日々御託

 

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ボガンボス / 2004年6月21日
ボガンボスは
最高のライブバンドのひとつだったと確信しています。
ボガンボスのライブの基本は“お祭り”だったと、
僕は思っていて、それも興奮のうえなのにとんでもなく平和であり、
日常生活ではとても在りそうもないような
“あー、みんなええやつばっかりや”と思わせる空気がありました。

その中心にはバンドの4人がいました。
確かに最フロントである どんと のキャラクターがかなり立ってはいましたが
あの4人以外にはあの空気は造り得なかったと思います。

どんとが亡くなった(2000年1月)すぐあと、
ファンの間で、廃盤になっていたCDの再発運動が起こり、
署名が集められてレコード会社に手渡された結果、すべての音源が再発になりました。
私はうれしくて、持っているのにまた買ったりしていました。

もし、ボガンボスを聴きたいと思うなら
CDショップに行って買いましょう、棚になければお店の人に尋ねましょう。
必ず取り寄せてくれてあのハッピーな音楽に会えるでしょう。

ところで僕のお薦めは、だれがなんと言ってもビデオです。
大丈夫、ビデオもあるはず。再発されてるはず。
「宇宙サウンド」は、なんとボガンボスのデビューライブビデオでもあるのです。
初音源がライブで、それもビデオというのが
バンドのお祭り具合を表していますよねえ。
残念ながらまだDVDにはなっていないと思います。
もう一回署名活動してもいいくらい、これは残しとかなきゃいけないものなのです。

 
Posted at 3時23分58秒 JST / 音楽 / この記事のURL
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ローザ ルクセンブルグ 
学生時代、京都に住んでいた。
下宿で聴いていたラジオからたまたま流れてきたのが
「だけどジュリー」という曲だった。
曲名と内容から、もうこれは“河原町のジュリー”のことだとすぐ気がついたが
そんなことがきっかけだった訳ではない。

その頃、ちょうどレコードからCDへの過渡期の終りくらいで
三条河原町だったと記憶する電気屋で、CDプレイヤーとCDを2枚買った。
ローザルクセンブルグの「ぷりぷり」とボブディランの「バイオグラフ」だった。
当然この2枚しか手元になくてしばらく繰り返しずっと聴いていたが、
そんなことだけががきっかけだった訳ではない。

ひょんなことからこのバンドのギターとベースとドラムが
僕と同じ大学にいたと知った。
ライブを観にいきたいと思ったけども
ちょうど就職活動の時期で忙しい。あまりそちらに神経もいかなくなったきた。
僕が就職してほとぼりもさめた夏頃、
ローザ ルクセンブルグは解散するのだった。

正確には、ボーカルの どんと とベースの 永井くん の脱退ということらしいが
実質は解散だ。
僕は初めて、バンドメンバーすべての人のファンになった。
だからこそ当時脱退したどんとと永井くんのことは、僕は長いこと恨んでいた。

その後、ギターの玉城さんは、鉄壁のギターを衰えさせることなく
マチルダロドリゲスというバンドに至っている。
気に入るボーカリストがいないから自分で唄いだしたらしいが
ローザの頃から唄ってたくせに何を言ってるんだか。
相変わらず日本最高のギタリストの一人だ。

ドラムの三原さんは、
これまた僕のフェイバリットである“スターリン”に参加したのち
気がつけば巷に流れる音楽のそこここに関わっている。
それがまた僕の耳にいい意味で引っかかる音なのだ。
音楽評論家の渋谷陽一が“ローザで唯一のミュージシャン”と言ったらしいが
その意味がようやくわかる気がする。

ところで、どんとと永井くんは、
ボガンボスというすばらしいバンドを生み出したので
恨みはありますが、許してやりました。

僕はたぶんずっとローザルクセンブルグのファンでいると思います。
4人は僕にとって、最高のミュージシャンでありパフォーマーであり、
ローザは、バンドという音楽形態のベンチマークだと思っています。

 
Posted at 3時22分24秒 JST / 音楽 / この記事のURL
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