「蒲団・重右衛門の最後」 ☆ 

2006年06月13日(火) 11時27分
今回は、

「蒲団・重右衛門の最後」/田山花袋 

です。

・・・
田山花袋、日本自然主義文学の先駆者。
と、いう白痴並みの知識のみ持ち合わせていました。

近代文学の名作は順次読んでいこうと思い、予定の片隅には入っていましたが、
授業で指示されなければまだ手をつけてはいなかっただろうな、と思います。
・・・あまり魅力を感じないから。
乏しい知識だろうが、タイトルや著者名の字面から感じるモノって重要だと思いますし。

・・・

「陥没地帯」 ☆ 

2006年06月13日(火) 10時55分
今回は、
「陥没地帯」/蓮實重彦  です。        

・・・
随分と更新が滞ってしまいました。

念願だった蓮實重彦作品にやっと手を伸ばせたわけですが、
これはもう、衝撃的と言えます。
この作品、一度読んだって絶対に意味がわからない。
読み手に、精神力を要求してきます。

代名詞の多用で、登場人物像がわからない。
語り手が今誰なのかがわからない。
事件は起こっているらしいのにその概要すらわからない。
バックグラウンドがわからない。
全てにおいて明示されない。
その上、同じ文章を幾度か繰り返す。

これらの要素から、軽々しい心構えで挑んだ読み手は拒否されます。

物語の誕生を物語る物語か、あるいはメタフィクションか。
舞台となっているのは砂丘。(それすらメタファーなのかもしれないが。)
その砂丘宜しく、さらさらと砂が渦を巻き流れ散る明瞭としない空間が完璧に作られていました。

・・・
著者蓮實重彦の肩書きとしては、
仏文学者・映画評論家・元東大総長
というのが周知されているのかな。
ユニークなところでは、かつて志賀直哉が行った日本の国語を仏語に統一せよ、という運動を
様々な著名人たちが批判する中、蓮實氏は擁護したことで知られています。

そんな輝かしい知識人としてのイメージが浮かび上がる蓮實重彦の処女作が
「陥没地帯」。
1986年の出版当初から、文学批評や広告宣伝にほぼ晒されていない。
ずぶの素人の作品でもなかろうに、話のネタにしてもらえなかったのは、
単純に意味がわからないから。
妙な解釈をして白い眼で見られるのが怖い人を沢山生んだんでしょうね、この小説は。
それ故、いつのまにか「伝説の処女作」なんぞと呼ばれるようになりましたとさ。

・・・
頁数としては短いものだから、読んでみることをお奨めしますよ。

「古代エジプトの壁画」☆ 

2006年05月15日(月) 22時51分
今回は
「古代エジプトの壁画」/薄井憲二 著
です。

画像が探せませんでした。代わりに書籍情報を。
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昭和57年 7月1日 発刊
株式会社 大日本絵画    定価4,800円
B5大判
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内容は、古代エジプトの壁画の図版、写真、解説。
私としては、ザッカラの壁画群が気に入りました。

見たことがないようなタイプのユニークなものもあり、興味深かったです。
印象的なものでは、割礼の図(痛そうだった!!)や、
河馬とワニの捕食シーンなど。
古代エジプトの壁画には河童とワニが多数登場するようなのですが、
圧倒的に河童が強者として描かれていました。

古代エジプト壁画の表現方法そのものがとても面白かったです。
真上から見た池と、その周りに放射状に寝た形の木々、
水平から見た人々など、一枚の絵で多アングルの表現が為されているものもありました。
遠近法を使わずに、手前にあるものを上段に、奥にあるものを下段に、としたものもありました。

解説もわかりやすく簡潔でした。


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*備考*
non-capiscoの読書感想は、読み飛ばさずに一冊まるまる読んだ書籍のみにしています。

*次回予告*
「陥没地帯」/蓮見重彦
or
「HISTORIAN T,U」/Elizabeth kostova
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いぇい。

「東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン〜」☆ 

2006年05月10日(水) 20時23分
今回は、「東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン〜」/リリー・フランキー 著
です。

話題作なので、タイトルを耳にしたことはありました。
著者がリリー・フランキーと知り、
え、あの、ココリコミラクルタイプに出てる素敵感満載なオジサマ?!
と、興味ももっていました。
しかし、江国香織の「東京タワー」が大好きな私にとっては、うーむ。ってな具合でなかなか手に取らずにおりました。
が、ある日。
母が少し照れた様子で、これ、読む?と、私にリリー・フランキーの「東京タワー」を差し出したのです。
何故母は、恥ずかしそうに私に薦めたのか。
その時は、メディアに登場するリリー・フランキーの、飄々とした表情から繰り出されるエロ発言の数々による変質者的なイメージが故であろうと思っていました。(リリーさん、ごめんなさい。)

しかし、その解釈が的外れなものであったことに、すぐに気づかされました。

ひとたびページをめくれば、「オカン、オカン、オカン。」
次のページでも、「オカン、オカン。」
そのまた次も、「オカン、オカン。」
…そう、「東京タワー」は、その副題である「オカンとボクと、時々、オトン」に凄まじく的確に集約されているように、まさに「オカン」を描いた作品でした。

しかも、そのオカンの姿、生活の一コマ一コマ、ボクの気持ち、全てがあたたかく、クスッと笑ってしまうような面白さをもち、言葉に、行間に、ページを繰る私のすぐ近くに、「オカン」がいるようでした。
それは、まぎれもなく「オカン」でした。


母子の姿を生き生きと描いているから、子が母に強い愛情を示している作品だから、
私の母はそれを手渡すとき、照れていたんだな、と、気づきました。
そんな母を、すごく可愛らしいと感じました。

「ムーミンの哲学」☆ 

2006年05月10日(水) 19時59分
今回は、
「ムーミンの哲学」/瀬戸一夫 著  
です。

著者曰く、哲学の入門書としての書であり、ムーミンアニメを通じて哲学者たちの学説等を古代〜近代まで幅広く紹介しています。
形式的には、一つの章の第一節でまず専門的且つ具体的に哲学者の名前や学説、解釈の変遷などを挙げて説明し、第二節でムーミンアニメの一作品をとりあげ、そのあらすじを詳細に説明する。
そして、第三節でそれらを関連させ、ムーミン作品に流れる哲学的血脈を論理的組立てにより結論づける、というもの。

著者は、メルヘンであるムーミン作品(特にアニメ版)に多分に哲学的要素を見出しており、また、それを丁寧に論理として証明していく様が見事でもあった。説得力があります。
しかし、文調、書式(横書きなんです)、一章の長さともに、とても読みやすい仕上がりとなっており、哲学への入り口となる本、という本義から逸脱しない、明晰な頭脳をもつ著者の姿をうかがわせています。

ムーミン作品からの引用部分では、台詞等もとことんアニメに忠実で、ムーミン好きにとっては、そういったこだわりから著者のムーミン作品に対する愛情が感じ取られ、嬉しくなるような一冊となっていました。


to lynn
…哲学ってホント、「シュークリームとプリンどっちが哲学的か。」みたいな問いも、論理さえ組み立てられれば学問的なものとして成立してしまう分野なのかもって、ちょっと思ったよ。ムーミンとプリンじゃ違うか。笑;

いぇい。

「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」☆ 

2006年04月30日(日) 8時22分
「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」を読みました。
言わずと知れた、ハリーポッターシリーズの5作目。



……と言うか、話は変わるが、送ったつもりだった記事が送れてないとショックなんだね。
コピーしときゃぁ良かった。
いや、なに、ちょいとばかしハリーについてと、これから読もうと思ってる本のことなど相当長く書いてたのに、消えちゃったわ。。。一体どう云う御了見、。笑。

なのでもう、この本については余り書かずにおきますわ。




滝沢演舞城 

2006年04月30日(日) 7時47分

去る4/23に、滝沢秀明が新橋演舞場で最年少座長を務める「滝沢演舞城」を観て参りました。
と、言うことで、お絵かき。↓↓




  所要2時間
  
  …ちょっと堂本剛っぽくなってしまったのは、
  多分髪型の所為でせう。



滝沢演舞城、面白かったですよ。



↓演目等。






「潤一郎ラビリンスT初期短編集」☆ 

2006年04月21日(金) 1時51分
本日は、

「潤一郎ラビリンスT初期短編集」 谷崎潤一郎  /千葉俊二 編/中公文庫 


です。

その名のとおり、谷崎潤一郎の初期短編集です。
編者の千葉俊二氏の講義での教材として手にしました。

収録作品は、
「刺青」「麒麟」「少年」「幇間」「瓢風」「秘密」「悪魔」「恐怖」
の8編。


これが私にとって初めて触れた谷崎作品でした。
「谷崎は気持ち悪い」という前評判を聞いていましたが、読んでみると、
これらをその様な浅薄な言葉で括ってしまえる読者の方が余程気持ち悪い、という感想をもちました。

官能的耽美的な美の飽くなき追求。
生命論にすら感じることもありました。

谷崎潤一郎、是非、読んで戴きたい。

三島由紀夫が好きな人ならきっと好きです。


↓以下、内容に触れています。





*日本文学史(中世) 

2006年04月18日(火) 12時18分
*日本文学史(中世)

本日初回講義でした。
まだガイダンス程度ではありましたが、少し面白い話を聞いたので記載します。

先生が、中世文学と近代国家の関係を専門に研究している方だったので、
文学の成立や扱われ方に、文化、社会、政治的な背景、時代との密接な関わりがあることを
説明していました。

その中の例として、
日本人が盛んに口にする「武士道精神」とやらは、明治末年に出来た、とのことでした。
つまり、鎌倉や室町の武士は、現代で用いられるような武士道なんて観念はもっておらず、
だまし討ちもすりゃ策謀を巡らしもする、と。
「武士道」とは、明治末年に新渡戸稲造が書いた同名の書物から発し、大流行し、現在まで
あたかも古来の国家精神であるかのように浸透している、と。

それから、源氏物語。
天皇家の密通を題材にした作品である。
それ故、長年弾圧され続け、現在のような評価を得始めたのはやっと第二次世界大戦後あたりであったそうな。

言われてみれば至極当然なことなんだけれど、改めて触れてみないと
思い直せない、言わば社会通念のパワー。面白いですな。

それから、今日の講義では盛んに
「文学の定義」についてを取り上げていました。
その中で結論として挙げていたのは、テリー・イーグルトンの「文学とは何か?」より、
「文学とは純粋に形式的かつ空虚な定義。そこにどんな意味でも込められる定義に他ならない。」
というもので、つまり究極的には文学とは定義できないものだ、ということでした。
…本当に、不毛。
文学を定義しようなんていう試みは、それ自体何と無意味なものでしょう。
と、思いました。

私は、ただそこに活字があって、何らかの体系として意味を成していれば、それで満足。
それに触れるのが、幸せ。
それでいいじゃない。
…って言ったって、それじゃ駄目なときもあるようです。浮世には。笑

いぇい。

「蹴りたい背中」☆ 

2006年04月15日(土) 3時35分
今日は、


「蹴りたい背中」/綿矢りさ
を読みました。
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言わずと知れた、史上最年少芥川賞受賞者(19歳/2003)の作品。
著者は前作「インストール」でも、これまた史上最年少(17歳/2001)で
第38回文藝賞を受賞していたという、若くして才能を開花させた人物。
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同時期に話題になった 「蛇にピアス」/金原ひとみ は読んでいたものの、
こちらには手を伸ばしていませんでした。
が、著者は私の通う大学の、しかも同学部同学科を今年卒業した先輩だということを知り、
こりゃ気になる、ってな次第で読んでみました。

「蛇にピアス」との比較はウンザリするほど為されているでしょうから、あまりそこには触れませんが、
マスコミの扱いから受ける「好対照」の様なイメージからは程遠く、両者とも強烈な個性を放ち、全く別次元で独自の空気感でもって息づいている作品、という印象を受けたことを添えておきます。

私は現代小説をさほど読まないので、その点でいささか頼りない感覚ではありますが、
この「蹴りたい背中」はとても読みやすい作品だな、と感じました。
展開のスムーズさや人物関係のシンプルさ、程よくユーモラスな言い回しと、気だるさを保っていながらも歯切れの良い文体が、読み手がノリやすいリズムを作り出している、という印象でした。

内容も、同年代であれば猶の事共感出来る部分が多いのでは、と感じられるものでした。
同年代には爽快感を与え、年長の世代には青春のくすぐったさを思い起こさせるものだろうと思います。

一読の価値ある作品です。

↓以下、内容に触れています。
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