名古屋暮らし1周年
October 25 [Tue], 2011, 23:28

2010年10月25日。夫のUターン転職に伴い、たった1年半の湘南・茅ヶ崎ライフに別れを告げ、湘南新宿ラインで小田原へ、新幹線ひかりに乗り換え、名古屋にやってきた去年の私。
新居への引越しは翌日で、あの日はCOP10のゲストでにぎわう名古屋東急ホテルに泊まったんだ。夕飯に出かけた栄の交差点で、「ここが名古屋の銀座だよ」という、旦那の悪い冗談は今でも忘れられない。
あれから1年が経った。いや、まだ1年しか経ってないというのか。
無職の名古屋市民となり、とりあえず扶養家族に入れてもらったので、広告代理店で週3日の短期バイトをしてみたり、専業主婦という肩書で半年間スクールに通って、日本語教師資格を取ってみたりもした。でも好きに遊ぶお金も少なすぎるし、共感をし合える友達のいない孤独な毎日が苦行としか思えず、当初は違和感にさいなまされていた記憶がほんのり。
もちろんこう言えるのも、実体験してみて初めて思い知った、自分の姿なんだけれど。
何で私はここにいるんだろう。
東日本大震災でピークに達した悩みは、今でも腑に落ちないのが正直なところだ。
「ふつうの暮らし」こそ、幸せ。
昨夜のプロフェッショナルの流儀での、栗原はるみさんのことば。
いまはチャンスに恵まれ、有期だけれど、ささやかに企業広報をやらせてもらっている。
「話しが違う」とキレる妻のヒステリックに耐えながらも、変わらず尽くしてくれる旦那もいる。
ぽつぽつと、友人の友人だったり、ネットきっかけに名古屋で知り合う友人も増えてきた。
「今度、名古屋に用事があるんだけど、お茶でもどう?」
「東京に来るときは知らせてね。一緒にご飯食べよう!」
そんな涙が出るほど嬉しいお誘いをくれる友人たちも、いる。
彼らの存在のありがたさに感謝し、もっと大切にしていかなくては。
「名古屋ですることなんて、子育てしかないでしょ。」
ある意味まっとうな助言に過敏反応しすぎてはいけない。
平凡な毎日も結局は楽しんだもの勝ちで、そういう状況にどう自分をもっていくのかが、問われている。試されている。誰かが何かをしてくれるなんて期待するんじゃない。
これまでも、これからも、自分がやらなきゃ始まらない。今後も自分がやりたいように、すればいいじゃない。どうせ何でも自分で決めたい性分なんだし。もっと開き直ってしまえ!もういいじゃん。念じるように、言い聞かせる。
だいじょうぶ、どーにかなるから。
1年目の目標が新しい文化に慣れることなら、
2年目は、小さな楽しみを沢山見つけよう。
カッコいい男子のいる禁煙の喫茶店を見つけるとか。


