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ショパンのノクターン 試聴 - 夜想曲 -

ショパンのノクターンは21作品あるが,生前出版された作品は18曲で,死後に発見されて出版された遺作が2曲ある。そのうちの1曲が有名な20番の遺作で,レント コン グラン エスプレシォーネ ( Lento con gran espressione ) と言う標題が付けられている。

19世紀の前半には,イギリスの作曲家ジョン フィールドのほか,ツェルニー,クラーマー,クララ シューマンなどの多くの作曲家がピアノ独奏用のノクターンを書き,19世紀の後半以降には,フォーレとプーランクがかなり多くのノクターンを作曲し,ドビュッシーは管弦楽のノクターンを残した。

ショパンも歌曲風の表現が得意で,これ幸いとノクターンに飛びついたのは当然のことで,サロンで手軽に演奏できる曲として,ピアノレッスン生に売るための楽譜として,ワルツやマズルカとともにショパンの得意とするジャンルになった。

ショパンが残した21曲のノクターンの入手できる楽譜として,ウィーン原典版には21曲のすべてが掲載され,エキエル編のナショナル エディションには存命中に出版された18曲が掲載され遺作は別冊に収録されている。パデレフスキ版は『レント コン グラン エスプレッシオーネ』と21番を除く19曲で,『レント ... 』は,別冊に収録されている。

ジョン フィールドの作風をまねた形で創作が始まったショパンのノクターンだが,出版されるやすぐにフィールドの作品を超えたという評価を得,ショパン自身はフィールドのことを作曲家,ピアニストとして非常に高く評価し『フィールドと並び賞されるなんて,僕は嬉しくて走り回りたい気分です。』などと手紙に書いている。歌謡性のある旋律をピアノで歌うように弾くことを重視していたショパンだからこそ,フィールドを評価していたのだ。

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ショパンとノクターン - Nocturne -

フレデリック フランソワ ショパンのノクターンは,ラテン語の『 ノクトゥルヌス 』(夜の) という形容詞が語源で,日本語では『夜想曲』と,文字の美しさだけでなく,言葉の意味も反映した表現となっている。

音楽としてのノクターンの歴史は古いが,ショパンのノクターンは,18世紀後半からの器楽伴奏付きの歌曲としてのノクターンで,これをもとに1800年代の初めにイギリスの作曲家ジョン フィールドがピアノ曲を書いたことから,この形式が始まり,器楽小品としてのノクターンの歴史が始まった。

ジョン フィールドのピアノ曲のノクターンは,歌曲のメロディが『 アルペジョ 』 ( 分散和音 ) の伴奏に乗った単純な曲で,初級 〜 中級のピアノレッスン生のための小品で,ショパンは学生のころに,このノクターンに接し,多大なる影響を受けたとされている。

ジョン フィールドのノクターンは,『単純な旋律に分散和音を伴っただけの単純な形式を取ったものだったが,ショパンが多様性を加え,情熱や壮大さを盛り込んで形式的にも,内容的にも完成されたものを作り上げた』。 ショパンのノクターンの大部分は3部形式をとり,静かで抒情的な旋律とそれとは対照的ないくらか動きのある中間部から構成されている。

ノクターンの位置付けは,ショパンの中では決して傑作と言うほどの評価はしていなかったようだが,非常に美しい旋律の中に情感が溢れ,豊かな転調を用いて色彩色の変化を見せ,ピアノの表現出来る可能性や魅力を大きく引き出した,まさしくピア二スティックな作品として親しまれている。

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ショパンとピアノ - Frederic Francois Chopin -

1810年2月22日,フランス人の父とポーランド人の母のもとにフレデリック フランソワ ショパンは生まれた。ポーランド名フリデリク フランチシェク ショペン,ポーランドの音楽家で,ヨーロッパで作曲家として,ピアニストとして有名であったが,美しい旋律,様々な形式,半音階的な和声法などでピアノの表現技法を拡大し,それまでなかったピアノ音楽の新しい天地を切り開いた偉大な作曲家の一人である。

ショパンは,生涯ピアノの専門の師匠に弟子入りする事はなく,ショパンの最初の師は姉のルドヴィツカ,次のジブニーはヴァイオリニスト,音楽院での師エルスナーは作曲家だったが,ショパンにとって幸運だったが,師のジブニーもエルスナーも,ショパンの才能を認め,自由に才能を発揮出来るように,作曲やピアノの演奏に対して心温かく見守りながら接した。

遺されたショパンの資料などを見ると,ショパンはクレメンティの奏法から影響を受けていることがよくわかる。ショパンはクレメンティの練習曲を弟子達に与えていたが,そこにはレガート奏法や旋律を歌わせるクレメンティが目指した奏法が多く見られ,この練習曲集は1817年に出版されていてショパン自身もこの練習曲集を与えられていて,ショパンが理想とした『ベル カント』との接点も見出せる。

クレメンティは『ピアノ近代奏法の父』とも言える大作曲家だが,イタリア人であるクレメンティの感性には,『音を声として扱い,響かせる』と言う基本概念があり,それを彼の著書『ピアノ奏法入門』のなかで詳しく述べているが,ペダルを頼りに音を伸ばして響かせるのではなく,タッチや指の置き換えで『音そのもの』を響かせ,より透明な音を創るように求めたことが,ショパンのピアノ奏法の基礎となっている。

ショパンの時代のピアノは,まだ完成された楽器ではなく,改良され続けていくピアノの歴史と共に,その奏法も様々な試みがなされてきたが,ショパンとリストが同じ時代に出現したことで,ピアノの奏法は大きく進化して多くの演奏技術が完成され,ピアノ史において,これほどまでに大きくピアノの可能性を豊に広げた時代はほかに無い。

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