友人について 

2009年06月18日(木) 1時38分
私はけっこう臆病でわがままな人間なので
自分の好きなことは勝手にやる、もし付いて来たければ付いてくればいい、ちなみに待っててやる気はない、そして付いて来ないんなら別にそれも勝手にすればいい、みたいなのが基本スタンスです。

人に何かしてもらうのを期待して、それが叶えられないことを怖いと感じてしまいます。だからなるべく一人でやるし、一人でやりきれないことには手を出さないし、他人に協力を仰ぐのが苦手です。頼んだときに不快に思われたらどうしよう、みたいな気持ちや、断られたらそれは私が駄目なせいだ、というネガティブな思考もその中にはあると思います。結果、他人への働きかけを最初から放棄しているような感じになってるんですが。

でも一人でできることって少ないわけで、そこで人に頼れないと→失敗→自己嫌悪→払拭のため再チャレンジ→失敗、と悪循環に陥ってしまうのは目に見えていて

また口に出してお願いしないと相手に伝わるわけもないんだから働きかけを放棄と言うそのスタート地点からして話にならなくて

そういったこと諸々を踏まえて考えると、「あれ私これは人間としてけっこう駄目じゃない^q^?」ということに気付いたのでいまちょっと直そうとしてるところ。

私〜するけど、やる?と誘ってみたり、相談事をしてみたり、慣れないけど意識してると少しずつできるようになっていってるのが感じられたりして嬉しい。

そしてそういった視点を持って改めて考えてみると、友人に対してずいぶん甘えていたんだということにも気付きました。気を遣ってくれてたんだろうなあ、とか、心無い言葉でずいぶん傷つけてきたんじゃなかろうか、とか。

大いに反省したので近くにいる人から、謝罪と感謝を込めて、私から会いに行こうかと思い立ち実践中です。就職したらしばらく会えないと思うからなおさらです。

これからはもちょっと自分から協力的に、なおかつ自分の感情ではなく相手の気持ちに即して行動していけるようになりたいと思います。

こんなことに気付くのに何年掛かってるんですかね。自分が嫌になることがけっこうありますが、そのたびに私の友だちはなにがよくて私なんかと友だちなんだろうと本当に疑問に感じます。私だったらぜったいお断りなんだけどな。

しかしこんなにありがたいことはないので、そうした気持ちに報いていたいと思うのです。その場の雰囲気込みで「会えてよかった」と言われる機会は人並みにありますが、そう思い続けてもらえるような努力をし続けたいものです。

以下、関係ない話
その一
臆病な私に「勇気を持て」と言ってくれた人は、だから多分、私が大学生活の中で唯一本当に好きなる可能性のあった人なんだろうな、と思ったりして。
というかもう好きだったんじゃないだろうか。
今更どうしようとも思わないけど、貰った言葉は忘れないでおこうと思う。

その二
こうして弱さやら甘えやらをツールとして積極的に使うことを覚えた私ですが、古くからの友人はそれを嫌がっている節がある^^。思うに、やつらの中での私のイメージは「独善的だが潔癖で、やること言うこと竹を割ったようにはっきりしている」=「かっこいい」なんだよな。うーーん。しかしもう批判とか宣言とか疲れたというかもうちょいゆるゆる敵を作らないように生きたくなったというか。そういうのは私らしくないんだろうか・・・。
と、セルフイメージについて悩み中です。正直しらんがな\(^o^)/

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