「浸かる、委ねる、あきらめる」
2008年03月01日(土) 20時58分
多忙を極めたこの3ヶ月。
家に帰るのは、週に数時間。
友人との飲みも皆無に近い。行っても半分寝てる状態。
久々に、一つのことに没頭した。
これだけ没頭したのはどれくらいぶりだろう。
そんな仕事一色の世界から、ようやく浮上。
この没頭した経験によって、成長しているのだろうか。
見える景色は違っている・・・のだろうか。まだ実感はない。
今日は、久々にゆったりできる日。
ゆったり寝て、朝起きると快晴だった。
暖かい。早くも春か??心待ちにしていた春。
しかし、ついに花粉症に侵された疑惑もあり、
素直に喜べない面も・・・
まず片付け。
整理をすることで、部屋だけではなく
頭もどんどんすっきりしていく。
もう、いい一日が確約された気分!イエス!
そして昼、高円寺までチャリで散歩。
黄色くて小さい、少しさびたマイチャリは今日も快調!
環七の味噌ラーメンを食す。
野菜大盛りにしたら食いきれなかった。
胃が小さくなったか・・・?
その後は、本でも読もうと高円寺のカフェを散策。
ぶらぶらあてもなくさまよっていると、
こんな店が。

「R座読書館」
「緑に囲まれて、読書はいかがですか?」
のフレーズに目が留まった。
こんな商店街の一角に、み、緑?
コーヒー650円の高さに、一瞬二の足を踏んだが、
お金で素敵な環境と時間を買えるのなら、と思い
ドアを開ける。
・・・本当に、緑がある。水槽もある。
綺麗にそろえられたグリーンと、
アンティーク調の机、ソファ。
心地よい、静かな音楽。
めちゃくちゃうまい、こだわりのコーヒー(ポット出し)。
これぞ、求めていた空間!!
宝物を見つけた気分。
心を落ち着けて、時間を忘れられる最高の場所。
持ってきた『水滸伝』16巻をむさぼり読む。
ケータイは放置。時計も見ない。
ただただ、活字に浸かる。
2時間くらい経って読了。すがすがしい。
そのまま、目の前の水槽を眺め、ぼーっとする。
静寂・無脳を満喫し、店を出る。
次は銭湯にでもいこう。
阿佐ヶ谷にある、行きつけの銭湯までチャリをこぐ。
本を読み終えた後の外の空気は格別に旨い。
そして銭湯へ。
夕方は老人が晩飯前のひとっぷろ、とばかりにひしめいている。
猛烈に活動して、疲労が蓄積してきたら
ひとりで銭湯に来るようにしている。
カラダを綺麗にすることもそうだが、
カラダ(心も)を緩めることが大きな目的。
風呂にはいってぼーっとすると、緩むんです。
銭湯で急いでいるやつはあんまりいない。
都会の喧騒と性急さの中にあって、
このゆったり感は貴重だ。
何時に出るかも決めず、
のんびり入るのが自分流。
風呂に浸かり、力を抜き、湯に身を委ねる。
そのまま虚空を見つめる。
単純に気持ちいい。
そうしていると、お湯といつの間にか一体化していく。
時間の感覚も薄れていく。
混沌に身を委ねているような感覚になる。
湯と自分の境界線が薄れていく。
何者でもない自分になって、
ただただその心地よさに身を委ねる。
時間にとらわれず、本当に自由であることを感じ、
ただ漂う。
至福のとき。
そして緩みに緩むと、いつも思う。
あぁ、なぜにこんなにも時間に支配されるのか、と。
あれやんなきゃ、これやんなきゃ、
ああ時間がない。時間がほしい。時間さえあれば。
1日30時間ほしい。
疲れてきたり、ばたばたしてると、すぐこう思ってしまう自分。
時間の意識に支配されると、固くなる。
肩に力が、知らず知らずのうちに入っている。
固くなると、生き生きとしなくなる。
楽しめなくなる。
人間も固まると死んじまう。
時間の支配から自由になるだけで、
ずいぶんカラダも心も緩む。
自然さを取りもどせる。
銭湯は、自分にとってそんな空間なのだなぁ。
そんなことを再確認しながら、
ゆったり1時間強、湯船に浸かっては休み、を繰り返す。
十分に緩んだら、銭湯を出る。
そこには次の楽しみが待っている。
湯上りに感じる風。
これです。これなんです。
冬の少し冷たいくらいの風が、むしろいい。
乾ききらない髪の毛や、顔、目に涼しい風が入ってくる。
これはシャワーでは無理。
この瞬間のために430円(東京都)払っているといっても
過言じゃない。
あぁ。たまらない。うん。幸せだ。
黄色いチャリをいつもよりゆっくりめにこぎながら、
風を堪能する。
-------------------------------------
ただ、読書や風呂に浸かり、委ねる。
余計なことは考えない。
次に何をするかも決めない。柔軟に居る。
終わりの時間を決めない。
やらなければいけないことは確かにある。
でも、それはあとでやるときに考えればよいのだ。
やらなければならない感や、締め切り感といった、
時間からの束縛から、少しのときでも解放されることが大切だから。
ただ、そこにはある技術がいる。
「あきらめる技術」
その時間は、徹底的にあきらめる。
やんないと決めたら、やんない。
しかし、これが、どうして、難しい。
すぐにあーあれやんなきゃなーと考えてしまう。
だからこそ、読書や風呂に「浸かる」。
そうして、今に身を「委ねる」。
そうすることで「あきらめる」ことができる。
こうしていったん解放され、自由になると
やろうとしていたことに対して、
とてもやる気が沸いてくるから不思議だ。
あーやんなきゃ・・・と思って急かされているときより、
ずっとスピーディーかつ創造的にできる。
最高の効率化かもしれない。
解放のときをもつ。
そのために浸かる・委ねる、そしてあきらめる。
----------------------------------------
さぁ、やることはいっぱいある。
何から手をつけてやろうか。
家に帰るのは、週に数時間。
友人との飲みも皆無に近い。行っても半分寝てる状態。
久々に、一つのことに没頭した。
これだけ没頭したのはどれくらいぶりだろう。
そんな仕事一色の世界から、ようやく浮上。
この没頭した経験によって、成長しているのだろうか。
見える景色は違っている・・・のだろうか。まだ実感はない。
今日は、久々にゆったりできる日。
ゆったり寝て、朝起きると快晴だった。
暖かい。早くも春か??心待ちにしていた春。
しかし、ついに花粉症に侵された疑惑もあり、
素直に喜べない面も・・・
まず片付け。
整理をすることで、部屋だけではなく
頭もどんどんすっきりしていく。
もう、いい一日が確約された気分!イエス!
そして昼、高円寺までチャリで散歩。
黄色くて小さい、少しさびたマイチャリは今日も快調!
環七の味噌ラーメンを食す。
野菜大盛りにしたら食いきれなかった。
胃が小さくなったか・・・?
その後は、本でも読もうと高円寺のカフェを散策。
ぶらぶらあてもなくさまよっていると、
こんな店が。

「R座読書館」
「緑に囲まれて、読書はいかがですか?」
のフレーズに目が留まった。
こんな商店街の一角に、み、緑?
コーヒー650円の高さに、一瞬二の足を踏んだが、
お金で素敵な環境と時間を買えるのなら、と思い
ドアを開ける。
・・・本当に、緑がある。水槽もある。
綺麗にそろえられたグリーンと、
アンティーク調の机、ソファ。
心地よい、静かな音楽。
めちゃくちゃうまい、こだわりのコーヒー(ポット出し)。
これぞ、求めていた空間!!
宝物を見つけた気分。
心を落ち着けて、時間を忘れられる最高の場所。
持ってきた『水滸伝』16巻をむさぼり読む。
ケータイは放置。時計も見ない。
ただただ、活字に浸かる。
2時間くらい経って読了。すがすがしい。
そのまま、目の前の水槽を眺め、ぼーっとする。
静寂・無脳を満喫し、店を出る。
次は銭湯にでもいこう。
阿佐ヶ谷にある、行きつけの銭湯までチャリをこぐ。
本を読み終えた後の外の空気は格別に旨い。
そして銭湯へ。
夕方は老人が晩飯前のひとっぷろ、とばかりにひしめいている。
猛烈に活動して、疲労が蓄積してきたら
ひとりで銭湯に来るようにしている。
カラダを綺麗にすることもそうだが、
カラダ(心も)を緩めることが大きな目的。
風呂にはいってぼーっとすると、緩むんです。
銭湯で急いでいるやつはあんまりいない。
都会の喧騒と性急さの中にあって、
このゆったり感は貴重だ。
何時に出るかも決めず、
のんびり入るのが自分流。
風呂に浸かり、力を抜き、湯に身を委ねる。
そのまま虚空を見つめる。
単純に気持ちいい。
そうしていると、お湯といつの間にか一体化していく。
時間の感覚も薄れていく。
混沌に身を委ねているような感覚になる。
湯と自分の境界線が薄れていく。
何者でもない自分になって、
ただただその心地よさに身を委ねる。
時間にとらわれず、本当に自由であることを感じ、
ただ漂う。
至福のとき。
そして緩みに緩むと、いつも思う。
あぁ、なぜにこんなにも時間に支配されるのか、と。
あれやんなきゃ、これやんなきゃ、
ああ時間がない。時間がほしい。時間さえあれば。
1日30時間ほしい。
疲れてきたり、ばたばたしてると、すぐこう思ってしまう自分。
時間の意識に支配されると、固くなる。
肩に力が、知らず知らずのうちに入っている。
固くなると、生き生きとしなくなる。
楽しめなくなる。
人間も固まると死んじまう。
時間の支配から自由になるだけで、
ずいぶんカラダも心も緩む。
自然さを取りもどせる。
銭湯は、自分にとってそんな空間なのだなぁ。
そんなことを再確認しながら、
ゆったり1時間強、湯船に浸かっては休み、を繰り返す。
十分に緩んだら、銭湯を出る。
そこには次の楽しみが待っている。
湯上りに感じる風。
これです。これなんです。
冬の少し冷たいくらいの風が、むしろいい。
乾ききらない髪の毛や、顔、目に涼しい風が入ってくる。
これはシャワーでは無理。
この瞬間のために430円(東京都)払っているといっても
過言じゃない。
あぁ。たまらない。うん。幸せだ。
黄色いチャリをいつもよりゆっくりめにこぎながら、
風を堪能する。
-------------------------------------
ただ、読書や風呂に浸かり、委ねる。
余計なことは考えない。
次に何をするかも決めない。柔軟に居る。
終わりの時間を決めない。
やらなければいけないことは確かにある。
でも、それはあとでやるときに考えればよいのだ。
やらなければならない感や、締め切り感といった、
時間からの束縛から、少しのときでも解放されることが大切だから。
ただ、そこにはある技術がいる。
「あきらめる技術」
その時間は、徹底的にあきらめる。
やんないと決めたら、やんない。
しかし、これが、どうして、難しい。
すぐにあーあれやんなきゃなーと考えてしまう。
だからこそ、読書や風呂に「浸かる」。
そうして、今に身を「委ねる」。
そうすることで「あきらめる」ことができる。
こうしていったん解放され、自由になると
やろうとしていたことに対して、
とてもやる気が沸いてくるから不思議だ。
あーやんなきゃ・・・と思って急かされているときより、
ずっとスピーディーかつ創造的にできる。
最高の効率化かもしれない。
解放のときをもつ。
そのために浸かる・委ねる、そしてあきらめる。
----------------------------------------
さぁ、やることはいっぱいある。
何から手をつけてやろうか。
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