お題【タオル】 

2014年06月25日(水) 20時55分

『雨の夜』


その日は静かな 雨の夜 でした。

さらさらと囁くように
黒い夜空を湿らすように
細やかな細やかな 雨が降っておりました。

読みかけの本を読み終え、何か 新たに読むものはないかと 壁際の本棚を探していると
見慣れない表紙の本が 一冊。

ひっそりと 隅の方にありました。

数ページ ぱらぱらとめくると
それは 誰 かの日記の様に綴られた
物語でした。

最初は他愛もない日常が描かれていましたが
次第に内容は深まり
とある事件 についての描写が多くなりました。

窓越しに
かすかな雨音が聞こえてきます。

いつしか 時間を忘れて
本の世界に没頭しておりました。

どれくらい 経ったでしょうか。

僅かな気配を感じて 後ろを見やると
幼い少女が お気に入りのタオルケットをかき抱きつつ 扉のところに立っておりました。

眠れないのかい

……雨が こわいの

少女はか細く返しました。

大丈夫だよ。 こちらにおいで。

読みかけの本を閉じ
幼い少女を膝の上に乗せました。

……ねむれない

タオルケットにくるまりながら
小さく少女はつぶやきます。

大丈夫。 雨はじきに止むからね。

優しく諭しても
少女は大きな瞳を揺らしながら
弱々しく首を振りました。

……約束 したの

その声はとても小さく 暗闇にすぐ掻き消えてしまいそうでした。

誰と どんな約束をしたの

問いかけると 少女はぎゅっとタオルケットを握りしめました。

……約束 したの

それきり
少女は口を噤んでしまいました。

雨の音がします。
さらさら さらさら
夜が 更けていきます。

しばらくして
小さな寝息が聞こえてきました。

優しく少女の髪を撫でると
少女が手の中に
何 か
握り締めているのに気が付きました。

そっと 指を広げると
それ は
小さな 白い花弁 でした。

……どこで
……いつから

この少女は
これ を
持っていたのか


静かな雨の夜です。
囁くような 吐息のような
時間の流れも止まったような

そんな 夜でした。

いつの間に
眠ってしまったのでしょう。

足元には 読みかけの本が落ちていました。

本を拾いあげようとした時
僅かな気配を感じて振り返ると

カーテンが
揺れていました。

窓が 開いている。

窓辺に近付き 外を見やると
しっとりと濡れた空気と
立ち上る土の匂いと
湿った風の中に

真っ白な紫陽花が
ありました。

そこで
気が付いたのです。

この家には
幼い少女などいない と
いうことを。

では。
あの少女は。

今でもまだかすかに
少女の重みと
タオルケットの感触を
覚えているのに。


窓を閉めて
床に落ちた本を拾い上げました。

ふ わ

何 か
白いもの が落ちました。

それ は
庭に咲く 紫陽花の花弁。

いつ
どこで
これは
ここに

……約束 したの


少女の声が甦ります。

約束
したの

……やくそく

その日は静かな雨の夜でした。

もうすぐ夏になるというのに
芯から凍えるような
冷たい
冷たい 雨の 夜でした。

ぬかるんだ土の感触と
まとわりつく髪の毛と
冷えて重たくなった
小さな手のひらは

一株の紫陽花の下に
ありました。

土で汚れたタオルケット と
一緒に。


さらさら さらさら
雨の音が します。

小さな雫が
幾重も頬を流れていきます。

もうすぐ夏になるというのに
どうして 今夜は
こんなにも寒いのでしょう。

さらさら さらさら

その日は静かな
雨の夜 でした。


どのくらい 時間が経ったのでしょう。
カーテンの向こう側 外が薄ら明るくなっていました。

いつの間にか眠ってしまったようでした。
足元には 読みかけの本が落ちています。

そっと本を拾い上げると
かすかな気配を感じて後ろを向きました。

カーテンが 揺れています。

朝靄の静謐な風を乗せて
白いカーテンが やわらかに揺れていました。

ふわ り ふわ り

窓辺に近付き
ふと 外を見ると

庭に植えられている
紫陽花が 見えました。

青々と葉を茂らせ
朝露に濡れながら
白い紫陽花が
揺れています。

雨はもう
やんでいました。

澄んだ空気と
立ち上る土の匂いと
白く差し込む日の光が満ちていました。


……夢を見ていたような 気がする。


そっと 本を戻しながら
その内容を反芻しました。

それは昨晩 読んだ筈なのに
ひどく曖昧なものでした。

おぼろ気な記憶は
幼い少女と
少女のお気に入りであるタオルケットと

そこまでは かろうじて覚えていましたが、それ以外はどうしても思い出すことが出来ません。


薄明かりが
室内を照らしています。

本棚に本を置き
もう一度 窓の方を見ました。

白いカーテン越しに
朝の清々しい陽があたっています。

テーブルの上に
何 か
白いもの が見えましたが
光と暗がりの中で
それ はよく分かりません。

ですが
特に気に留めることなく
後ろ手に扉を閉めると

そっと
部屋を後にしました。


いつ
どこで
だれが

それ を


テーブルの上には
白く枯れた
紫陽花の花弁が ありました。


……約束 したの


それは
いつかの 雨の降る 夜。
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