保育園5 

November 11 [Thu], 2004, 11:29
クラスが変わればあの先生と毎日会わなくて済む。
次の担当の先生はうちの店にもよく来てくれていた先生。
少し大柄で笑った顔が好きだった。
おやつもご飯も教室で食べる事ができた。
外で遊んだりお昼寝もゆっくりできた。

思い出した。
お昼寝のとき、あの先生は私が寝てないと
お昼寝の部屋から連れ出してた。
とこまでは思い出したけど何されたのかは覚えてないな;

話は戻って
あの先生に会わなければそう害はなく
普通の園児並に穏やかにぼへっと毎日を過ごした。
...男の子をいじめるというか、
その子の泣き虫を治すべく鍛えたりしていた(おぃ

日付や季節はよく覚えていない。
だけど、忘れられない事が起こる時期がすぐそこに迫っていた。
お遊戯会があるのだ。その為の練習が開始されることになった。
私の何かが壊れはじめたのはこのときかもしれない。

保育園4 

November 11 [Thu], 2004, 11:13
私って根に持つタイプだったのか思いのほか詳細に覚えてますね。
でも、それでも忘れてる事って結構ある様な...。
思い出したら付け足そう。ほぃ。

両親が自営業を営んでいるという事は書いたが、
その為とても忙しく(その頃はまだ繁盛していた)
お迎えに来る時間もまちまちだった。
どんどん友達や先生が帰っていくのに
自分のお迎えが来ないのはなんだか寂しかった。

園長先生夫妻は、優しさが滲み出るような顔をしていた。
性格もそんな感じで残ってる時間とかにもよく話した。
その時、給食のこととか何故言わなかったのか自分でもわからない。
そんなこんなしてるうちにクラスがまたあがった。

保育園3 

November 11 [Thu], 2004, 11:01
Happy Fridayなんて言ってられない。
毎日がBlueDay。

皆、机にご飯が用意されて
椅子に座って食べているのに
どうして私だけ床に座って椅子を机代わりに
給食を食べているんだろう...
食後のおやつも貰えなかった。
元々食が細く食べるのも遅かった為
時間内に給食を終える事が難しかった。
食べ終える事が出来ないと廊下に正座させられて
残りを食べてしまわないといけない。
給食時間の後はお昼休みで
子供も先生も外で遊んでいた。
廊下なんて人がそう通るはずもなく
ただ私が出す嗚咽や食器の音だけが響いてた。
しかもすぐ近くにはトイレがあって
惨めな気分をいっそう掻き立ててくれるのだ。

入らないものを無理やり食べる為
放課後まで食べているなんて事もしばしばだった。

保育園2 

November 10 [Wed], 2004, 11:21
飲み屋の中で育ったからか
考え方と口の利き方だけは大人びいていて
(時に大人顔負けに喋るらしかった)
かなりむかつく子供だったのは確かだ。
私でもそんなガキが目の前に現れたら
とりあえず殴りたくなる。

が、そんな子供でもその人の前では気をつけていたのだ。
何が引き金になるかわからないから
当たらず触らず何事もなく終わりたかった。
クラスの保母さんじゃなかったために
合同で何かある時くらいしか関わらなかった。
だからこそ、まだ笑える程度で済んでいた。
それでもなんとなく他の保母さん達も気にし始めていた。

迎えた進級の季節。
夢でも悪夢としか言えないような事が起こった。
クラスの受け持ちの保母さんがその人になったのだ。
(保母さんって書くの面倒だから以後先生。)
今までに増して「行きたくない攻撃」が
炸裂したのは当然のことである。

しかし、そんなことが通じるわけもなく
泣く泣く行くことになるのだ。しかも毎日(当然

保育園 

November 10 [Wed], 2004, 11:01
両親は自営業をしていていつも忙しかった。
だから私は、時間の融通が利くからなのか保育園に通った。
この場所が私の公共の場所や先生嫌いの原点かもしれない。

とにかく私はそこが大嫌いだった。
毎日のように駄々をこねて行きたくないと泣いた。
こんなこと子供が言ったら
「我侭言わないの」と言う親がいるだろう。
しかし、子供なりに理由があるのだ。

親の商売柄(飲み屋)顔は広く
保育園の殆どの先生方は、
他の子以上に私を可愛がってくれた。
それこそ、抱きしめてKissの嵐(心底やめてくれと思った。
反面、私は目立ちすぎるらしく特定の先生には
ゴキブリのように嫌われた。
(飲み屋仲間の子供たちの中で
一番偉そうにしてりゃそりゃ目立つって)

私が悪いのかどうかはさておき、
していい事と悪い事があるのは
大抵の人間は知っているはずで
まして保母さんと園児なら
尚更気をつけないといけないものがあるのは
誰でもわかることだと思う。

しかし、それを踏み越える人が居たのだ。

口癖 

November 10 [Wed], 2004, 10:47
小さい頃、私はよく泣く子供だった。
わぁーわぁー泣きはしないが
カーテンに隠れてメソメソしていた。

そんな時いつもつぶやいていた言葉は
「私が居なきゃ皆幸せになれるとよね?
私が死ねばいいっちゃん。」だった。

嫌なガキだと思うが
三つ子の魂百までというのか今もまだそう思う時がある。
子供ながらに自分の存在が疎まれるものだと気づいていた。
...愛されてなかったわけじゃない。
ただどこかで何かが壊れてしまっただけ。

退学 

November 10 [Wed], 2004, 10:28
大学を辞めた。
留学して2,3年だろうか。
辞めるのなんてすごく簡単な作業だった。

ほんの数回でも休むとFになる程
出席には厳しかったりする。
徹夜して必死に学校に行ったり
成績でAを取ったり大変だったのに
辞めるのは気が抜けるほど簡単だった。

勿体無いかもしれない。
だけどそれ以上に辛かった。
上手くは言えない。
ただの我侭の甘ったれかもしれない。
でも、私は学校という場所が怖かったのだ。

始めに。 

November 10 [Wed], 2004, 10:19
最近の事とか昔のこととか入り混じってます。
読みにくいことこの上なしです
なんというか大昔から今までの化石のような
記憶を纏めて書いてみようという試み(何それ
不快な表現もあるかもしれませんので
気をつけてください。
というか責任はもてませんし
持つ気もありません。放置だ。ぶー
因みに日付はあまり気にしない方向で。
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