カミさんの実家である日立から、
鈍行列車に揺られて帰る途中、
ふと導かれるように、電車を降りた。
隣に空いていた席に座ってきた親と、別の席に座った子の二人組を見て、
親と子が離れ離れに座るのもなんだな、と思い、
席を譲ろうとちょうど立ち上がった、ということもあるが、
どこかでみたような、懐かしい、田舎の風景に、
心惹かれ、思わず駅を降りてしまったのだ。
常磐線高浜駅。
駅前はいい具合に寂れている。
家はまばら、ロータリーなんてもちろんない。
明日から仕事だし、少しでも自然を満喫するか。
この駅は、十分にその願いを満たしてくれそうな雰囲気を漂わせていた。
早速、駅の外に出て、散歩する。
いわゆる、観光地ではないようだ。
少なくても、歩いていける距離に観光スポットはない。
地図を見ると、「高浜神社」というものがある。
そういえば、初詣がまだだった。
安産祈願でもしに、神社へいくことにした。
10分ほど田舎道を歩いて、「高浜神社」に到着。
市の文化財に指定されている、小さくて歴史を感じる神社。
敷地内には、滑り台や、鉄棒、ブランコなどの遊具がある。
昔は、神社は子供の遊び場でもあったのだろう。
誰も居ない。賽銭箱もない。
ひとり、御堂に向かって手を合わせ、お祈りを済ませると、
重たいリュックを背負ったまま、ブランコに乗った。
懐かしく思い、ちょっと楽しくなって、
どんどんこいでみた。
昔から嫌いだった、ジェットコースターのような
高いところからひゅーーーっと落ちる時の感覚が蘇る。
すごく恐かったけど、懐かしい気分になり、どんどんこぐ。
昔は、ブランコをこいでこいで、勢いをつけて、
前方へえいっと飛び降りる競技をおこなっていたものだ。
どれだけ前に着地できるかを競う。
着地の姿勢もポイントになる。
随分勢いがつき、さすがに恐くなった。
あれ、どうやって止めるんだっけ?止め方を忘れた。
自然と止まるだろうと、そのまま揺られていても、
なかなか速度は落ちない。
面倒になり、子供のときのように、えいっ、飛び降りた。
滑降姿勢は悪くない。
しかし、着地がまずかった。
リュックが重すぎた。
バランスをくずし、尻餅をついてころんだ。
誰も居ないことは分かっているのに、
妙に恥ずかしく、ささっと、その神社を出た。
少し、奥に進んでみようと、
駅からさらに離れてみると、
左側に、高台になっており、そこに向かう階段が見える。
随分高くまで続く階段だ。
あの上からは、街を一望できそうだ。
ということで、登ってみることにした。
階段のふもとには、またもや社と御堂がある。
軽く手を合わせ、階段を上る。
随分急斜面で、正月太りのカラダには多少きつい。
上りきったとき、振り返ると目に入ってきたのは、
霞ヶ浦と、そこから流れる川、そして田園風景。
うねうねと曲がった道路を、何台か車が通っている。
午後2時半の太陽は、青空に浮かびながら、
あたたかく、力強い光を放っている。
体に染みる風景だ。
写メールを撮ろうと思ったが、やめた。
液晶に移る風景は、残したいそれとは大きく異なっていたからだ。
また、経験上、このパノラマを、この感覚で味わうことは、
今しか出来ないと知っていた。
登ったその先には、竹林があった。
静かな自然に溶けようと思っていたので、
ちょっとの冒険心と共に、奥深くへ進んでみることにした。
獣道を先に行くと、小さな墓地があった。
聖域を侵す感じがあったが、
小さく、「すみません、奥に入らせてもらいます」と唱え、
竹林を奥に進む。静けさを求めて。
5分も歩くと、竹林が終わり、視界が開けた。
家はないが、畑があり、大根やキャベツが栽培されている。
貸し畑だろうか?
人の気がない。
さらに、進むと、竹林の中に、
切り拓かれたような場所があった。
様子を見ようと、中に入っていくと、
80センチくらいに切った木がたくさん集まり、
ベンチのようになっている。
よく見ると、
2つの木が互いにもたれかかるように、バランスをとって、
地面と三角形をなし、それがいくつも連なっている。
まるで木で出来た、トンネルのような感じだ。
明らかに人為的なものだったが、
ここに住む動物がつくったようにも思えた。
リュックをそこに下ろし、
瞑想をすることにした。
竹林の中での瞑想も悪くない。
自然との調和を図ろう。
「キーコ キーコ」
ブランコをこぐような音が聞こえ、振り向いたが
誰も居ない。
少し不安になる。
狸や猪はいてもおかしくない。
そういえば、さっき畑に獣の足跡があったっけ?
そう思いながら、目を閉じる。
獣に襲われた時、どうしよう、なんて、
不安がやってくる。乱れる心。
先が見えない不安とは、かくなるものかと
ひとり静かに納得する。
風の音、鳥の声、竹のしなる音。
自然の奏でる音楽を聴きながら、
心を静めていく。
* * * * * * *
身震いをして、現実に還ってくる。
少し寒くなってきた。
目を開けると、すでに先程のような不安はない。
仮に獣が来ても、すこぶる仲良くやれそうな心境だ。
目の前には、木や竹が切られ、少し拓けた土地がある。
落ち葉が一面に敷かれたその土地は、
まるで、寝転がってくださいといわんばかりだ。
言われるがままに、自然のベッドに向かって、ゆっくりと倒れこんだ。
あたたかい。
土や落ち葉のぬくもりか。
斜め上を見上げると、何本もの竹が空に向かって大きく伸びている。
こうして寝そべって、空を見ることはあまりない。
自然ってのはすごい、と思った。
同時に、天高く伸びる竹たちは、
ゆっくり、あわてず進めばいいのさ、
僕らもそうなんだから。と言っている気がした。
自然のベッドに寝そべっていると、
生態系の一部に溶けた気がしてくる。
落ち葉が微生物に分解され、養分となり、木に還る。
自然が生きるシステムを、体で感じた。
10分ほど寝そべっただろうか。
西日の気配が漂ってきたから、そろそろ帰ろう、と
立ち上がる。
すると、寝ていたところのすぐそばに、
おっきな栗の実がたくさん落ちていた。
竹林のすぐそばに、栗の木が何本かあったようだ。
おいていたリュックを取りに、さきほどの
木のトンネルのところに戻る。
気になって、もう一度そのトンネルを良く見てみると、
なぞが解けた。
立てかけられた木から、きのこが生えていたのだ。
そういえば、きのこを倒れた木を利用して、
栽培しているところを見たことがある。
なるほど、自分はきのこの畑で瞑想をしていたわけか。
自分の体に胞子がついている気がして、
体に生えるきのこを想像して、ほんの少し笑えた。
面白い。
同じ場所なのに、瞑想前とは
ちがう景色が見えてくるのだから。
そんな高揚した気分で、来た道を戻る。
同じようで、ちがう道に見える。
歩いていると、急に、木の枝が上から降ってきた。
行くときに木の枝が降ってきたら、
サルでもいるかも、と恐怖や不安を感じたかもしれないが、
帰るときには、「来てくれてありがとう」と竹林が
言ってくれている気がした。
林に「ありがとう」と声を返した。
竹林を抜け、階段を下りる。
気分は上々。
道路に出ると、看板が見えた。
「こがねみそ」
好奇心が頭をもたげる。
昨日、テレビで見た「はじめてのおつかい」で
小さな子が、味噌蔵におつかいに行っていたのを思い出し、
これもシンクロか、と感じ、足を運ぶ。
ガラガラ、扉を開けるが、誰も居ない。
ゆっくり商品の味噌を見物する。
種類は少ないが、贈り物用の箱や樽もあり、
ここらでは、有名な味噌作りの老舗のようだ。
家の味噌も切れたところだし、
せっかくだから、ちょっとだけ買おうと決め、
店の人を探すが、奥の味噌蔵にも人は居ない。
玄関に戻ってみると、庭の掃除をしているおばさんがいる。
「すいません。味噌を買いたいんですが」と声をかけてみると、
「あーごめんねぇ」と掃除用手袋を脱ぎながら、店内に入ってきた。
「味噌汁に合う味噌って、どれでしょう?」
「甘いのが好き?そうでもないんなら、こがね味噌だね」
と、教えてくれる。
樽入りは400グラムで340円。
袋入りだと500グラムで270円と安い。
こちらを買おうとするが、ちょうど品切れ。
残念がっていると、
「計って持ってきてあげるよ」
とおばさんは味噌蔵へ入っていく。
「樽とかいれなくても、帰ってタッパーにいれれば大丈夫だから」
なんてサービス精神が旺盛なんだろう。
人の好意を嬉しく思いながら、
270円を支払おうとすると、
「これもつけたげる。年始だから」
と言って、甘酒(220円)もつけてくれた。
先程、実は甘酒うまそうだなーと思っていただけに、嬉しかった。
なんて気前がいいんだ。
「どうもありがとう」というと、
満面の笑みを返してくれた。
旅はこれだからたまらない。
これで甘酒ドレッシングでもつくろうか、とさらに気分はのってくる。
駅のほうへ向かうあぜ道を、気分良くあるいていると、
本日3つ目の御堂を発見。
ちょっと寄り道していく。
またもや小さな御堂。
手を合わせ、無心で祈る。
ふらっと降りた駅だったが、すごくいい時間を過ごすことができた。
この短時間での旅に感謝しながら、電車を待つ。
旅はいつも、自分の想像をはるかに超えたギフトを与えてくれる。
帰りの電車、さっそく忘れないように旅の記録を作っていると、
隣の人がうたたねしている。
手には、白いカバーの本。
「ホ・オポノポノ」
この旅の思い出を胸に刻みつつ、
思い出したように唱えた。
ありがとう、愛しています。