積もらない思い 

2014年01月12日(日) 23時21分
1、
今年で2回目の雪が降っている。

窓の外ではカラスが群れをなして飛び交っている。

私はバスの中でため息をついた。窓に曇りが出来る。

コートのポケットの中に手を突っ込んで、終点を待った。

腕時計の時刻を確認する。待ち合わせの3時には間に合いそうだ。

どことなく胸が苦しい。ゆっくりと目を閉じた。

重いため息をついたとき、プシューと音がしてドアが開いた。

2、
「波奈(はな)、こっち」

バスを降りたところで待っていたのであろう将也(しょうや)に声をかけられた。

「ごめん、待った?」

「いや早めに着いただけだ」

私たちは付き合って1年2ヶ月になる。どこにでもいる普通のカップル。

「どうしたの、話したいだなんて」

「ちょっとな。店に入ろうか。そこで話そう」

私は将也に連れられて駅前の喫茶店に入った。

席に座ると私はすぐにコートを脱いだ。

将也はメニューを見てしかめっ面をする。

「ここミックスジュースとかないのかな」

「またそんな甘いものばっかり」

私は半分呆れたように言うと、彼は微笑んだ。

「じゃあ俺はレモンティーにするよ。波奈は?」

「私はコーヒーで」

わかった、と彼は呼び鈴を押した。

3、
彼のレモンティーが卓上に置かれてから私はコーヒーに口をつけた。

「話って・・・、何」

コーヒーに1口つけて間髪いれずに私は彼を見た。

「ああ、これ見て」

カバンから取り出されたのは旅行会社からもらってきたようなパンフレットだった。

私は目を見開いた。

「一緒に卒業旅行に行かないか」

「私と?」

「ああ。もちろん」

そっとコーヒーを置いて少し息を吐いた。

私が思っていた話ではなかった。もし彼がその話を出せばすぐに私も賛成するつもりだったのだが。

「バイト空いてる日とかわかる?わかるんだったら、今から旅行会社に、話聞きに行かないか」

「今はちょっと分からないな」

そう言って、彼から目をそらしてコーヒーをすすった。

「バイトは楽しい?」

「うん。バイトの人みんないい人だし。すごく楽しい」

「そうか!ならよかったよ」

コーヒーを皿に乗せて、手を膝の上に置いた。

「私たち別れよう」

「え?」

将也の丸い目は私をしっかりととらえていた。

「なんで、どうかした・・・?」

「好きな人がいるの」

「高校のやつか?」

「違う」

将也は小さなため息をついた。

「バイトの人か」

「うん」

「・・・・俺の知ってる人?」

「うん・・・。徹平(てっぺい)さんだもん」

それを聞くと将也は顔を真っ青にした。

真っ青になったと思うと、バンとテーブルを叩いて声を荒げた。

「なんでよりによって兄貴なんだよ!!」

4、
チェーンの喫茶店で働き出したのは秋のことだった。

秋といっても、もう紅葉は終わり、葉は散りかけていた。

教育係として私についてくれたのが将也の兄・徹平だった。

「君が弟の彼女さんか。よろしくね」

将也とは違う魅力を感じた。

知的でしっかり者で、いかにも“お兄さん”という感じだった。

バイトに行く楽しみが徹平に会うことであると気づくのにそんなに時間はかからなかった。

そんなある日のことだった。バイト帰りに徹平に呼び止められた。

「波奈ちゃん、ちょっと待って。一緒に帰ろう」

「はい!わかりました」

裏口から出て徹平を待った。彼氏を待っている時よりも待ち遠しかった。

「お待たせ」

徹平とは何気ない会話をした。信号待ちをしてふたりの口が閉じた時、徹平はこう言った。

「将也じゃなくて俺と付き合わないか」

驚いて、すぐに横を向いた。真剣に私を見る彼がいた。

「本気で・・・言ってますか?」

「もちろん」

私は言葉が見つからなかった。なんと言えばいいのか。

確かに徹平が好きだ。好きだけれど、少なくとも私には彼氏がいる。

「私も・・・・・徹平さんが好きなんです。駄目なことだってわかってるけど・・・・・」

そう言うと徹平は

「駄目なんかじゃない」

と言った。

「人を好きになるのに駄目だなんて無いよ」

「徹平さん・・・」

そっと手をつながれたあの日から私の隠れた罪は始まった。

5、
「私は将也が気づいているものだと思ってたよ」

将也の震える手を見ながら、私はつぶやいた。

将也は短髪でスポーツマンを思わせる。

お人よしで、誰よりも私を優先する“いい彼氏”だった。

「・・・・兄貴だけはやめておけ」

「・・・・」

「なんでよりによってアイツなんだよ、ほんとに」

独り言のように彼はブツブツと言った。

私は財布から500円玉を出して机に置いた。

「払っておいて」

コートを手にとって席を立つと、将也は焦ったように立ち上がった。

「兄貴はやめろって!アイツは波奈が思ってるよりひどい人間なんだ!!」

私はその言葉をきいてそっと口角をあげた。

「知ってるよ」

6、
バイトが終わりバス停でバスを待っていたときだった。

聞きなれた声がするので振り返ると、徹平がひとりで立っていた。

呼び止めようとした瞬間、女が徹平に抱きついた。

「志恵(しえ)!遅いじゃないか」

「ごめんね、てっちゃん。今日はどこ行く?」

「志恵の行きたいところでいいよ」

見ただけですぐにわかった。あれがカップルというものだと。

ショックではあった。付き合っているのだと知らされていなかったからだ。

だが自分が何番目に位置するのかという不安はなかった。

不思議だった。

何番目でもいいから徹平に愛されたいと思った。

将也の言うとおり徹平がひどい人間なら、同様に私もひどい人間である。

7、
喫茶店を出てから少し歩き、私は空を見上げた。

大粒の雪が空から舞い降りている。この雪は積もらない。

将也が教えてくれた事だ。

どちらにも所属できない私は中途半端だった。

「波奈」

後ろから声をかけられて振り返ると将也がいた。

「追ってきたの」

「ああ」

「こんな最低な女もう捨てちゃっていいんだよ。先に捨てたのは私だけど」

「・・・・俺だって駄目なんだよ」

「え?」

「浮気されても波奈を嫌いになれない。自分でも不思議だけど」

私と同じだった。

徹平に彼女がいても嫌いになんてなれなかった。

「でも・・・・。兄貴だけは本当にやめてくれ。傷つくのは波奈だ」

「私のために言ってるの?」

「そうだ」

「・・・でも、徹平さんの言葉がすべて嘘だとは思えない。傷ついてもまたどこかで癒されてる自分がいるの」

「・・・・」

将也は黙り込んだ。

自分にも思い当たる節があったに違いない。

私に裏切られてもなおこうやって私を追いかけてくる。

それでも好きだと言ってくれる。

本当のお人よし。

普通だったらこんな女嫌になって、喫茶店を先に飛び出すのは彼のはずなのに。

先に店を出たのは私だった。

それはやはり罪悪感というものが少なからずあったからだ。

「俺のことをもう一度好きになる可能性はあるのか」

「わからない・・・」

「・・・」

「なら反対にきくけど、私の事嫌いになる可能性は?」

「わからないな。今のこところはない」

それを聞いて思わず、プッと笑ってしまった。

「将也はどこまでいい人なの」

将也もハハと笑う。

雪がまだ降っていた。

「これは積もらない雪だな」

「うん」

知ってる、あなたが教えてくれたから。

こんなにいい人が隣にいるのに私は別の男性を愛している。

罪深き事。

それをあなたは憎まずに、気持ちがぶれることなくただ私を見つめてくれた。

黒い闇を秘めたような私を本当に愛してくれるのは誰なのだろう。

そう思いながら私はまた空を見上げた。

積もらない雪が降る。

end
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