自転車によるツーリングの日記と、その他、日々の雑記を載せています。 旅に出ていないときは雑記を、旅に出てるときは、携帯から旅のリアルタイム報告を行っていくつもりです! 母体であるホムペのBBSも兼ねています.御意見、ご感想、あまり関係ない話題、などのコメントお待ちしております!

«GO-PRO HEROで撮る! | Main | 【サラリーマンが】フィリピン自転車旅行【行く!】»
東ティモール自転車旅行アフター 15.日本編:暗峠。 /  2011年08月05日(金)


東ティモール自転車旅行アフター 15.日本編:暗峠。









奈良は大和郡山。

ぼくはこの日はここのビジネスホテル「スーパーホテル大和郡山」に宿をとった。

ここのホテル、なぜか天然温泉がホテル内に湧いている。

2009年にオープンしたばかりなので、非常に綺麗清潔で、

そのうえ、大浴場は露天風呂まであった。

お湯が岩をつたって零れ落ちる音。

湯に浸かりながら上を見上げれば満天の星、である。





しかし、いけない。

こんなにリラックスしていたら、読者諸兄に、

「…おーしまさん、いつもそんな高級ホテルに?(泣)」

などと要らぬ心配をかけてしまいかねない。





ぼくは心身共に充実した。

走ろう。










明日は垂水の寮に戻ろう。

せっかくだから、日本でもその斜度で有名な暗峠を通って戻ろう。

ふと、そう思った。





ただ、ひとつ気になることがある。




空港で輪行解除しているときに気づいたのだが、



リアディレーラーが、折れてる\(^o^)/







「ふぅ・・・・・・。

 どうやらやっと、“ぼく仕様”になったようだな・・・。」






誰に言うでもなくつぶやいた。

折れたおかげで、ギアが変わらない。

だが、問題ない。

世の中にはギアなしのママチャリでヒマラヤに挑む武士だっている。

後ろのギアが壊れるなんて、取るに足らない事象である。





走ろう。



















朝は法隆寺周辺を観光。





そして、大和郡山を走り、











奈良は平城京に自転車を持ち込み、
(ちゃんと警備員さんの許可はとったよ)




























最後は暗峠で締める。

(ほんとにここ国道か!?)






































































こうして、垂水の寮に戻ってきた。

帰ってきてからの虚脱感。

そして何も変わっていない、日常。

仕事の日々。




しかしどこか、充実している。

セミの声がこんなにも新鮮に聴こえるのは、

そのせいだろう。




東ティモールから、次の旅へ。

この夏の旅は、まだまだ終わらない。







ブログランキング参加しました。1日1クリックしていただけると、うれしいです☆

@人気ブログ(自転車の有名ブログ一覧へリンクします)


 
□公式HP「Non-Stop-Run-To-」はこちら

□「サラリーマンが行く!」企画詳細はこちら

□「とまらない好奇心」ブログトップはこちら

Posted at 23:19 /  【サラリーマンが】東ティモール自転車旅行【行く!】 / この記事のURL
コメント (2)
東ティモール自転車旅行アフター 14.日本編:喧騒から逃れて。 /  2011年08月04日(木)

東ティモール自転車旅行アフター 14.日本編:喧騒から逃れて。




シンガポール、チャンギ国際空港。

世界で最も美しい空港といわれ、

空港野宿熟達者の中では「第二の家」と称されるこの空港に、

ぼくは乗り継ぎのために降り立っていた。










洗濯していない服装のため、ボロボロで、

靴は汚れて、髪もボサボサである。

傍からみれば、どうしてこんな奴がここにいるのだろうと、思われるだろう。

それくらいに洗練された空港内で、ぼくはカーペットに落としたコーヒーの染みのように、じっとりと目立っていた。





「きゃはははははは!!」

「ね〜ね〜!!化粧品も買わなきゃあさぁ!!」





派手な服装に身を包んだ日本人の女子中学生くらいの女の子がぼくのそばを通り過ぎていく。

邪魔だ、といわんばかりに迫ってくるので、

ぼくは「ひぇぇぇぇ」とその場から逃げ出した。




いつもいつでも、ぼくを救ってくれるのはバーガーキングしかいない。





そう確信をもって、ファーストフード店にいくと、

ここも日本人の群れであった。

しかも、ぼくの苦手なケバケバの女子高生達が

「このあと飛行機のるんやんねーー!」

「えーーーー??」


と、超大きな声で騒いでいる。

どうやら学校の修学旅行のようだ。

制服とは似つかわしくない派手な化粧に、

ぼくは再び気おされた。

しかも関西弁。

ぼくと同じフライトである。

想像しただけで、ぐったりした。







彼女達がテーブル席を占拠していたため、

ぼくは端っこの席にひっそりと座って、

バーガーキングにかぶりついた。




うまい。




「でさ〜〜〜でさ〜〜〜」

「彼氏がーーー!」




くっ・・・・・・。

響き渡る黄色い声。






・・・・・・否。


否ぁぁぁぁぁっ!!!!!






ぼくは今、こんな声が聞きたいんじゃない。

ぼくは、今、東ティモールの旅を静かに振り返りたいんだ!




より、ストイックに!

己の走りを反省しながら!!




だが、現実はそうもいかない。

黄色い声に気おされて、ぼくは塩をかけたナメクジのように、

小さく萎れていく。






ぼくは―――






ぼくはッ!!!!!











走るしかなかった。







関西空港に降り立って、

ぼくは神戸三宮までの切符を買えばいいものの、

なぜか、一番近い大阪臨空タウンまでの切符を買っていた。




雨が降っていた。









だが、しずかに東ティモールの旅を振り返るには、

ぼくには静寂な環境と、

没頭できる何かが必要だ。

世間の雑音は、ぼくにはあまりにうるさ過ぎる。






臨空タウンから、百舌古墳群へ。



















古市古墳群をとおって、二上山超え。






















そして、奈良は飛鳥。


















































この田園地帯に来て、

ぼくはやっと、ケバケバしい現実を一線を画すことができた。

風が稲穂を揺らしている。

ほっ、と一息ついて、

ぼくはゆっくりと今回の旅を振り返った。






































そして、日が傾き、ひぐらしが鳴き始めたころ、

ぼくは再び走り始めた。












ブログランキング参加しました。1日1クリックしていただけると、うれしいです☆

@人気ブログ(自転車の有名ブログ一覧へリンクします)


 
□公式HP「Non-Stop-Run-To-」はこちら

□「サラリーマンが行く!」企画詳細はこちら

□「とまらない好奇心」ブログトップはこちら

Posted at 22:23 /  【サラリーマンが】東ティモール自転車旅行【行く!】 / この記事のURL
コメント (0)
東ティモール自転車旅行 13.写真家夫妻とメディア取材 /  2011年08月02日(火)



東ティモール自転車旅行 13.写真家夫妻とメディア取材













東ティモール最終日。

この日は朝から約束をしていた。








同じホテルで偶然知り合ったリカルド夫妻がディリで写真展をやっているらしい。

ふたりは写真家のようだった。

「ディリの中心街でやってるからきてよ♪」

なんて気軽にいうものだから、

ぼくも気軽な気分と格好で行ったら、




―――大統領府の隣でやってた(´Д`;;)・・・





リカルドさん、あんた一体なにものなんだ?(汗)





リカルドさんと知り合ったのは、

ぼくはディリを出る前。

ホテルの朝食を一緒にとらせていただいた。

ぼくが自転車で東ティモールを横断することをつたえたら、

「それは実にいい!記事にしよう!」

みたいなことを言い始めたので、てっきりマスコミの方かと思ったら、

なんと、東ティモールに長期滞在して写真を撮り続けている写真家とのこと。

東ティモールには特別な想いをもっているようで、

「自転車旅の可能性を探って、この国での観光への応用について
 グスマンに話してやってくれ。」


なんて、真剣に語っていらっしゃった。

(注:グスマン=グスマン首相






半分誇張だろうと思っていたら、

大統領府の隣で写真展である。

ちょっとこの二人は侮れない予感。











とりあえず手に汗握りながら中に入る。

門番の方には露骨に怪しがられたが、

中に入ればふたりがいらっしゃった。







ティモール人のお姉さんがついてくれて、

一緒に写真の解説をしてくれる。

数日前、二人は山岳地帯に写真を撮りに行く、

といっていたが、どうやらその作品が並んでいるようだ。

すでに売約済の写真もあったりして、

なるほど、本当にプロの写真家なんだなぁと感心してしまったり。





ときにふたりは、

「せっかくだからお茶しようよ」

とおっしゃる。

ぼくは「わーい♪」と歓声を上げて、二人についていったが、




その先は「ホテル・ティモール」だった!

(注:ホテルティモール:東ティモール内の最高級ホテル。
   大統領や外国の来賓が利用。宿泊料はバカ高い。)

しかも、顔パスである。







リカルドさん、だからあんた一体なにものだよ??(汗)






さて。

ふたりとお茶を楽しんで、

(当然、おーしまさんはちゃっかり奢ってもらっている)

ぼくは空港に向かうことにした。



すると、急にリカルドさんがぼくを呼び止める。

「待つんだ。ヨシ。(現地でのぼくの呼称)
 君はこのあと取材の予定が入ってるじゃないか。」






・・・・・・え?





・・・・・・まじ?




飛行機の出発時間まであと2時間しかないんですけど・・・・・。






どうやら、数日前にリカルドさんが言ってた、

「それは実にいい!記事にしよう!」というのは冗談じゃなかったらしい。

ぼくが「時間がないんで・・・」と断ろうとすると、

適当に時間を決めて、と携帯電話が手渡された。




しかも。すでにコールかかってる。



この人の行動力は本物だ・・・・・・(汗)





ぼくが携帯電話を手に取ったが最後、

「もしもし?」と電話の向こうで見知らぬ誰かが受話器をとった!



うおおおおおお!

どうする?


どうする??ぼく!!!!






・・・・・・・。





・・・・・・・。





結局、ぼくは現地メディアの記者さんを交渉して、

フライトの1時間前に空港で取材を受けることになった。

幸い、記者さんが英語を話せてよかった。

あの瞬間、ティトゥン語しか話せない人なんじゃないかと、

さすがにびびっていたのだ。

(リカルドさんはティトゥン語ペラペラである。)





さて。

いよいよ帰国のときが近づいてきた。



ぼくはリカルドさんたちにお礼をいって、

ディリを後にした。

あとは空港でチェックインして、取材を受けて、

日本に帰るだけだ。


















ぼくはなかなか進まないチェックインを不安な目で見守りながら、

この国を走った数日間のことを改めて思い出していた。




バカンスとはとても言いがたかった、数日間。

しかし、きっと絶対に、忘れることができない時間がここにはあった。

決算を抜けてきたサラリーマンには、ただただ、新鮮で、そして眩しい国。

次に来るときは、この国はどのように変わっているのだろうか。


















































追記)

リカルドさん「ヨシ。君はバウカウに行ったかい?」

おーしまさん「ええ、もちろんですよ。ポサダ・デ・バウカウとかいうバカ高いホテルしか目に付かなくて、宿探しに困りました。」

リカルドさん「ああ。そこぼくの家だよ。」

おーしまさん「・・・・・(´Д`;;)・・・ぇ」



どうやら彼の一族はポルトガル統治時代バウカウを治めていたらしい。

なるほど、今までの謎過ぎるステータスが一気に氷解した気がした。











ブログランキング参加しました。1日1クリックしていただけると、うれしいです☆

@人気ブログ(自転車の有名ブログ一覧へリンクします)


 
□公式HP「Non-Stop-Run-To-」はこちら

□「サラリーマンが行く!」企画詳細はこちら

□「とまらない好奇心」ブログトップはこちら

Posted at 23:19 /  【サラリーマンが】東ティモール自転車旅行【行く!】 / この記事のURL
コメント (2)
東ティモール自転車旅行 12.この国の将来 (ディリからリキカへ) /  2011年08月01日(月)



東ティモール自転車旅行 12.この国の将来 (ディリからリキカへ)





ディリについた後は、

今度は西に向かってぼくは走り始めた。

東を走れば、西がどうなっているのかみたくなる。

この国はディリしか国際空港がないから、

事実上、ここを基点に走ることになる。

朝ディリの街をでて、ぼくは風に流される。











周囲には荒涼とした大地が広がる。










かつての難民キャンプあとをとおり、

治安の悪い地区を走り去り、

その先に続いていく海岸線をじわりじわりと走っていく。

海が美しい。

そこに浮かぶ小船も、

そして砂浜も、

その先の波泡も、美しい。










しかし、こうして東ティモールを走っていると、

だんだんと不安になってくることもある。





この国、失業者、多すぎじゃね?





いや、東南アジア全体にいえることなんだろうが、

とにかく働いている人が少ない。

それは地方の村以上に都市で深刻なようだ。

多くの若者が街に溢れかえっている。

日本の失業者も大概のものだが、

それに匹敵する勢いの失業者だ。




単純に仕事がないだけなのか。

それとも、仕事をしたくないのか。











自転車で走っていて困るのは、

こういった若者達に、

石を投げられたり、

「ワッ!」と大声で脅かされたりしたことだ。

一度や二度ではない。

幾度もである。





ぼくは彼らから見れば明らかな外国人。

それが自転車で旅行しているともなれば、

単純な好奇心というよりは、

失業して先の見えない自分と比較して、

その鬱憤を晴らしたくなる気持ちもわからないではない。




東ティモールには驚くほど親切な人が多い。

皆、親身になってくれる。

子どもも、若者も多い。

将来に活力がある。

そしてなにより、この国はまだ生まれたばかり。

これから色々と始まっていく国だ。






しかし―――





街に屯す若者達をみていると、

どうしてもこの国の将来に明るい展望を描けなかった。



実際に深刻である。



これといった産業があるわけでもない。

大きな工場があるわけでもない。

教育レベルは相当低い。




で、国の運営は、

海に存在する油田のライセンス料で賄っている。

しかし、それでもアジア・オセアニア圏内で最貧国である。




今は海外から多くの国連関係の人がやってきて、

一種のバブルのような状態になっていた。

それがこれから一気に崩壊するだろう。

この国の自立と共に。

これからのグローバル社会の中で、この国に競争力はあるのか?





まじめに考えて走れば走るほど元気がなくなってきたので、

目の前に広がる海を見た。

相変わらず気持ちのいい海だ。






























ぼくは海の青に溺れた。

しかし、この国の若者達には、そうあってほしくはない。




この国、きっと、これからの10年で決まるんだろな。













ブログランキング参加しました。1日1クリックしていただけると、うれしいです☆

@人気ブログ(自転車の有名ブログ一覧へリンクします)


 
□公式HP「Non-Stop-Run-To-」はこちら

□「サラリーマンが行く!」企画詳細はこちら

□「とまらない好奇心」ブログトップはこちら

Posted at 23:41 /  【サラリーマンが】東ティモール自転車旅行【行く!】 / この記事のURL
コメント (0)
東ティモール自転車旅行 11.そしてディリへ。 /  2011年07月31日(日)




東ティモール自転車旅行 11.そしてディリへ。





朝、聖歌隊の歌声に見送られて、ぼくは重い自転車をひきずって、

女子高を後にした。

ぼくの人生の中で、“女子高に泊まる”という想像するだけで嬉しくて発狂しそうな状況になるのはこれが最後だろう。

ぼくに秘かに想いをよせてくれているあどけない少女達のことを考えると(←妄想)

ここを後にするのは相応の覚悟が必要であったが、そうも言っていられてない。

ぼくは今日こそ、ディリへと帰るのだ。




思えば、ディリを後にして3日が経過した。

途中、マナトゥトゥからバスに乗ったときには、

「えっ……本当にバスに乗っちゃったんですか?(泣) 」

といったような突っ込みを読者諸兄から受けるんじゃないかと、

気が気でなかったが、それも今は昔である。




ぼくはマナトゥトゥまできっちり走りぬけ、

ついでに一度走ったディリ〜マナトゥトゥ間も、

再度走ろうとしていた。

この間には地獄のような急坂(しかも一部未舗装)がまっている。











しかもここは東ティモールだ。

一本しかない道が理由なく閉鎖されていてもおかしくはない。





―――と思ったら、やっぱり封鎖されていた。












どうやら電線が落ちてきたらしい。

それを修理する気があるのかどうかわからないが、

道路上にはのっしりと高圧電線が横たわっている。

これは一歩間違えると死ぬ!

・・・・・・が、このままだと進めないので、

ぼくは慎重に慎重をきして、その電線をまたいでわたった。






















荒涼とした大地が広がっていたバウカウ周辺からマナトゥトゥに向かうにつれて、

だんだんと田んぼが増えてきた。

このあたりでは稲作が行われているらしい。

さすが赤道、実り豊かな土地なのだろう。

片方の田んぼでは稲がすくすく育っており、

一方の田んぼではこれから田植えといった状況である。

この気候が二期作を可能としているらしい。





































子ども達も相変わらず元気である。

道路わきに近づくと、

あっちから、わーーーーっ!と、

謎の旅人に驚き、興味をもった子ども達が押し寄せてくる。



こうなったら、もう逃げられない。

少しずつ身についてきた片言のティトゥン語で彼らを会話をする。

簡単な会話のやりとりだが、子ども達の勢いはなかなかとまらない。

しばらくここからは逃れられそうにないか(笑)






















そして、いよいよ最後の峠である。

相変わらずの激坂だが、ここを越えればディリかと思うと気合が入る。

ここもツール・ド・ティモールのコースになっているようだ。

確実にやばいだろ、というような急崖でがっちり左サイドが固められているこの道だが、ここでレースなんてさすがはティモールである。

絶対誰が落ちてけがするだろう。























ディリについたら、日本大使館から紹介されたホテルに泊まることにした。

中国人経営で、値段の高いティモールにおいては30ドル、と手ごろである。





街についたのはもう夕方。

ぼくはぐったりと体をベッドに横たえて、

そのまま沈むように眠っていった。

「明日はディリの西を攻めよう」、そんなことを考えながら。











ブログランキング参加しました。1日1クリックしていただけると、うれしいです☆

@人気ブログ(自転車の有名ブログ一覧へリンクします)


 
□公式HP「Non-Stop-Run-To-」はこちら

□「サラリーマンが行く!」企画詳細はこちら

□「とまらない好奇心」ブログトップはこちら

Posted at 19:52 /  【サラリーマンが】東ティモール自転車旅行【行く!】 / この記事のURL
コメント (2)
東ティモール自転車旅行 9.決断力。(ロスパロス〜バウカウ) /  2011年07月29日(金)



そこは大平原だった。

地平の向こう側には大きな山がそびえている。

山の端には雲がかかっているところをみると相当高い山だろう。

一方反対側も地平だった。

しかしその先には海がある。

真っ青な海が、一本の線となって地平線を成している。






ぼくはその平原の真ん中を走る一本の道路の脇に腰を下ろしていた。

今日はロスパロスからバウカウまで走る、100kmの道のりだ。

少しここまで急いで来てしまった。

バウカウまでは後15km。

しかしまだお昼にもなっていない。




ぼくがバナナを食べていると、

ぼくのすぐそばを古めかしい単車に乗った現地人が走って通り過ぎた。

が、

200mほど先に行って、急にのろのろと止まった。

そしてこっちに向かって引き返してきて、

ぼくの目の前でバイクを止めた。

バイクにまたがっていたのは、壮年の男。

パプア系(メラネシア系)の顔立ちで肌はこげ茶色だった。

男はぼくの前にバイクにまたがったままやってきて、

はっきりとこう言った。




「金を出せ。」






東ティモール自転車旅行 9.決断力。(ロスパロス〜バウカウ)





男は強盗だった。

いや、それにしても、ついさっき思いついた、といわんばかりの強盗である。

急に引き返してきて、これかよ。




この手の強盗は以前タイ南部でも遭遇したことがある。

あの時もオートバイ、

そしてあの時も、ぼくに近づいてきて、

「金を出せ。」だった。





ぼくにとって、あの出来事は決して気持ちよく終われたものではなかった。

ぼくは“正しい行為”を行った。

あくまで、ぼくにとってのみ、“正しい行為”なのだけれど。





男はさらに迫ってきた。

「なぁ。」

男はぼくに話しかける。




「え?」




「ごめん、まね?まね?」





ぼくは、言葉がわからないふりをした。

彼の言葉がわかってしまっては、

いや、わかることがわかってしまっては、まずい。

幸いぼくはアジア系の顔立ちをしている。

ぼくは彼の言った言葉がわからないようなふりをして笑顔で彼に近づいていった。





“正しい行為”をするためだ。





彼との距離は、ぼくの片手一本分に近づいた。

あたりは車がなかなか通らない。

今日も風だけはそよそよ吹いてはいるが、

それ以外の音は一切しない。

ぼくは道路の脇にたって、にこやかに彼に近づく。

彼は道路を端にバイクを寄せてまたがっている。

右手でバイクをもって支えている。

左手はぶらん、とぼくのほうにむけて垂れ下げている。





ぼくの手が十分届く距離にその左手は転がっている。





彼が、もし、

少しでもその左手を動かそうものならば、

いや、右手も動かしたならば、

ぼくは、すぐに彼の左手を掴む気でいた。





それ以外に何も考えていなかった。





1秒で技を決める。

2秒で体の動きを封じる。

ここまですればもうこちらのものだ。

あとは、その左手を折って、

バイクから引き摺り下ろす。

そのあと、右手も折ればもうバイクは運転できない。

そこらへんの草むらに捨てておけば、やがて誰かが拾ってくれるだろう。




男がイライラしている。

「まね!まね!」

男の声が響く。

すると今度はインドネシア語で話し始めた。

ぼくは彼の言うことがよくわかったが、

インドネシア語がわからないふりをして、

片言のインドネシア語で、

「バウカウはどっちにいけばよかったっけ?」

などと、関係ない話を彼にふっていた。




いつでも彼を仕留められるように。




彼は、ぼくをここでどのようにしても、誰にも気づかれないと踏んだから今こういった行為に出ている。

ここは大平原。

誰がなにをしても、気づかれない、死角だ。




だが、それはぼくも同じだ。

ぼくはここで彼に何をしようと、誰も、なにも、気づかないのだ。












久しぶりの強盗だった。

ぼくの身体は明らかに緊張していたが、

何も考えずに、淡々と、躊躇うことなく、

ぼくは力を行使する気でいた。





すると、




彼が




動いた。






ぼくは動きに合わせて、スッと間合いをつめた。






だが、彼は予想だにしない動きをした。

そのままバイクにまたがって、ぼくから離れていってしまったのだ。





ぼくは拍子抜けした。

そして、ドッ、とした安堵が波のように押し寄せてくるのを感じていた。




今回は“正しい行為”を行わずに済んだ。

それだけで十分だった。




強盗なんてするもんじゃない。

するほうも、それを処分するほうも、

いい気持ちはしないものだ。




ぼくは何食わぬ顔で、彼の向かった街、バウカウに向かって自転車をこぎだした。

彼の後を追うかのように、ぼくはスピードを速めた。













追記)

バウカウは水に恵まれた気持ちのいい都市である。

街のいたるところを水路が流れ、街の真ん中には大きな滝もある。

しかし、バウカウの人は同時に熱い人々だと揶揄される。

治安もよいが、最近は「ニンジャ」と呼ばれる夜に活動する強盗集団もでたらしい。

今回はブログにも書いたとおり、

ぼくは完全に彼の左手を捉えることしか考えていなかった。

しかし、もし、彼が民兵か何かであれば、

ぼくの関節技がかわされたり、解かれたりする可能性があった。

そうなると利き腕を保持した彼のほうが絶対的に有利になる。

もし、銃でももっていたならば、ぼくは勝ち目がなかっただろう。

ナイフをもっていたとしても、お互い切り合う泥仕合である。

そう考えると、結構ギリギリのやりとりだったのかもしれない。

とにかく、こういうときはまず、逃げることを一番に考えるべきであろう。





追記)

日記の内容とは打って変わるが、

ロスパロス〜バウカウ間は、平原が広がり、海が近くて、とても気持ちのいいところだ。

ぜひぜひ、走ることをお勧めしたい。















































ただし、慎重に走らないと、ときどき、道路が割れていたり、橋が落ちていたりする。

ここら辺は笑って見逃すのが、東ティモールクオリティである。

















ブログランキング参加しました。1日1クリックしていただけると、うれしいです☆

@人気ブログ(自転車の有名ブログ一覧へリンクします)


 
□公式HP「Non-Stop-Run-To-」はこちら

□「サラリーマンが行く!」企画詳細はこちら

□「とまらない好奇心」ブログトップはこちら

Posted at 23:56 /  【サラリーマンが】東ティモール自転車旅行【行く!】 / この記事のURL
コメント (2)
東ティモール自転車旅行 8.離脱チャリダーの葛藤(〜ロスパロス) /  2011年07月28日(木)



東ティモール自転車旅行 8.離脱チャリダーの葛藤(〜ロスパロス)









東ティモールの大地は暑い。

この灼熱の中、ぼくは淡々と走り続けていた。

道路はほぼ舗装されており、自転車でもスイスイ進む。
かといって、スピードがでるかといえば、そうではなく、
簡易舗装のため、でこぼこが酷く、ダートにも頻繁に突入した。

よって、スピードはでない。

時間だけが過ぎていく。









ディリから、ほぼ衝動的に出発してしまったものの、
この日中に次の町であるバウカウにまで辿りつける保証はなかった。

そのうえ朝、大使館などにお邪魔させていただいていたため、
出発は、朝の9時過ぎと、チャリダーにしては遅すぎる出発となっている。

対するバウカウは130km先。
しかも、山有り、ダート有り、の道である。









走っていると、なんと!









目の前に、同じく自転車で走る人がいた!

嬉しくなって話しかけると、彼は東ティモールに駐在している国連(UNMIT)の方であった。

「今からバウカウ!?そりゃ、日が暮れるね!」

彼がわくわくしながら、そういうので、
ぼくはすっかり元気を失ってしまった。














当初の予定では、今日はロスパロスまでバス移動して、
明日からディリに向かって走り始める予定であった。

が、
肝心のバスが時間の関係上ないため、
こうして自転車を走らせているわけだが……。

ぶっちゃけ、今日中にバウカウまで着く自信も根拠も全くない\(^o^)/




ここでぼくの脳裏に不思議な考えが浮かぶ。





―――バスない、って言われていたけれど、実はあるんじゃね?




―――むしろ、そこらへんの車を捕まえれば、載せてくれるんじゃね?




そういった甘い考えに叱咤するかのように、

中規模都市マナトゥトゥの街を前にして、

巨大な山が立ちはだかった。































なんとか山を制して、マナトゥトゥに着いたが、

そこでゆっくりお昼ごはん&休憩をとっていると、

もう、午後2時になってしまっていた。

これは確実に日が暮れる!






ぼくはここで妙案を思いつく。


―――この街で待っていれば、バスの一本も通るかもしれない(^ω^)





そんな甘い憶測にかられて、ぼくはマナトゥトゥでバスを待つことにした。

街で待っていると、自転車の旅人が珍しいためか、子ども達がわらわら寄ってくる。

みんな可愛い!


















































すると!

やはり、ぼくの思惑通りバスがやってきた。

地元の人たちの乗り合いバスだが、長距離を走るバスであることには間違いない。

フロントガラスには、大きく「ロスパロス」との文字が貼り付けられていた。

見事に、ロスパロス行きのバスだ!!










ぼくは自転車を無理やりバスにくくりつけてもらって、そのままバスに乗り込んだ。

“このまま走るのをやめてバスに乗り込んでいいのか?”といった疑問を胸に抱えながら。







・・・・・・。






・・・・・・。






・・・・・・。








やがてバスは砂埃をたててロスパロスの街を出発し、
周囲の景色はゆっくり、しかし、確実に流れていった。

ロスパロスまでは6時間の長旅だ。










バスの中の人たちは、思い思いに過ごしている。

本を読む人、

歌を歌う人、

ゲロを吐く人、

悪路のため、これが結構多い!



一方、ぼくはといえば―――




“チャリダーなのにバスに乗っている”

という罪悪感と、バスの中で闘っていた。




ぼくの中の天使と悪魔が、

この歴然たる事実を前に葛藤を繰り返す。






(天使)

いやいや、予定通り、想定どおりですから……。

同じ道、二回走るのもなんだしね……。

まあ、今日は結構走ったし、もう、いいじゃない?





(悪魔)

ちょwwwwwwwwwwwwwwwww

こいつwwwwwwwwwwwwwwww

初日からバスに乗ってやがるwwwwww

だっせ!

だっせーーーーwwwwwwwwwwww


もう、チャリダーじゃなくて、

バスダーで、よくね?(爆)

離脱チャリダー決定でよくね?wwwwww









おーしまさん「ぐおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

悪魔、優勢!!!!!!!!!!!!!!









ブログランキング参加しました。1日1クリックしていただけると、うれしいです☆

@人気ブログ(自転車の有名ブログ一覧へリンクします)


 
□公式HP「Non-Stop-Run-To-」はこちら

□「サラリーマンが行く!」企画詳細はこちら

□「とまらない好奇心」ブログトップはこちら

Posted at 06:20 /  【サラリーマンが】東ティモール自転車旅行【行く!】 / この記事のURL
コメント (2)
東ティモール自転車旅行 7.ディリから東へ。 /  2011年07月26日(火)

東ティモール自転車旅行 7.ディリから東へ。






空港前で自転車を輪行解除!







東ティモールの首都、ディリ。

かつては紛争の表舞台として新聞を飾ったこの街も、

今ではすっかり落ち着いて、緑に溢れている。

しかし、少し歩けば、まだ紛争時のままと考えられる壊れた廃墟が目に付く。













また、首都を走っている車に、多くの「UN」の文字をうかがうことができる。

空港からディリまでは距離にして2km。

そのわずかな間にもおおくの「UN」車がいた。

街は埃っぽくサングラスなしで走っていると、口の中がジャリジャリいう。






しかし人々は活気に溢れている。

市場で青菜や肉を売ったり、道路では水を売ったり、せわしない。

小さな運動場では子ども達がサッカーを楽しんでいる。

どこの国でもそうであるように、ここにもここなりの秩序があるのだ。







































さて。

17日に備えて、ディリ到着日の16日はスーパーマーケットで食料を買い込んだ。

ディリには数件のスーパーマーケットが存在するが、

そのうち、飛行場に近いのは、「LEADERS」と「LANDMARK」である。



東ティモールの店舗は基本的に土日は休みだが、ここは土日でも開いているようだ。

品揃えも上々。予想上のクオリティに正直驚いた。

とはいっても、東ティモール製のものはコーヒーくらいで、

他の多くは中国県内からの輸入品のようだ。

こういったところに進出しているのはやはり商業民族中国系の人々である。

彼らの商売のおかげでこうして食料が手に入ると思うと嬉しい。

ミネラルウォーターを3Lと、そのほか、バナナ、パンなどを購入する。

次のスーパーがどこにあるのかも、わからない。

ここで4日分の食料を買い込んでいく。











17日の早朝。

この日、いよいよディリを出発して東へ向かう。

といっても、もしバスを拾えるならば、バスでロスパロスまでいきたい。

今回のルートは同じ道をたどる往復コース。

自転車で同じ道の往復は精神的に盛り上がらないので、

もし可能であればバスを使用して、余った日はディリの西方面を攻めるのに使用したいと思ったのだ。

しかし、バスがあるかどうかも、疑わしい・・・・・・。




そんなときに、救世主のごとく情報を提供してくださったのは日本大使館であった。

日本にいるときから連絡を取り合っていた大使館の方に現地で接触できたのだ。

こうして本日朝はまずは大使館訪問からはじまった。













大使館では、NGOの方を交えて、

東ティモールの現在の治安状況、道路情報、

街の地図などを詳しく教えていただいた。

今まで漠然としていたこの国が徐々に頭の中に描かれていく。

聞けばバスも走っているというではないか。

いい話をいただいた。





―――とはいっても、バスは毎朝6時くらいにバスターミナルからでていくそう。

時計をみれば、もう9時過ぎだ。










ぼくはやむを得ず、ひとまず東に向かって走り出すことにした。

この後、どうなるのかわからない。

しかし“走らなければ!”という焦燥感、いや、危機感のようなものがぼくを突き動かしていた。






























やがて、ディリの街は途切れ、目の前には大きな山があわられた。

ここに来て、やっと、ぼくは落ち着いた。




ああ、走っている、


ぼくは走っている、


走れるんだ、東ティモールって。





感動とも、恐怖ともつかない不思議な感情がこみ上げてきて、

ぼくはただひたすらペダルをこぐことで、その衝動を発散していた。











山はやがて途切れ、海が見えた。

真っ青で、ずっと続く、空のような海だった。











ブログランキング参加しました。1日1クリックしていただけると、うれしいです☆

@人気ブログ(自転車の有名ブログ一覧へリンクします)


 
□公式HP「Non-Stop-Run-To-」はこちら

□「サラリーマンが行く!」企画詳細はこちら

□「とまらない好奇心」ブログトップはこちら

Posted at 23:17 /  【サラリーマンが】東ティモール自転車旅行【行く!】 / この記事のURL
コメント (2)
東ティモール自転車旅行 6.神戸からディリへ。 /  2011年07月25日(月)

東ティモール自転車旅行 6.神戸からディリへ。






7月15日―――ぼくは、会社のオフィスで仕事に追われていた。

スーツ姿に身をつつみ、ひっきりなしにキーボードを叩く。

仕事を次々に片付けていく。

しかし、それ以上のスピードで次の仕事がやってくるのだった。




もう・・・・・・さすがに、限界だ!!




自分のキャパシティをはるかに超えた現在の仕事量にぼくは辟易して席を立った。

が、

すぐに戻って次の仕事にとりかかった。




トイレなど行っている暇などない。

なぜなら今日は―――





東ティモールへの出発の日、だからだ。




本当は出発の日くらい休みたかったが、
会議が入ったため、それも適わぬ夢となった。

しかし休日をとっていた課長も、
休日扱いなのに、出勤して仕事をしている。

こういうものなのだ、日本の会社は。
生きてくれ、課長。




だが、



送るだけメールを送り終えて、
机の上の仕事もあらかた目処をつけたあと、
ぼくは、そのままトイレにたった。




もう、躊躇う必要はない。






トイレの個室に入り込み、

手持ちの大きなバックを開ける。

そこには、これからの東ティモールで使用する、
数々の装備が入っていた。


ぼくはスーツからTシャツと、綿ズボンへ。
革靴から、ゴアテックスのシューズへ着替えた。

そして、
颯爽とトイレを抜け出しオフィスに向かう。




パソコンの電源を切る。




職場に突然現れたラフな格好のぼくに、

周囲の視線は放射性セシウム並みに痛いが、

そんなことを気にしている暇などない。




机の下には―――自転車のサイドバック!




それを肩にひっさげて、ぼくはその足で関西空港に向かう。





エレベーターの中では、
会社の幹部の方と一緒になった。

工場時代にお世話になった方だ。
今は二人とも本社に召喚されている。


工場のぼくを知っているその方は、
ぼくのラフな格好と、サイドバックをみるなり、

「ふふふ。おーしまくん、その格好、またどこかいくの?」

とお聞きになってきた。




ぼくは答えた。

「ええ。このまま関空ですよ!」




「ふっ・・・・・・君って人は・・・・・・」

苦笑する幹部。




ぼくは爽やかに挨拶して、三宮のバス停から関空行きのバスに乗る。

仕事帰りに、ちょっと、東ティモールへ。



サラリーマンチャリダーの醍醐味、ここに有りである!






今回はシンガポール航空を利用。機内食はやはり神。








いよいよ、ディリ行きの飛行機に乗る。








入国書類は英語で書かれているのでわかりやすい。








なんとジェット機。自転車もらくらく搭載。








飛行機の中で、足が震える。武者震いである。








ついに到着。







飛行機から降りて、空港まで、自分で歩く。







さあ、来るなら来い!











ブログランキング参加しました。1日1クリックしていただけると、うれしいです☆

@人気ブログ(自転車の有名ブログ一覧へリンクします)


 
□公式HP「Non-Stop-Run-To-」はこちら

□「サラリーマンが行く!」企画詳細はこちら

□「とまらない好奇心」ブログトップはこちら

Posted at 23:16 /  【サラリーマンが】東ティモール自転車旅行【行く!】 / この記事のURL
コメント (0)
東ティモール自転車旅行 帰国後のお礼と報告 /  2011年07月24日(日)

東ティモール自転車旅行 帰国後のお礼と報告





皆様、こんばんは。
サラリーマンチャリダーの大島です。

昨日はとにかく眠くて爆睡してしまったため、
遅ればせながら、本日帰国報告をいたします。

東ティモール旅行の旅行記(東ティモール自転車旅行6〜)は明日から書いていこうと思います。



□日程

7月15日(金)〜23日(土)



□走行距離

715km (日本帰国後の自走含む)



□走行区間

リキカ〜ディリ〜バウカウ〜ロスパロス
(関空〜奈良〜大阪〜神戸)


(画像参照:oggole map)




□とりあえず幾枚か写真(整理、できました。ビデオはまだだけど汗)











































































































































































□感想

東ティモール、とにかく海がきれいでした。
青とも緑ともつかない海の色を心行くまで楽しむことができました。

治安は不安要素のひとつではありましたが、
UN関係、軍関係のパトロールがしっかりしており、
銃や麻薬も蔓延している様子は伺えませんでした。

あと印象的だったのは、
とにかく若い人が多い!
道行く人、ほとんどが若者って感じです。

そして、子どもが多い!
小学校の数が半端ないです。
そしてみんな底抜けに元気。

言葉の問題は最後まで苦労しました。
現地のティトゥン語に加えて、
英語、ポルトガル語、インドネシア語、
どれが通じるのか探り探りでの会話です。
この国、世代によって受けた言葉の教育が違うんですよね。
おばあちゃんはポルトガル語が話せるけれど、
子どもはインドネシア語しか話せなかったり。

非常に貧しく、インフラも未整備で、
しかし実にエネルギーに溢れていて、
活気のある国でした。




最後になりましたが、
ブログ読者の皆様、
応援してくださいました皆様、
本当にありがとうございました。

医療面でサポートしてくださいました山Pさん、
とても役に立ちました。
ちなみに、マラリアにはかかっておりません!(たぶん)

現地で協力してくださいました、
日本大使館のSさん、NGOのTさん、本当にありがとうございました。
情報、大変有用でした。


兎にも角にも、素晴らしい夏の始まりに相応しい旅でございました。
ツール・ド・ティモールもありますし、しばらくこの国からは目が離せそうにありません。





ブログランキング参加しました。1日1クリックしていただけると、うれしいです☆

@人気ブログ(自転車の有名ブログ一覧へリンクします)


 
□公式HP「Non-Stop-Run-To-」はこちら

□「サラリーマンが行く!」企画詳細はこちら

□「とまらない好奇心」ブログトップはこちら

Posted at 22:25 /  【サラリーマンが】東ティモール自転車旅行【行く!】 / この記事のURL
コメント (4)
P R
サラリーマン自転車旅行ノウハウ集
クリックでカテゴリ「サラリーマン自転車旅行ノウハウ集が開きます。
□はじめに
□日々の準備編
_■有給休暇取得の方法
__・旅に出る人、という暗黙の了解
__・夢を人に語ろう。
__・旅の計画は半年前に伝えておく
__・有給休暇の申請は少なくとも3ヶ月前に
__・有給休暇をとるタイミング
__・自分の仕事を自分で抱え込まない
__・周囲への感謝を忘れないでおく
_■旅の準備をする時間のつくりかた
_■効果的に体力をつける方法
_■旅のお金はどうやって貯めるのか
□旅の準備編
_■目的地の決定
_■旅に適した自転車
_■旅の装備について
_■航空券の確保
_■連絡手段の確保
_■出発前夜に
□旅の後片付け編
_■帰国日程について
_■手際の良い後片付けの方法
_■帰国後に仕事向き合う
_■アウトプットについて
□あとがき
☆プロフィール☆
クリックでこのブログの母体サイトのホムペが開きます。
クリックでこのブログの母体サイトのホムペが開きます。
■名前■  大島義史
■地元■  広島県広島市
■職業■  サラリーマン&チャリダー
■趣味■  自転車の旅、筋トレ、格闘、マラソン、水泳
■所属■  某重工業の本社勤務
        WarmSowers会員
大学1年の時に、生まれて初めてのマウンテンバイクを購入し、自転車旅の虜に。
大学4年間で日本をはじめ北米、ヨーロッパ、アジア、オーストラリアなどで14カ国52000kmを走破。
現在は会社に勤めつつ、サラリーマン自転車世界縦断を目指して奮闘中。
2008年より年に3〜4回、お盆や年末年始などの有給休暇を利用して世界を自転車で少しずつ走ってます。
詳細は順次カテゴリ「サラリーマンが行く!」にてレポートして参ります。
まだまだひよっこですが、どうぞよろしくお願いいたします。

メールフォーム
タイトル

内容
2011年08月
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
☆ブログランキング☆
ブログランキングが開きます。
☆再び参加しました!
クリックしていただけると嬉しいです!
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ

| 前へ
 
 Powered by ブログ作成ならヤプログ!