妬みは骨の腐れ‥です。
2010年02月28日(日) 0時00分

インターネットの世界でもリアルな世界でも、
他人から妬みを抱かせてしまう人間は
少なからず存在します。
多くの場合、自己顕示欲から成り立つ
自己欺瞞に満ちた自信過剰な自慢話から
そして、物質的な所有から相手を羨望させ
妬みの感情へと誘う形式‥
いろいろな感情をあおり立て妬みを抱かせる
アプローチをこれまで見て来たのですけれど‥
単なる人間的な資質についての自分に今はない
失ってしまったかのような純粋であるかのような
感性を大人になっても保ち続けている人間‥
‥に対する妬みの感情というのは難しいものです。
それが、うらやましいと言われても‥
あまりにも漠然としていませんか。
毎日を犬や猫と楽しんで能天気に過ごしていて
なんの苦労もないかのように遊んで暮らして
‥いるかのように見える人間に対する
妬みの感情もあるのですね。
確かにブログ日記からある程度の人間の資質や性格は
如実に文書形体から悟ることができるでしょう。
ですが、ある1日の印象的だった特定された
ダイジェスト版の一コマの綴りみたいなのが
ブログ日記の特徴であるのです。
それが異なるのです。
ですから、私のすべてを知っている訳ではないのです。

がっかりしたのが‥自分のことが他人の日記のなかで
揶揄されていて、それが格好のお茶請け話となって
いたのを知らされたことが悲しかったのです。
エロ話が話の円滑油のようになるように
他人のうわさ話はお茶の友なのでしょうか。
誰か一人が、悪い言葉で表現するとだんだんと
エスカレートして後に続けて書く人が同調するかのように
それでも、悪く書いている人は、一人だけというのが
救われる気持でした。
つまり、私は彼女の心を逆なでしたのでしょう。
曲解も甚だしい程の捉え方でした。
まるで、不気味な精神を病む異常な人格を持つ人間
であるかのように‥こてんぱんに打ちのめす表現を
していたのでした。
こんなふうに言われてしまう凄い人がいるんだ。
‥などと、思って読んでいたら‥
なんと、それが私のことであったのに気づいた時、
当惑しました。
個人的にくださっていたメールと内容と
言葉の表現がなにもかも極端な程だったからです。
あまりにも、表裏あることが悲しかったです。
ただ、それだけです、悲しかっただけです。

理解しがたいことでした。
‥屈折した歪みねじくれた人間の現す表現は、
なにか他の要因と結びつき憎悪と敵対心と妬みは
相容れない偽りと真実に影響されて‥融合できない
マーブル模様を醸し出しているかのようでした。
ドロドロの感情が見え隠れしているかのようでした。
でも私は、べつに気にしていません。
なぜならそこに書かれていた人物は、あくまでも
その人間の抱いた私のイメージ、架空の人物だからです。

それに、私に知られたことが気まずくて
おろおろしているあなたが気の毒です。
あなたが詭弁を重ねる前に和解しましょう。
私は、ぜんぜん気にしていないから‥
なにか、あなたの気に障ることにふれた私が
無神経であったことは、謝罪するけど
それが、なんであるのかが私にはわかりません。
でも私はそこまで、あなたの心に深く入った
人間であったのですね‥
あなたのその後にした行為は、それ以上にあまりある
悪意ある行いだとは思うけど‥
それを、咎めだてて、今更なにをか言わんや状態
だとは思いますが、いいのです、私は気にしてません。
いろいろな感情が膨らんで、私に頭にきちゃった
のでしょう?
だから、私は平気だから、気にしないでください。
なかったことにしましょう。水に流します。

私の昨日は、微熱と頭痛と腹痛と吐き気と目眩の
なかで、そして、雨の1日だったけれど‥
ニコラのおトイレのこととニコラのご飯のことと
それだけを考えて、それだけを1日の基軸にして
動いた日でした。
あまりにも苦痛のなかにいると、今までの
思い出の中のスペシャルでワンダフルな
思い出ばかりが脳裏に蘇ります。
この日は、タイムリーな話題の時期の思い出を
思い出していました。
鴨猟の猟期の間に、犬友達に夫婦で誘われて
長野県の猟ができる区域まで行った時の出来事でした。
私のハズバンドが‥湿地帯のような
足首まで水がある沢をしばらく歩かないと
ならなかった時に、私を背中におんぶしてくれた
あの時の思い出が蘇ってきました。
結構、長い距離でした。
暖かく大きな背中の上で私は幸せでした。
生涯傍らで、仲睦まじく‥いつまでも
この人を愛していくのだと嬉しく思った
出来事でした。
重いでしょ? と私が言うと‥
ぜんぜん、重くないよ。こんなに軽いじゃないか。
と、揺さぶって笑ったから‥
私は頬を彼の頬につけて、ありがと‥って
耳元で小声で言って、ほっぺにキスしたら
目尻が笑っていて、ほっぺをぷくっと膨らませ
ご機嫌な表情をしたのでした。
素晴らしい日々だったあの頃‥二度と帰らない
私の最初で最後の夫
幸せな日々をありがとう‥とつぶやきながら
眠りました。
ニコラがわざとセンチメンタルな私の気配を
悟り‥大きく寝返りを打って、私の顔に
背中を押し付けてきました。
すぐに、深い寝息を立てて眠りだすニコラの
引き込まれそうな寝息に合わせて自分も
呼吸を合わせていくと気持が落ち着いてきました。
毛むくじゃらの暖かい黒い毛の背中‥
私の今の幸せは‥ここにある‥
そんなことを納得しながら、安心して
眠りについたのでした。
表題の言葉は聖書から引用しました。
‥妬みは骨の腐れ‥という言葉は、
箴言14章30節にある聖句です。
30 穏やかな心は身体の命であり、ねたみは骨の腐れである。
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