そこは大平原だった。
地平の向こう側には大きな山がそびえている。
山の端には雲がかかっているところをみると相当高い山だろう。
一方反対側も地平だった。
しかしその先には海がある。
真っ青な海が、一本の線となって地平線を成している。
ぼくはその平原の真ん中を走る一本の道路の脇に腰を下ろしていた。
今日はロスパロスからバウカウまで走る、100kmの道のりだ。
少しここまで急いで来てしまった。
バウカウまでは後15km。
しかしまだお昼にもなっていない。
ぼくがバナナを食べていると、
ぼくのすぐそばを古めかしい単車に乗った現地人が走って通り過ぎた。
が、
200mほど先に行って、急にのろのろと止まった。
そしてこっちに向かって引き返してきて、
ぼくの目の前でバイクを止めた。
バイクにまたがっていたのは、壮年の男。
パプア系(メラネシア系)の顔立ちで肌はこげ茶色だった。
男はぼくの前にバイクにまたがったままやってきて、
はっきりとこう言った。
「金を出せ。」
東ティモール自転車旅行 9.決断力。(ロスパロス〜バウカウ)
男は強盗だった。
いや、それにしても、ついさっき思いついた、といわんばかりの強盗である。
急に引き返してきて、これかよ。
この手の強盗は以前タイ南部でも遭遇したことがある。
あの時もオートバイ、
そしてあの時も、ぼくに近づいてきて、
「金を出せ。」だった。
ぼくにとって、あの出来事は決して気持ちよく終われたものではなかった。
ぼくは“正しい行為”を行った。
あくまで、ぼくにとってのみ、“正しい行為”なのだけれど。
男はさらに迫ってきた。
「なぁ。」
男はぼくに話しかける。
「え?」
「ごめん、まね?まね?」
ぼくは、言葉がわからないふりをした。
彼の言葉がわかってしまっては、
いや、わかることがわかってしまっては、まずい。
幸いぼくはアジア系の顔立ちをしている。
ぼくは彼の言った言葉がわからないようなふりをして笑顔で彼に近づいていった。
“正しい行為”をするためだ。
彼との距離は、ぼくの片手一本分に近づいた。
あたりは車がなかなか通らない。
今日も風だけはそよそよ吹いてはいるが、
それ以外の音は一切しない。
ぼくは道路の脇にたって、にこやかに彼に近づく。
彼は道路を端にバイクを寄せてまたがっている。
右手でバイクをもって支えている。
左手はぶらん、とぼくのほうにむけて垂れ下げている。
ぼくの手が十分届く距離にその左手は転がっている。
彼が、もし、
少しでもその左手を動かそうものならば、
いや、右手も動かしたならば、
ぼくは、すぐに彼の左手を掴む気でいた。
それ以外に何も考えていなかった。
1秒で技を決める。
2秒で体の動きを封じる。
ここまですればもうこちらのものだ。
あとは、その左手を折って、
バイクから引き摺り下ろす。
そのあと、右手も折ればもうバイクは運転できない。
そこらへんの草むらに捨てておけば、やがて誰かが拾ってくれるだろう。
男がイライラしている。
「まね!まね!」
男の声が響く。
すると今度はインドネシア語で話し始めた。
ぼくは彼の言うことがよくわかったが、
インドネシア語がわからないふりをして、
片言のインドネシア語で、
「バウカウはどっちにいけばよかったっけ?」
などと、関係ない話を彼にふっていた。
いつでも彼を仕留められるように。
彼は、ぼくをここでどのようにしても、誰にも気づかれないと踏んだから今こういった行為に出ている。
ここは大平原。
誰がなにをしても、気づかれない、
死角だ。
だが、それはぼくも同じだ。
ぼくはここで彼に何をしようと、誰も、なにも、気づかないのだ。
久しぶりの強盗だった。
ぼくの身体は明らかに緊張していたが、
何も考えずに、淡々と、躊躇うことなく、
ぼくは力を行使する気でいた。
すると、
彼が
動いた。
ぼくは動きに合わせて、スッと間合いをつめた。
だが、彼は予想だにしない動きをした。
そのままバイクにまたがって、ぼくから離れていってしまったのだ。
ぼくは拍子抜けした。
そして、ドッ、とした安堵が波のように押し寄せてくるのを感じていた。
今回は“正しい行為”を行わずに済んだ。
それだけで十分だった。
強盗なんてするもんじゃない。
するほうも、それを処分するほうも、
いい気持ちはしないものだ。
ぼくは何食わぬ顔で、彼の向かった街、バウカウに向かって自転車をこぎだした。
彼の後を追うかのように、ぼくはスピードを速めた。
追記)
バウカウは水に恵まれた気持ちのいい都市である。
街のいたるところを水路が流れ、街の真ん中には大きな滝もある。
しかし、バウカウの人は同時に熱い人々だと揶揄される。
治安もよいが、最近は「ニンジャ」と呼ばれる夜に活動する強盗集団もでたらしい。
今回はブログにも書いたとおり、
ぼくは完全に彼の左手を捉えることしか考えていなかった。
しかし、もし、彼が民兵か何かであれば、
ぼくの関節技がかわされたり、解かれたりする可能性があった。
そうなると利き腕を保持した彼のほうが絶対的に有利になる。
もし、銃でももっていたならば、ぼくは勝ち目がなかっただろう。
ナイフをもっていたとしても、お互い切り合う泥仕合である。
そう考えると、結構ギリギリのやりとりだったのかもしれない。
とにかく、こういうときはまず、逃げることを一番に考えるべきであろう。
追記)
日記の内容とは打って変わるが、
ロスパロス〜バウカウ間は、平原が広がり、海が近くて、とても気持ちのいいところだ。
ぜひぜひ、走ることをお勧めしたい。
ただし、慎重に走らないと、ときどき、道路が割れていたり、橋が落ちていたりする。
ここら辺は笑って見逃すのが、東ティモールクオリティである。
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