同僚も同じリアクションだ。
「キンバリー…だっけ?ごめんな。ナンバー書いてくれた紙無くしちゃって」
「えっ?」
「良かったらもう一回書いて?したら今夜電話するし」
カーティスはそう言うとキンバリーのブロンドの髪の毛を一房指で引き寄せ、軽くそこに口づける。
薄く目を開いてぽーっとしているキンバリーの目を見つめた。
とどめだ。
「わ…私のナンバーこれだから。絶対電話してね」
「オーケイ」
赤い顔をしたまま、キンバリーは出て行った。
その見事なタラシっぷりに、レオンは半分口を開いたままカーティスを見つめた
。
グレイスもなかなかのフェミニストとして有名なのだが、それにしても…。
「女の子の扱い方教えましょーか?センパイ」
カーティスが唇の端を釣り上げて嫌みったらしく笑う。
「なっっ」
レオンは一瞬護身用のナイフに手を伸ばしたが、思い直す。
(…俺としたことが、こんな素人の発言に我を失うなんて…屈辱だ)
冷静に無視を決め込むことにした。
「あんた女運とことん悪いって評判だよね」
「……」
「どうせいっつもフラれる側なんだろ」
我慢にも限界がある。
レオンはわざとらしく嫌味たっぷりにため息をついた。
「…どうやら俺はお前を見くびっていたみたいだな」
「は?」
レオンはしっかりとカーティスと目を合わせて言った。
「他人のプライベートにあれこれ口を突っ込む程低俗な人間だとは思わなかった。最初から知っていたら初日に窓から突き落としていただろうに」
カーティスが少しイラついたように椅子から立ち上がる。
「何だよ、それ!だいたいグレイスさんだってレオンの事散々からかってんだろっ」
「グレイとお前は違う」
「何が…っ」
「お前ら、今日はそこまでだ」
マーヴィンが割って入った。
それ自体は珍しくもなんともないのだが、今日の彼の声はやたら真剣味を帯びていて、二人ともいっぺんに口を閉じる。
「つい今さっき連絡が入った。爆弾予告だ。2人ともラクーン・ランドは知っているな?」
レオンとカーティスがこくりと頷くのを確認して、マーヴィンは話を続ける。
「あそこはご存知のとおりここらじゃ一番のデカさを誇るアミューズメントパークだが、そこのインフォメーションに犯人から連絡が入った。ヤツの要求はズバリ金だ。現金で2000万ドルを今日の午後3時までに用意出来なければ遊園地に仕掛けた爆弾を爆破するとぬかしてやがる」
部署内は緊張感と緊迫感で静まり返っていた。
「金の受け渡し方法に関しては再度連絡するとのことだ。尚受け渡しに失敗した場合、客を事前に避難させるような動きが確認できた場合も容赦なく爆破させるとのことだ。…もしそんな事が起これば、多数の死傷者が出る事は免れない」
マーヴィンとレオンの目が合った。
レオンはコクリと頷く。
「だが俺はハナっから犯人の言うことなんざ信じちゃいない。金を受け取ったからと言ってヤツが約束通りに爆弾を爆破させないとは限らない。つまり、俺達の任務は第一に爆弾を見つけて取り除く事。その次がそのサイコ野郎をとっつかまえて社会の厳しさを叩き込んでやることだ」
マーヴィンはそこでひと息入れると壁に掛かった時計を見た。もうすぐ10時に
なろうとしている。
「爆弾処理班のほうはもう現場に向かっている。…もう一つの犯人をとっつかまえる方だが、レオン!」
「ああ」
「頼めるか?」
「のんびり一杯でもやりながら待っていてくれ」
レオンは勢いよく立ち上がった。
「カーティス、さっさと来い」
「あ?俺も?はいはい」
出て行こうとした2人をマーヴィンが慌てて呼び止めた。
「ああすまん、レオン。警察がおおっぴらに動き回っている事がバレるのはまずいからな、制服は脱いで行ってくれ。服は覆面用のロッカーにあるものに着替えてくれればいい」
「わかった」
こうしてカーティスにとっては初めての大きな事件となる現場に2人は向かうのだった。
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