※18歳未満のお子様でも安心して御覧いただける内容となっております。

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頭のお絵描き / 2007年07月11日(水)
この際、ハッキリしておこう。

器の大きい人ってのは、『なかなか腹を立てない人』では決してないぞ。



レジの列に並んでるときに、前の人がなかなか詰めへんくて、心の中では「さっさと詰めろや」って思ってたけど、その前の人が会計終わったらスタスタとその人のところまで行って、「なんや結局連れかい」ってことがあったんですけど、これはイライラした。

そいつが詰めないせいで、後ろはものすごく混雑してたし、
「いよいよ次が会計」ってときにレジ台に買うものをおくインターバルが一切取れなかった。



電車でちょい込みぐらいのときにつり革に掴まりながらウトウトしていたのですが、目覚めて体を起こしたら後ろに立っていた人の読んでる新聞がクシャっとなるわけですよ。
つまり、僕が直立すると新聞が当たるぐらいテリトリーを侵されとるわけです。

2、3回わざと当たってようやく引っ込められましたけどね。



ヘトヘトになりながら家路についてるときに「タウンワークどーぞー」って渡されそうになったりもするわけですよ。



客観視すると結構おもろいんですけどねぇ…。
 
   
Posted at 19:02/ この記事のURL
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愛燦々 / 2007年01月16日(火)
『生まれ変わり』ってのは本当にあるんでしょうかねぇ。

いや、本当かどうかなんてのはわかるわけがないし、僕自身否定も肯定もないですけど、『あるかも』って考えるだけで、結構スッキリできるもんだなぁと思いました。


曰く、昔から地球上の『生物』の数って変わってないんですって。
今日では、人間が増えて動物や植物の数がどんどん減ってきている。

それは『生き物は生まれ変わり続けている』からである、と。

この世で生きているモノが、次回『人間』として生まれてくるためには、生きている間に『徳』を積まなければならない。

曰く、『徳』を積むことで、今まで生きてきた記憶も全部消えて、また違う人間としての一歩を踏み出す。
(ちなみに、『初七日』は次を人間にしていいかどうかの判断期間で、『四十九日目』に生まれ変わりが起こるっていう解釈だそうです)

人は『前回』の記憶がないから生きていけるのだ。
デジャヴュ程度しか残っていないから生きていけるのだ。

『非常識な人』、『ノーモラルな人』などを見かけても決して怒ってはならない。
なぜなら、その人にとって『人間』は初めてのことで、勝手がよくわかっていないだけだからだ。
だから、もう何回も『人間』を体験しているあなたが、『初めて』の人に対して腹を立ててはいけない。


なんだか良い話が聞けた。
 
   
Posted at 21:37/ この記事のURL
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NO TITLE / 2006年11月01日(水)
あれだけ大見得をきって『辞める』宣言したのに、また書いてしまってすいません。

どうしても残しておきたかったので。






やっぱり、僕はどこまでいっても3枚目なんだなーとつくづく思いました。



どんなに格好をつけても、どんなに心を閉ざしてても、

奥の方のどっかではペロっと舌を出してるんですよね。



それに気がつかせてもらえて、

無駄じゃなかったなーって思えて、



僕はやっぱり幸せなんだと思います。



2枚目ぶるのもそれはそれで楽しいんだけどね。




そんなこんなでしばらくの間は、つらいことでもつらいと思わなくて済みそうです。


『次』のことはよくわからないけど、


多分、そのときもすっげー幸せになれるんじゃないかって気がする。






今はまだ無理だけど、いつかちゃんと言えるといいな。




『ありがとう』って。
 
   
Posted at 23:59/ この記事のURL
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完 / 2006年10月14日(土)
あぁ、このタイミングか。

今まで勝手なことばかり書いてきたこのブログ、幕をおろそうと思います。

てゆーか、『書ける範囲での書きたいこと』なんて、もう書き尽してしまっていますし。

僕はまだまだ人として未熟ではありますし、これを書くことで色々考えることもできたのですが、ここから先の『熟し』に際して、ブログは必要ありません。

愛着はあるので消しませんが、更新はもうしません。

個人的には、当分の間読み返すつもりもありません。

見てる人なんて少ないんやから、こんなに改まる必要もないんだけどもさ。

こういうのはきっちりしときたいんで。

まぁ、少なくとも『どネガティブ』な理由で止めるわけじゃないので、心配は無用です(一応ね)


日記は、書きます。

そっちにもいつか終わりが来るんでしょうかねぇ。

出来ればずーっと続けたいんですけど、こればっかりは何ともよう言いません。

敢えてしめっぽくしときましょうか。
長い間ありがとうございました。

シライコウタ
 
   
Posted at 01:10/ この記事のURL
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突き詰めると難しい / 2006年10月13日(金)
なんとなく週1回更新となっていますが、今週は何を書きましょうか。


やっぱね、ある程度のことは自分の力でやらなアカンね。

現代社会においては、『チームワーク』とかそういうのが大事っぽい雰囲気ですけども(いや、大事は大事なんですよ)、『チームワーク』が必要になる場面って、『一人じゃ出来ない』っていうのが前提ですからねぇ。


『チームワーク』を盾にとってラクをするのは、浅ましい行為じゃないでしょうか。"cannot"と"don't want to"は違うんですから。
その点、『ムリ』って言葉はどっちにも対応してて便利だなぁと思います。
そういえば、以前このことについてすごく考えたことがあって、それ以来、なんとなく『無理するな』って言葉が使えなくなってしまいました。

そんな話はどうでもいいんです。

まぁまぁ、仮に僕が、10人の召使グループに「部屋の掃除しといて」って言ったとしても、僕の今住んでいる部屋を掃除するのに10人もいたらはかどるもんもはかどりませんよねぇ。
ちなみに、このように『タスク』にはちょうどいい人数ってのがありますから、10人の召使のうち、2,3人が多めに働いたとしても、この場合『他の7,8人はチームワークを盾にとった』とは言いません。


あとね、僕もこれからはもっとちゃんとしていきたいことやなーって思ってるんですけど、
『出来るものは出来る、ムリなものはムリ』ってできるだけ早く伝えたほうがいいですね。(何かのバイトしてたときに言われてたような気もする)


『うーん、もしかしたら出来るかもしれません。少し待っていただけますか。』

だと、相手に『待つ』という行為を強いることになりますからねぇ。それだけ、相手の『次の手を打つタイミング』を遅らせるわけですから。

例えばそれが何かの仕事だとして、
連絡も来ないままさんざん待って、期日も近付いてるけどギリギリまで粘って、「他のところへ依頼したほうがいいのだろうか」とまで考え始めたころにやっと来た返事が、

「すいませ〜ん!やっぱ無理でしたぁ(笑)」ってめっちゃ人当たりの良い爽やかな笑顔で言われても腹立つだけでしょう?
(ある程度待った時点で「おたくとはもう結構です」って言うのがいいんでしょうけど、それを言うのだって体力のいることですよね)

まぁ、やむを得ない場合もあるでしょうし、むしろやむを得ない場合だらけでしょうけど、そういうときでも謝罪の意ぐらいは見せるべきだわね。


えーと、つまり、『社交的な人間が、協調性が抜群であるとは限らない』と言いたかったわけです。
関連性は大いにありそうな感じもしますけどね。
 
   
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意志、意思、意図、意地、…、意見 / 2006年10月06日(金)
最近は、9時起きでも「うわー、寝すぎたぁ」なんて思ってしまうような生活を送っています。

ほんの1,2年前までは『考えられなかったこと』です。

これを書いている今現在、テレビはついていません。

これも、『考えられなかったこと』のひとつです。

しかし、今この瞬間に於いては『考えられていること』も、いつの日か

『考えられなかったこと』

と、

『未だに考えられていること』

に分かれる時が絶対に来るのだと、確信に近い予感があります。


『有言(不)実行、不言(不)実行』もいいのですが、盲目的になんでもかんでも『決意』に換算してしまうと、余計なストレスまでも生んでしまう恐れがあるような気がします。

ダイエットとか、禁煙とかもそうなんですけど、僕は『痩せよう』と思って『痩せられた』ことはないですし、『もう絶対に煙草は吸わん!』と思って挑んでも、『禁煙成功』なんてできたことないです。
(現在、『痩せたい願望』がすごく高まっているので危惧しています)

けど、煙草に関しては『皆さんご存知の通り』ですよね。
なんとなく、「煙草を止めたほうがメリットはありそうやな〜」って思ったから、今の感じになっているだけのことだと思います。
(便宜上、「煙草止めた」とは言ってますけどね)

これに関しては意志の強弱の問題もかなり大きいですけど、実際、僕の『〜しよう!』はかなりの確率でくじけます。

何を持って『意志』というのかもわかりませんが、昔自分が『意志』と呼んでいたものに関しては、今となってはフニャフニャになってしまいました。

でも、そっちの方が、イイカンジの生活を送れてる気がするんですよね。

『よし、決めた!』ってのは、すごくスタートダッシュで勢いがつく感じはあるのですが、ひねくれた言い方をすれば、『悩み、考えることからの逃避』という一面を持ってることも多いですから。(僕の場合はね)


毎日書いている方の日記は、もはや『意地』です。
こればっかりは、ずーっと続けたいと思ってますもん。
 
   
Posted at 22:07/ この記事のURL
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どうも取り乱しました / 2006年09月29日(金)
※はじめに
『意図的』ですが、『場合によっては不適切かもしれない言葉』が使用されています。
ほら、それは、『そうした方が面白い』っていう考えに基づいてるものなんで、その辺は上手く鼻で笑いながら読んでくださいね!



○○市の学校法人「××××法科大」(△△△理事長)が10月、同大と、系列の××××短大に、茶髪とピアスを禁止する規則を設ける。

 従わない場合には「懲戒」もあるが、指導に応じて改めた学生には褒賞金1万円が付いた学長賞を贈る“アメとムチ”を用意。文部科学省学生支援課も「聞いたことがない事例」と言う。

 新たに制定された「学生の頭髪・装身具に関する要綱」では、男女とも、頭髪について「周囲に不快感を与える特異な髪形、染色、脱色は禁止」、装身具も「華美を避け、品位を保ち、ピアスは禁止」と明記した。該当する学生には、新設された教育指導室担当の教官らが指導。どうしても指導を受け入れない学生には、教授会に諮ったうえで注意処分などの「懲戒」もあり得るとする規定も盛り込んだ。

ほんとうの記事はコチラ




あまりにも腸煮えくり返ったので、ほぼ勢いで載せちゃいました。
この際、伏字のところはどうだっていいんです。

『指導を受けて、素直に応じたら1万円もらえる』ってこれ、
絶 対 あ か ん で し ょ う !

いやね、ピアス・茶髪禁止なんてのは、その学校の方針なんやから、バリバリ指導したったらいいんですよ。


絶対、金目当てで髪染めるやつ現れるやん!
だったら、もともと染めてない学生にも1万円やらなあかんやろ!

てゆーか、何のためにこの『ピアス・茶髪禁止令』を作ったのかは知らんけど、その『思惑』というか、『意義』を一瞬で無効にする行為なんじゃ!!1万円を与えるということはぁぁぁぁっっっ!!!アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!


こういうのはますます助長させるんですよ、(ピー)を!!それに気づけやボケぇぇぇぇ!!


そもそもね、『いいこと・わるいこと』なんて、『自分で気付く』しかないんですよ。

確かに、ピアス・茶髪をただ禁止にしたって、学生は言うことなんか聞かないです。そして、来年度からの入学者も激減して、経営はえらいことになるでしょうよ。

でも、この『1万円』は、『自分で気付く機会』すら奪い取ってるんですよ。
学生に対して失礼であるとさえ思いますね。

この制度を「えー?別にありじゃない?」なんていう学生は、もう知らん!!


 
   
Posted at 21:18/ この記事のURL
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個 / 2006年09月14日(木)
「インターネットでもなんでも、とにかくすっげーたくさんの情報が飛び交います。その中でも、一番信用できるのは”自分の目で見たもの、耳で聞いたもの”だと思うので、情報の取捨選択はしっかりとしてください。」

ゼミ合宿のときに、『3年生に、就職活動のアドバイスを』ということで、俺みたいなもんが偉そうに言ったのが上記のことなんですけど、ほとんど自分に言い聞かせていたような気がします。

今思い出すと、「適当な情報に振り回されるなんてアホらしいじゃないですか。だから自分の足でたくさんの情報を集めるのが一番だと思います。」っていう言葉も付け加えたら良かったかもしれません。
「”しっかり”って何だよ」って感じですしね。

もちろん僕としては「適当な情報に振り回されるなんてアホらしいじゃないですか。だから自分の足でたくさんの情報を集めるのが一番だと思います。」っていう意味を込めて言ったんですよ。


冒頭の文だけだと、
「ネットで調べたら『リンゴ』なんだけどさー、実際この目で見たら『青リンゴ』だったぜ〜。」ということを話す『梨を見た人』が現れてしまうかもしれない。

美味しかったらそれで問題はないのですがね。
 
   
Posted at 17:29/ この記事のURL
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identity / 2006年09月08日(金)
就活のときに、『自分探し』ってしきりに言ってた記憶があるのですが、やっぱり、『自分』なんてのは『創る』ものなんだと思うのです。

『学生』であるうちは、どんなことをしようと、どんなことを考えようと、たいして他の人と変わらないのよね。(いつかすごい『差』となって現れますけど)

『十人十色』なんて言葉がありますけど、大きな枠組みで捉えたら『十人三色』ぐらいじゃないのかな。

社会に出たら僕は、「○○証券××支店△△課」みたいな肩書きがつくんでしょうけど、社会に生きる『シライコウタ』は「○○証券××支店△△課で何かやってる人」ってだけのことなんですよね。

でも、しばらく『シライコウタ』ぶっていたい思いはあるでしょう。その思いが、仕事や勉強のモチベーションとなるのだと思います。
いつの日か「もう『シライコウタ』ばっかりいいかな」ってなって、その時にいい人がいたら所帯でも持つのかもしれません。そしたら、新しい『僕の一方的な喜び』も生まれますし。
いや、もちろん『双方の喜び』のためにいろいろ努力するのですよ。

そっから先は…そんときに考えればいい。

実際に探してみて思ったことなんですが、僕が浅ーく考えてた『自分』なんて多分最初からどこにもなかったです。
あるとするなら、他人の中に存在する『自分』も『自分』であるということをちゃんと受け止めなきゃだめですもん。


探したって見つからないのなら、創っちゃえばいいんだ。
それでも今出来ることはやっぱり、「死ぬほど考えること」だけだね。

だからといって何にも変わりませんし、日々変わるものでもあります。
『すっげー人』の影響は、何かしら受けますもの。
 
   
Posted at 18:09/ この記事のURL
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食いつきの違う猫 / 2006年09月01日(金)
この夏の大半は雪駄を履いて外出しているわけですが、絵に描いたように外国人の反応が良いです。
ベタですけど、結構嬉しいです。

面白いものは世の中にゴロゴロしてるんだけども、そこに『目新しさ』はなかなかないんですよねぇ。



今日見たテレビ番組の話になるのですが。

『メール全面禁止賛成派』の言い分が心に染みこむ染みこむ。

『禁止派』のほとんどは『言葉の持つ力』をわかってない感じ。もちろんちゃんとわかった上でそっちに回ってる人もおるんやけども。

僕も、何も『全面禁止』する必要はないと思う。
便利なもんやし、『あるもの』なんやから使ったればええんやけど、
別に、なくなったからって困らんもんなぁ。

だから、『賛成派』の言い分の方がしっくりくる。


インターネットもそういうことやんね。

実際は、今のこの世の中からなくなったらそれこそ『崩壊』してしまいますが、
仮に自分のノートPCが壊れても、困らない。

けど、内定した企業からの連絡なんかはメールでしか届かんわけやから、どうしても修理しなきゃならん。

インターネット日記はすごく愛着があるし、そこに『ある』のだからさんざん利用させてもらっている。

ちなみに、『必要』と『欲求の充足』はここでは意味が違う。


道具でも何でも、モノは使いよう。
ちゃんと使いこなせない人・間違った使い方をする人がいっぱいいるんだったら、やっぱりそれは存在しちゃいけないのだ。

っていう風潮なんか納得できるわけがないのだ。

ニャー
 
   
Posted at 21:46/ この記事のURL
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