冒険のための冒険 5.大場満郎さんとの出会い
武士の足音がきこえる・・・・・・
人類最強の偉業をなしとげた足音が・・・
大場満郎さんは、
ぼくがまだ学生だったころから憧れていた冒険家であ。
29歳にして、冒険をはじめ、
3回にわたる北極横断の歩き旅を経て、
40代で南極横断を成功させ、世界初の偉業を成し遂げた。
その後は、引き続き北極圏での歩き旅を続けながら、冒険学校を開いてここで教育活動もなさっている。
ぼくにとっては、あまりにもその冒険のレベルが高すぎて雲の上の人だった。
だから本来であれば、その著書などで大場さんを知ることができたとしても、講演会に行ったり、まして直接会うなど、まったくもって恐れ多いことだと思っていた。
遠い存在だった。
己を追い込んでトレーニングをすればするほど、
大場さんとの実力がまざまざと形になって表れてくる。
大学時代のぼくは、
未熟な技術と知識で、死に物狂いになって高みを目指した。
しかし、その背中はあまりに遠かった。
そして恐れ多かった。
畏敬の念で著書を見つめては、恐ろしくてページを開くことを躊躇った。
しかし、仮にぼくが、極地を目指すのであれば、
それは別になってくる。
極地の情報は限りなく少ない。
図書館や書店で手に入る情報は、学術書か、あるいは、美しい極地の写真集か。
いずれにせよ、そこを旅しようとする者にとって実用的な情報にはなり得ない。
ゆえに、人である。
極地に向かうには、そこに行った経験のある人から、わずかでも情報を得なければ、行くことはできない。
無理に行こうとすれば待っているのは、死、のみである。
そういった意味で、ぼくが今日ここを訪れたのは、必然であり、必要条件でもあった。
間に入ってくれたのは、同じく冒険家の阿部雅龍さんだ。
雅龍さんは大場さんのこの冒険学校でスタッフとして働いていたことがあり、そのつてで、ぼくはこうしてお会いすることができた。
大場さんが入れてくれた熱い日本茶を飲みながら、
ぼくは、自分の計画について簡単に話し、そして畳みかけるように質問に入った。
ひとつ、ひとつ、ぼくの質問に対し大場さんは丁寧に答えてくれた。
ぼくも、事前に用意しておいた質問にくわえ、その場でわき出してきた疑問を止まることなく投げかけた。
大場さんが南極を歩いたときの装備もみせていただいた。
ぼくが想定していた装備とはかけ離れたものもあって、衝撃であり、刺激であった。
ああ、装備を練り直さなければ、と焦った。
心地のいい焦りだった。ぼくはここにこなければ、きっと現地で死んでいた。
話は4時間弱続いたと思う。
話を聞けば聞くほど、
ぼくの夢が無謀であることがわかってきた。
ぼくは自分の夢に恐れをなしている。
しかし大場さんは言ってくれた。
「なにかあったら、また相談に来なさい。」
「がんばれ。」
ああ、そうだ、
不可能ではない。
ぼくのやろうとしていることは、
不可能に限りなく近い。
でも、不可能ではない。
不可能にするか、実現するかは、
全てぼくのこれからの行動にかかっている。
自分の夢に、どれだけ真摯に取り組めるか。
「努力。 努力するのみ、です。」
ぼくは覚悟を決めて口を開いた。
ぼくは半袖のまま、
冒険学校を後にした。
外は吹雪いていた。
しかし、ぼくの心は、
今までにない不安と、
それ以上の興奮、覚悟で満たされていた。
夢は必ず実現する。諦めなければ、必ず、実現するんだ。
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