キャパシティ
2010年06月21日(月) 7時41分

ペルシャ猫のコニーちゃんが死んでから、
9ヶ月が経ちました。
けれどまだ、‥目がいつものように自然と
コニーがどこかに隠れていると、
普通に思ってしまって‥
コニーの姿を探してしまいます。
さびしくて、生活がたまらなく虚しくて
空虚です。
コニーに会いたくてたまりません。
思えば、コニーは本当に私の心の安定と
安心感をもたらしてくれました。
コニーを失ってから、多頭飼いの難しさを
身にしみて実感しています。

なぜなら、今までずっと、ビットはコニーが
傍にいたから、穏やかでいられた、もしくは
抑制されていたのだと思ったからです。
ヒマラヤン猫というのは、シャム猫とペルシャ猫の
資質を多く取り入れた種類の猫です。
ビットはとくにシャム猫の犬のような忠義を
飼い主だけになつき示す事で表すのですが
甘えん坊の寂しがりやである特徴が顕著で
とても、甘えん坊で寂しがりやな猫だ
ということに気づかされました。
今までは、コニーがバランスをきちんと
保っていてくれたから、このことに
気がつきませんでした。

コニーはトライアングルの均等バランス
の均衡を保っていた存在だったのです。
ニコラとビットで私の取り合いをしていて
ニコラに重きが傾いていた生活形態である
ことを今さらながらに自覚したのです。
ビットは寂しいと大声で鳴きわめくのです。
そして、追いかけていっしょに通路に
飛び出して付いてきます。
ですが、母の家は居心地悪いと
すぐに部屋に帰りたがります。
ニコラも、どうして?ビットもきたの?
ボクだけがいつも来る場所なのに。と
いう感じで、ビットをおどかします。
自分の部屋に連れて帰るとビットは甘えて
まとわりつくのです。
その時間帯に、ビットにブラッシングして
目や鼻のゴミをとり、綺麗にして
話しかけて、可愛がります。
こうした場面はニコラの前では出来ません。
それをみると、ニコラが激しく焼きもちを
しめして、大騒ぎになってしまうからです。
ニコラの時間とビットの時間を分離して
はっきりとそれぞれに時間を要するように
なりました。

ニコラはビットの事をお兄ちゃん
のように思っているのですが、
ビットもニコラを弟のような目下のように
思っているから、脅かされると逆に
猫パンチをしてニコラに襲いかかります。
爪を出さないで加減して、パンチするけど
ニコラは私の胸に飛び込んで助けを求めます。
ビットは、私に抱きしめられているニコラを見て
抗議の眼差しで、じっと私を見つめます。
ふたりいっしょに、なかよし。としても
いっしょはイヤだ!と各々が主張するのです。
ビットはお昼寝しているニコラの目の前に
スライドして、じゃれかかり、遊びを仕掛けます。
そして、ニコラと目と目が合うだけで
突然に襲いかかるのです。
おなじ、バリケンをとりっこしています。
ニコラベッドでは、いつも、なかよく
眠っているのですが‥

それで、わかったことなのですが‥
結構、ビットは攻撃的な資質のある猫でした。
もっと、エキセントリックで強い過激なコニーの
影にいて、これまでそうした資質は目立って
いなかったのだと、抑えられていたのだと思いました。
つくづく、こうした自己主張の強い、自分だけが一番
自分がママ→私、から愛されている。と確信している
独占欲の強いふたり‥ビットとニコラに引っ張られて
いると、自分のキャパシティを越えていると実感して
多頭飼いの難しさを感じてしまいます。
犬と猫のライフスタイルの違いから、犬のニコラに
比重が傾くのは当然であり、致し方ない事なんですけれど。
そして、私は、えこひいきしてしまう性格なので
どうしても、ビットよりもニコラの方が好きです。
ビットはいつも、2番目でコニーの次であったし‥
ぞんざいに扱っても、しっかりと私の傍にいる。
そういう、気楽な気持で接する事が出来た、ある意味
そうした気持が密着している猫なのだと思います。
そんな感情を、ボク、そんなことしらないよ。
ボクはママを信じてる。‥などという揺れる
眼振のブルーの瞳でじっと見つめられると
それでいいのよ。と安心できるのです。
ビットとの時間をきちんと確立しているから、
このままの形態で自分の時間と思いが
ニコラとビットとで明確に分断されても
しかたないと思いを改めました。
これが、調整された新しい形なんです。













































