愛燦燦
2014.05.02 [Fri] 15:00

大切なことでも、

それが日常になると 忘れがちになったりします。

そんな時は、歩んできた道を振り返って、

一つ一つ たどっていけば、

きっと思い出せるはず。




 

ラジオ
2013.12.06 [Fri] 18:00

僕の世代は、少年少女時代、ラジオを聴いていた人が多い。

今みたく、パソコンも携帯電話も無い時代だったので、
ラジオは、家で一人で過ごす時の大事なアイテムであった。

特に人気があったのが、深夜放送。

雑談に始まり、軽いおもしろ話があって、リスナーから届いたハガキを読んだりする。
そして人生相談みたいなコーナーがあり、MCはその相談に真剣に答える。
そして最後は明るく「また来週〜!」で終わる。

これが当時の少年少女を とりこにした深夜放送のセオリーであった。

特徴的なのは、どの深夜放送でも
人生相談的な深刻な話をするコーナーが 必ずあったということ。

そのコーナーを聴いて、涙を流したリスナーはたくさん いただろう。
MCが喋りながら涙することも、しばしば あったくらいだ。

しかし…

その深夜放送のセオリーを叩きのめし、完全に くつがえした人がいた。
その人は ある元旦の深夜、突然登場した。

「元旦や、モチで押し出す二年グソ!」

この言葉で始まったその放送は、二時間全編、ぶっとおし 笑い話。
それも強烈なまでの笑談。
リスナーはみな、その笑い攻撃に叩きのめされ、魅了されていった。

その放送を聴いている時は、イヤなことを忘れて 心から笑った。
悲しい時も、つらい時も、心が腐っている時も、心から笑えることが出来た。

そして僕は悟った。

笑いは、感動以上に人を救えるんだと。

笑うことの大切さ、
笑うことの重要さ、
笑うことの素晴らしさ…

それを教えてくれた青春時代の宝物。

それがラジオだったのです。

 

夜回り先生
2010.09.08 [Wed] 19:52

7月の事になりますが、6年前から念願だった、
夜回り先生こと、水谷修氏の講演会に行ってきました。

水谷先生は、元定時制高校の教師で、
あることがきっかけで、覚せい剤撲滅運動をされています。
その後、覚せい剤だけではなく、虐待やいじめ、リストカット、自殺願望、
不良の更生等々、子供や若者たちを救う運動をしています。

そのやり方が、ハンパじゃないんです。
一人で暴走族の集会に乗り込んでいき、若者たちと会話をすること、数知れず。
暴力団の事務所に出向くこともあります。
もちろんこれだけではなく、色々なやり方をされています。





僕がこの人を知ったのは、
2004年、定食屋で何気に見た週刊誌に載っていた 水谷先生に関する記事です。
そこには子供や若者を助けるための、壮絶な活動が書かれていました。

そして翌日、先生の本を買ってきました。
子供でも読めるように、大きな字でわかりやすく書いてあります。
その後、NHKで放送されたドキュメンタリーを見ました。
世の中にこんな凄い人がいるんだなと、ものすごく感動しました。

本と、ドキュメンタリーを録画したDVDは大事に取ってあります。
もう何回も繰り返し見ています。





僕がとても印象に残ったのは、幸せになれる権利と可能性は誰にでもある という言葉。

先生の講演や本は、悲しく辛い話ばかりだけど、
でも人生は明るく生きていかなきゃいかん と思わせてくれます。


 

俺。俺たち。
2010.06.21 [Mon] 18:00

モハメド・アリ。 

1942年生まれ。68歳。

元ボクサー。
ローマオリンピック・ライトヘビー級 金メダリスト。
プロボクシング 元世界ヘビー級チャンピオン。

リングで戦い、政府と戦い、差別と戦った人。

リング外でも、戦いの日々でした。

スピード革命
パフォーマンス
徴兵拒否
黒人差別撲滅運動

アリを語るに かかせない項目です。

力任せの戦いでしかなかった当時のヘビー級に、スピード重視の戦い方を持ち込みます。
「蝶のように舞い、蜂のように刺す」と称されたファイトスタイルで、圧倒的な強さを誇りました。

そして 対戦相手を、執拗に罵り挑発するパフォーマンスは、
時にはキ〇ガイにも見えるくらい過激でした。

リング外では、ベトナム戦争時、「俺にベトコンを殺す理由はない」と言って徴兵拒否。
当時は散々批判されましたが、後々 アリは正しかったという声が多くなります。

そして黒人差別をやめないアメリカ社会を痛烈に批判。白人を徹底的に罵ります。
アリは常に、黒人の誇りを胸に戦っていました。

強烈な言動を繰り返しながら。
暗殺されなかったのが不思議なくらいの過激さで。
それくらいやらないと 変化はないと思ったのでしょう。

そして1974年。政府は、とうとう覆ります。
アリは、当時の大統領 ジェラルド・フォードに、なんとホワイトハウスに招かれます。
フォードは、「アメリカ社会の、ベトナム戦争で失われた政府への信頼と、
深刻な人種問題の解決のために、キミの力を貸して欲しい」とアリに頼みます。

アメリカ政府からしてみたら アリは、
徴兵拒否をしたチキン野郎で、白人を罵る憎き黒人野郎だったのに、
そのアリに助けを求めたのです。
アリに断る理由はありませんでした。

しかしやがてアリは、パーキンソン病に犯されてしまいます。
いつ頃から発症したのかは 定かではありませんが、
一説によると現役を引退する直前からとも言われています。
もしそうだとしたら、その状態で試合をしていたことになりますね。驚きです…。

そして引退後、病状が悪化し 色いろな活動が出来なくなっていきます。
手足が震え、ろれつが回らなくなり、歩くのがやっとの状態になってしまったアリ。

そんなアリに、ある日、ある黒人の学生が、何か詩を創ってくれませんか?と頼みます。
するとアリは、短い短い詩を つぶやきました。


「俺。俺たち。」


黒人であることのプライドを込めた言葉。
病んでも、ブレない精神。


 

勝利
2010.05.03 [Mon] 22:00

友人のプロボクサー、Sくんの試合が、4月16日に行われました。
場所は、東京、後楽園ホール。

Sくんは、小学生の頃から、柔道を始めて、その後、レスリング、総合格闘技、
キックボクシングを経験し、ずっと格闘技漬けの生活を送っています。 
そして現在は、4回戦(4ラウンド制)の プロボクサーです。

 坊主頭が、Sくんです。


この日は Sくんのカウンターが冴えます。何度も当てていきます。
カウンターを当てるのは凄く難しい。とても大変なことです。
試合後、話を聞いたら、やはり そうとう練習したようです。

カウンターを中心に 有効打を積み重ね、判定勝利! 見事な完勝でした!

Sくん おめでとう!




 

スパーリングにて
2010.04.01 [Thu] 00:00

                                                                          
22年ほど前。
パンチを食らった瞬間の僕です。 誰だい、こんなの撮ったの。

この5〜6年後に、K−1 が始まり、その後、格闘技ブームが世間を圧巻します。
この頃(22年前)から、昔からの格闘技経験者や ファンはみんな、
近い将来、格闘技ブームが来るだろうと 予感していました。
しかし、あれほど凄いブームになるとは思いませんでしたね。
なんだか単なる見世物になってしまった気がして、
少しガッカリしたのを 覚えています。

昔は 色んな格闘技が好きだったんですが、今は ボクシングしか興味がありません。



これは20年くらい前かな。
「シュッ」とカッコつけてますが、超変顔。


 

バンテージ
2010.03.15 [Mon] 00:00

                                                                            

昔、格闘技を やっていました。
そのとき使っていたバンテージです。
ずっと部屋の隅に置きっぱなしに していたので、
ホコリが かかって色褪せちゃってます。
汚い…


 

虎vs人間
2010.02.28 [Sun] 23:00

もう30年以上前の事です。

日本の ある空手家が、「俺は虎と闘う!」と言い出しました。
それも人馴れしていない どう猛な虎と、ヤラセなしでやるというのです。

テレビ中継も予定されました。
しかしその時代でも、人間が虎と闘うなんて日本では許可が出ないので、
許される国を探して、某国で闘うことになりました。

空手家は闘う予定日の数日前に、虎の様子見。
餌のニワトリを放ってみました。

すると虎は前足の爪をニョキッと出して、
手招きをするように、軽くヒョイッと さわっただけで ニワトリの首が、スポンと飛んだそうです。
その後、そのニワトリを ひと飲み。
そして、バケツ2杯の水をガブガブと、一気に飲み干したそうです。

それを見た、その空手家は どうしたと思いますか?

もちろん…


闘いは キャンセルです。


しかしその数年後、某雑誌に その空手家が、虎を倒したかのような写真が
掲載されたそうです。
虎が倒れてる横で、その空手家が立っている。

どう見ても合成写真だったそうな。


 

下北沢の赤ひげ先生
2010.02.03 [Wed] 05:59

赤ひげ先生が、下北沢から居なくなってしまいました…。

昔、ずいぶんと お世話になった方です。

「広田赤ひげ」と名乗っていた この方は、指圧の先生で、
指圧療法創始者の、浪越 徳治郎先生の お弟子さんです。

すごく長年の間、東京の下北沢で指圧診療所を開いていました。
テレビ等のメディアにも よく出ていて、けっこう有名な先生でした。

テレビでは、鉄下駄を履いて背中を 踏み付けたり、吹き矢を背中に吹き付けたりと、
派手な事をやっていましたが、あれらは全てパフォーマンスです。
実際の治療は、ごくごく普通の指圧治療。
ただ その腕は超一流で、有名人も たくさん訪れていたようです。

「若い頃、一旗上げようと思い、東京に出てきたんだ」なんて おっしゃっていました。
ご自身が そうだったせいか、夢を追っている若者が好きで、
そういう患者さんには、料金を安くしていました。

年齢は今は、60代半ばくらいだと思います。
とても面白く楽しい方でした。

久々に、その赤ひげ先生の指圧を受けたいと思ったのですが、連絡が取れません…。
ネットで、行方を 色々検索してみたら、
どうやら2008年7月頃に、故郷の広島に帰られたようです…。

お別れも言えず残念です。

元気で おられれば いいのですが…。


体が凝ると、下北沢を思い出す今日この頃です…。


 

パウンド・フォー・パウンド
2009.12.29 [Tue] 00:00

ボクシングには、「パウンド・フォー・パウンド」という言葉が あります。
「全階級通して、最も優れたボクサー」という意味で使われています。

今現在、その称号を与えられる選手は、2人います。
マニー・パッキャオ(フィリピン)と
フロイド・メイウェザー(アメリカ)です。
2人とも、5階級を制覇した 超人選手です。
スピード、タイミングが ハンパじゃありません。
同じ階級(ウェルター級)なので、来年中には対決するでしょう。

ボクシングは、アメリカが本場です。
アジア人ボクサーで、その本場アメリカに進出し、成功したボクサーは過去にいません。
皆無です。
本場では、世界チャンピオンになっただけでは、成功とは言えません。
世界チャンピオンの中でも、優れた世界チャンピオンから、そうでない世界チャンピオンまで、
ピンキリ。かなり幅があります。
本場で成功し認められるには、
複数階級を制覇するか、メジャータイトルを統一するか、防衛回数を延ばすかを、
常に強い選手を相手にして、達成しなければ なりません。

マニー・パッキャオ(フィリピン)は、アジア人で唯一それを やってのけました。
しかも、トップボクサーにまで、のし上がりました。
これは、快挙中の快挙です。


一方、フロイド・メイウェザー(アメリカ)は、2007年12月の試合から半年後、
「もうやり残したことはない」と言って、全勝のまま引退しました。
しかし2009年9月に復帰。
1年9ヵ月振りの試合だったので、さすがに多少の衰えはあるだろうと思ったんですが…。
とんでもない。 全く衰えは ありませんでした。

復帰戦で、いきなり ファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)という すごく強い相手と試合をして、
判定でしたがワンサイド、一方的な完勝を収めました。
天才が天才のまま帰って来たのです。
この選手の、負ける姿は想像出来ません…。


マニー・パッキャオ vs フロイド・メイウェザー


個人的には、マニー・パッキャオに勝ってほしいですが…。

さて どうなるでしょうか…。

近年のボクシング界では、間違いなく世界最高の ビッグマッチとなるでしょう。



マニー・パッキャオ vs リッキー・ハットン
黒髪が、マニー・パッキャオです。



フロイド・メイウェザー vs ファン・マヌエル・マルケス
髪を全部 剃ってるほうが、フロイド・メイウェザーです。