自転車によるツーリングの日記と、その他、日々の雑記を載せています。 旅に出ていないときは雑記を、旅に出てるときは、携帯から旅のリアルタイム報告を行っていくつもりです! 母体であるホムペのBBSも兼ねています.御意見、ご感想、あまり関係ない話題、などのコメントお待ちしております!

«2012年03月 | Main | 2012年01月»
「前の原温泉 さやの湯処」が、けっこういい。 /  2012年02月29日(水)








先日、東京を訪れているとき板橋に素晴らしい湯を発見したので紹介したい。


「前の原温泉 さやの湯処」

(画像参照:「さやの湯処」公式HP)





その日は前日深夜バスだったため、身体のあちらこちらがバキバキと音を立てていた。
加えて、当日も深夜バスに乗る予定だったため、この疲れを引き継いで旅をするのかと思うとただただ憂鬱であった。

そんなとき、はた、と以前3年間すんでいた懐かしの板橋はときわ台から少し北にのぼったところに、湯があるのを発見した。







それが「前の原温泉 さやの湯処」だ。


板橋に住んでいたころは、
まさかこんなところに湯があろうとは思わなかったが、
確かに、来てみれば立派な建物があった。

古民家を改造したというその建物は趣があり、
食事処や日本庭園もついていた。







早速、風呂に入ってみると、
ジャグジー、電気、大浴場に露天風呂、そして壷湯、とバライティに富んでいて楽しい。

サウナもついていて、風呂に入っては、サウナ、また入ってはサウナと、
天国のループを繰り返すことも可能だ。

なによりここの売りは源泉かけ流しの温泉であるということ。
露天の一角には源泉がそのまま流れている湯があり、
ほのかに濁った熱い湯に身体が芯からほぐれていくようだった。







ここ、5時間で1,000円という料金設定だ。
銭湯といえば、300円という常識で生きているチャリダーには辛い。

しかし、源泉かけ流し、と考えれば、まあ、700円は出せないこともない。
しかし、1,000円は……やはり東京クオリティなのか…。

だが、なんと居眠りをするスペースまで設けられている。
5時間ゆっくり過ごすのであれば十分元はとれそうだ。

























ブログランキング参加しました。1日1クリックしていただけると、うれしいです☆

@人気ブログ(自転車の有名ブログ一覧へリンクします)


 
□公式HP「Non-Stop-Run-To-」はこちら

□「サラリーマンが行く!」企画詳細はこちら

□「とまらない好奇心」ブログトップはこちら

Posted at 22:20 /  日々の雑記 / この記事のURL
コメント (0)
こまちまい様が可愛すぎて、生きていくのが辛い。 /  2012年02月28日(火)



諸兄は存じているだろうか。

日本女性の本当の美しさを―――。




つややかな黒髪。
しっとりとした素肌。

艶やかな唇。
否。
決して化粧をしているのではない。

化粧などせずとも、そのままで、より美しい。

そして着目すべきは、
少し幼さ、あどけなさの残るその表情!!

その表情!!!!!




それは、多くの大和男児を陶酔、もしくは、萌爆の海に沈めてきた、
不可避的な魅力。



ああ。
その上、性格までいいのだ。

大和撫子は決してでしゃばらぬ。
常に後ろに控え、しっ、としておる。

にもかかわらず、日々の努力を怠らず、
夫の危機になれば、身を張ってそれを守る。

まさに縁の下の力持ち―――

だがその外見は一見華奢そのもの。
子どものような容姿からは想像もつかないのは、
芯の通ったその生き様よ。







とは、そのためにあるのであろうと断言してもいい。

全ては、
地味なれども、美しく、
控えめなれども、たくましく、
つつましやかで、かいがいしい、
幼さの中に、包み込むような母性を秘める!


ああ!大和撫子、大和撫子!!その御姿!!!








秋田から神戸に戻ってくる際に、
秋田のお土産を買おうと思って、
土産屋さんに足を運んだら、

なんと!!

このような美しき姫君に出会ってしまい、


「たまこめ クリームサンドクッキー」



0.0000000000000001秒後に、



ぼくは全財産をはたいて購入すべきを断じた。







兄、みてはくれまいか。

彼女の、しとやかで細く白い御手を!
ああああああああ、
撫ッッッ!


撫でられたi(以下略)




いかんいかん!
なんたることを考えているのか、ぼくは。

姫に対して失礼千万ではないか!!




……と、パッケージをみれば、
「こまち まい」とある。


おお!
姫君の御名は、「こまち まい」様とおっしゃったか。

恐れ多くも、その清らかなる御名!









ぁはぁ……

加えて、その少し開かれた唇よ、
憂き世に対する一切の不安、疑念、猜疑を捨象した者のみが得られる、
幼子のような、あどけない口元!

そして、陰になっているものの、
わずかな湿度をふくんだ、秘かな首下ッ!!




おおお……


ぐぉぉぉぉおおお……



なんという攻撃力。
超弩級の破壊力を秘めた美しさ。







兄。

今一度ごらんいただきたい。

まい様の、この神々しき御姿を―――。

ああ、後光がさしているようにすら見える。

これぞ、大和撫子。
美しき、日本の誇り!!!

ああ、かわいすぎて、

……かわいすぎて、今ここで死んでも悔いなし!!








(追記)

と、興奮しながら、まい様をカメラに収めていると、
部屋に入ってきた家内から

「気持ちが悪いです。(きっぱり)」

、と嫌悪の言を浴びせられた上、
じりじりとぼくから距離をとられてしまって、
すっかり、しょぼくれて今にいたります。。。

なお、会社で配布してみたところ、
味は美味しかったようで、好評でした。

クッキーには、まい様のデフォルメ絵がプリントされていて
こちらも、かわいすぎてその場で死(以下略。)







(追記)
どこかで見覚えがあるなと思ったら、4年前、自分のブログでもとりあげていました。。。
↓(過去記事)
あきたこまち、(・∀・)ハジマッタナ・・・




ブログランキング参加しました。1日1クリックしていただけると、うれしいです☆

@人気ブログ(自転車の有名ブログ一覧へリンクします)


 
□公式HP「Non-Stop-Run-To-」はこちら

□「サラリーマンが行く!」企画詳細はこちら

□「とまらない好奇心」ブログトップはこちら

Posted at 21:38 /  【土曜朝から】アニメとか【深夜まで】 / この記事のURL
コメント (0)
山のような情報を、しっかり整理して。 /  2012年02月27日(月)



一昨日、昨日と二日間は久しぶりに家でゆっくりと過ごした。

土曜日は雨だったので、これ幸いと集めた旅の情報をまとめたり、
今年度の旅の資金の実績をまとめたり、来年度の旅の資金の計画を立てたりした。

先週、東京、山形、秋田でいただいた貴重な情報と、
自分で調べた情報を丁寧に張り合わせていくと、
これから自分のするべき道筋がしっかりと見えてきた気がする。

部屋の換気と共に、掻き消えてしまいそうなその脆い空想を、
忘れる前に丁寧に種類にまとめていく。







来年度は、今までやってきた旅のスタイルも少し変えていかなくてはいけない。

自分でなにもかもできると思い込むことすら安易だった旅のスタイルから、
誰かの協力なしには、一歩も踏み出せない、そんな旅のスタイルへ、
ぼくの目指す先の道は変化しようとしている。

たとえば、自己表現の方法だって、
ホームページやブログで情報を駄々流しにして、
自分の情報を欲しい人がいれば情報を渡す、といった受身一辺倒から、
積極的に自分の情報を開示することで、
他の人からも情報を自然と得ることができるような、
そんな相互作用を生む方法へ変えていかなくてはいけないのだろう。




二日間デスクワークをしていると、
家内から「義史さんは本当にパソコンから動かないんですね」、と厳しい一言をいただいてしまった。

しばしの休憩をとって玄米茶を淹れると、
玄米の香ばしい香りが部屋に広がって、
少し頭がクリアになった。







予算のこと、
計画のこと、
情報収集、
報告のこと、
企画書の作成、
予算のこと、

考えればきりがない、雑多で多様なタスクがテトリスの駒のように頭の上から降ってきていたが、
今やっと、それらを丁寧に並べて、これからの道筋を、しっかりつけられた気がする。




今週から、早速動きにかかろう。
時にはお茶を飲みながら、しかし、決して今に留まることなく。








ブログランキング参加しました。1日1クリックしていただけると、うれしいです☆

@人気ブログ(自転車の有名ブログ一覧へリンクします)


 
□公式HP「Non-Stop-Run-To-」はこちら

□「サラリーマンが行く!」企画詳細はこちら

□「とまらない好奇心」ブログトップはこちら

Posted at 21:50 /  日々の雑記 / この記事のURL
コメント (2)
冒険のための冒険 6.極地への覚悟 /  2012年02月26日(日)


冒険のための冒険 6.極地への覚悟









大場満郎さんの冒険学校を後にしたぼくたちは、
その足で、今度は雅龍さんの実家のある秋田へ向かった。

今日は秋田で、雅龍さんのご友人である南極観測隊の方と会う。

秋田についたのは、夜の19時。
あたりはすっかり暗くなっていたが、しんしんと積もった水分を含んだ雪が駅周辺を明るく照らしていた。

駅まで雅龍さんのお母様に迎えに来てもらい、
そのまま雅龍さんの実家で、きりたんぽパーティの流れになった。







秋田と言えば、きりたんぽ。

しかし、これに加えて、ハタハタ、めずらしい海藻、細いうどんなど、秋田ならではの食事を次々に出していただいて、本当に幸せな気持ちになった。

雅龍さんのお母様、本当にありがとうございました。

















それから、2階にある雅龍さんの部屋に移動して、
南極観測隊の方と雅龍さん、そしてぼくで南極の地形、気象について延々と話し合った。









南極に走る山脈、
その間に広がるクレバス、
海岸付近の乱氷体、
吹きつけるカタバ風、
食糧、水、地面の様子、

いずれも、本で読んだ情報がなんだったんだと思えるほどに、新しく刺激的な内容だった。

南極観測隊の方は、実際に南極で生活をしている。
その口から発せられる一言一言は、ずしりと響いた。


南極に広がる恐るべき世界を垣間見た後、
ぼくは再び、自分のしようとしていることが、
余りに難しいことであるとわかった。

しかし、
それが無謀で終わるか、それとも、実現可能な夢とするか、いずれもこれからの自分にかかっている。



特に南極観測隊の方からは「準備」の大切さを強調された。

勢いだけで行ったら、必ず、死ぬ。


言葉ではわかっていたけれど、
実際に映像をみて、体験談をきくと、
はっきりとそれがわかった。


ぼくは、
ぼくは自分の全てを尽くして準備する。

これから、じっくり、しっかりと準備をしていくのだ。
その覚悟を、己に植え付けた。







生きるか、死ぬかが人生ならば、

死力を尽くして、天命を待つ。










ブログランキング参加しました。1日1クリックしていただけると、うれしいです☆

@人気ブログ(自転車の有名ブログ一覧へリンクします)

 
□公式HP「Non-Stop-Run-To-」はこちら

□「サラリーマンが行く!」企画詳細はこちら

□「とまらない好奇心」ブログトップはこちら

Posted at 21:47 /  終着点。 / この記事のURL
コメント (0)
冒険のための冒険 5.大場満郎さんとの出会い /  2012年02月25日(土)


冒険のための冒険 5.大場満郎さんとの出会い




武士の足音がきこえる・・・・・・

人類最強の偉業をなしとげた足音が・・・










大場満郎さんは、
ぼくがまだ学生だったころから憧れていた冒険家であ。
29歳にして、冒険をはじめ、
3回にわたる北極横断の歩き旅を経て、
40代で南極横断を成功させ、世界初の偉業を成し遂げた。

その後は、引き続き北極圏での歩き旅を続けながら、冒険学校を開いてここで教育活動もなさっている。




ぼくにとっては、あまりにもその冒険のレベルが高すぎて雲の上の人だった。
だから本来であれば、その著書などで大場さんを知ることができたとしても、講演会に行ったり、まして直接会うなど、まったくもって恐れ多いことだと思っていた。

遠い存在だった。

己を追い込んでトレーニングをすればするほど、
大場さんとの実力がまざまざと形になって表れてくる。

大学時代のぼくは、
未熟な技術と知識で、死に物狂いになって高みを目指した。

しかし、その背中はあまりに遠かった。
そして恐れ多かった。

畏敬の念で著書を見つめては、恐ろしくてページを開くことを躊躇った。







しかし、仮にぼくが、極地を目指すのであれば、
それは別になってくる。

極地の情報は限りなく少ない。
図書館や書店で手に入る情報は、学術書か、あるいは、美しい極地の写真集か。
いずれにせよ、そこを旅しようとする者にとって実用的な情報にはなり得ない。

ゆえに、人である。

極地に向かうには、そこに行った経験のある人から、わずかでも情報を得なければ、行くことはできない。
無理に行こうとすれば待っているのは、死、のみである。

そういった意味で、ぼくが今日ここを訪れたのは、必然であり、必要条件でもあった。









間に入ってくれたのは、同じく冒険家の阿部雅龍さんだ。
雅龍さんは大場さんのこの冒険学校でスタッフとして働いていたことがあり、そのつてで、ぼくはこうしてお会いすることができた。



大場さんが入れてくれた熱い日本茶を飲みながら、
ぼくは、自分の計画について簡単に話し、そして畳みかけるように質問に入った。

ひとつ、ひとつ、ぼくの質問に対し大場さんは丁寧に答えてくれた。
ぼくも、事前に用意しておいた質問にくわえ、その場でわき出してきた疑問を止まることなく投げかけた。




大場さんが南極を歩いたときの装備もみせていただいた。
ぼくが想定していた装備とはかけ離れたものもあって、衝撃であり、刺激であった。
ああ、装備を練り直さなければ、と焦った。
心地のいい焦りだった。ぼくはここにこなければ、きっと現地で死んでいた。







話は4時間弱続いたと思う。

話を聞けば聞くほど、
ぼくの夢が無謀であることがわかってきた。

ぼくは自分の夢に恐れをなしている。

しかし大場さんは言ってくれた。



「なにかあったら、また相談に来なさい。」


「がんばれ。」




ああ、そうだ、
不可能ではない。


ぼくのやろうとしていることは、
不可能に限りなく近い。

でも、不可能ではない。


不可能にするか、実現するかは、
全てぼくのこれからの行動にかかっている。

自分の夢に、どれだけ真摯に取り組めるか。



「努力。  努力するのみ、です。」



ぼくは覚悟を決めて口を開いた。








ぼくは半袖のまま、
冒険学校を後にした。

外は吹雪いていた。

しかし、ぼくの心は、
今までにない不安と、
それ以上の興奮、覚悟で満たされていた。




夢は必ず実現する。諦めなければ、必ず、実現するんだ。











ブログランキング参加しました。1日1クリックしていただけると、うれしいです☆

@人気ブログ(自転車の有名ブログ一覧へリンクします)

 
□公式HP「Non-Stop-Run-To-」はこちら

□「サラリーマンが行く!」企画詳細はこちら

□「とまらない好奇心」ブログトップはこちら

Posted at 23:23 /  終着点。 / この記事のURL
コメント (2)
冒険のための冒険 4.白の壁 /  2012年02月24日(金)


冒険のための冒険 4.白の壁








深夜バスから降り立ったぼくたちは、
山形駅の始発電車に乗り込んで、
県の北、内陸にある最上町を目指した。


ここには冒険家の大場満郎さんの学校がある。
ぼくの目的は、ここで大場さんに次なるプロジェクトの計画を打ち明け、情報を得ることにある。







朝の山形駅は寒い。
凍える雪道をかき分けて、
コンビニで食糧を補給し、
鈍行電車に揺られて1時間。

最上町は、2m近い積雪でぼくたちを迎えてくれた。







ここから冒険学校までは6km。

遠いけれど交通手段もない。
よって、歩くしかなかった。

寒さに耐えながら、ひしひしと歩いていく。
常々己を鍛えるために半そでで過ごしたという大場さんに倣ってぼくたちも半そでだ。





ぐいぐい進めば高度も上がり、
だんだんと山すそが近づいてくる。

そこが冒険学校のある前森高原だ。
ぼくたちは歩くことによってあったまってきた身体を武器にスピードを徐々にあげていった。


しかし―――




「なん……だと……!?」









ぼくたちは目の前に広がるゆうに2mはあろうかという雪の壁を前に愕然としていた。

雪の壁はそのままさがることなく、
ずっと山のふもとまで続いている。

そこは山形県最上町、大場満郎冒険学校へとつながる道の途中だった。

舗装された美しい道は、丁寧に除雪車でならされ、駅からここまでの5kmは実に楽しい歩きだった。

しかし、最後の1kmで除雪が途切れてしまった。






「ここから先は雪で埋まってて行けないから、引き返したほうがいいよ」、と地元の方から言われていた。

その代わり、この手前に分岐があってもう片方の道からであれば大場さんの冒険学校まで道が通じるとのことだった。

しかし不幸にもそれを言われたのは、分岐点からずっと進んだ後だった。今から分岐点まで戻るのは余りにも効率が悪いうえ、分岐点から先の道はかなりの遠回りとなる。



引き返すか、突き進むか。



目の前にはぼくの背丈よりはるかに高い雪の壁である。



「このまま行っちゃいましょうか?」

雅龍さんがこともなげにいった。




―――な!



このままって、道などあるはずがない。
あるとすれば、この雪の壁をかけあがり、
雪の深みに自分たちが沈まないように細心の注意を払いながら、ここから冒険学校までラッセルすることだけだ。

しかしそれはあまりに無謀な選択だった。







だが、この程度超えられないようであれば、
ぼくは冒険学校まで行く資格などないであろう。

ぼくの目指す次なる目標は、
この程度のものではない。


「行きましょう!」



遅れながらもぼくも雅龍さんの後に続く。
すぐに雪が靴の中に入り込み、指先の感覚を麻痺させた。

しかし引き返すことはできない。

夢のために突き進むだけだ。























大場満郎冒険学校にたどり着いたのは、
そこから1時間弱経ってからだった。

北極、南極を徒歩で横断した、
おそらく世界最強の一人である、冒険家、
大場満郎さんは静かに迎えてくれた。











ブログランキング参加しました。1日1クリックしていただけると、うれしいです☆

@人気ブログ(自転車の有名ブログ一覧へリンクします)

 
□公式HP「Non-Stop-Run-To-」はこちら

□「サラリーマンが行く!」企画詳細はこちら

□「とまらない好奇心」ブログトップはこちら

Posted at 22:07 /  終着点。 / この記事のURL
コメント (2)
冒険のための冒険 3.武士達の集い /  2012年02月23日(木)

冒険のための冒険 3.武士達の集い




植村冒険館を訪れたその夜、
ぼくは興奮冷めやらぬまま、

より一層ぼくを興奮させる武士達と会うことになった。









まずは、三鷹からウルトラライトハイキングを提唱する「hike depo」店主の土屋さんだ。
冒険家の阿部雅龍さんの紹介で夕方から会うことになった。





三鷹駅から徒歩5分程度に位置するその店は、
小さなスペースに個性的な装備がぎっしり詰まった空間だった。

ぼくは自転車が専門なので、
トレイル関係の装備への理解は泣きに等しいのだが、
みているだけで、何に使うんだろうと疑問の湧いてくる品々ばかりだった。

海外のロングトレイルを制覇している雅龍さんくらいになれば、
これらの品々の価値がわかってくるのだろう。

一方で店主の土屋さんは、実に気さくで面白い方であった。
話せば話すほど、話題がでてきそうな方で、若い頃の話から、
じっくり聞きたかったが、無念、ご友人との約束があるとのことで、
夜に一杯させていただくことはできなかった。





そのあと、ぼくは新宿西口で、またもや武士達の飲み会に出席することになった。

元ユーラシア横断チャリダーで某A出版社の安藤君を筆頭に、
冒険家阿部雅龍さん、海のグレートジャーニーを関野吉晴さんと共に行った佐藤さん、
北南米自転車縦断の宮内さんなど、刺激的な面々が集まった。


こういった武士飲み会に必ず顔をだしてくれる安藤君は実は“別に常々暇ではないということ”や、
阿部雅龍さんの次なる冒険の計画や、
グレートジャーニーの意外な苦労点など、
普段聞けないような刺激的な話が次々と出てきて楽しかった。


ぼくはと言えば、にこにことしながら、コーラを飲んでいるのみ、だったのだが、
雅龍さんに言わせれば、「一滴も飲んでいないのに酔っている」とのこと。

ここまで褒められると少々照れくさい。



























しかし飲み会も宴のたけなわの午後11時、
夜はこれからだというのに、ぼくと雅龍さんは、飲み会を抜けて、新宿住友ビルへと向かった。



ぼくたちの足はとどまることを知らない。
次は、東京から夜行バスで、山形へ。
鈍行電車を乗り継いで、北極南極を徒歩で横断した冒険家、大場満郎さんの冒険学校へ向かうのだ。







ブログランキング参加しました。1日1クリックしていただけると、うれしいです☆


@人気ブログ(自転車の有名ブログ一覧へリンクします)


 
□公式HP「Non-Stop-Run-To-」はこちら

□「サラリーマンが行く!」企画詳細はこちら

□「とまらない好奇心」ブログトップはこちら

Posted at 22:24 /  終着点。 / この記事のURL
コメント (0)
冒険のための冒険 2.植村冒険館への遠い道 /  2012年02月22日(水)

冒険のための冒険 2.植村冒険館への遠い道









博識な諸兄ならば確実に知っていようが、
東京は板橋に冒険家、植村直己さんの記念館がある。

その特筆すべき実績と人柄で慕われた植村さんの、
現地での装備や旅の詳細がこの記念館には収められている。







東京は池袋で山手線を降りたぼくは、
まずはそこに向かうことにした。

植村冒険館、人生初の来館である。




***********










諸兄、
すでに存じているかもしれないが、
ぼくは冒険館のある板橋区に3年ほど住んでいた。

よって、当然植村冒険館があることも承知の上だった。
行こうと思えばいつでも行くことができたのだ。

だがぼくが板橋に住んでいる間、ここに行く事は終ぞなかった。

理由は簡単である。



当時のぼくには、ここに向かうのを恐れていた。



恐れていたといえば、語弊があるかもしれない。
羞恥心、ライバル心、好奇心、不安、畏れ、
そういったものが入り混じった感情を持っていた。

ああ、板橋に住んでいなければここに来なくてもよかったのに、とすらおもった。



植村直己、というその偉大な冒険家への憧れは確かにあった。



それゆえに、
単純に自分がそれを受け入れることも許せなかった。

ぼくだって、それなりの旅をしている。
トレーニングも、日々の節約も、夢への努力も。

しかし、植村直己には到底及ばない。

植村直己冒険館に行けば、
自分と彼のレベルの差をまざまざと見せつけられることになるだろう。

それは少なくとも大学4年間、
旅に全てを捧げてきたぼくにとって屈辱的なことだった。

同時に、自分が彼に対してライバル意識を燃やすことは必然だった。
ぼくは自転車でやってやるぜ!!と、なるのは然りなのだ。

だから、冒険館を訪れた後のぼくの結末は見えたも同然だ。

ああ。

きっとぼくも極地を目指すようになるだろうと……。




*************









4年ぶりに自分が住んでいた板橋はときわ台を訪れた。

自分が住んでいた家も訪ねた。
間違いなくぼくの青春がここにあった。

色々なことが思い出された。

ここから幾度となく旅立っていった。

旅から帰る場所は、誰もいないこの板橋の小さな下宿。

しかし、その下宿にも今は別の人が住んでいた。
時は流れたのだ。



この4年間の間に、ぼくは少しでも前進できただろうか。
そんなことをぼんやりと思う。


確かに好き勝手にやってきた。
だから、満足はしている。

しかし、少し淋しくもあった。
ぼくはもうあの家に二度と入ることはできない。










そうやって過ぎた4年間は、
結局ぼくを植村冒険館へと向かわせた。

今でも、植村冒険館はぼくにとって遠すぎる存在だ。

しかし、今度は意地でも植村さんの旅を分析して、
その装備、行程、心構えにいたるまで、
完全に習得しなければならない。

今回は、その覚悟をもって東京に来た。




************



植村冒険館には「東京お散歩マップ」を利用していくつもりだった。
以前、家内と東京に来た時利用したやつだ。

東京の名所旧跡が事細かに乗っている。
世界的に有名な植村直己さんの冒険館が載っていないはずがない。(と思う)

さて、自分の昔住んでいた家をじっくり眺めて、
十分に満足したぼくはリュックサックの中を探って、
「東京お散歩マップ」を探した。





しかし―――




あれ?

探しても探しても見つからない……。



恐る恐る神戸にいる家内に電話をかけてみると、

「ああ、部屋にありますよ?」とのことだった。



やってしまった。。。


植村冒険館への道は全く分からないというのに、
唯一の手がかりである地図を忘れてしまった。。。


失望感がじわじわと広がる。

せめて、と他に使える地図を持っていないかと探ってみると、





(画像参照:amazon)



「世界地図帳」があった……。






ああ。
植村さん。

遠い、遠いよ……。

尺度が……尺度が余りに壮大すぎるよ……。




だが、やむをえまい。
ぼくは世界地図を片手に、どことも知れない植村冒険館に向かって歩き出した。





************


人づてに道を聞きながら、
やっと植村冒険館についたのは、その3時間後だった……。






ブログランキング参加しました。1日1クリックしていただけると、うれしいです☆

@人気ブログ(自転車の有名ブログ一覧へリンクします)

 
□公式HP「Non-Stop-Run-To-」はこちら

□「サラリーマンが行く!」企画詳細はこちら

□「とまらない好奇心」ブログトップはこちら

Posted at 22:51 /  終着点。 / この記事のURL
コメント (0)
冒険のための冒険 1.密閉された空間で発射される屁の罪悪は異常。 /  2012年02月21日(火)

冒険のための冒険 1.密閉された空間で発射される屁の罪悪は異常。



諸兄、語るも涙な話をしよう。

どこの誰だかわからないが、
この密閉された空間で屁をこいた奴がいる。

諸兄にこの理不尽さ、
そして、誰にもあたることのできない不可解な欝憤を理解していただくことはできようか?

ぼくは仕事帰り。
今日も例に漏れず疲れている。

よれよれに萎びたその身体は狭苦しいバスにスーパーの棚に詰め込まれたホウレンソウのように束ねられては縮こまっている。
誰一人として身動きは取れない。

万が一、ここで誰かが屁をここうものならば、
それを回避することは不可能である。

よって、断罪したい。
どこの誰だ、この密閉された空間で、
悪の所業を尽くした輩は!


世に問いたい。
奴に同情は不要だ。
執行猶予入らぬ。


必要なのは、断罪のみ。

屁に裁きを!!





************




否。

ぼくは本来的にこのようなことを書きたかったわけではない。
確かに屁に対する由無事を語れば枚挙にいとまはない。
しかし、それは今回のバス旅の本質ではない。
末節に捉われて、足場を失うようでは情けなかろう。



ぼくが夜も更けた23時のバスに乗り込んだのは、
高い高い志ゆえである。

これから東京に赴き、
世に遍くその影響力を駆使する、
武士(もののふ)という武士(もののふ)に
会って、会って会いまくる!

そのような高い意気込みによるものだ。

現在進めている、
「サラリーマン自転車世界縦断プロジェクト」は、
今年を以て、完了する。

さて。
そのあとぼくはどうしよう?

ゆるりと、過ごし、
専属サラリーマンに戻るか?
家内と子づくりに励み、
なけなしの「子ども手当」を生活の糧にするか?

いわずもがな、決断の時期である。



だが、断る!



ぼくの好奇心はとどまるところを知らない。

次なる挑戦へ。
挑むべき未来へ。


ぼくの獰猛ともいうべき好奇心を宥めるには、
せめて、次なるプロジェクトを邁進させなければならぬ。

子づくりの前に、することがあろう?諸兄。




すはわち、是、冒険である。




***********




上述のとおりぼくは志高きサラリーマンなので、
あの鬱々とした鉄の箱の中で、
著名な旅人に出会ったとしても、
決して偶然ではなかろう。








三宮は花時計前に停車したバスの中、
ぼくはどこかでみた記憶のある顔を発見した。



おかしい、この人は、いつも読んでいるブログの著者に似ている……



そのブログというのが、世界を自転車で走られているチャリダー、
西川さんの「ぼくの地球を走る旅」なのだが……。

かといって、偶然バスの中で出会うなんてできすぎた話だろう。
そもそも、ぼくは西河さんには面識がないので、顔をうかがう限り絶対の自信はない。

しかも、ぼくが似ていると判断したのは彼の目の部分(主に親しみのある目じり)のみであり、他に一切の保証はなかった。ああ、西川さんらしき人がマスクをしていなければ、もっと確証を持って判断できたやも知れぬ。
だが、彼はマスクをしている。



果たして本人か、否か?



バスは三宮から出発し一度梅田で乗り換えとなる。
その乗り換えのタイミングで乗客は寒風の吹く梅田スカイビル前に吐き出されるのだ。

ぼくはその隙を逃さず、
同時に、慎重に恐る恐る聞いてみた。


「あの〜〜〜自転車、乗ってます?」



すると、西川さんらしき人は、しばらく驚きの顔でぼくを一瞥した後、
「あ、乗ってます。」と答えた。

本人だったのだ。





ブログでしか知らなかった有名なチャリダーに
偶然出会うとは思わなかったのでぼくは図らずとも興奮した。

どうやらこれから東京で講演会らしい。

なんという偶然だろう。
初心なぼくは、うきうきしながら梅田でバスに乗り込んだ。



西川さんの「ぼくの地球を走る旅」はこちら
→http://ameblo.jp/masanori0615/



************


すると直後に、この屁、である。

ロマンチックな出会いは一瞬のうちに掻き消され、
H2Sの渋く深みのある香りに、表情が歪む。

幾度となく残留する屁の原子に魘されながら、
ぼくはぐったりとした表情で東京へ向かった。



驚きの出会いに、
怒りの屁。

神戸、大阪やってきたぼくは、
これから東京、山形、秋田と行脚する。

果たしてどんな旅になるのか、
一概には断定できないが、波乱万丈になりそうなのは確かなようだ。






















ブログランキング参加しました。1日1クリックしていただけると、うれしいです☆

@人気ブログ(自転車の有名ブログ一覧へリンクします)

 
□公式HP「Non-Stop-Run-To-」はこちら

□「サラリーマンが行く!」企画詳細はこちら

□「とまらない好奇心」ブログトップはこちら

Posted at 22:57 /  終着点。 / この記事のURL
コメント (0)
湯に溺れて山中温泉 4.自転車の旅、そして湯への執着。 /  2012年02月20日(月)


湯に溺れて山中温泉 4.自転車の旅、そして湯への執着。




自転車で国内を走っていた時は、
毎日必ずといっていいほど、湯に浸かっていた。


自転車で走るから湯に浸かりたくなるのか、

湯につかるために自転車で走っているのか、

当の本人ですらよくわからなかった。




海外を走りはじめて、しみじみ思ったのは、
「温泉がどこにもない!」ということだ。

どこにもない、とは言い過ぎか。
確かにヨーロッパやカナダにはあったし、
入ってはみたが、まあ、気持ちよかった。
(入らない、という選択肢は存在しなかった。)

しかし、他を見れば、ほぼ見つからないのが現状だ。
東南アジアなどは、水シャワーonlyじゃないか。

そう考えると、日本はいい。
日本には温泉がある。

温泉があるということは、自転車で走りやすい。(と思う。)




自転車で走っていると色々なことを考えてしまう。
それらも含めて、心の奥底に溜まっている不可解な事柄を整理するには、
やはり湯につかりながらに限る。

近いところでは、明日の走行ルートや残食料と買い出しのタイミングなど、
遠いところでは、自分がやっている旅の意味、など、

湯につかりながら考えた事は枚挙にいとまがない。

自分の走りを消化するにも、ぼくにとって湯は不可欠なものだった。




今回の山中温泉でも湯の中でいろいろと考えた。

特にこれからの旅のことについては、
かなり具体的に考えた。

来年で終わる今のプロジェクト、
来年からはじまるこれからの夢。

どこかで真剣に考えなければならなかったこと、
しかし、普段の忙しさにかまけて、考えることから逃げていた。

しかし、今回の温泉で幾度ものぼせながら、
それらを余すところなく考えきった。

心のどこかに吹きだまっていた未来への不確かな不安はここで一掃されたようだ。








































非日常の温泉街から、須磨での日常に戻ったとき、
ぼくは今まで以上に機敏に動くことができるだろう。

そう考えると、思い切ってこんな時間をつくった意味もあったというものだ。

サンダーバードに乗り込んで、今度は南へと下っていく。
敦賀の先にある長いトンネルと抜ければ、須磨へと続く道に出るだろう。








ブログランキング参加しました。1日1クリックしていただけると、うれしいです☆

@人気ブログ(自転車の有名ブログ一覧へリンクします)

 
□公式HP「Non-Stop-Run-To-」はこちら

□「サラリーマンが行く!」企画詳細はこちら

□「とまらない好奇心」ブログトップはこちら

Posted at 22:38 /  結婚生活 / この記事のURL
コメント (2)
P R
サラリーマン自転車旅行ノウハウ集
クリックでカテゴリ「サラリーマン自転車旅行ノウハウ集が開きます。
□はじめに
□日々の準備編
_■有給休暇取得の方法
__・旅に出る人、という暗黙の了解
__・夢を人に語ろう。
__・旅の計画は半年前に伝えておく
__・有給休暇の申請は少なくとも3ヶ月前に
__・有給休暇をとるタイミング
__・自分の仕事を自分で抱え込まない
__・周囲への感謝を忘れないでおく
_■旅の準備をする時間のつくりかた
_■効果的に体力をつける方法
_■旅のお金はどうやって貯めるのか
□旅の準備編
_■目的地の決定
_■旅に適した自転車
_■旅の装備について
_■航空券の確保
_■連絡手段の確保
_■出発前夜に
□旅の後片付け編
_■帰国日程について
_■手際の良い後片付けの方法
_■帰国後に仕事向き合う
_■アウトプットについて
□あとがき
☆プロフィール☆
クリックでこのブログの母体サイトのホムペが開きます。
クリックでこのブログの母体サイトのホムペが開きます。
■名前■  大島義史
■地元■  広島県広島市
■職業■  サラリーマン&チャリダー
■趣味■  自転車の旅、筋トレ、格闘、マラソン、水泳
■所属■  某重工業の本社勤務
        WarmSowers会員
大学1年の時に、生まれて初めてのマウンテンバイクを購入し、自転車旅の虜に。
大学4年間で日本をはじめ北米、ヨーロッパ、アジア、オーストラリアなどで14カ国52000kmを走破。
現在は会社に勤めつつ、サラリーマン自転車世界縦断を目指して奮闘中。
2008年より年に3〜4回、お盆や年末年始などの有給休暇を利用して世界を自転車で少しずつ走ってます。
詳細は順次カテゴリ「サラリーマンが行く!」にてレポートして参ります。
まだまだひよっこですが、どうぞよろしくお願いいたします。

メールフォーム
タイトル

内容
2012年02月
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29
☆ブログランキング☆
ブログランキングが開きます。
☆再び参加しました!
クリックしていただけると嬉しいです!
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ

| 前へ
 
 Powered by ブログ作成ならヤプログ!