リハビリと「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」

July 23 [Mon], 2012, 20:50
今週はリハビリに専念していたと思う。
ただ朝の決まった時刻に少し電車に乗って、その駅の近くの図書館か喫茶店で、決まった時間読書したりして過ごすだけ。
仕事するわけでも遠出するわけでもないので楽勝のはずなのだが、かなり疲れるはずです。
疲れを感じたら無理せず、時間を短くするなりその日はやめるなどして、ペースを落として下さい。
と繰り返し言っていた心療屋の言葉通り。
物凄い疲労がいらっしゃった。
既に会社を休んで7か月が経とうとしている。
最初の数か月は、昼間は映画や買い物などいろいろ外出したりして、遠出もしていたが、疲労は全く感じなかった。
もっとも、そもそもの不眠の症状に苦しんではいたが。
それが過眠の症状を経て、薬も色々変わりながら最終的には現在レメロン1種類だけ。
その薬のお陰で、睡眠時間と質は安定している。
あれほど酷かった、記憶の混乱症状も無くなったし、いや、記憶しなくてはならない事が無いだけか自分でも明らかに回復が感じられるのだが、逆に身体は疲労にかなり敏感になったような気がする。
たったこれだけで、こんなにぐったりするとは恐るべし、脳疲労。
復帰はまだ先と言い続ける心療屋の言葉の意味が、何となく分かってきたような感じだ。
無理はしないようにとのお言葉を少しずつ無視し、無理を少し押しながら疲れに慣れる事を期待して今週は毎日外に出るようにしていた。
思惑通り、毎日やっていると少し慣れてきた感はある。
復帰を急ぐと言うより、完全に外出出社する勘が無くなるのを防ぐ意味で、毎日の睡眠の質の低下や時間が短くなる事がないかを観察しながら、続けようと思う。
そんな課題でも課していないと、20年以上サラリーマンをやってきた身体は完全に錆付いてしまうと思われる。
王女はまちつくどうやら今日で学期が終了し夏休みに突入した。
今日は学校から帰宅すると、夏休みのたっぷりある宿題の計画を考えて、私に発表していた。
勝手にやってくれ。
終わったらそう言ってくれ。
親がチェックしなくてはならないポイントがいろいろあるので、完全に無視はできないが、宿題消化するのは王女の勝手だ。
サボるならサボると言ってほしい。
笑夏休みとは言っても、王女は毎日朝から夕方まで学童保育に行く。
そして学童から、学校のプールだの課外講座だのに行く事になっている。
私の務めは、毎日の弁当作りになる。
これも私の毎日のリハビリ実行のためだ。
やむを得ない。
幸い、王女は私が作る弁当が大好きと、まだ言ってくれている。
これも、いつまでもつかな学童保育は小学3年までしかない。
当然私は仕事なので、4年からは、毎日基本は家で留守番になるだろう。
結局、昼食を作っておいてあげる事に変わりはない事に気づく。
だがまあ、弁当箱に詰めたり洗ったりの手間は省けるか。
夏休みなんて、大嫌いだ。
そして冬休みも、春休みも。
前回の日記で、ドビュッシーの弦四やピア三重奏で盛り上がったのだが、他の演奏と聴き比べようとディスクを探す最中に、ふと目に留まったのが、ハイドンの十字架上のキリストの最後の7つの言葉。
複数のマイミクさんが最近この曲を聴いていて、いつか聴こうと思っていたのを思い出した。
何なんだ一体この脈略は見つけてしまったら最後、そちらに意識がフォーカスされ、ドビュッシーは後回し。
目に留まったディスクは、フランスブリュッヘン指揮18世紀オーケストラのもの。
04年録音そう、管弦楽版だ。
ハイドンはこの曲を最初管弦楽版で作曲したが、後年、弦楽四重奏版やオラトリオ版に編曲しており、さらに鍵盤版も監修している。
このブリュッヘン盤は、ハイドンの管弦楽版にさらに手が入っている。
ブリュッヘンは楽章間の空白を効果的に活用することを考え、アメリカ人作曲家のロンフォードに間奏曲の作曲を依頼、各々非常に短い間奏曲が挿入されている。
それらはやや現代音楽風なパッセージで、この間奏曲の挿入には賛否はあると思うが、原曲自体はそのまま残っているので、私としては気にならない。
無視すればよいので最初に聴いた印象もそうだったはずだが、このブリュッヘン盤はテンポがゆったりしていて、響きが終曲地震以外は非常に盾轤ゥい。
悲劇ではなく、淡々とした事実に優しく光を当てているような、最後の七つの言葉を噛み締めながら教えてくれているような、そんな印象を持つ。
挿入された間奏曲が、より一層主観的、抒情的にならないような効果を生んでいる気もする。
そして最後の地震でのブリュッヘンらしい大爆発がとても潔く、素晴らしい。
だが私は、この曲は弦楽四重奏版をより好む傾向にある。
弦四版のディスクはと思って見つけたのが、イザイ四重奏団の演奏。
05年録音本当はコーイ四重奏団のディスクを探すつもりだったのだが、まあいい。
うーん、やはり、私は弦四版が好きだ。
弦四によるシンプルだが美しい響きが、この曲が福音書の出典によるものである事を、より一層感じさせてくれる気がする。
第2ソナタおまえは今日、私と共に楽園にいるの落ち着いた、安らぎさえ感じさせる優しい曲の歩み。
第5ソナタ渇くの、静かに湛えられた悲痛さ。
第7ソナタ父よ、わたしの霊を御手にゆだねますの、笑みすら見えるような、どこまでも穏やかな安らぎ。
美しい、シンプルな弦四の響きが、これらの曲を丁寧に、真摯に紡いでくれる。
イザイQの演奏、本当に盾轤ゥく優しくて、絶品だと思う。
やばい、ハイドンの弦四が聴きたくなってくると、それは果てしない旅になるのだ。
フェステティチQの全集が聴きたい気がするそれにしても、今まで管弦楽を殆ど聴きたくなかったのに、この曲の管弦楽版は何の違和感も無く聴く事ができた。
そろそろオケの曲を聴く気力も復活してきたのかな。
交響曲、誰のもので試してみようかベト
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:nowyzu425i
読者になる
2012年07月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
最新コメント
ヤプミー!一覧
読者になる
P R
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
http://yaplog.jp/nowyzu425i/index1_0.rdf