法鏡と職場と道徳

October 15 [Mon], 2012, 13:08
夜行バスで帰ってきました。
話している最中は疲れもなく絶好調ですが、一日終わってこうしてパソコン作業しているとどっと疲れが出てきました。
なんか頭も手も働きません。
ちょっと気分転換に散歩してきます。
今日の仏語は法鏡です。
職場でもいい人と悪い人がいます。
10人の職場にあなたが勤めているとしましょう。
その10人の職場仲間に彼はいい人あいつは性格が悪いと心の中では評価してしまうと思います。
各自の価値観が違いますから、何をもって善人悪人と分けるか、基準が分かれるところですが、仏教においては心と口と身体の三方向から人間を評価いたします。
心の行為何を思っているのか口の行為どんなことをしゃべっているか身体の行為どんな行動をしているかこの三つの中でも、特に仏教では心の行為を重視します。
法律では主に身体の行為を問題にします。
いわゆるやったかやってないか殺人、強盗、万引き、暴行、法に触れるのは実際にやったかどうかで裁かれます。
一部、詐欺罪とか恐喝罪など口の行いも問題にしますが、ほとんどが身体の行為です。
一方、道徳倫理では口の行為と体の行為との二つ、いわゆるその人の言動を問題にします。
普段私たちが周りの人をいい人悪い人と評価しているのは道徳的基準であることが多いです。
実際に手にかけて殺してはいなくてもあいつ、ぶっ殺してやる。
死んでくれ、あの男。
などを口癖にしている人なら、法律上は刑罰は受けないにせよ、一般社会ではあまりいい人でないね。
性格良くないね。
とレッテルを貼られることになります。
悪口、中傷、うそ、自慢、など使う言葉で人の評価は変わりますので、大いに気を付けたいところです。
それら法律や倫理道徳に対して仏教では心を最も重く見られます。
何を思っているかを問題にするのです。
その刀A法律の見方や道徳の見方と比べて仏教の見方は厳密で妥協はありません。
法律の視唐ナ言えばメル友、職場の10人はみな善人になります。
執行猶予中という方があれば別ですが。
何か事が起きれば善良な市民と言われます。
そんな職場の人でも倫理道徳の目で見れば、善い人悪い人の違いが出ます。
善い人ばかりに囲まれた職場は幸せですね。
さて、さらに厳密な仏教の眼から見たらどうでしょう。
あんなこと思っていたのかいい人だと思っていたのに。
という場面が続出しそうです。
心の中で何を思っているか、そこまでさらけ出して他人からあの人は善い人だ。
ますます好きになった。
と合格する人はありましょうか。
親鸞聖人は法鏡に映し出された自己の姿を一生造悪の者と告白されています。
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