村上さんの掌・4 

2007年01月19日(金) 20時56分
 十字路の一角、私たちを囲む家々のうちの一軒、ひときわ高い屋根を持つ民家は消滅していました。消滅した過程も、消滅した瞬間も見ることができませんでした。ただ家が消滅したという結果のみが、そこにはありました。
 その家に手をかざしていた男の人にめを移してみました。男の人は、その家に向けてかざしていた手を今から下ろそうとするところでした。そこにあったものが、いきなり消滅する。誰かが隠す布無しでマジックでもやったのでしょうか。いいえ、そんなことどんなに高名なマジシャンにだって出来るはずがありません。そもそも、こんな夜中に観客もテレビカメラもないのにマジックを披露する必要がありません。
「どうして、こんなことを?」
 私はマジシャン当人に尋ねてみました。このあたりには私と男の人しか居ないのですから、原理はどう消去法で犯人は男の人であると私は判断しました。
「この世に存在しなければならないものが一つもないからですよ」
 男の人は否定しませんでした。つまり、私の予想は当たっていたということです。
 いやいや、それよりも。
「どうやったんですか、今の」
 原理を聞かなければいけません。原理を聞かないとこの現象を認めることが出来ません。ところが男の人は、
「こうやって手をかざして、『消えろ』って念じるんです。強く」
 さっぱり答えらしい答えを返してくれません。
「そんなことで物体が消えるわけないじゃないですか」
 私は抗議しましたが、同時に楽しくなり始めていました。誰かに文句をつけるのは、悪趣味と言われようとも楽しいものです。
「『強い想い』の基準が違うんですよ、私にとっての『強い想い』は、あなたたちが想像しているものの数十倍は協力だ」
 この言い方にはいらつきました。つまり自分以外の想いはみーんな弱いと言っているのです。私は自惚れ屋は嫌いなので、何とかして言い負かしてやろうとしました。
「じゃあ、私でもあなたと同じくらいの『強い想い』を抱くことが出来れば、物を消滅させたり、恋人との寄りを戻したり出来るって言うんですか」
「ええ、もちろん」
 男の人は戸惑いもせずに言いました。私はムキになって畳み掛けました。
「じゃあ教えてくださいよ、あなたなみの『強い想い』を抱く方法を」
「いいでしょう。教えてあげます」
 これまたあっさりと。
「そ、……そうですか」
 おかげで逆に私のほうが戸惑ってしまいました。

村上さんの掌・3 

2007年01月19日(金) 20時25分
 夜の光、夜の風に吹かれ、私と男の人は並んで歩いていました。家に帰りたくなんかありませんでしたし、誰か家族でも知り合いでもないまったくの他人に、話しを聞いてほしい気分だったからです。
 だから私は、男の人とあてどなくどこともなく歩きながら、男の人に生田君との出来事を話しました。出会いからセックスの件について、全部話しました。
「それは大変ですね。私には関係ありませんが」
 そりゃそうだけど、そこまではっきり言うことはないじゃないか、と私はムッとなりました。暗かったので遠慮なく表情を変えました。
「不機嫌にさせてしまいましたか」
 しかし男の人は私の表情を見抜きました。
「私の顔、見えるんですか?」
「ええ、表情は目が見えなくても見えますからね」
 目が見えないのに、表情が見える。仕組みがわかりません。もしかして、この人は人間じゃないんじゃないか? とすら、考えてみました。とにかく、悲しいこと以外のことで頭を満たしたかったのです。
「ちょっと立ち止まってくれますか」
 後ろから男の人の声が聞こえました。振り返ってみると、暗い中にぼんやりと人影が見えました。考え事をしているうちに立ち止まった男の人を追い抜いてしまっていたようです。私はあわててUターンしました。
「恥らっていますね」
「仕方ないじゃないですか」
「話している途中に考え事に夢中になるのは」
「ごめんなさい」
 しかし男の人の周囲には何もありませんでした。四方にただの一軒家が、少しずれた四方にはアスファルトが敷き詰められた、何の変哲もない十字路です。こんなところにわざわざ立ち止まる必要なんかあるのでしょうか。
「ちょっと見ていていただけますか」
 男の人は、私たちを囲む家のうちの一軒、一番屋根の高い家を向いて、手をかざしました。

村上さんの掌・2 

2007年01月07日(日) 23時26分
 だから私は都会へ出るのをやめることにしました。生田くんは都会へ出ないで地元で進学して働くつもりだったようなので。
 確かに私は特別で、地元の外でも通じるほど優秀な成績を収めていました。しかし、それがどうしたと言うのでしょう。いくら優秀で特別で品行方正で先生を味方につけても、私を好きになってくれる人が必ず現れるとは限らないのです。
 高校を卒業すると同時に、つまり高校の卒業式の翌日から、私を生田くんは付き合うことになりました。同時に、母親に「都会への進学を取りやめる」と告白しました。せっかくのチャンスを自ら握りつぶしてしまうのですから、親はきっと激怒するだろうな、と覚悟していたのですが、
「ああ、そう」
 と、あっさり許可してくれました。私の優秀さは親の教育の賜物なのです。
 それから私は一日おきに生田くんの家を訪ねるようになり、半同棲生活がスタートしました。生田くんは高校を卒業してから地元で一人暮らしを始めたので、ここで言う生田くんの家とは生田くんが一人暮らししているアパートのことです。親の目も他人の目も無い、狭くて臭くて風呂なしの二人っきりの空間で、私たちは呼吸している時間よりも長く触れ合い、「おはよう」の回数よりも多くセックスをしました。

 ま、それも最初の一ヶ月くらいの話ですけど。

 そりゃ四六時中触れ合って目が合うたびにセックスをしていれば、お互い飽きるのも早くなります。適度な節制こそが関係を長続きさせる秘訣である、と私は同棲生活で学びました。
 同棲生活を始めて一ヶ月と六日が過ぎたある夜、私と生田くんは普段と変わらない調子でセックスをしていました。その最中、私は一つの異変に気が付いたのです。
「ねえ、生田くん」
「何だ」
「しぼんでない?」
 そう、私の中に入っているのに、生田くんのものはしぼんでいました。締め付けてみても、柔らかいままでした。擦っても叩いても舐めてみても反応はありませんでした。
「これって、どういうこと?」
 生田くんのふにゃふにゃのものを掴んで、私は生田くんを問い詰めました。
「そ、それは……まあ、な。毎日のようにやってりゃ、調子の悪い日もあるさ」
 と、生田くんは醜く言い訳しましたが、私には分かっていました。
「私に、飽きたんでしょ?」
「そんなことはねえよ」
 生田くんは首を横に振りましたが、生田くんのものはふにゃりと首を縦に振りました。
「やっぱりね」
 私はさっさと服を着て、
「おいまてよ、俺よりこんなものの方を信用すんのかよ? バカじゃねえの?」
 まだ見苦しい言い訳を続ける生田くんに背を向けて、生田くんの部屋を戸に出しました。
 私は思いました。この恋は、この一ヶ月間がピークだった、と。どんなものでもピークを超えてしまえば、後は降下する一方です。生田くんが飽き始めてしまったこの恋も、あとはどんなに長続きさせようとも右下がりの斜線が上を向くことは無いのだ、と。
 これから先、この恋に待っているのは悲しみや苦しみや妬みや未練ばかりです。そんな嫌な思いばかりするのならば、こんな恋にはさっさと見切りをつけて、次の恋を始めたほうがいい。と、優秀な私の頭は理解していました。

 理解していたんです。理解だけは。

 生田くんの家から私の家へと続く夜道を歩きながら、私は泣いていました。頭で理解していたことに心が追いつかずに、悲鳴を上げていたのです。こんな恋の終わりは嫌だ、私はまだ生田くんが好きなんだ。と、心が訴えていました。心の痛みは全身に染み渡り、体の内側が悲鳴を上げました。その痛みを忘れるために、私は走りました。涙で目がにじんで前も良く見えませんでしたが、それでも私は疲労で痛みを和らげるために必死になって走りました。
「ひゃっ」
 ふと、誰かと衝突してしまい、尻餅をついてしまいました。硬かったので電柱か何かかな、と思い、涙でにじんだ目をぬぐってぶつかったものを見てみました。
「大丈夫ですか」
 男の人でした。私と衝突した男の人は、私に手を差し伸べていました。

村上さんの掌・1 

2007年01月03日(水) 11時44分
 初めまして、私の名前は蟹田志保、21歳女です。地元のローカル氏でライターとして働いています。といっても、仕事をするのは州に1日か2日程度なんですけどね。……そうですよ正式には家事手伝いですよ。
 今は無しょ、いや家事手伝いな私ですが、これでも子供時代は特別な存在だと持て囃されたものです。幼稚園の頃、初めて漢字を書いたのは私でした。小学校の頃、初めて彼氏を作ったのは私でした。中学校の頃、初めて浮気されたのは私でした。高校の頃、初めてクリスマスの日に一人で映画を見に行ったのも私でした。
 ……えー、まあ、それは置いといて、とにかく私は優秀でした。私を敵視する先生なんか一人も居なかったのですから、品行方正でもありました。ですから、普通に生きていれば普通に都会に出て、普通に昇進できたんだと思います。ま、今となってはそんな退屈な生活するつもりはありませんけどね。

 事の始まりは、高校の卒業式の日。私は生まれて初めて、手紙で呼び出されました。手紙で呼び出されることには慣れていたので、私は落ち着いて対処することにしました。
 指定された時間、指定された場所に行ってみると、そこには男の子が待ち構えていました。恥ずかしい話ですが、私は慌ててしまいました。手紙で女の子から呼び出されることは幾度と無く経験したものの、男の子に呼び出されるのは生まれて初めてだったのです。
「よう」
 男の子は自分で呼び出したくせに挨拶から入りました。
「ど、どうも」
 私はその男の子とあまり話したことが無かったので、少し緊張気味に返事をしました。
 男の子の名前は生田九郎くんといって、同じクラスのムードメーカーでした。悪い人ではないのですが、時折疎ましい事もありました。
「えーっと、お前が好きだ」
 挨拶が終わると生田くんは唐突に本題に入りました。
「す……へ?」
 私はしばらくの間、生田くんが何を言ったのか分かりませんでした。

村上さんの頭脳・13 

2006年12月28日(木) 3時01分
 僕は飛行場に居ました。
「また帰ってきなさいよ」
 目の前には母と父が立っており、僕は大荷物を抱えていました。
「こっちで暮らしてもいいんだぞ? 将来の目処、立ってないんだろ?」
 周囲を見回して時計を探しました。朝の八時三十分でした。東京行きの飛行機離陸まであと二十分でした。
「それじゃあね、達者でね」
 右手には航空券を握っていました。父と母は手を振っていました。
 周囲の景色から状況を想像してみました。僕はこれから実家から東京に飛行機で戻るところで、そのために航空券を持っていて、背中には大荷物を背負っていて、正面では両親が名残を惜しんでいる……といったところでしょうか。大体合っていると思います。
 しかし、何かが引っかかりました。何かを忘れているような、何かが抜け落ちているような気がするのです。
 まあ、思い出せないものは思い出そうとしても思い出せないものです。それに考えても思い出せないと言うことは、さほど重要なことではないのでしょう。僕はこれからテレビのチャンネルが多い東京に戻るのです。
「それじゃあ」
 僕は両親に別れを告げ、いつものように検査をパスして出発待合室に入りました。
 しかし、何かを忘れているような。
 疑念はだんだん強くなってきます。周囲の景色にもどこか違和感があるような気がします。
 一体何が。
 どこに違和感があるのか。
 僕は目を皿のように見開き、周辺を見回してみました。一件何の変哲も無い飛行機の待合所、ずらりと並んだベンチにみやげ物売り場に喫煙所、窓からは滑走路とそこから飛び立つ飛行機……
 が、見えませんでした。滑走路には、飛行機が一台もありませんでした。

村上さんの頭脳・12 

2006年12月28日(木) 2時38分
 その日の夜、僕は居間で寝たふりをしていました。布団に体を潜らせていましたが、目を閉じるつもりはありません。あの下宿人が寝たのを確認してから、変人の携帯に電話しなければならないからです。
 正直、僕は初めてだらけでドキドキしていました。友達の居ない僕の携帯に家族以外の誰かの番号を登録するのも初めてで、しかもその誰と今夜、人殺しを行うのです。不謹慎だと思われても仕方がありませんが、僕はドキドキすると同時にわくわくもしていました。これまでの人生で殺したいと思う人に何人も出会ってきましたが、実際に殺したことはありません。今日はそれを実行できるのです。長年抱いてきた望みが叶うのです。しかもそれは社会的に許されない、タブーと定められている事なのです。緊張と同時に期待したって良いじゃないですか。何がおかしいんですか。
 僕の寝ている居間に面した廊下の電気がついて、足音が聞こえてきました。今日も何かを消しに行く下宿人の足音でしょう。僕は息を潜めました。別にわざわざ息なんか潜めなくても目を閉じるだけで寝たふりが成立するのですが、それだけだと胸のうちに抱いていたものとの釣り合いが取れなかったので、過剰なくらい下宿人の足音を恐れるふりをしたのです。
 下宿人が外に出てから三十分くらい経つと、再び玄関のドアが開かれ、廊下を足音が通り、電気が消されました。下宿人はきっと寝たのでしょう。いや、寝たに違いありません。
 僕は携帯で変人に電話をかけました。
「あいつは今寝たぞ」
「分かった、すぐに向かう」
 通話時間は4秒でした。
 二十秒後に玄関のドアが開きました。僕は着の身着のまま潜り込んでいた布団を這い出し、変人を出迎えました。
「早いな」
「そこで待ち構えてたんだよ、電話が来るのを。ちょっと奴に見つかりそうになって危なかったけどな」
 僕と変人は居間で使用するナイフを確認したりしながら三十分ほど待ち、そろそろ下宿人も寝たかな、と思われる頃になると、居間を出て階段を上り、下宿人の部屋のドアの前まで進みました。
「いいな」
「ああ」
「寝てるよな」
「多分」
 ドアの隙間から光が漏れていないことを確認し、ドアに耳をくっつけて誰かが起きて動いているような物音が聞こえないことも確認し、僕と変人は音を立てないようなそっと、下宿人の部屋のドアを開きました。
 電気が点いていないので当たり前ですが、部屋の中は暗く、ほとんどの物は輪郭しか認識することが出来ませんでした。
 下宿人の布団は、部屋のど真ん中に敷かれてありました。そして布団の上では、下宿人が胡坐を書いて座っていました。
「やあ、遅かったね」
 と下宿人は僕たちに話しかけ、手の平をこちらに向

村上さんの頭脳・11 

2006年12月16日(土) 1時08分
 こうなってしまうと変人でも哀れに見えてくるから不思議です。
「……ああ、まあな」
 呼びかけに振り返った変人は、普通の人に戻っていました。こうなってしまうと変人はもう変人でなく、……えーっと……名前を忘れてしまったので変人のままで行きます。
「あーあ……」
 変人は大きくため息をつきました。後悔やら諦念やら絶望やらがいろいろ入った非常に重いため息でした。
「ピラミッドパワーの調子はどうだ」
「え? ……ああ、そんなことも言ってたな。全く、バカだったと思うよ。いや、バカのふりをしてたんだからバカ以下か。今思うと、あの頃の俺って余裕あったんだなぁ……って。バカやれるってのは余裕のある証拠だったんだよ。今の俺を見ろ、普通だろ。学力はバカだけど、態度はバカじゃない。家消えちまったからなあ。親父もお袋も、兄貴も妹も消えちまったからなあ……ふぅ……ふ、ふふ、ふ」
 変人は下を向いて嘆いていたと思うと、なぜか笑い出しました。
「ああ、ったくよう、やってられねえなあ。バカになりたいなあ。……なるか、バカに」
 どう理論が跳躍したのか分かりません。やっぱり変人は変人のままであるようでした。
「よし、決めた。俺、バカになるよ」
「そうか。頑張れ」
「手始めに……そうだな、バカらしく単純すぎることを考えてみるよ。俺の家を消したのは誰だ? あの何にもしねえ居候野郎だ。事件があって、犯人が居る。これを解決するにはどうすればいいかってーと、犯人に制裁を加えるしかねえよ、な!」
 いきなり同意を求められました。しかし私は何にもしねえ居候野郎が好きか嫌いかで言えば嫌いだったので、
「ああ、そうだな」
 賛同してしまいました。
「よっし、じゃあ早速今夜だ!」
 変人はガッツポーズを取りました。
「今夜、あいつを殺そうぜ!」
 変人は変人らしいことを言いました。

村上さんの頭脳・10 

2006年12月05日(火) 2時00分
「ああ、そこにあった本棚か」
 下宿人は蟹田さんに目を向けました。
「手を取り合って、よろこんだよね」
 蟹田さんは下宿人に目を向けました。二人の顔は恋人の距離でした。
「ここに居る、蟹田さんが消したんだ」
 1いちゃつきしてから、下宿人はようやく私に真相を教えました。下宿人の伝授した良く分からない力によって、蟹田さんが本棚を消したらしいのです。
「なんて事してくれた」
 他人に迷惑をかける奴に遠慮なんざしてやる必要はありません。私は蟹田さんに詰め寄りました。
「まあ落ち着いてよ知らない人、よく考えてよ、この本棚に何が合ったか覚えてる? 小中学校時代の教科書とノート一式、それにアルバムくらいのもんでしょ? そう言うものって、見て思い出を頭の奥底から引っ張り出すためのものでしょ? 私思うの、そんな風に媒体に頼らないと思い出を引き出すこともできない人生って、寂しいんじゃないか? 意味が無いんじゃないか? って。だから写真や卒業文集、ビデオカメラなんかも存在するべきじゃないって、私は思うのよね」
 蟹田さんは完全に下宿人に毒されていて、言っていることが私には理解できませんでした。呆れ果てた私は、部屋から出て行きました。吐きそうなくらい気分が悪かったので、そのまま家からも出てしばらく散歩することにしました。歩くと言う行為は人間の頭をふるいにかけて嫌な思いを捨てる効果があるのです。持論ですが。
 行く当ても無く適当に道を曲がったりしながら近所をぶらぶら歩いていると、人の少ない田舎らしく、また知り合いにばったり出会いました。
「……大変だな」
 変人でした。変人はまだ、消された自分の家の前に立ち尽くしていました。

村上さんの頭脳・9 

2006年11月29日(水) 23時13分
「いいかい、頭で考えてはいけないよ。そのものは存在しない、そのものがあることすら忘れることが重要になるんだ」
 下宿人は蟹田さんの手を掴んだまま、わけの分からないことを言いました。
「はい」
 蟹田さんはそんな言葉にも素直にうなずいて、目を閉じました。下宿人も目を閉じました。手を取り合ったまま目を閉じる男と女、ここからキスに発展してもおかしくありませんが、二人は少しも動こうとしませんでした。どうやら手を取り合ったまま瞑想しているらしいのです。
 私はそんな二人に構わないようにしながら、アルバムを探しました。本棚の一番下にもう二度と読まない教科書たちと一緒に押し込まれていました。私は小学校と中学校と高校のアルバムを持って、部屋を出て行きました。下宿人と蟹田さんはまだ手を取り合っていました。
 リビングでアルバムを開きました。思い出したくも無い学校生活が記録された写真が大量に記載されていました。集合写真のページで名前を探してみると、確かに蟹田という名のクラスメイトは居ました。中学校の頃の同級生でした。写真を見ても、何も思い出せませんでした。きっと私とは会話を交わしたことも無いと思われます。
 そんな蟹田さんが、何故私の家に来ているのか。理由なんかさっきの場面を思い出せば想像できます、蟹田さんはうちの下宿人に会いに来ているのです。
 どうして?
 分かりません。もしかしたら下宿人は女性から見ればものすごい美形なのかもしれません。それとも下宿人と蟹田さんは過去にどこかで縁が会ったのか。考えてみたところで答えなどで無いので、直接訊いてみることに決め、再び下宿人の部屋に出かけました。
「あのさ、」
 扉を開いて早速瞑想を続ける二人に尋ねてみようと思ったのですが、言葉が止まってしまいました。
 さっきアルバムを取り出した本棚が、消えていました。

村上さんの頭脳・8 

2006年11月28日(火) 2時02分
 今思えばあの日はせっかく気分良く眠れたのだから、その翌日に何としてでも帰っておくべきだったと後悔しています。家のパソコンのインターネットで飛行機の空席を調べた結果が満席だったからといって、Uターンを二日後に伸ばしてしまったからあんな目に遭ったのです。
 変人が落胆してくれて気分良く眠れた翌日の朝から話を再開します。朝食を食べていると、
「ごめんくださーい」
 知らない女性が家に訪ねてきました。いや、どこかで見たことがあるような気がしますがどうにも記憶がはっきりとしません。一体あの女性は誰なのか、母親に尋ねてみました。
「ほら、蟹田さんよ」
 蟹田さんとは一体誰なのか、私には分からなかったので再度訪ねました。
「後は自分で調べなさい」
 母がこういう人間であることを忘れていました。三度の飯より自主性を尊重するのです。自分でも何言ってるのか時々分からなくなります。
 ともかく、私は自分の部屋、現下宿人の部屋に向かいました。首を捻り続ける息子に、母親はヒントを示してくれたのです。「アルバムならまだあんたの部屋にあるわよ」と。半分答えを言ってしまったようなものですが、とりあえず確かめてみることにしました。
 階段を上り、下宿人の部屋のドアを開きました。もちろんノックなど必要ない、と考えてしまったのがいけなかったのです。
 部屋の中では、さっきの女性と下宿人が手を取り合っていました。
2007年01月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
メールフォーム

TITLE


MESSAGE

Yapme!一覧
読者になる