今週のニセコイ第38話は「小野寺&楽回」

August 24 [Fri], 2012, 5:36
 大幅に遅ればせながら今週のニセコイ第38話「ハタラク」の感想を…

 今週は多くの小野寺ファンが待ち望んだいわゆる「小野寺ターン」ですが、千棘、万里花、鶫のメインヒロイン達は一度も登場せず、初めの2ページほどにるりちゃんが出てくるだけ。
 それによって今回の読後感はほっこりとしたものになりました。
 今までメインを続けて張ってきた千棘、万里花、鶫らは皆かわいく、美女でもありますが、いずれも性格がきつかったり、押しが強すぎたりし、今まで毎週ジャンプでこの作品を読むうちには無意識のうちに緊張を強いられてきたことが、今週の小野寺さんメインの回で理解できました。この作品、こんなにほっとすることができるものだったんだなと・・・。

 小野寺ママは美女。高校生の子供を持つにしてはものすごく若く見えるので、ひょっとすると十代のうちに小咲を出産、ヤンママで、現在は30代前半かもしれません…。と、これは私の願望の妄想ですが、男なら(女でも?)小野寺ママに憧れない人間はいないでしょう。

 そして何より待ってましたと言っていいのが、今回は小野寺の他に「楽回」といってもいいほどに彼の特技の料理が活かされたこと。
 私はこの作品を読むまでラブコメジャンルに特に興味はなく、これを読みだしてから他の著名作品も読んでみたのですが、同時期に始まったパジャマな彼女、恋染紅葉ともども、ほとんどの作品は可愛い女の子を描くことに終始し、主人公のキャラ立ちが描けていない。女性に振り回されたり媚を売ったりするシーンが多いのですが、そういう以前にまず一人の人間としての男でなければいけないのに…。漫画でメインの視点で読んでいくことが多いとなればなおさらです。
 私はこの作品、自恃の念に溢れた楽というキャラに惹かれた面が多いのですが、今回は彼のキャラ立ちが生かされた点が良い。

 小野寺さんの家に行くイベントはいつかあると予測していましたが、彼女の家が和菓子屋というのと、楽の料理が得意という設定を上手くつなぎ合わせて作った今回は非常に良い。
 しかしいくら料理が得意にしても一夜漬けで和菓子の基本レパートリーを抑える楽の能力は驚異的・・・。

 途中合併号が入ってリアルでは8月も後半という発売号だったので、夏休みの話はほとんど描かれないかと落胆していたのですが、嬉しいことにこの作品では今週号で夏休みに入ったばかり。彼らにはまぶしい青春を送ってほしいものです。

 あと、今週のジャンプのキャラグッズプレゼントのニセコイペンケースはものすごく欲しい・・・。
 以前のTシャツと違って外で使ってもそれほど奇異の目で見られませんし。
 もちろん以前ともども応募しましたけどね。

 最後にもう一度。小野寺ママはいいな〜。

今週のニセコイ第35話はタイトルの通り、まさに「バクハツ」した

July 24 [Tue], 2012, 15:06
 橘万里花がいつまでたっても自分のことを思い出さない楽に対しブチギレ。怒った結果、無理して取り繕っていたお嬢様ぶりをついかなぐり捨ててしまい、九州弁(九州のどの地方かはわからないが)を連発する「素」としてのキャラが出てしまう。
 しかし、結果、唖然とする楽は、その独特の口調からかつての幼馴染み「マリー」だということに気づき・・・。
 というところで終わった今週(ジャンプ7月23日発売分)のニセコイ第35話。

 今回は今までのニセコイで一番面白かった。
 先週の、学校から離れ、解放感に溢れた舞台で、楽と万里花のデートの動向が気になり、ヒロインたちがそれぞればれないように変装を施し、結果、それぞれのキャラの個性がかえって浮かび上がった前回よりさらに(前回では鶫の今風の女性ファッションの「変装」はめちゃくちゃかわいかったですね)。

 今回(第35話)のタイトルは「バクハツ」ですが(無論、マリーのブチギレの感情の吐露を言うのでしょう)、2ちゃんねるのニセコイのスレッドを見ていても、まさに「バクハツ」した感じ。一時はスレの勢いが3000にまで達し、週刊少年板の二位の500の数字を大きく引き離した。

 要因の多くは、単純にこの回が面白かったというのと(万里花のブチギレた際のしゃべり方がかわいいという人間が多い)、もう一つは今回で ニセコイの作品全体としての価値そのものを見直したというもの。

 多くは万里花登場の際、「またヒロイン登場かよ…、もうこの漫画はハーレム化でどうしようもない」といったレスをし、また、アマゾンレビューでも「万里花登場で見切りをつけた」というものまで現れましたが、(アマゾンのほうはどうか知らんが)2ちゃんねるでは今回の展開で多くが新しくニセコイを評価し直し始めた。

 しかしですなあ、この漫画、(特に鍵設定について)先の展開を待ちもせずに安易にその場その場で作品評価を下す人間が多すぎなんですよね。万里花登場で多くが「ネタに詰まって新キャラ投入か」とか、「行き当たりばったりで話を作っているな」などという書き込みを2ちゃんねるにしていましたが、その場その場の思い付き、行き当たりばったりで作品評価下しているのはどっちなんだと。

 私はこの作品の初めからあらかじめ鍵設定については全て作者によって構想が完成していると考え、よって、この作品の鍵にかかわる部分には全面的に信頼して展開を待つ気でしたし、従って(ここでこんなことを言うのも自己顕示っぽくてあれですが)、鍵にかかわってくる万里花登場に関しても、多くが作品評価を下げる中、「ここからが鍵の真相に近づくことで作品全体の求心力が上がり、また、こういう積極キャラの登場により、他のヒロイン達が消極的、恥じらい、意地などで行動をためらっているのを瓦解させる起動力になるに違いない」と思い続けてきました。要するに「ここからがニセコイ本腰だ」と。そして単純に「万里花ちゃんかわいいな」とも。まあ私にしてもここまでのどんでん返し、「バクハツ」は予想していなかったわけですが。

 この作品のすごいところは、結局はここまでが序奏にすぎなかったわけですが、その序奏の時点ですでに作品としての完結した一つの小宇宙的世界を作ったことなんですよね。実際、このままの流れで作品が最後まで行くと思っていた者や、期待した者(この手合いが万里花登場を叩いていた)も多くいた。

 下手な作家なら「マリー」ほど濃くて魅力的なキャラをあらかじめ構想、準備していたら慌てて投入しようとするものですが、ここまでですでに一つの完成された世界を描くさまは悠揚で余裕綽々たるもの(まあ、ここまで綽綽と完結世界を作ったら万里花登場の新展開に反発起こす人間が現れるのも、かえってここまでの序奏の作品価値がいかに高いかを示す証明となりうるのかもしれません。反発も見越したうえでこのどんでん返しで再び引きつけようというなら恐ろしく計算高い作品計画ですが)。作者には26歳にして大家の風格が感じられます。

 今回で完全に千棘も食ってしまった感のある万里花。これから先の展開は全く予想がつきませんが、ここから先も私のすることは一つ。完全に作者を信頼しきって毎週を楽しみに待つということです。

 あと、今までで一番万里花萌えしたのは先週(第34話)の万里花のパトカーの交通整理の場面。あの描写は作者は掛け値なしに天才ですよ…。

ニセコイ

July 24 [Tue], 2012, 1:42
          

 ジャンプで連載中の漫画。

 この漫画については「テンプレ(作品全体様式への依存)漫画だ」という批判がよくなされ、それと別に、鍵設定が普通の学園生活の中でのラブコメ展開を阻害して余計だとも、また、主人公の一条楽が子供のころから焦がれる小野寺以外の女に気が動きすぎだともいわれる。

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 テンプレだという批判については、むしろ、テンプレ設定が関わっていない漫画などどれほどあるかと問いたい。それは少年漫画の傑作といわれるものについてもほとんど当てはまる。
 ジャンプ中空前の傑作といわれるスラムダンクにしても、
1.粗削りだが優れた才能がある主人公がエリート的ともいえる天才選手とライバル関係になり、凌ぎを削っていく間に才能を開花していく。
2.停学明けの生徒が学校の部活チームの主戦力で、これがチームを躍進させていく
という、あまりにお約束なテンプレが2つもあり、また、この2つは多くのスポーツ漫画に共通する点である。
 他にも少年漫画にみられるテンプレでは
1.かつて戦った強敵がピンチの時に駆けつけて心強い味方となる(ドラゴンボール、ダイの大冒険など)
2.主人公たちがストーリーが進むにつれて強くなっていく(お約束すぎて書くまでもないテンプレwこれはほとんどのバトル漫画に当てはまる)

 私は少年漫画はそれほど詳しくはありませんが、それでもざっと考えただけでこれぐらいはすぐに思いつく。
 しかし、先にあげたこれらの漫画を「テンプレだから」と切り捨てて低く評価する人間はほとんどいないでしょう。これら諸作品の輝かしい魅力は今に至るも褪せるものではない。
 そして実際、文学、人文科学、音楽、美術、さらには数学や物理に至るまでテンプレ(作品全体様式)に依らないものなどどれだけあるでしょう(そして、テンプレを盲目的に批判する人間に限って、テンプレ自体の価値はもちろん、テンプレから脱した時の様式変化の飛躍がいかに偉大か気付くことができない。ジョイス、パース、フリードリヒ、カントル・・・など)
 少年漫画でテンプレに依らないものなど、手塚治虫の諸作品、荒木飛呂彦のJOJOの他いくつかあるか・・・。
 
 この漫画を「テンプレだ」と批判して切り捨てる人間の論には2つの誤謬がある。
 一つは、テンプレ(作品全体様式)だという作品のカテゴライズをするだけで満足して作品批判に移るということ。
 もう一つは、テンプレに依っているというだけで作品を非難する(そんなことが無意味なのは初めに挙げた少年漫画の傑作を見ていけばわかる)。
 これは、地図を見て区画割りを見ただけで、その街を実際に歩かずに批判するというのに等しい。
 もし「ヨーロッパのこの街は広場に教会と役所が面している。これはテンプレだ。だからこの街は行くに値しない」という人間がいたら滑稽でしかないでしょう。ところが、それを実際にやって「ニセコイはテンプレだから価値がない」と批判を続けているのがまさにそういう人間なのです。

 それでもこの作品が「テンプレ過剰だ」といって批判する人間がいたら、私は、ワーグナーがブラームス作曲のヘンデルの主題による変奏曲とフーガを聞いた時評した言葉
「古い皮袋にワインを詰めても優れた人間がすれば上手くいくものだ」
という言葉を使いたい。

 この作品の魅力はトーンをべたべたと使わない爽やかで清新な絵。エロ要素の少ない健全さ(実際、これを本作の最大の魅力に挙げる人は多い)。ラブ「コメ」に乗っ取ったキャラ達の楽しく、可愛くもあるデフォルメで千変万化する表情(これを「顔芸」と呼ぶらしい・・・)。キャラのフォルムの的確さ(特に女性キャラの細く長い手足と腰のくびれは魅力的)等々…。
 これほどあっさりと爽やかで、しかも高水準の絵でラブコメが書かれたことは今まで無い。これらに魅せられる人が多いのは当然です。

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 鍵設定に関しては、私はこの人の打ち切りを食った前作ダブルアーツ
を読んで思った、「この人は制約(ダブルアーツの場合はずっと手をつないだまま行動しなければならない)と構想を大事にする人なのだな」という印象をそのままこのニセコイの鍵設定に際しても感じる。

 よく安易に「さっさと鍵設定解消しろ」だの、(最近多い)「鍵を持った女性がどんどん出てきてハーレム漫画になる」だのの意見はこの漫画の作者の大きい構想への興味に目が向いていない人だと思う。
 まして、まだ連載途上でこのことを持ち出して作品批判するなんて…。少なくともこの点に関しては作品が完結するか相当長いスパンを置いて様子を見たうえで判断を下すべきだと思います。
 私はこの作品は間違いなく連載前から(特に作品展開の根幹にかかわる鍵設定に関しては)全て構想が準備済みだと思います。決して行き当たりばったりでも思いつきでもなく。この作者はそんな薄っぺらいものではない。

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 主人公の一条楽が色んな女に気が向きすぎだという論については、むしろ年頃の男女が二人きりでいたりする時、相手にドキッとして気持ちが動かない方が異常だと思う。
 少なくとも例えば、ジャンプ連載陣から比較すれば、叶恭弘の漫画のように、主人公が他の女性キャラから思いを寄せられているのに全く気付かず、メインヒロイン一筋を貫く方が男が書く作品の勝手な都合という感じで、しかも一本調子で面白くない。
 ましてこれほどの魅力ある美女達に周りを囲まれて普段接している身にあっては…。
 実際、私のこの漫画で一番好きなシーンの一つは蔵に閉じ込められた楽と千棘で(2巻)、ふとしたはずみで千棘が楽の上に倒れかかり、二人の体と顔が急接近。普段いがみ合ってる二人なのに、あまりの突発ごとに驚くとともに、じっと見つめ合う二人の目は完全に相手に魅せられ、通じ合っているもの、というシーン。
 千棘ほどの美女と楽ぐらいの容姿(イケメンとまではいかなくても十分魅力的)の二人の年頃の男女がこういうシチュエーションに置かれたらこうなるのは当然で、これを描く作者にも拍手です。

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 まあ、いろいろな批判者、アンチ意見に対する感想を書かせてもらいましたが、単純にこの漫画は女の子が可愛い。また、主人公の一条楽は同時期にジャンプに連載開始した他のラブコメ漫画(パジャマな彼女、恋染紅葉)の主人公と違い、演歌や料理、動物飼育などの趣味、特技を持ち、時にはそれらに薀蓄も垂れる、自恃の念と自尊心に溢れた魅力的なキャラでもある。女性キャラと会っていない時でも、主人公がずっと女のことを考える描写ばかりのラブコメ漫画と大いに違うところです。この点は見過ごされがちながら、実はこの作品の魅力の非常に大きいところを占めている。

 私も、現在連載中のこれほど魅力的な作品の創造過程にリアルタイムで立ち会えたことを感謝するのみです。

雀鬼 桜井章一戦記の漫画

July 18 [Wed], 2012, 14:26
          

 新宿をホームとし、裏の世界の代打ち勝負で二十年間不敗だったという「雀鬼」こと桜井章一の物語。雀荘での小さな勝負から、政界や財界で大きな金、利権が動く大勝負まで、それぞれ一話〜数話にわたって描く。

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 私は家族麻雀しかしませんが(それも最近教えられて始めたばかり)、この桜井章一という人の名前は本屋で(特に文庫本で)よく見かけるので気になってはいました。そして本の副題には「二十年間無敗だった男」と・・・。
  麻雀において二十年間も負けずに勝ち続けるなんてことが可能なのかしらん、と思ってブックオフで買って読んでみました。

 う〜ん。かっこいい。「他人の喰いを当てにすると自分でツモる力が衰える」(必ずしも鳴くなという意味ではないが)「ツモは二秒できるテンポを崩してはいけない」など、説得力ある、含蓄ある言葉が出てきます。私は無論麻雀プロどころか生涯(たとえ友人同士であろうと)金をかけてやる気はありませんが、一つの芸を極めた人の言葉は心に染み入ってきます。

 しかしここでもちろん疑問に思うことが。これは漫画だから相当の脚色があるよね?どれくらいほんとでどれくらい嘘なんだろう。代打ち勝負の場の描写は迫力があってかっこいいけど、三人に通しを食ったうえカメラでまで手の全てを見透かされた状態で勝つなんて・・・。これは極端な例として、難局を逆転して制した(別に逆転じゃなくても一流どこを相手に勝つのはすごいけど)話が続くとやはり懐疑的にならざるを得ない。

 そもそも漫画化の時点で嘘が脚色されたというより、それ以前の彼の本当の生き様自体どの程度本当か疑わしくなってきます。虚構としての完璧な理想像としての英雄が漫画の世界で作り上げられた中で、一番人口に膾炙したのは梶原一騎原作の空手バカ一代がありますが、これはそもそもの最初から大山倍達の真実の半生かということに疑問が持ち出され、議論の的になり、近年に至るまでの批判的な検証が繰り返された結果、漫画中ほとんどの面について虚構だらけだったことが証明されたということがあります(このことについては小島一志氏の大山倍達正伝が特に信頼に値する資料)。

 話がそれましたが、空手バカ一代の場合は梶原一騎の極端な脚色の他に、そもそもの大山倍達氏の語る「自伝」からして虚言で塗り固めたもので、二重に脚色が施されているわけです。大山倍達氏の発言は別にこの漫画に限ったことでなく、極真空手の一般書籍でもそういうものとして書かれているわけですが。
 この二重の脚色、というよりそもそもの桜井氏の「二十年間無敗」という肩書そのものが嘘ではないかと、ここまで完璧な麻雀超人を描かれると、空手バカ一代の例を想起して、疑心がもたげてくるのです。

 こういうことは当然私以外にも多く感じているらしく、2ちゃんねるなんかの桜井章一関連のスレッドは「こいつは偽物だろwww」というような書き込みが多く見られます。

 と、ここまで書くと私が何か「雀鬼」としての桜井氏を全否定しているかのように思われるかもしれませんが(実際上で疑心というような言葉を何度も使ってますがね)、やはり私はこの人の麻雀技術、「勝ち続けた」(無敗かはともかく)というのは本当だと思います。火のない所に煙は立たぬという諺とはニュアンスが異なりますが、相当数の真実がないとここまでの「神話」を築き上げて認知されるなどということはありえない。大山倍達氏も漫画に描かれるようなスーパーマンではないにしても実際恐ろしく強かったことからしても。

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 作品中の描写の真実性はともかくとして、これは単純に漫画として面白い。だいたい麻雀漫画は初めからフィクションとしてもあまりに荒唐無稽すぎるものが多い中で、これはきちんと地に足がついている。数分の嘘が混じっていたところでこの真実を感じさせる迫真性の魅力は無くなるものではありません。

 あと、この桜井章一氏を描いた漫画は神田たけ志氏の作画がありますが、そちらは駄目駄目・・・。コマ割を大きく取りすぎて展開のテンポは遅いし、何より絵がこういう「くすぶった」世界を描くにはきれいすぎる。
 その点この南波捲氏の作画はちょっと古い感じのざらざらした手触りを感じさせる絵で、この荒んだ世界の空気感を感じるのによい。

 これはいいですよ。

バレエ漫画:昴(スバル)

July 18 [Wed], 2012, 7:44
          

 幼時に双子の兄和馬(かずま)を脳腫瘍で失ってしまう主人公の少女昴(スバル)。
 病院のベッドで寝たきりの闘病のうちに、記憶も認識能力も失っていき、ついにはほぼ常に昏睡状態に陥ってゆく和馬の意識をつなぎとめるために、彼女は病室で言葉の通じない彼の前で必死に自分で考え出した踊り、パフォーマンスを続けてゆく。
 やがて和馬は死に、昴は心にトラウマを残すが、同時に出会ったバレエに、それまで兄のために獲得した表現能力を活かし、同時に生きる目的を見出してゆく。

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 男性が書く本格的なバレエ漫画は珍しいのではないか。しかし、バレエの姿勢や動きの描写は正確だし上手い。バレエ界の取材もきちんとしているという感じがする。
 
 バレエ漫画は主人公の成長過程や成功していくサクセスストーリーを単純に描くより、主人公や周囲の心の闇の部分を描き出してゆくという作品が多いように思われる。どこか湿気たところというか。
 この作品では導入にあたる少女時代の数話からこういう心の闇を持つ少女というところは物語の前提、主人公の設定としてやっていくというのがはっきりわかる。
 実際、15歳の彼女(和馬が死んだ後、一気に中学三年に物語は飛び、ここからが本線ということがわかる)は「年齢からは考えられない」人生の深味、重い心理をバレエの踊りで表現して見せ、周囲のバレエの師匠筋や同僚を畏怖させる。

 そういう深みが彼女の踊りによって表現されてゆき、周囲を驚愕、熱狂させてゆくのだが、作品全体としてはそれほど重い印象は与えない。成長した昴は時々激情を出しはするが、基本は人生の諸事に無関心という感じで(これは幼時のトラウマからもたらされたものだ、という解釈もまた成り立つが。彼女は双子の死によってショックを受けた母から疎んじられてもいる)、こう書くとなにやら俗世から浮いた孤独な人のような印象を与えるかもしれないが、これはどこか乾いたユーモアのようなものを感じさせて、読んでて心地よい。一番気に入ったのは昴の同僚ダンサーへの「別に何考えて踊っていようと見てる人にはわからないもん」という台詞。この台詞、たまりませんねえ。何か芸をやってる人ならこれはまことに滋味きくすべき発言だと感じると思います。

 絵はこの人ならではの個性がありながら、上手い。先に言ったバレエの描写も上手いし、女性の描き方がまたきれいでいいですね。キャラでは篠原多香子(しのはらたかこ)さんが人生を楽しもうという開放的でありながら、バレエに対する強烈な自負心をも同時に持ち合わせるという二面性を持つ魅力的な性格で、容姿も非常にいい。バレリーナならではのすっと背筋が伸びた姿勢であの色白の肌は男ならしびれますよ。彼女が出てくるたびに私は読んでて幸せな気分になります。中盤以降から現れるプリシラ・ロバーツの世界的ダンサーでありながら完全に屈託のないキャラ、態度も実に魅力的。中学生になった昴もかわいくてよい。

 これはお勧めの漫画です。一度読んでみてください。少なくともバレエ漫画好きなら絶対気に入るはず。
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