布勢スプリント

2011年07月01日(金) 15時56分
100mには標準記録を狙う江里口選手が出場しましたが、1本目10秒41(-0.7m) 、2本目10秒40(-0.6m)で突破ならず。
追い風ならB標準あたりは出ていたのかなと思いますが、記録が出ない時って、何故かなかなか出ないですよね。昨年アジア大会までの男子マイルとか…。

しかしB標準の10秒25って普通に考えるととんでもなく速い記録です。20年前に井上悟氏が10秒20の日本新をマークする前の記録を上回るわけですから。まあそんなこと言い出したらフィールド種目はもっとハイレベルな設定にされてますが。

話がそれましたが、エースの江里口選手には何とか踏ん張ってほしいところ。次はアジア選手権でしょうか?となるとユニバー競技場で記録を狙うのは難しいかなと思いますので、優勝で代表入り狙い…いや、しかし昨年のアジア大会決勝を見ても、全体的なレベルは上がっていますからメダルを取るのも決して簡単ではないでしょう。フランシスも出場だったような気がしますしね…。いずれにしてもいい勝負を期待したいと思います。


そして女子100mでは福島選手が追い風参考ながら11秒16(+3.4m)を記録!しかしそれより1本目に向かい風0.3mの中でセカンドベストとなる11秒24をマークしたことの方が驚きです!
いや、やっぱり強風とはいえ11秒1台の走りを出来たことも大きいか(どっちなんだ)。
というより、風に大きく影響を受けずに安定して自分の走りが出来たということが一番評価されるべきポイントでしょうか。世界陸上でどんな走りをしてくれるか楽しみです。が、その前にアジア選手権の200mですね。

その他の詳細は省いてしまいましたが、こんなところで。

〜了〜

スプリント挑戦記録会in鳥取

2008年06月01日(日) 0時00分
とうとうやりましたね。というのはもちろん女子100mの話ですが、まずは結果から。

1本目+0.8m

1位 福島 11秒28
2位 高橋 11秒44
3位 渡辺 11秒63
4位 石田 11秒92
5位 和田 11秒95

1本目+1.9m

1位 福島 11秒24
2位 高橋 11秒32
3位 渡辺 11秒57
4位 佐野 11秒85
5位 石田 11秒86
6位 斎藤 11秒98

というわけで、見事に福島選手が日本新&A標準突破、更には日本女子初の11秒2台を実現しました。しかも1日で2回連続という内容が素晴らしいですね。11秒3台がギリギリ出せるかどうかというのが日本女子の一つの限界かなと最近までは思っていましたが、一気にこれまでの次元を超えたと言っていいでしょう。やはり福島選手は天才ですね。
こうなると男子同様に世界大会でも準決勝以上の結果を期待してしまう…というのは気が早いかもしれませんが、今回のレースはそれ位の可能性があることを数字の上で証明したと言えるかもしれません。なんにせよ大きな進歩となる歴史的なレースでした。

また高橋選手も連続自己新で2本では従来の日本記録を上回り、見事にB標準を突破しました。これで2人とも世界陸上出場権を得た訳ですが、高橋選手はA標準も可能性を感じる走りでしたね。それが実現するのは福島選手を破った時かもしれません。

渡辺選手は織田の時より放されましたが、自己タイを記録。B標準まではまだ0.2秒近く足りませんが、昨年よりいい走りを続けていることを考えると、ハマった時に一気に記録を伸ばすかもしれません。
女子同様に期待された男子100mは1本目で塚原選手が1着に入るも記録は10秒36にとどまりました。女子程には相性のいいトラックではないのかもしれませんが、それより何より気になるのは塚原選手が2本目のレースを棄権したこと。大きな怪我でないことを願うばかりです。

その2本目を制したのは1本目で塚原選手に続き10秒40で2着に入っていた高平選手。記録は10秒32のフォースベストタイでした。出来れば10秒1台を出してほしかったのはありますが、やはり昨年と比べてアベレージは上がっているようです。
他に気になったのは1本目に10秒40で3着に入った仁井選手と2本目に10秒43で2着に入った中京大の加藤選手。仁井選手は自己新も時間の問題でしょうか。
加藤選手はおそらく自己新ですね。10秒50で3位の小島選手等を破ったことも価値があります。

続いてハードル種目。
男子110mHの1本目は田野中選手が13秒76(+2.5m)で1着、2着はモーゼス選手で13秒84。大橋選手は14秒11で6位、今季初戦の内藤選手は14秒20で7位でした。

2本目ではモーゼス選手が13秒77の自己新で1着。関東インカレ制覇に続いて見事な走りを見せました。
田野中選手はハードルをぶつけたみたいですが、13秒81で2位。大橋選手は1本目より記録を伸ばして13秒90で3位に入りましたが、内藤選手は14秒06でまたしても14秒台にとどまり5位。怪我の影響は相当大きいようですね。
日本選手権では好調のモーゼス選手がどこまでいくかも楽しみです。

女子100mHでは寺田選手が13秒29のジュニア新を記録。ミスがなければ13秒20はいけていたとのことなので、B標準も射程圏ですね。

気がつけば日本選手権の開催も迫ってきました。最大の見所は再び福島選手と高橋選手の対決になるかもしれない、そんな予感がする記録会でした。

〜了〜

男子短距離歴代記録

2009年05月14日(木) 19時10分
春季グランプリでいくつか変動があったので少しまとめてみました。

◆日本歴代記録◆
○100m
1位 伊東 10秒00
2位 朝原 10秒02
3位 末續 10秒03
4位 川畑 10秒11
5位 田島 10秒13
5位 塚原 10秒13★
7位 窪田 10秒19
8位 井上 10秒20
8位 小島 10秒20
8位 高平 10秒20★

○200m

1位 末續 20秒03
2位 伊東 20秒16
3位 大前 20秒29
4位 高平 20秒31★
5位 塚原 20秒35
6位 朝原 20秒39
7位 藤光 20秒46
8位 安孫子 20秒48★
9位 宮崎 20秒53
10位 藤本 20秒56

○400m

1位 高野 44秒78
2位 山村 45秒03
3位 小坂田 45秒05
4位 金丸 45秒16★
5位 山口 45秒18
6位 簡 45秒33
7位 森田 45秒44
8位 佐藤 45秒50
9位 苅部 45秒57
10位 伊藤 45秒63



21位 廣瀬 45秒98★
25位 石塚 46秒02★

ついでにこんなものも

◆セカンドベスト歴代記録◆
○100m

1位 朝原 10秒05
1位 末續 10秒05
3位 伊東 10秒06
4位 塚原 10秒15★
5位 井上 10秒21

○200m
1位 末續 20秒20
2位 伊東 20秒25
3位 高平 20秒35★
4位 安孫子 20秒50★
5位 大前 20秒57

○400m
1位 高野 44秒90
2位 山口 45秒20
3位 金丸 45秒21
4位 小坂田 45秒26
5位 簡 45秒64

更に

◆サードベスト歴代記録◆
○100m
1位 朝原 10秒08
1位 伊東 10秒08
3位 末續 10秒10
4位 塚原 10秒16★
5位 土江 10秒25

○200m
1位 末續 20秒22
2位 伊東 20秒29
3位 高平 20秒46★
4位 大前 20秒59
5位 塚原 20秒61★
+
6位 安孫子 20秒62★

○400m
1位 高野 44秒91
2位 金丸 45秒27★
3位 小坂田 45秒28
4位 山口 45秒31
5位 田端 45秒72

※いずれも同一試合での記録は除く。★印は今季変化のあったもの。

こうして見てみると塚原、高平、安孫子、金丸の4選手がこの春季でかなりハイレベルなパフォーマンスをしていることが改めて分かります。
世界陸上に出場出来れば、全員が準決勝以上を狙えるレベルではないでしょうか。
また100mと200mに比べて人材不足のイメージがある400mですが、歴代30以内の記録を石塚選手と廣瀬選手がマークしているのは明るい話題です。
これからインカレやアジアグランプリなどが本格的に行われますが、更に上記のランキングが目まぐるしく変わるシーズンになってほしいですね。
〜了〜

今さらですが

2008年10月01日(水) 0時00分
実は短距離の吉野達郎選手が引退していたことを昨日知りました。ミズのHPで確認すると確かに昨年の8月一杯で退社し、競技生活を終えるあります。何で知らなかったのか不思議ですが、驚きました。
吉野さんと言えば2005年のヘルシンキ世界陸上でリレーの3走を務めて8位入賞に貢献した選手。同年のアジア選手権では200mで銀メダル、リレーで金メダルを獲得し、北京オリンピックの代表争いに絡んでくるものと思っていました。しかし2006年の日本選手権200m決勝で脚を痛めて最下位に終わってから精彩を欠き、それ以降は低迷したままでした。因みにこの時のトップ3は末續、高平、塚原の3選手。おそらく吉野さんも好調だったので、最後まで走れていたらどうなっていただろうかと思ったものです。

100mで10秒27、200mで20秒67のベスト記録を持つ同氏が初めて印象に残ったのは2001年の日本ジュニアで20秒81をマークした時。その時に優勝した大前選手が20秒29の驚異的なジュニア新をマークしていたため、少し影に隠れてしまいましたが、それでもかなりのインパクトはありました。
その後も2003年のユニバーシアードで200m入賞、リレーで金メダルを獲得し、前述の世界陸上出場へと結び付いていくわけですが、復活出来なかったのは残念です。
まだ若い選手だけに吉野さんの引退は不思議な感じなのですが、いかにトップクラスを維持し続けることが難しいかということですね。
それでも昨年メダル獲得まで辿り着いた日本リレー史の重要な一員であったことに違いはありません。
今年は同期の大前選手には頑張って頂きたいところですね。

〜了〜

朝原選手の引退について 11

2008年12月16日(火) 19時33分
前回、前々回と朝原選手の世界大会での実績を振り返りましたが、世界の舞台で強かったのはオリンピックや世界陸上に限らずグランプリレースでも秀でた成績を持つだけでなく、記録面でも抜けています。 日本人の海外最高記録は伊東氏がアジア大会で出した10秒00ですが、国際グランプリレースでは朝原選手の10秒02が最高記録となります。というわけで、その辺りをランキングにすると、 ◆日本人国外記録ランキング 1位 伊東 10秒00 1998年 2位 朝原 10秒02 2001年 3位 伊東 10秒05 1998年 4位 伊東 10秒06 1999年 5位 朝原 10秒08 1997年 ※非公認記録では伊東氏が10秒03(1998年)、朝原選手が1006(2001年)を記録。 ◆日本人・海外グランプリレースにおける記録ランキング※大阪GP除く 1位 朝原 10秒02 2001年 2位 伊東 10秒06 1999年 3位 朝原 10秒08 1997年 4位 朝原 10秒12 2002年 5位 朝原 10秒15 1997年 と、よりレベルの高い試合で力を発揮していることがよく分かります。ついでに国内もランキングにしてみると ◆日本人国内記録ランキング 1位 末續 10秒03 2003年 2位 末續 10秒05 2002年 2位 朝原 10秒05 2002年 4位 伊東 10秒08 1998年 5位 朝原 10秒09 2004年 と、末續選手が上位を占めています。今、気付いたのですが、国内で出された10秒0台は水戸国際と日本選手権だけだったんですね。 また朝原選手は日本人で最も多く10秒0台を出した選手ですが、内訳は 10秒02 2001年 10秒05 2002年 10秒08 1997年 10秒09 2004年 の計4回で非公認では 10秒04 1997年 10秒06 2001年 と2回出しており、トータルの6回も最高記録ですね。 ちなみに伊東氏は4回(非公認を含めて5回)、末續選手は2回です。 更に朝原選手の10秒1台の回数は28回でこちらも過去最多。年度ごとの内訳は ・93年/10秒19 計1回 ※追参/10秒19 計1回 ・96年/10秒14、10秒16、10秒19 計3回 ・97年/10秒15、10秒15、10秒15、10秒16、10秒17、10秒19、10秒19、10秒19 計8回 ・99年/なし(追参で2回) ・01年/10秒15、10秒18、10秒19 計3回 ・02年/10秒11、10秒12、10秒12、10秒15、10秒19 計5回 ※追参 10秒16 計1回 ・04年/10秒16、10秒17 計2回 ※追参/10秒16 計1回 ・07年/10秒14、10秒15、10秒15、10秒16 計4回 ※追参/10秒17、10秒18、10秒19 計3回 ・08年/10秒17、10秒19 計2回 追い風参考も含めると計34回。0台も入れた10秒1台以内では計32回、非公認を含めて42回にもなります。 他の選手の10秒1台以内は伊東氏で6回、末續選手で18回、塚原選手で2回ですから、如何に朝原選手の安定感が凄かったかが分かります。 しかも半分以上が30歳になる2002年以降の記録であることと、多くが海外で出されたことに大きな価値がありますね。

朝原選手の引退について 10

2006年12月01日(金) 0時00分
続いて朝原選手の世界大会での出場レース数ですが、オリンピックでは100mが7レース、リレーが8レースで計15レース。世界陸上では100mが14レース、リレーが12レースで計26レース。トータルでは41レースも走ったことになります(※96年アトランタ五輪のリレーで失格になったレースも含む)。

他の選手をみてみると、
末續選手がオリンピックの個人で6本、リレーで7本の計13レース。世界陸上では個人で12本、リレーで7本の19レース。トータルで32レース。

伊東浩司氏はオリンピックの個人で9本、リレーで6本の計15レース。世界陸上では個人11本、リレーで8本の計19レース。トータルで34レースとなります。

世界陸上が4年に一回だったため、単純に比べることは出来ませんが、高野氏を見てみるとでオリンピックの個人が10本、リレーで6本の計16レース。世界陸上では個人8本、リレーで5本の計13レース。トータルで29レースという数字になります。
これらをそれぞれランキングにしてみると

◆五輪/個人種目出場レース回数
1位 高野 10回
2位 伊東 9回
3位 朝原 7回
4位 末續 6回
5位 為末 5回※

◆五輪/リレー種目出場レース回数

1位 朝原 8回
2位 末續 7回
2位 小坂田 7回
4位 高野 6回
4位 伊東 6回

◆世界陸上/個人種目出場レース回数

1位 朝原 14回
2位 末續 12回
3位 伊東 11回
4位 為末 9回※
4位 苅部 9回※
6位 高野 8回
6位 山崎 8回※
6位 内藤 8回※

◆世界陸上/リレー種目出場レース回数

1位 朝原 12回
2位 伊東 8回
2位 井上 8回
4位 末續 7回
5位 高野 5回
5位 土江 5回
5位 松田 5回

※はハードル種目

そして両大会トータルでは

1位 朝原 41回
2位 伊東 34回
3位 末續 32回
4位 高野 29回
5位 井上 21回

となります。更に朝原選手は走り幅跳びにおいて1995年の世界陸上で予選と決勝、96年五輪で予選、97年の世界陸上で予選と計4ラウンド、更に世界室内も入れると、97年に走り幅跳びで予選、99年と01年に60mで準決勝、03年に60mで予選と計6ラウンドも経験していますから、全て合わせると50回以上も世界大会の各ラウンドに挑戦してきたわけです。(走り幅跳びをカウントしてしまうのは微妙な気もしますが)
単純に競技歴が長いだけでなく、積み重ねたものの深みがそのまま朝原選手の強さに繋がっているのでしょう。

おそらく次回がラストです。
〜続く〜

朝原選手の引退について 9

2008年12月04日(木) 15時36分
大分長々と続いてしまいましたが、今回は朝原選手のこれまでの実績を客観的なデータでいくつかまとめてみました。

まず、誰も成し得なかった功績としては

◆日本人初の10秒1台(10秒19)、10秒0台(10秒08)

という実績がやはり歴史に残る快挙と言えるでしょうか。
そして
◆保持している日本記録
○150m(15秒46)
○室内50m(5秒75)※60m途中掲示
○室内60m(6秒55)
○室内100m(10秒41)
○400mR(38秒03/塚原-末續-高平-朝原)
○スウェーデンR(1分48秒27川畑-朝原-田端-小坂田 ※国別世界最高記録)

◆上記以外でこれまでに樹立した日本記録
○60m
・6秒63(1999年)
○100m
・10秒19(1993年)
・10秒14(1996年)
・10秒08(1997年)
○400mR
・38秒44(1997年/井上-伊東-土江-朝原)
・38秒31(同上)
・38秒31(2000年/川畑-伊東-末續-朝原)
・38秒21(2007年/塚原-末續-高平-朝原)

と、最高記録も含めると14回も日本記録を出しました。

続いて朝原選手の魅力といえば、やはり海外で力を発揮する強さですが、オリンピックに4回出場は過去最多タイ、世界陸上には6回も出場しています。
そしてオリンピックで準決勝5位(1996年)は戦後最高成績。上には1932年オリンピックで6位入賞を果たした吉岡氏がいるだけで、個人では競技人生最高の成績といえるのではないでしょうか。
また世界陸上での準決勝7位(01年、03年)も過去最高。準決勝出場回数もオリンピックで一回は歴代2位タイ、世界陸上で4回は最多、トータルで5回も最多記録です。

ちなみに100mで準決勝以上に進出したのは前述の吉岡氏、飯島氏(1964年・1968年/オリンピック)、井上氏(1993年/世界陸上)、伊東氏(2000年/オリンピック)、塚原選手(2008年/オリンピック)の6人で、トータル11回のうち、半分近くは朝原選手の実績となっていることも凄い点です。

また世界大会での各ラウンドごとに出した記録のランキングを調べてみると

◆世界陸上
○1次予選
1位 朝原 10秒14 2007年
2位 塚原 10秒20 2007年
3位 朝原 10秒22 1997年
4位 朝原 10秒23 2003年
5位 朝原 10秒25 2001年

○2次予選
1位 朝原 10秒16 2007年
2位 朝原 10秒17 1997年
3位 朝原 10秒23 2003年
4位 塚原 10秒31 2007年
5位 井上 10秒34 1993年

※追い風参考では井上氏が1991年に10秒21、風速疑問計測による非公認記録としては朝原選手が2001年に10秒06を記録。

○準決勝
1位 朝原 10秒33 1997年
1位 朝原 10秒33 2001年
3位 朝原 10秒36 2007年
4位 井上 10秒39 1993年
5位 朝原 10秒42 2003年

◆オリンピック
○1次予選
1位 朝原 10秒25 2008年
2位 末續 10秒27 2004年
3位 朝原 10秒28 1996年
4位 朝原 10秒33 2004年
5位 川畑 10秒39 2000年
5位 塚原 10秒39 2008年

○2次予選
1位 朝原 10秒19 1996年
2位 末續 10秒19 2004年
3位 塚原 10秒23 2008年
4位 朝原 10秒24 2004年
5位 伊東 10秒25 2000年

○準決勝
1位 朝原 10秒16 1996年
1位 塚原 10秒16 2008年
3位 伊東 10秒39 2000年

更にラウンドに関係なく、日本人が出した両大会の記録をランキングにすると

1位 朝原 10秒14 2007年
2位 朝原 10秒16 1996年
2位 朝原 10秒16 2007年
2位 塚原 10秒16 2008年
5位 朝原 10秒17 1997年
6位 朝原 10秒19 1996年
6位 末續 10秒19 2004年
8位 塚原 10秒20 2007年
9位 朝原 10秒22 1997年
10位 朝原 10秒23 2003年
10位 朝原 10秒23 2003年
10位 塚原 10秒23 2008年

と、朝原選手がほとんど上位を占めています。もちろんキャリアの違いはあるので塚原選手らが今後、記録を塗り替えていく可能性はあるでしょう。しかし2007年〜2008年の記録、つまり朝原選手が35歳になってからの記録がランキング上位に位置している一流選手としての息の長さと、それぞれの時代に対応してきた強さが何より素晴らしいことですね。

※今回のランキングは今の電動計時システムが導入されてからの記録で作成しました。
〜続く〜

朝原選手の引退について 8

2008年11月27日(木) 20時06分
大阪世界陸上と全く同じメンバーで挑んだ北京五輪400mリレー。
予想は38秒52とやや物足りなさも感じる記録でしたが、アメリカとイギリスが失格したこともあり、全体3番目のタイムで決勝進出を果たしました。
当然メダルの可能性が高まったわけですが、1走の塚原選手は脚に不安を抱えていましたし、末續選手は200mで20秒93かかって1次予選を落選する程の不調だっただけに、確実とはいえませんでした。

しかしいざ決勝レースが始まって見ると塚原選手がトップ争いを演じる好スタートをきり、末續選手も予選とは見違える素晴らしい走りで高平選手へ。そして見事なコーナリングを見せた高平選手がアンカーの朝原選手にバトンを渡した時にはトリニダード・トバゴがミスしたこともあり、2番手争い。
さすがに100mで銀メダルを獲得し、トバゴのアンカーを務めたトンプソンには抜き返されましたが大きく引き離されることなく、ゴールへ。
最後は予選で冴えなかったブラジルも懸命にメダル圏内で粘りましたが、差を維持したまま見事に3着でフィニッシュを決め、銅メダルを獲得しました。
そしてタイムは38秒15の歴代2位。優勝したジャマイカが出した37秒10の世界新は別格としても、100mのファイナリスト2人がメンバーに入ったトバゴが38秒06でしたから、記録的にも内容的にもアメリカやイギリスがいないことによる棚ぼただとは必ずしも言えない素晴らしいレースでした(ラッキーだったことに違いはありませんが)。

前の3人が素晴らしかったからこそ今回のメダルがあるのはもちろんですが、やはりあれだけプレッシャーのかかる最後の混戦で自分の走り、あるいはそれ以上の力走が出来た朝原選手の貢献度は一番大きかったかもしれません。それはこれまで長年にわたり世界の最前線で戦ってきた朝原選手にしかないキャリアと、スプリンターとしての本能的センスが見事に噛み合った瞬間だったのではないでしょうか。最終的に100mでのファイナリストは実現しませんでしたが、ファイナルに何度も挑むことが出来たからこそメダルを獲得したチームのアンカーが務まった、ということでしょうか。
いずれにせよ細かい技術的な部分はともかく、朝原選手の競技人生の中で最も限界を超えたレースだった、といえるかもしれませんね。
逆に言うと、これほどまでにメダルを獲得することは困難な道のりなのだなとも思いましたが、ここで新たに作られた道が、日本スプリント界の財産になるのでしょう。

オリンピックの翌月に行われたスーパー陸上ではラストランとなる100mに出場。
リレーメンバー4人が全員揃う豪華なメンバーで行われたレースを10秒37で駆け抜け、見事に日本人争いを制覇。まさに有終の美となりました。
2002年あたりから100mでも絶対的な力を誇っていた末続選手に朝原選手が勝つのはもう無理だろうかと思っていましたが、7年ぶり(おそらくですが)の勝利が引退試合となったことに選手としての深みをより一層感じました。これまでの過酷な道のりを最後まで自らの力でコントロールされた訳ですから。

〜続く〜






朝原選手の引退について 7

2008年11月27日(木) 8時41分
2008年オリンピックシーズン。朝原選手は春先に体調を崩すアクシデントはありましたが、織田記念の予選で10秒17を記録し(決勝は棄権)、衰えを感じさせませんでした。
ただ体調不良の影響が長引き、大阪グランプリでは10秒83、関西インカレ200mでは21秒36で2位、北京プレ五輪では2次予選敗退するなど調子が上がりませんでしたが、日本選手権では3連覇を達成した塚原選手には敗れたものの、しっかりと間に合わせて2位に入り、オリンピック代表内定。朝原選手なら選ばれて当然の実力ですが、今振り返るとこの年に36歳なる選手が、実力を維持するということは凄いことですね。

その後は南部記念で優勝する他、五輪壮行レースでは10秒19をマークするなど、好調をキープ。私はこの壮行レースが最後に見た朝原選手の生の走りとなりました。
10秒19は第1レースで出したものでしたが、この記録は初めて朝原選手が日本記録を出した15年前の記録と全く同じ記録。どちらが優れた走りなのかは一概に比べられないと思いますが、記録という器は一緒で、走りという中身が長年の競技歴経て熟成されたものに変わっているのだと思うとなんだか感慨深いものがありました。
2本目のレースは10秒33と記録を落としていましたが、しっかり調整すれば問題ないだろうと思う反面、一日に2本のレースは前年以上に厳しいのかもしれないと思いました。

そして開幕された北京オリンピック。今度は正真正銘のラストチャンスでしたから、奇跡を起こしてくれるかもと期待を抱いていました。
が、現実はそう甘くはありませんでした。

1次予選は4着ながら10秒25でプラス通過トップのタイムで2次予選進出。走り自体は良かったと思うのですが、2次予選進出のメンバーを見て、厳しい戦いが予想されました。運が良ければ10秒1台でギリギリいけるかるかもしれないと思いましたが、結果は10秒37で8着。この時点で落選が確定しました。
後で知ったことですがレース前、脚に不安を抱えていたため十分な準備が出来ていなかったとか。やはり1日2本のスケジュールが影響したのかもしれません。
ただ、準決勝の通過最低タイムは塚原選手の10秒23、落選最高タイムが10秒14で、プラス通過のラインが10秒11だったことを考えると、全盛期の朝原選手でも通過は容易ではなかったかもしれません(改めて考えると塚原選手の通過、また準決勝総合で13番目という結果は凄いですね)。

朝原選手のスプリンターとしてのこれまでの歴史を振り返るならば、日本男子100mのレベルを一気に引き上げた功労者だと言えるでしょう。それが最も該当する時期は96年〜97年だと思いますが、98年以降は低迷。しかし01年〜02年には一度放された世界との差を再び縮める活躍を見せました。
03年からは再び低迷しましたが、07年にはまたもや復活を遂げ、ファイナリストに挑戦しました。この時は「追い付いた」というより、「食らいつき直した」という印象が強かったのですが、何度差をつけられてもその都度、長年に渡り世界との戦う態勢を立て直してきたことが何より凄いことなのではないでしょうか。
それでも最後のチャレンジとなった今回のオリンピックでは決勝でボルトが9秒69の驚異的な世界新を樹立する他、6位までが9秒台を記録し、8位が10秒03だった層の厚さにはさすがに対抗出来ませんでした。

しかし、100mでは敗れたものの、スプリンターとしての仕事が最後に残されていました。これまでメダル獲得を期待されながらも、惜しいところで逃し続けていた4×100mリレーです。

〜続く〜

朝原選手の引退について 6

2008年11月25日(火) 19時00分
2007年の朝原選手は春先から好調で織田記念では追い風参考ながら10秒18で優勝。
関西実業団の予選では10秒15を記録してA標準を突破。
日本選手権では前年のチャンピオンでアジア大会でも銀メダルを獲得した塚原選手に敗れて2位に終わっていますが、世界陸上の代表に内定。
南部記念でも10秒1台を連発(追参)する他、本番前の壮行レースでも再び10秒15をマークするなど好調でした。

いくら地元世界陸上への情熱があったとはいえ、約2年間の低迷期を経て、この年35歳になる選手とは思えない走りを披露する強さこそが一流の証だったと言えるでしょうか。

そして迎えた大阪世界陸上。1次予選で更にシーズンベストを更新する10秒14で1着通過。予選とはいえあのタイソン・ゲイに先着し、しかも流してこの記録には驚きました。全てが噛み合えば10秒0台は可能かと思えたその走りは2005年以降で会心のレースだったかもしれません。

同日行われた2次予選では10秒16で4着で通過。さすがに1日に2本という体力面での不安要素がタイムに影響を及ぼしましたが、10秒1台を数時間の間で2回記録する安定感は全盛期に近い強さでした。
地元の利を生かせれば、決勝進出も可能かと思われた準決勝。あれ程までにもレース前に手に汗握ったのはアトランタの準決勝以来だったでしょうか。
今回の朝原選手なら何かやってくれそうだという期待を抱いてスタートを待っていました。

しかしいざスタートがきられると、朝原選手は力んだ走りでみるみる上位から遅れを取り、8位でゴール。タイムは10秒36でした。
印象としては「力んだ」走りでしたが、「出力が足りなかった」と言った方が近いのかもしれません。
1次予選を全体2番目の記録で通過し、2次予選は全体7番目で通過した前日のハイパフォーマンスによるダメージを考えると相当に厳しかったということでしょうか。
ちなみに準決勝の同じ組で3着に入ったオソブニカルは10秒17、通過ラインの4着はバーンズの10秒21。朝原選手は2次予選でオソブニカルに0.03秒差でしたから、1次や2次のような走りが出来ていれば決勝進出の可能性があったわけです。もっともそれが一番難しいことでしょうから、あくまで単純な計算に過ぎませんが。
それでも立派で威厳のある走りだと感じたのは、1次・2次の走りは勿論、これまでの競技人生を纏い、全てを懸けた鮮やかさを感じたからかもしれません。
これは伊東氏がシドニー五輪の準決勝で走った時にも感じたことですが、記録は悪くても世界ベスト8を目指した時の極限状態の走りにタイムだけでは計れない迫力を感じました。それがラストチャンスと位置付けたレースなら尚更です。
もっとも決勝通過ライン10秒21に対しての10秒36ですから、タイムが悪いという表現は違うかもしれませんが。

そしてメダル獲得が期待されたリレーでは塚原-末續--高平-朝原のオーダーで予選を38秒21のアジア新記録で通過。朝原選手が日本人で初めて10秒0台をマークした1997年のアジア記録(38秒31)を10年ぶりに上回った瞬間でした。同じメンバーで挑んだ決勝では38秒03と更に記録を更新。アメリカ、ジャマイカ、イギリス、ブラジルの順に上位4チームが37秒台を出した史上最高のハイレベルな争いだったため残念ながらメダルに届かず順位は5位。
しかしこれだけレベルが高い争いの中、一流チームを相手に全く引けを取らなかったということはある種、メダルを獲得するよりも価値のあるこだったのではないでしょうか。
実際にこの時のレースを現地で観戦していたのですが、感想として「悔しい」というより、「凄いな」と肌で感じた気持ちの方が強かったですね。

結局、朝原選手は個人でのファイナル進出もリレーでのメダル獲得もなりませんでしたが、これだけやってくれれば当初言っていたように引退してもファンとしては十分かなと思う反面、あと一年後のオリンピックまで続けてほしいとも思っていました。
しかしオリンピック後のスーパー陸上で海外勢をはじめ、塚原選手、小島選手、上野選手に敗れ10秒64の7位に終わった時にこれで引退かもしれないと思うと大きな寂しさを感じました。

それだけに現役続行を表明してくれた時は嬉しかったですね。

〜続く〜
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一体何のためなのか、ド素人が勝手に陸上競技を語らせて頂いてます。2010年からはこれまで以上に男子短距離ネタに専念予定ですが、気になればその他の話もアップします
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