Masaiの映画 

October 18 [Sat], 2008, 8:55
約2年前の2006年の年初め、アフリカ美術の先生に勧められある映画と出会いました。

その名も

”MASAI”

タイトルまんまのマサイ族の戦士を題材にしたものです。



日本では結構話題になったのかもしれないですが、

私は学校の上映会で見ました。

あらすじは、干ばつか何かのせいで苦境になる村を助けるために、

若い戦士たちが旅に出てその元凶と戦うという感じだったと思います。

マサイといえば戦士ですが、少年たちが戦士になるまでの

心の葛藤や友情、村の組織など、いろいろなリアルなマサイの姿が見ることができると思います。

また、戦士9人の”役者”は本物のマサイ族の少年たちがやっているので、

ドキュメンタリー風にマサイの文化を感じられます!!

なにより、風景や、マサイのファッション、美術、とり方がリアルでありながら

すばらしくきれいに描写されていると思います

DVDにもなっているので、まだ見ていない人も、もう見ちゃった人も必見ですよ〜♪♪

11月6日 

November 08 [Thu], 2007, 14:18
前回のブログにEmmanuel Jalの紹介をしました。

そうです、その彼に会ってきました。

きっかけは、nyokki所属の学校のラジオ番組の企画でした。

一時間番組のネットラジオで、私は3人のメンバーとともに番組を作っています。

前半はトーク番組。後半は音楽番組として、中東とアフリカの曲を紹介しています。

そのアフリカ担当がnyokkiなのですが、ちょうどアフリカの最近のアーティストを探していたところ、

友人Sに彼の存在を聞き、即音楽を聴き、ファンになりました

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

そんな彼が11月6日、LondonのBrick Laneにてライブを行いました。

nyokkiもラジオのレポーターとして、相方Yちゃんとのりこんで来ました!!



いや、かっこよかった!

ライブは小さなバーで行われました。

観客とパフォーマーとの距離が近い、そんな造りのバーでした。

ファン暦は結構浅い、1ヶ月程度でしたが、はまるには十分で、

この日までものすごくファンになってなんです。

インディーズレーベルの友人にからフライヤーをもらい、コピーして

学校で配ったり、生徒の顧問ルームにポスターを貼りまくりました。

それでも、うちの学校から来てた人は少なかったけど、

数人、私の渡したフライヤーを見て興味を持ってきてくれた人がいて

すごくうれしかった!!!!

で、Emmanuel登場!普通に私たちの机の横を通り過ぎました。

憧れの人が近くにいるって、本当にすごいことだと思う。

鼻血出るかと思いました。その瞬間!!

目が合いました・・・

『Heya!』

声をかけてくれました!!・・・・nyokki興奮のあまり、泣く。 笑

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

ライブで歌われた曲のほとんどが来年発売のCDからでした。

知らない曲だったけど、本当にどの曲もやっぱりよかった。

新CDはもっと主流のリズムで、英語で歌っています。なので、アフリカの音楽とかに

あまりなじみがなくても、自然に彼の音楽に入り込めるのではないかと思います。

屈託のない笑顔で客を巻き込みダンスを踊る姿に見入りました。

レポート用のビデオと写真を一番前で取っていたので、一緒にダンスに入れなくて残念でした。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

本人とも話すことができました!!感動!!

すごく気さくな人で、人見知りのあるnyokkiもすぐに打ち解けました。

彼のレーベルの社員Zと話したとき、その時に言っていたこと場を思い出しました。

『彼は、元少年兵のなかでもなにか、強い心とスピリットを持っていると思う。』

元少年兵の人たちは、社会復帰を果たしても、その過酷な経験から精神的に

トラウマを抱える人が多い。

彼の経験したことは絶対に私たちには想像もつかない残酷なことだったとおもう。

それでも、あんなにやわらかく笑う人をみたことはありません。

彼と話してみて、

人と話すときにその相手の目をじっと見てそらさないその目がすごく印象的でした。

『いつか日本に行ってパフォーマンスをしたいな』

そういってくれてとてもうれしかった。

早くもっと多くの日本人にも彼の歌声とメッセージを聞いてほしいなと思います。

今回のライブで、思ったことはいろいろありました。

一番印象に残ったのは、Emmanuelと観客たちの距離。

一緒にダンスをし、一緒のリズムを共有することに開放的なEmmanuel。

『もっと前に詰めて、僕の近くで踊ろう!』

一斉に踏むステップに会場中が地響きのリズムに包まれました。

でも、ひとつ。

過酷な経験を基にしたメッセージのこもった陽気な音楽で

不自由なく育ってきた観客がリズムを共用するその光景が

とても不思議に感じました。

そうそう、なんとnyokkiステージに上がりました。

いきなりEmmanuelに手を引かれ、突入。

むちゃくちゃシャイなnyokkiだけど、とても楽しかったです!良い思いでになりました

来年、またインタビューをすることができたらいいなと思います!!!

報告おわり☆

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

追記:私たちのレポートがインターネットラジオで聞けます。

放送時:11月12日 1時〜2時

サイト:http://www.openair.org.uk/

右側緑色の枠内の'Listen to OpenAir'へアクセスしてみてください。

アーカイブも近々アップされます。

SOAS OpenAir Radio内の”OpenAir Japan”の項目をチェックしてみてください!!




Emmanuel Jal 

November 07 [Wed], 2007, 13:00
ついに、憧れの人に会うことができました。

Emmanuel Jal (エマニュエル・ジャル) 元少年兵のシンガーです。

彼の存在を知ったのは友人S。よい歌手がいるよということで、音楽を聴いてみました。

かっこいい!!!即はまりました。

しかし、彼を好きになったもうひとつの理由は、彼のBackgroundです。

簡単ですが、彼について紹介します。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

Emmanuel Jalは現在約27歳。

1980年頃(本人も確かではないらしい)

スーダン南部の村で生まれ、9歳で少年兵になりました。

幼いときに、母は目の前で反政府軍により殺され、姉をレイプされました。

村も焼かれ、父は反政府軍の一員となりました。

その経験による憎悪から、復讐を誓い、9歳のときに自ら少年兵に志願しました。

少年兵時代の彼は、より多くの敵、アラブ人やイスラム教徒を殺すことが自分の望みだ、

と語っています。

その後、彼は400人の仲間とともに、軍を去りました。

安全な場所を求め、何ヶ月もさまよい続け、

その途中で多くの仲間が溺れたり、ワニに襲われたりと命を落としました。

側で死んでいく仲間を、飢えをしのぐために食べるという窮地に追い込まれる経験もしました。

結果、イギリスの支援団体に保護されたとき、400人いた少年たちは12人に減っていました。

11歳のとき、イギリス人aid worker、Emma MacCuneの養子となり、

ケニアへ移り住みました。

その彼女も1993年若くしてなくなりましたが・・・。

"I believe I survived for a reason"  


その経験から、彼は自分が生き残った理由を考えます。

その後移りすんだケニアで、彼はキリスト教徒とイスラム教徒が共存しているのを見ました。

そして、かつてより多く殺そうとしていた敵のイスラム教徒への考えも変化しました。

イスラム教徒の友人を作り、彼は着実に社会復帰へと足を進めていったのです。

彼はこう語っています。

"I allowed myself, opened my heart to learn many things, then it helped me to overcome the bitterness, so I managed to forgive."

しかし、少年兵が社会復帰をするのは大変なことです。

心に傷を負い、モラルを失っている彼らが社会に戻るには、リハビリが必要です。

たとえ戻りたくとも、彼らを受け入れるコミュニティーが拒否をすることもあるのです。

そうして社会復帰から外れてしまった子供たちは

ストリートチルドレンになってしまうことも少なくありません。

2005年にはスーダン北部のバンド、Abdel Gadir Salimと共に

アルバム『Ceasefire (停戦)』を発売。

その中の一曲『Baai』は映画『ブラッド・ダイアモンド』にも使われました。


Emmanuel 自身、スーダン、ケニアを根拠地とした"Gua Africa"を設立。

チャリティーをとおして、子供のために学校や施設を建てています。

Guaはアラビア語で'power' の意味です。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

私が彼の存在を知ってまだ日が浅いですが、

彼を追いかけて突っ走ってきました 笑

自分の所属する学校のラジオ番組で取り上げました。

その彼のライブが昨日あったんです!!!!!

思えば、この日を待ちに待っていました。

彼の所属レーベルに頼まれたフライヤーをコピーし、人に配り、

いろんな人に声をかけ・・・。

こういうことってやったことがなかったので、ほんとに勉強になりました。

この話はまた別の機会に話そうと思いますが・・・。

で、会っちゃいました!!

今回は長くなったので、次回に

ここで彼の曲がきけます!↓

http://myspace.com/emmanueljal

youtube(動画)↓

http://www.youtube.com/watch?v=EGtg5KmTcK4

スワヒリ語 

November 05 [Mon], 2007, 1:07
スワヒリ語を始めました。

本当はハウサかヨルバ語もやりたかったのですが、

オーバースケジュールになるので、それはまた来年にとっておきます。

語学の才能ゼロのnyokkiですが、なんとかやっていけそうな感じ。

ただ、イギリスでスワヒリをやるのは、日本で勉強するのとは大違い。

アフリカの言語で選べるのは、うちの大学だと


スワヒリ

ハウサ

ヨルバ

ズル

アムハリック


ソマリ

その他にも更に学部外で、授業料を払えば(5万円くらい)
ティグリニア

ショナ

イボ

アフリカーンス

チュイ


を学ぶことができます。

スワヒリはその中でも一番人気で、

アフリカの言語のクラスには珍しい大人数なクラスになっています。

そのなかのほとんどがアフリカの各地へ行ったことがあり、

アフリカ内の国で育ったとか、住んでいた人は少なくありません。

アフリカ好き好きと言っていたnyokkiですが、キリマンジェロがタンザニアにあることも知らなかった

お粗末物であります。

(最近ビッグベンが工事をしていることも知らなかった

でも、語学を選んだのは正解だなと思います。

なぜかというと、語学はその文化を知る基礎の基礎だと思うからです。

語学をやらないと、見えてこないこともあります。

例えば、挨拶の仕方でも、その文化が見えてきます。

目上の人に向けての挨拶、友達同士、年下の人への挨拶。

そういった細かいところにも人々の生活や社会のルールが見えてきます。

ただそのシステムを学ぶのではなく、自分も言語を通して

そのシステムに少しながら組み込まれてみて、そこから学ぶのは面白いです。

ちなみに、スワヒリ語の名前をもらいました。

nyokkiの名前は『TUMAINI(トゥマイニ)』→『希望』という意味です。

でも、なんだか名前って感じの響きじゃない 笑

でも、せっかくなので、本名と同じ意味の名前がほしかったからいいかな〜

(nyokkiのkiは『希望』の希です。) 





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about nyokki
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只今、英語、スワヒリ語を特訓中
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